*         *          *  
 
 
「フフフ……」  
シアがシャワーを浴びながら微笑む。  
「何がおかしいのですか、シアちゃん」  
失神から覚めたネリネがシアの助けを借りながら同じく体を洗っていた。  
「ううん、おかしいんじゃなくて……これでリンちゃんと一緒だなぁ〜なんて思ったの」  
「酷いですよ、シアちゃん……すっごく恥かしかったんですから」  
「私だってそうだったんだからね! だから、おあいこ」  
シアがネリネの頬にキスをする。  
「やん♪ ……でも、麻弓さんのをまだ見てないですね」  
「そうだね〜。ね、リンちゃん。二人で麻弓ちゃんを虐めちゃおうか?」  
「わ、わたし〜!? じょ、冗談じゃないのですよ!」  
ネリネの粗相を下半身にもろに被り、同じくシャワーを浴びていた麻弓が後退りする。  
その様子を見ていたプリンセス二人は顔を見合わせた後、にんまりと麻弓の方を見て微笑んだ。  
「な、なによ……そのイヤらしい微笑は。プリンセスの気品が台無しですよ?」  
麻弓はたらりと冷や汗をかき、引きつった笑みを浮かべる。  
「そうですね、私たちプリンセスですから……」  
「うん。受けた屈辱はちゃんと返さないと、プライドが許さないっす♪」  
ニコニコしながら麻弓ににじり寄る二人。  
「う……そ、それは〜〜〜。だ、誰か助けてぇ〜〜!!」  
「あ、逃げ出した!」  
「捕まえますよ、シアちゃん!!」  
プールサイドを逃げる麻弓と追いかけるシアとネリネ。  
その様子を亜沙と楓も見ていた。  
 
「あっちは楽しそうね、楓」  
「……そうですね」  
「楓も仲間に入ってみたら? 土見ラバーズ、三大プリンセスの一人でしょ?」  
「…………」  
楓は俯いたまま黙っていた。さっきより一層沈んだ気持ちになっている。  
亜沙は軽く溜め息をつきながら楓の肩に手を置いた。  
 
「あんまり思いつめちゃダメだよ、楓」  
「先輩には関係ないです。放っておいてくれませんか」  
「えっ……?」  
その冷たい言い草に亜沙は勿論、カレハやプリムラも動きを止めた。  
楓はその3人の視線を避けるようにそっぽを向く。  
 
「それはそうかもしれないけど……ボクには放っておけない理由があるんだな〜」  
「……どうしてですか?」  
「だって、今の楓は昔のボクと同じだから……ううん、今のボクとも同じ、かな?」  
「…………?」  
「ボクは……過去のボクが嫌いなの。タイムマシンがあれば、怒鳴りつけてぶん殴って説教して  
やりたいぐらいに」  
「あ、亜沙ちゃん……」  
カレハが心配顔するのを、亜沙は笑みを湛えた目で制する。そして楓の方を見てはっきりと言った。  
「今の楓は……自分が嫌いなんでしょ? どうしていいかも分からないぐらいに」  
「…………」  
楓は俯いたままだ。亜沙の言葉に動揺も見せないし、そちらを見ようともしない。  
むしろ亜沙から目を背け、心を閉ざすかのように頑なになっているのかもしれない。  
亜沙は大きく深呼吸をすると、背を向けている楓の前に回った。  
 
「今の楓……なんだかすっごくムカついちゃうな〜」  
努めて冷静な声で亜沙が楓に言い放った。その言葉は周囲の女の子達にも聞こえ、傍にいたカレハや  
プリムラは勿論、じゃれあっていた麻弓たちまでもが動きを止めて成り行きを見守る。  
当の楓はそう言われてもそ知らぬふりをしていた。  
私に干渉しないで欲しい――声には出さないが、態度で明白にそう言っている。  
 
「ねぇ、楓……」  
「…………」  
「今からボクと……喧嘩しようよ」  
「えっ!?」  
声を上げたのはカレハだった。亜沙は何を言っているのか。流石に気を揉んでしまう。  
「…………喧嘩?」  
楓は漸く面を上げ、亜沙を見た。大胆な言葉を発したにも関わらず、亜沙はいつもの様に悪戯っぽく  
微笑んでいる。  
 
