14日は女の子の一大イベント。
それだから、カバンに忍ばせている甘いお菓子の匂いに
空気というか何だか学校内が甘くてふわふわな感じがする。
だから外に出たとき、あたしは無意識に新鮮な空気をたくさん吸っていた。
「ちょっと寒いね、あむちゃん」
「雲が多いからかもね」
その時、太陽は出ていても雲が多くて、ちょっとどんよりとした天気だった。
「今日のお茶会は行かないの?」
「仕方がないよ、あーんなに女子生徒がいるとゆっくりお菓子なんて食べていられないでしょ」
放課後。いつもの通りにガーディアンのお茶会に行ったんだけれど、ロイヤルガーデンの前にはたくさんの女子生徒。
もちろん、KチェアとJチェアである唯世くんと海里くんどちらかにチョコを渡そうとドキドキしている女の子達なわけで。
お茶会だけに参加するジョーカーでは長居しづらいというか。
「元々、今日はバツたま関係の連絡をいいんちょから聞くだけだったしね、あとチョコ渡しに」
特別な生徒会(みたいなもの)である、聖小のガーディアンの4人の人気は凄まじい。
だから今回のイベント日は連絡のみってコトで、ガーディアンの仕事はお休みってコトになっている。
いつもならちょっと暇だな、とか思っちゃうんだけど。
今日の本番は此処からというか。
って、あれ?
「ところでラン、他の2人はどこにいったのか分かる?ロイヤルガーデンまでは一緒だったのに」
あたしのしゅごキャラである2人、ミキとスゥが見当たらない。
ランは満面の笑みを浮かべながら「分からない」と言った。
「でも、あむちゃんを心配にさせないようにすぐ戻るって言ってた。門の近くで待ってるだって」
「そっか」
ランが何だか嬉しそうにしてるのが不思議だったけど、少し経ってからようやく思いついた。
多分チョコを渡しに行った、んだと思う。でも一言くらい言って欲しかったなぁ。
ちょっと心配になったけど(特にスゥは一度敵だった二階堂先生が好きみたいだし)
此処最近はイースター側の動きも見られないし、大丈夫・・・かな。
「あと、あむちゃんのチョコを渡すのは、くーかいだけだね」
「う、うん・・・・・・」
空海。元Jチェアだった、頼れるガーディアン。
「ん?どうしたのあむちゃん?」
「あー!やっぱり恥ずかしい、告白なんてあたしのキャラじゃなーい!」
大声で叫んでグランドの隅で丸くなる。ランが私の周りでくるくる回ってるのが気配で分かった、
でもそれどころじゃない。ただでさえキャラが違うってのに恥ずかしいのに、プラス告白なんて!
「もう、あむちゃん今日でその台詞何回目だと思う?」
溜め息をついた後のランの声。何回目って、カウントしているワケないじゃん。
朝から心臓バクバクしてて、それですっごい緊張。
おかげで外キャラのクール&スパイシーがいつも以上だったらしい。もちろんそれを自覚する余裕すらない。
「チョコ作ってあとは渡すだけなのに、そんなコトしてたら今日が終わっちゃうよ〜」
「それはイヤだけど・・・」
足がカチンコチンになって動けない。
今日、空海が聖小に来るなんて限らない。というより様子見に来る確率の方が断然に低い。
在校生が多くて元Jチェアで人気の高い空海がこっちにきたら、女子生徒が駆けつけるに違いないし。
だから中等部まで行かなくちゃならないのに!
「じゃあ素直じゃない子は素直なよい子にキャラ・・・」
「ストーップ!」
ランが生まれた時の、全校生徒の前で唯世くんに告白したコトを思い出してあたしは勢いよく立ち上がった。
もうあんな事はゴメンだ、いくらあたしの本心の言葉だとしても、あんな告白はしたくない。
ランが満足そうに笑った。あ、もしかしてワザと!?
「よし、足が動く今のうちにあむちゃん。中等部へダーッシュ!」
助けてくれる合図の言葉、聖小の正門へ向かって一歩踏み出そうとした時。
「相変わらず面白いことしてんな、日奈森!」
「へっ?」
今あらぬところから知り合いの声が聞こえたような?
