「好き…………好き!」  
その言葉は嬉しいよ。でも、今は聞きたくなかった。  
「志乃ちゃん、良く聞いて」  
首を振る志乃ちゃん。志乃は多分、わかってる。柄にもない言葉とか、頑なな態度とかがそれを物語っている。  
僕は助からない。  
「先輩や真白ちゃんみたいになっちゃ駄目だよ」  
聞きたくないと全身で示す志乃ちゃん。目線を無理矢理合わせる。傷が痛むけどきちんと伝えなければいけない。  
「それから、鼎ちゃんみたいに良い友達を作ってね」  
志乃ちゃんの涙目なんてまさに冥途の土産かな。珍しいものが見れたな。  
「×くん、良い人だから、困ったら頼ってね」  
きっと彼なら志乃ちゃんを支えてくれる。だから、泣かなくても良いんだよ志乃ちゃん。  
 
 
 
「はい、カットー! いやー、ええ演技やったで二人とも」  
 カチンコを打ち鳴らした先輩が、満面の笑みを浮かべている。  
 一週間前に先輩が持ち込んで来たのは、自主制作の映画コンクールへの参加の話。  
 どうも優勝者には良い額の賞金が出るらしく、  
「シノシノに真白と、ウチには綺麗どころが揃っとる。これはホンマに優勝狙えるかもしれんわ」  
 と一人で張り切っていろのです。  
 当然のように連れて来られたクロス君の参加もあり、僕達はこうして鴻池キララ監督・脚本の恋愛映画とやらの撮影に挑むことになったのだった。  
 今のシーンはそのクライマックス。志乃ちゃん演じるヒロインが、自分を庇って撃たれた幼馴染の青年に、涙ながらに想いを告げるシーンだ。  
 最初は志乃ちゃんに演技なんて出来るかどうか心配だったのだけど、そこは安心の志乃ちゃんクオリティ。  
 いざ撮影が始まってみると、僕なんかよりよっぽど上手く役をこなしていったのでした。  
「志乃ちゃんもお疲れ様。上手な演技だったよ……志乃ちゃん?」  
 未だ僕の胸に縋り付いたままの志乃ちゃんに声を掛ける。でも、志乃ちゃんが僕の胸に顔を埋めたまま動く様子がない。  
「志乃ちゃん、どうかしたの?」  
 様子を見ようと手を伸ばしたその時、僕は遅ればせながら志乃ちゃんの身体が小さく震えているのに気付いた。  
「泣いてるの? 志乃ちゃん」  
「―――っ! ――――っ!!」  
 顔を押し付けたまま、ぶんぶんを首を振る志乃ちゃん。だけど、志乃ちゃんの顔があるその場所からは、温かい液体が服を通して浸み込んでくる感覚がある。  
「――――ああ、そうだったね」  
 僕は一度、この映画と同じようなシチュエーションで実際に銃で撃たれたことがある。  
 幸いにもこうして命は取り留めたものの、その後ももう一度撃たれかけたことがあり、だからこそ志乃ちゃんは、「僕が銃で撃たれる」というシチュエーションに過剰に反応してしまったのだろう。  
「大丈夫。本当に撃たれたりなんてしてないから」  
 泣きじゃくる志乃ちゃんの髪をゆっくりと撫でる。  
 そうやってしばらくそうしていると、おずおずといった風に志乃ちゃんの顔が上がった。  
 けれどその瞳は、まだ何処か不安そうで。  
 だから僕は、志乃ちゃんを抱き寄せて耳元で囁いた。  
「僕は何処にも行かないよ。ずっと、君の傍に居る」  
 
その数瞬後に少女の浮かべた笑顔をカメラに収め損なったとある女性は、そのことを一生涯後悔することになる。  
 
 

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