「そう、喧嘩――。女の子同士の、ね。パンチもキックもありで、どちらかが『ごめんなさい』って  
泣いて謝るまで闘うの。今日やってたプロレスがちょ〜〜っとカゲキになっただけかな?♪」  
無論ちょっとどころの騒ぎではない。亜沙の言い方をプロレス風のルールに置き換えれば、打撃ありの  
オンリーギブアップ、つまりデスマッチ・ルールと言うことではないか。  
「あ、亜沙ちゃん、それは!!」  
カレハが亜沙に駆け寄ろうとする。だが、亜沙は手でそれを制した。その目はまじろぎもせず、  
楓を見つめている。  
 
「……どうして私たちが喧嘩をするんですか?」  
「そうね……。どうしてかな。あんまり理由はないけど……今のうじうじしている楓を引っ叩いて  
目を覚まさせてスカッとしたい! ってのはあるかも♪ 楓はどう? 誰かを思いっきり蹴飛ばし  
たら、何かいい事があるかもよ? うだうだ陰に篭って鬱屈してるよりはね」  
「…………」  
「お互い、嫌いな自分を相手に投影して殴りあうってのもありかも。ボクが楓の嫌いな楓の役で、  
楓がボクの嫌いなボクの役――言ってる意味分かる?」  
「……なんとなく分かります。いいですよ、やりますか? 後悔しても知りませんけど……」  
「か、楓さん!」  
カレハが本格的にオロオロし始めた。楓との付き合いが古い麻弓が楓を止めようと動きかけたが、  
楓に一睨みされ、動きが止まった。そして……。  
「あっ……!!」  
「ど、どうしました? 麻弓さん?」  
ネリネとシアが麻弓を見る。  
「楓……今……」  
笑った気がする――と麻弓は思った。笑った……そう見えたが、あれは本当に笑顔だろうか?  
陰湿で、人を馬鹿にしたような笑顔――楓のそんな表情を麻弓は初めて見た気がした。  
 
 
         *         *          *  
 
 
「ルールはどうしますか?」  
楓がビキニの下を脱ぎながら亜沙に聞く。亜沙も同じくビキニの下を脱いでいた。二人とも全裸に  
なり、これでこのプール上にいる全員が全裸になった……はずである。  
「そうね……さっき決めたルールどおりでいいんじゃない? ギブアップオンリーのデスマッチ。  
打撃あり。でも、女の子同士だから顔面をグーパンチで殴るのだけはやめにしようか。体はグーも  
ありだけどね♪」  
「亜沙ちゃん……」  
カレハは亜沙を心配そうに見ている。プリムラと愛し合っている場合ではない。  
女の子同士、しかも彼女自身が良く知っている二人が殴り合いの喧嘩をするなんてカレハには  
想像もつかなかった。  
 
「胸とかアソコとか……急所攻撃もありですよね? そこにはグーパンチもありなんですか?」  
楓が挑発的に聞く。最早二人の戦いは避けられそうにない様に麻弓は感じた。  
「フフフ……」  
亜沙は含み笑いで楓を見返す。亜沙はこんな時でもよく表情が変わる。  
「当然ね。女の子同士でしか出来ない闘い方をしましょうよ。もちろんエッチ攻撃もありだよ。  
なんなら、電気あんまについてはかけられたら最低一分は無抵抗でかけられっぱなしにされる  
とかにしようか? ……フフフ、あんまりやると楓には過激すぎるかな〜?」  
にんまりと笑う亜沙。たちの悪い笑顔だ。  
「いいですよ、それで。でも……」  
クスッと楓が笑った。こんな時でも滅多に表情を変えない楓。亜沙の様に意地悪な表情や悪い笑顔  
ですら見せることはない。  
今の楓がほんの少しでも笑うのを見ると、麻弓はなんだか悪寒に似たものが背筋を駆け抜けていく  
気がする……。  
 
「この程度で、過激とか言っちゃうんですね、亜沙先輩は」  
亜沙の前で楓が髪をかきあげた。  
「楓……!!」  
麻弓でなくとも楓が普段の彼女と違うことはシアやネリネにもわかる。楓は先輩に対して挑発的に  
髪をかきあげたりはしない。大人しく、礼儀正しく――自然とそれをこなすのが楓なのだ。  
「……ふむ。何か提案があるのかな、楓ちゃん♪」  
亜沙も負けていない。動揺のそぶりすら見せずに楓に具体案を聞き返す。  
 
