俺はガレージの方からそっと玉座の間に入る。
あの日、俺がポラリスと結ばれた場所だ。
すっかり照明が落ちた密室空間の向こう側に、消し忘れのようにスポットライトがぼんやりと灯っている。
過剰な舞台演出みたいなそのライティングの下に、二つの人影。
ミヤビと、ポラリス。
戦闘衣装のままライトに照らされた二人は、さながら幻想の国から抜け出した妖精だった。
「どうしてそんなこと…」
聞こえてきたのはミヤビの声だ。困ったみたいな、無理して笑ってるみたいな、そんな感じだった。
「そんなこと、どうして言うの…?」
「聞いて」
深く落ち着いた声は、ポラリスだ。
「真面目な話よ」
「だ、だってサイガは…」
「聞きなさい…!」
落ち着いたままだったけど、その声は重く、戸惑うみたいなミヤビの声を完全に抑えつけた。
「私の気持ちは本当なの。遊びとか興味本位とかじゃないって、それは自信を持って言えるわ。自信を持って、サイガを…」
俺の名前で、言葉は一瞬中断される。
「私、サイガが好きなの」
空間が凍りつく。ただ由綺が息をのむ、音のない音だけが聞こえてきた。
そしてポラリスは続ける。
「私、サイガと寝たの――」
パアァ……ン………。
彼女が言い終わらないうちに、その乾いた音は暗い玉座の間に鋭く響いた。
俺は目を疑った。ミヤビが、ポラリスを平手で打ったのだ。
「どうして…!」
瞳に涙を溢れさせて、ミヤビはポラリスを問いつめる。
「どうして、ポラリス!ポラリス、私とサイガのこと知ってたのに、どうして…」
ポラリスは頬を押さえてうつむいたまま何も言わない。
「私が…私がサイガのこと好きなの…愛してるの知ってるのにどうして、どうしてそんなこと言うの…!?」
「………。どうして…」
再びポラリスの声が静かに響いた。
「どうしていつも…いつも人のものなの…?いつも、いつも…」
キッと、上げられた彼女の瞳にも、涙が光っていた。
「私がんばった!がんばってきた!みんなに鎧羅王だって言われて、
その期待を裏切らないようにしてきた!それなのに、どうしてみんな人のものなの!?」
パアァ……ン………。
ポラリスの手が衝動的に振り上げられ、その平手が今度はミヤビを捕らえた。
「どうしてみんなあなたのものなのよ!?初めて、ほかに何も要らないって思ったのに、
それなのに、兄さんも、サイガも…。どうして私のものじゃいけないのよ!?」
ポラリスの整った瞳から大きな涙の粒がぼろぼろとこぼれる。
スポットライトを反射して、その雫の一つ一つまでもが見て取れる。
パアァ……ン………。
だけど痛々しいその音はもう一度響いた。ミヤビが、彼女もまた流れる涙を拭こうともしないで、ポラリスの頬を再び打ったのだ。
それもほんの一瞬のはずだった。
だけど俺にはひどく長い長い時間が流れたように感じられた。
流れた、というよりは、滞った、といってもいいような、そんな粘液質の時間がゆるりと過ぎていった。
「うっ…うう…っ……」
ミヤビの嗚咽。
そしてスポットライトの下にポラリスを残したまま、ミヤビは我慢できないように反対側の非常口に向かって駆け出していった。
後にはただ、うなだれるポラリスだけが残された。