振り返ると、校舎の影になって目立たないところにあの空海が座っていた。もちろんダイチもいる。
「よっ☆」
なんて星マーク飛ばしながら挨拶じゃなくって!
あたしは思わず駆け寄った。なんで。
「空海!いつからそこに!?」
「こっちの授業終わって今きたところだ。寒いだろ、ついさっき買ってきたホットココアでも飲むか?」
と言いながらコンビニの袋を手に持ってる空海。ああ、バレンタインだろうがいつもの空海だ。
って、なんでこんなに大量のココアの缶が。というより影に隠れていれば寒いのは当たり前じゃん。
あたしが呆然としている間にランが近づいて袋を覗いてる。
「たっくさんのココアだねー」
「寒かったもんで、ちょっと多めにな。遠慮すんな日奈森、どんどん飲め!」
「じゃあ、1本だけ」
何だか飲まなくちゃならないような感じがして、あたしは苦笑しながらそう言った。
満足そうに頷いた空海から受け取った缶は温かい。さっき買ってきたばかり、というのは本当みたい。
プルトップを開けて一口飲む、この缶は飲んだことがなかったけど甘すぎないココアだ。
「今日はガーディアンは休みか?」
「うん、バレンタインデーだし。ちょっと連絡事項があったくらいで解散だよ」
「つまんねぇなぁ・・・こう、イベントは楽しむべきだろ、男女共に!」
「・・・・・・・・・・・・で、なんで空海はこっちに?」
何だかイベントとなると皆でワイワイ何かしよう、って感じの空海がありありと想像できたけど、
突っ込むと話が長くなりそうだからぶった切る。というより、あたしが訊きたいのはそこだ。
「あっちにいるより落ち着くからな。人気のないとことか隠れ場所とか分かるし。それにお前らもいるしな」
「え?」
「ややはお子様で期待できねー、でも日奈森だったらチョコくれるかなーって思ってさ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
ちょっとだけドキッってしてしまった自分がバカみたい。
っていうか、中等部でも空海ってモテるんじゃないのかな?
「バ、バッカじゃない?仲間だったからって、そう簡単にチョコをあげるわけ・・・」
「くれるさ」
あたしの言葉をきっぱりとした声が遮った。空海をマジマジと見ると、太陽みたいに笑っていた。
「言ったろ?元Jチェアの俺をナメんなって」
ダイヤをばつたまにして、さらにジョーカーへの自信をなくしていたあの頃の言葉。
もしかして、あたしの気持ちバレてる?
「あむちゃん、がんば!」
耳元で小さく応援するランに、私は今まで固まっていた事に気づいた。
まずい、今頃になって脈拍があがってきた。
「そーやって、あまりこっちにいると彼女できないんじゃない?」
ううっ、また可愛げのない言葉がつらつらと。心底泣きたくなるよぉ。
「それはお前が心配することじゃねーっての!」
「わっ・・・・・・」
ぐしゃぐしゃと空海流の頭の撫で方。髪がボサボサになる、なんてこの時は考えられなかった。
何しろ空海の顔が近い。なんか近づいてるよね、さっきより。
「日奈森なら本命の辺里にチョコ作って、且つ俺らにも作ってくれるって信じてるんだ!」
「は?」
本命が、唯世くん?
そっか。空海は顔を出しているとはいえ、あの時からほとんど変わってないのかもしれない。
好きってところは特に。あたし自身、気が多かったってのもあるけれど。
「・・・分かった」
熱意というか、気迫というか、空海に負けた。
あたしの小さな言葉に彼はダイチと一緒にすっごく喜んでいるけど、なんでそんなにこだわるのか分からないよ。
でもこの状態でハートのチョコって。やっぱり。
「このままじゃよくないよあむちゃん、もう一押し、もうちょっと頑張って!」
「あ・・・あのね、空海!」
ランに後押しされ、あたしはちょっと大きな声で言った。缶を持つ手が震える。
「お、何だ日奈森」
「えと、その・・・・・・唯世くんに本命チョコは渡してなくって、その・・・」
「ん?じゃあ全員義理チョコってことか」
「そうじゃなくって・・・その・・・・・・」
耳まで真っ赤になってるんじゃないかと思えるほどに顔が熱い。言わなくちゃ、此処まできたら。
缶を持つ感覚が、ランの応援が遠くに行ってしまう。代わりに心臓が波打ってる音。
目の前にいる空海。口から思うように声が出ない。一言を出すのがこんなにつらいなんて。
「・・・ちゃんと、チョコは・・・作った、んだけど・・・・・・」
空海の顔を見ていられずに、顔を下げてしまった。
目を閉じる。顔が熱い。
「本命のチョコ、空海に、その・・・受け取ってほしいなって・・・・・・」
ぷしゅーって蒸気が顔から噴出するかと思った。
顔は上げられない。動けない。もう言葉も出せない。カチンコチンに固まってしまってる。
「・・・日奈森、ちょっと顔を上げろ」
ちょっと間を置いて、真剣な空海の声。反射的にまだ真っ赤な顔を上げると、空海が己を指差した。
「チョコだけじゃお前の想いは中途半端だぜ、お前の言葉が揃って完璧なんだろ!