「指入れも……ありにしましょうよ」  
ぼそり、と呟くように楓が言った。だがその目は亜沙をしっかりと見つめている。  
「えっ……!?」  
流石の亜沙もこの提案にはちょっと虚を突かれる。  
「『指入れ』って……! 楓まさか!?」  
麻弓が驚いた表情で楓に詰め寄る。  
「ええ……そのまさか、です。アソコへの指入れ攻撃もOKにしましょうって提案してます」  
麻弓の方を見ずに亜沙だけを見つめている。亜沙の表情からも悪い笑顔が消え、真顔になっている。  
 
指入れだけは実は今までの流れの中でも暗黙の了解のうちに禁じ手にしていた。  
理由は勿論、女の子の大事な性器の内部、特に処女膜を痛めないように配慮したからだ。  
電気あんまは外性器、あるいは内側の入り口程度までへの刺激だし、急所打ちですらも基本は  
外側だけで中までを痛めつける事はなかった。無論、どちらも内部で痣になったり、ずずんとした  
衝撃が中まで響くことがあるにせよだ。  
 
だが指入れとなると、状況によっては処女膜を痛めてしまうかもしれない。稟と愛し合えるように  
なるまで操は守りたい彼女達にとって、そうなってしまうのは肉体的にも精神的にもダメージが  
大きいことであった。それだけは避けたい、致命的ダメージと言ってよいかもしれない。  
幸い楓も亜沙も普段から料理に勤しんでいるので爪は綺麗に磨き、たとえお互いの大事な所に指を  
入れても傷つける可能性はかなり低い。だが、その攻撃をするときにちゃんと手加減できる余裕が  
あるかどうかは分からない。そうなると指をアソコに引っ掛けて力が入ってしまった時、それを  
意図しなくとも痛めてしまう可能性はあるのだ。現にさっきのやりとりでは楓もシアも手加減が  
前提の股間攻撃を力一杯相手に叩き込んでしまっている。  
 
「どうしますか、亜沙先輩。先輩がリスクを避けたいと言うのならこの提案は下げますよ。それに、  
この提案から逃げても私は先輩を馬鹿にしたりしませんから――」  
楓も自分の言った提案が危険な要素を孕んでいる事は十分に承知していた。だから挑発であるにも  
関わらず、それから逃げる相手を笑わないと言ったのだ。  
操を大事にする女の子が、その象徴を傷つけるのを恐れて悪いことなどありえない。  
 
だが――。  
 
「いいよ、その提案乗った♪」  
亜沙が笑顔で応える。  
「あ、亜沙ちゃん!!」  
カレハだけでなく全員が亜沙の答えに驚いた。楓自身も目をパチクリさせている。  
言ってみれば楓の言った事は挑発の延長に過ぎない。まさしく売り言葉に買い言葉で、中身の  
本気度はかなり怪しいものだったが、敢えて亜沙はそれを真に受けたようだ。  
 
「その代わり……条件があるの」  
亜沙がぐいっと楓の前に進み出た。何かこみ上げる感情を押し殺したような迫力がある。  
「な、なんですか……?」  
この挑発合戦が始まってから楓は初めて及び腰で後退りした。それだけ、亜沙の態度には有無を  
言わせぬ迫力があった。  
「この喧嘩が終わったら……」  
亜沙はそこで深呼吸をする。  
「どっちの勝ちに終わっても、一切の遺恨を残さずに楓はいつもの楓に戻ること! 控え目で  
みんなに優しく気を使いながらも、困った時はこの亜沙先輩に何でも相談すること! いい!?  
それだけは誓いないさい!!」  
亜沙は楓の肩を掴むように抱き、潤んだ瞳と歯を食いしばった表情で楓を見た。  
 
「…………はい。亜沙先輩」  
しばらくして、消え入りそうな楓の声が聞こえた。小さいながらも亜沙だけでなく、周囲にいる  
女の子達全員にしっかりと聞こえる声だった。  
 
 
        *         *          *  
 
 
シアもネリネも麻弓も――。  
カレハもプリムラも――。  
 
固唾を飲んで人工芝の端で待機している。今から始まる二人の女の子の「真昼の決闘」に備えて  
いる。二人の戦いがヒートアップして場外に放り出されて怪我をしたりしないように、みんなで  
ロープ代わりになっているのだ。プール側は開けていた。そこは闘いの場としても使えるように  
している。  
 
人工芝のマットは簡易のリングの様な形となり、その中央に楓と亜沙が向き合って立っていた。  
二人とももう言葉は交わさない。麻弓が二人の間に立った。一応、彼女がレフェリーを努める事に  
なった。もっとも実質ノールールなので、よほど危険と判断した時以外は干渉できないのだが。  
本当は運動神経のいいシアを亜沙が推薦したが、何故か楓が拒否して麻弓になったのだ。  
(カエちゃん……)  
シアはその事がちょっと気に掛かっていた。今の楓の鬱屈した態度は自分のせいではないかと  
感じているからだ。漠然となんとなくだが――シアは楓とキキョウのやり取りを知らない。  
さっきからそれを知りたくて水面に顔を映したりしているが、何故かキキョウは出てこようとしない。  
 
「……それでは、始めます。……怪我しない様にね。それと、危ないと思ったら私、いつでも  
止めるから――二人に叩かれたり蹴られたりしても止めるから……」  
麻弓は少し涙ぐんでいる。亜沙はポン、と彼女の肩を叩いた。楓は集中してるのか、俯いたまま  
目を閉じて何も言わない。  
 
「……ファイト!」  
麻弓の掛け声を聞いた瞬間、楓は目を開いて亜沙に飛び掛った。  
「わっ!? わわっ!?」  
亜沙は辛うじて楓の両手を受け止めたが、勢いに押されて人工芝の上に尻餅をついた。  
ガン!と尾てい骨を打ってしまう。  
「いったぁ〜〜!! ちょ、ちょっと楓……! タンマ!!」  
「待ったなんかありません」  
亜沙がじ〜〜んと痺れるお尻を押さえながら転がっているのを楓は容赦なく追い詰める。そして  
四つんばい状態の亜沙の背後から胸を掴んでぎゅ〜〜〜!!っと絞り込んだ。シアがネリネに  
やったような愛撫ではない。完全な乳掴みだ。  
 
「いたた……! いたぁい!! 楓! オッパイを掴んじゃ痛いよ!!」  
「デスマッチなんですから当たり前です。女性の急所を狙うのは当然じゃないですか?」  
「だからって、その……いたたたたた!!」  
くぅ〜〜、っと涙目で呻く亜沙。自慢?のバストが仇になったか、少しだけいい気味だと思って  
いるギャラリーや”特にそう思ってる”レフェリーがいるかもしれないw。  
 
勿論、楓もいい気味だと思っている。わざとその豊満な胸を狙って攻撃しているのだ。  
(何度もこの胸で稟君を誘惑して……肘なんか当てさせて、私がいつもどんなに悔しい思いを  
していたか……)  
自分のバストじゃ稟君はあんなに喜んでくれるはずがない――楓はここでもそう決めつけているが、  
「こら、楓! またネガティブな思い込みしてるんじゃないの!!」  
「あ、亜沙先輩?」  
楓はハッとした表情になる。  
「今のキミの考えてる事なんかすぐに分かるよ。どうせ『私の胸でしても稟君は喜んでくれない  
ですから……』とか考えてるんでしょ?」  
「…………。その似ていない物真似はやめて下さい。なんだかムカつきます」  
「いたたた! 掴んでる力を強めないでってば!! ……そうかな? 似てると思うんだけど……  
『稟君が先輩の胸で喜んでいるのなら、私は我慢しまぁす♪ いつか喜んでもらえるように大きく  
なる努力をしますね』って……! いたたたたた!!! いたい!! いたい!! いたい〜!!  
力一杯掴んじゃだめ!! 麻弓ちゃん! 止めて! 止めてぇ〜〜!!」  
 
楓が黙って乳掴みの力を込めていくのを麻弓も止めようとしない。カレハですら呆れたように  
溜め息をつく。  
「亜沙お姉ちゃん、冗談が好き?」  
「そうみたいですね。でも……」  
「ユーモアは空気を読んだ方がいいと思うっす……」  
「自業自得ですわ、亜沙ちゃん(溜め息)」  
 
「こ、こら〜〜! どうして誰もボクを助けてくれないの!」  
ギャラリーたちの冷たい反応に手を上げて怒りながらも、この胸掴みは冗談にならないほど辛く、  
何とかして脱出する方法を探る亜沙だが、楓のホールドから抜けようとすると、逆に段々締め  
上げられてくる。楓の動きが機敏で器用なのだ。これは……。  
(そうだった……この子、運動神経抜群なんだよね)  
亜沙もカレハやネリネほど運動音痴ではないが、まあ、並み程度である。楓やシアの様な俊敏な  
動きは出来ない。  
(う〜〜、だったら捕まったまま抜け出せないの?)  
方策を考えるが、浮かばない。だが、この状態で出来ることが一つあった。  
(う〜〜ん……いきなりこれを使うのはどうかと思うけど……しょうがないか)  
「楓、ごめん!」  
「え?」  
何かを決心すると亜沙は楓の股間の辺りで手をもぞもぞと動かした。すると――。  
「…………!!!」  
楓が突然、ビクッと反応し、驚いた表情で亜沙から飛び退った。  
何故か顔を真っ赤にして驚いた表情で亜沙を睨み、両手で股間を守る仕草をしている。  
 
「あ……」  
「いきなり……」  
「亜沙お姉ちゃん、ずるい……」  
「亜沙ちゃん……(溜め息)」  
 
「あい……たたた……腰まで痛めつけてくれて……」  
楓が離れても亜沙は立てずに四つんばいのままだ。捻り上げるように掴まれた巨乳は勿論、無理な  
格好で押さえ込まれている間に腰までも痛めつけられてしまったようだ。  
「それに……ずるいって、何よ! ボクのこの胸を見てから言ってよ、それは!」  
確かに亜沙の白い胸にしっかりと真っ赤な手形がついていた。かなり強く掴まれたのは確かなようだ。  
 
「だからっていきなり指を入れるなんて……」  
「女の子の大事な所なのに、亜沙先輩ってば……」  
「亜沙お姉ちゃん、卑怯……」  
「亜沙ちゃん……順応が早すぎます(溜め息)」  
 
やはり誰も同情してくれないようだw。  
 
「まったくもう……。どうしてボクが悪者に……れっ!?」  
亜沙が楓に向き直った時、楓は亜沙に対し、低いタックルをかけてきた。完全に見失った亜沙は  
モロにタックルを喰らってしまう。  
「わ……!? ちょっと……ぐっ☆!?」  
ゴン☆!! と鈍い激突音が鳴ったあと、亜沙は楓に簡単にマットに押し倒された。  
「くぅおおおおおっ……!! つ〜〜〜〜〜っ☆!!」  
その場で股間を押さえてのたうつ亜沙。今のはひょっとして――。  
 
「な、なんか凄い音が……?」  
「今のは……痛いっす……(経験者)」  
「亜沙お姉ちゃん、恥骨打った……」  
「亜沙ちゃん……(はらはら)」  
 
どうやら楓の頭が物凄い勢いで亜沙の恥骨を直撃したらしい。頭蓋骨と恥骨――はっきり言って  
後者の方が分が悪いw。  
楓は冷静に……いや、冷酷に亜沙の体を捉え、背後から首に腕を回して腕を交差させ、締め上げた。  
プロレスのスリーパーホールドの姿勢だ。股間が痛くて悶えている亜沙はなす術もなく、簡単に  
技を決められてしまった。  
「く、くるしい……。ちょ、ちょっと楓……待って……。うぐっ……!」  
「待ったなんかありませんって、さっき言いましたよ」  
「だ、だけど……さっきのタックルで急所を打っちゃって……。痺れが……。これが治まるまで  
だけでも……」  
「……狙ったんだから当たり前じゃないですか」  
「え?」  
耳元で囁くような楓の声に思わずぎょっとする。  
「だから、恥骨を直撃するように狙ったんです。私もちょっと痛かったですけどね。ちゃんと  
一番痛くなるように下からかち上げるようにヘッドバットを当てました。成功だったみたいですね」  
涼しい顔をして急所攻撃がわざとである事を告白する楓。亜沙は痛みと苦しみに悶えていたが、  
その楓の言い草に段々と腹が立ってきた。  
 
「そ〜お……、じゃあボクだって反撃するからね!」  
「この体勢でどうすると言うのです? 私が締め上げたら先輩は失神しちゃいますよ?」  
「こう……するの!!」  
「え……!? ……きゃあああ!?」  
亜沙は自由だった手を背後に回すと楓の股間の辺りをまさぐる。  
「ま、また指を入れるつもりですね!?」  
そうはさせない、とばかりに楓は足を固く閉じた。これでは亜沙も簡単には指を侵入させられない。  
しかし――。  
 
「甘いよ、楓!」  
「な、何が……痛ッ!!」  
楓が顔をしかめた。亜沙が急所を叩いたか? しかしこの体勢では効果的な打撃を与えるのは  
無理な気がするが……。  
「いたた……! いたっ!! 亜沙先輩! や、やめて下さい!!」  
「じゃあ、スリーパーを離して♪」  
「い、いやです……いたぁ!! やめて……やめて下さい!!」  
楓は涙を流して痛がっている。亜沙は股間の辺りに何らかの攻撃を加えてしかし、楓は痛がっている  
わりに腰は引いていない。むしろ密着するように突き出しているが……。  
 
「フッフッフ……どう、この攻撃は? 効率のいい攻撃でしょ?」  
「効率がいいって……へ、ヘアを掴んでるだけじゃないですか! こんなのやめて下さい……!!」  
「だって、楓はスリーパーから解放してくれなかったじゃない? おまけに恥骨にガツンと一撃  
くれたし……」  
「こ、こんな下品な技と一緒にしないで下さい! 離して……いたたた!!」  
楓はスリーパーを解き、亜沙の手を両手で掴んで自分の股間から退けようとするが、それは全くの  
逆効果だった。亜沙はここぞとばかりにキュッと楓のアンダーヘアを掴んで離さない。その状態で  
動かそうとしても自分の股間が痛いだけである。  
「フフフ……ボクの手を引っ張ったって楓が痛いだけだよ? 降参するなら離してあげるけど、  
どうする?」  
「だ……誰がこんな技に屈するものですか! 離してください! 亜沙先輩のヘンタイ!!」  
「ヘン……タイ?」  
カチンと亜沙が頭に来る。他の誰かに言われるならともかく、他人の悪口など言わない楓に  
言われると自分が本当のド変態の様に思えてしまうのだ。当たらずとも遠からずだが……。  
 
「ふ〜〜〜〜ん……。ボクの事がヘンタイ、ねぇ――でも、楓ちゃん、今の自分の立場は分かっ  
てるかな? ボクがこの手を思い切り引っ張ればキミは小学生に逆戻りになるんだよ?」  
亜沙が意地悪な表情で楓を見る。楓のアンダーヘアを全部引き抜くつもりだろうか……?  
(そこまでは流石にするつもりはないけどね……うん?)  
亜沙は周囲の視線に気がつく。  
 
「楓さん、可哀想……」  
「カエちゃん……」  
「亜沙お姉ちゃん、非道い……」  
「亜沙ちゃん……(悲しそうに瞳をウルウル)」  
 
「あ、亜沙先輩……いくらなんでもそこまでする必要は……」  
レフェリーを務める麻弓も引き気味に亜沙を見ている。どうやら亜沙は周囲から悪者扱いされて  
いるようだ。  
「ちょ、ちょっと! な、なんかボク一人が悪者になってない!? そもそもこの状況だって楓が  
ボクのチコツにヘッドバットを食らわせたから、仕方なく……!」  
懸命に状況説明をする亜沙だが――。  
 
(あれはでも……)  
(うん、偶然だよね……?)  
(亜沙お姉ちゃん、ごまかした……)  
(亜沙ちゃん、人のせいにするなんて……(グスッ))  
 
「…………。ここまで聞こえる声で噂話するのは止めてくれないかな」  
「あ、亜沙先輩……、痛い……離して!」  
急に楓が暴れだした。何の前触れも見せずに。  
「か、楓!? そんなに暴れたら……と!? わっ!?」  
「きゃあ!? いたぁい!!」  
恥毛を握られた痛みのせいか、楓が暴れて亜沙に体当たりした。不意を突かれた亜沙は楓の足と  
絡まってそのまま尻餅をつく。恥毛を掴んだままだったが、その時――。  
 
「ふぐぅわ☆!?」  
楓と縺れ合って倒れた瞬間、亜沙はさっきと同じところに衝撃を感じた。ズン……! と重く  
突き上げるような衝撃だ。これは――。  
「あうううぅっ……!!」  
じ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん……と不快に痺れるこの痛み。楓が倒れこんできた時、彼女の膝が  
またしても亜沙の恥骨を直撃した。しっかりと下方から突き上げるようなクリーンヒット。  
2回目はかなりキツイ……。  
「いっっっっっ………たぁ〜〜〜〜〜☆!!」  
亜沙は内股になって股間を両手で押さえ、その場を転がる。同じ急所を短時間の間に2回も打って  
しまった。この痛みと痺れはすぐには回復しそうにない。麻弓の真似をして股間の押さえながら  
内股状態でピョンピョンと飛んでみたが、勿論そんな事ではちっとも痛みが治まる気配はない。  
 
「いたた……! くぅぅ……。こ、これは……だめ……」  
目尻に涙を溜めて歯を食いしばり、じっと痛みに耐える亜沙。額からは冷たい嫌な汗がポタポタと  
マットに滴り落ち、太股の震えが止まらない。さっき麻弓が同じ状況になって苦しんでる時に  
笑った罰かもしれない。  
 
「そ、そう言えば麻弓ちゃん……は?」  
亜沙が二度も股間を打って苦しんでいるのに、麻弓は心配しにも(或いは笑いにも)来ない。  
麻弓どころか、カレハ達も……これはいったい?  
 
 
 
「きゃああああ〜〜〜!!!」  
 
楓の絶叫がプールサイドに響き渡っていた。股間を押さえてゴロゴロと転げまわっている。  
「いったぁ〜〜い……! いたた……」  
「楓……! 大丈夫!?」  
「楓さん、ちょっと見せてください……。あっ……!!」  
「ひ、酷い……大事な所の毛が……」  
「毟り取られてます……なんて事を……」  
全員が楓を囲んでその様子を見ながら心配そうに話している。  
 
「そ、そんな……。まさか……あっ!!」  
亜沙が股間を押さえていた右手を外し、手の平を開くと、楓のものらしき柔らかい恥毛が  
ぱらぱらとマットに落ちた。  
「こ、これは……その……。……いっ!?」  
気がつくと、マットに寝ている楓以外の全員が亜沙を見ていた。  
麻弓・プリムラ・シア・ネリネ、そして、カレハ……。その全員の目が厳しく、咎めるような  
強い光を帯びて亜沙の方を見ている。  
亜沙の手の平から更に恥毛が風に流され、その一部始終を冷たい視線が囲うように見つめていた。  
 
「ええっと……これは、そのぉ〜〜〜」  
亜沙がごまかすような笑顔で何かを言おうとすると、  
「酷いです、亜沙さん! 女の子の大事なものを……」  
「そうだよ! いくらなんでもこんなのって、やりすぎ!」  
「亜沙お姉ちゃん……。ううん、亜沙……。見損なった……」  
「亜沙先輩……レフェリーとして言わせてもらいますけど、ここまでする事はないでしょ!?」  
もはや非難轟々であった。大ブーイングである。  
 
「ちょ、ちょっと待ってよ! た、確かにアソコの毛を掴んだのはボクだけど、抜けたのは突然  
楓が暴れたから……」  
「いきなり言い訳ですか、亜沙ちゃん」  
落ち着いているが厳しい声がした方を振り向くと、そこに怖い顔で立っているのはカレハだった。  
「か、カレハ……。あのね、これは……」  
「……言い訳する前に何かすることがあるんじゃありませんか? 楓さんは大変なダメージを負った  
のですよ」  
「だ、だって! ボクはわざとやったんじゃないもん……」  
「だったら尚更です。楓さんに謝るのが先じゃないのでしょうか?」  
「だ、だからぁ〜〜」  
亜沙が何か言おうとするのをカレハは無視し、楓の傍にしゃがみ込んで患部を見た。  
「大事な所の毛が毟り取られて腫れてますね……辛いでしょう、楓さん」  
「あ……カレハさん」  
「今から魔法で手当てをしてあげますね。レフェリーの麻弓さん、それは問題ないですね」  
「ええ、当然です。アクシデントなんですから……例え、意図的であっても」  
麻弓は冷たい視線で亜沙を一瞥すると、カレハに治癒魔法の許可を出した。  
「そんなぁ……ボクだって恥骨を二回も……」  
小声で呟いたが誰も相手にしてくれようとしない。カレハは楓の股間に手をあて、気を集中した。  
柔らかな光が楓の恥毛を毟り取られて剥き出しになった恥丘を包み、腫れあがっていた部分を  
優しく癒していった。  
 
「これで大丈夫。どうですか、楓さん」  
「あ、ありがとうございます、カレハさん。とても楽になりました」  
「それは良かったです。ごめんなさい、楓さん。亜沙ちゃんは決して悪い子じゃないんですけど、  
時々悪戯好きが昂じて……」  
カレハが申し訳無さそうに謝る。それを見て亜沙は黙ってられなくなった。  
「ちょ、ちょっと、カレハ! それじゃあボクがすっごく悪いみたいに聞こえる……」  
「いいんです。それも亜沙先輩の魅力の一つなんですから」  
亜沙の言葉を遮り、虫も殺さない笑顔で楓が応える。カレハは頷いて微笑んだ。  
 
「亜沙ちゃん、成り行き上闘うなとは言いません。でも……楓さんに対して恥かしくない闘い方を  
して下さい」  
カレハが諭すような口調で亜沙に言う。しかし、亜沙からすれば――。  
(なんかちょっと違うんじゃないかな〜〜?)  
心ではそう思っていても、とても口に出せる雰囲気ではなかった。みんな完全に誤解して、亜沙が  
悪いように信じきってしまっている。  
 
(しょうがないなぁ、もう……)  
亜沙がまだ痛む股間を押さえながら立ち上がり、納得のいかない表情で頭をかきながらマットの  
中央に進み出ると、楓も亜沙の前に落ち着いた足取りで進み出た。カレハの治療のお陰で、恥毛が  
抜けた股間も痛くないようだ。亜沙だけが2回もの股間強打の余韻を味わわされている。  
 
その時――。  
 
亜沙にだけ見える位置で楓がニコッと微笑んだ。楓らしい優しい笑顔だが、目の光だけが  
いつもと違う。  
「股間、痛くないですか? 私の『膝蹴り』、しっかり直撃しましたよね?」  
囁くような小さな声で話しながら、楓は亜沙に微笑みかけている。  
勿論、全ては楓の作戦だった。亜沙にダメージを与え、自分の心象を周囲に良く見せる策略。  
普段、それほど陰謀家ではない楓の策に亜沙はまんまと嵌ってしまったのだ。  
 
「やっぱりね――全部、わざとしたんだね?」  
亜沙が楓を見つめて問いただす。  
「ええ、そうです。こんなに上手く行くとまでは思いませんでしたけど」  
クスクスと忍び笑いする。その笑顔に邪気は全く見えない。少なくとも外野連中はそう思うだろう。  
「そう……」  
亜沙が突然俯いた。そして、肩を震わせる。泣いているのだろうか?  
「……?」  
亜沙の様子が少し変わったような気がして、楓は不思議そうにその表情を覗き込む。そして――。  
「…………!?」  
亜沙の表情を見た楓の顔色が僅かながら変わった。  
そこで彼女が見たものは……体の中からこみ上げてくる笑いを懸命に堪えている亜沙の姿だった。  
 
「ここからは遠慮は要らないよね……。ボクも遠慮なく意地悪な攻撃をしてあげよっかな♪  
……楓、覚悟してね。『驚愕の時雨』が料理の事だけじゃないのを思い知らせてあげるから」  
顔を上げた亜沙の瞳は獲物を捕らえたかのように楓の白い顔を映し、妖しく煌いていた。  
 

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