言っちまえよ、此処まで来たら恥ずかしいも無いだろ!」
最後は歯を見せて笑った。その時、空海の頬が少し赤いのに気づいて、あたしは口元を緩めた。
告白されたら、少しくらい動揺してくれてもいいのに。やっぱり空海は、笑顔を絶やさない。
「あたしは、空海が好きです」
活発で、眩しいくらいの笑顔をいつも浮かべていて。身体を動かすことが大好きで。
何回も救われた。何回も笑った。好き、なんて本当に唐突にやってくる。
今あるのはあたしが好きな人は空海、それだけだ。
あの緊張も、恥ずかしさも空海が押してくれたお陰で引いてきて、すんなりと口が開いた。
顔はまだ赤いと思うけど、でも笑うことが出来た。
空海はあたしの告白を聞いて、まるで兄のような顔をして頷いた。
「ごーかく!俺も日奈森が好きだぜ」
「ほん、と・・・? って、うわっ・・・・・・!」
ぐしゃぐしゃ。さっきよりも髪を乱していく。
「嘘じゃないぜ、っていうより日奈森のチョコが欲しいって堂々宣言しただろ?」
「・・・・・・・・・・・・」
あれって、そういう意味だったんだ。ちょ、ちょっと気づかなかったかな。
「バ、バッカじゃん!チョコねだる男なんてみっともないじゃん!」
「あむちゃーん・・・」
ランが苦笑する。
あたし自身だって笑っちゃう、気づけなかった自分を隠す為に何の意地を張ってるのか。
だって、気づかないでしょう!特に空海のキャラだと!
あたしはカバンからラッピングされた大切なものを取り出した。
「はい。すっごく頑張ったんだから、食べないと怒るんだからね!」
「サンキュ」
鼻歌でも出てきそうな空海の顔にちょっとドキッってする。
あたしは横を向いてココアを一気に飲み干した。
なんか、唯世くんの優しい微笑とは違うこの笑顔にあたしはそうとう弱いみたい。
空海はチョコをカバンに入れると、急に立ち上がって大きな声でこう言った。
「よし!せっかくだ、記念に走るか!」
「え、えぇぇえぇっ!?」
それって何の記念なのよ!
バレンタインデー、それとも両想い? 聞いたこともないってば!
「なんて言っている間に校内一周ダーッシュ!」
ぐいっと空海はあたしの片手を掴んで駆け出した。後ろからランが「行ってらっしゃーい」って言っている。
校舎の影から出ると太陽の光で外がキラキラ輝いていた。
足がもつれないように走るけど、ちょっとツライ!?
「ちょっと、空海!待って!」
走るの速くなってる、これ絶対前より速くなってるってば!
あたしはこけないように足を動かして、前を行く空海に叫ぶ。
冷たい風みたいに吹き抜けてるような、それとも風を追い越しそうな感じ。
「ははは、嬉しい事あるとジッとしてられないだろ!」
でも返ってきたのは幼い子供のような表情と、喜びに満ちている声だった。
真っ直ぐ、真っ直ぐに走る。これは本当に一周走りきるまで止まってくれなさそう。
あたしが心に冷や汗をかくと、空海は「日奈森」って名前を呼んだ。
「んで、走り終わったら一緒に帰ろうぜ!」
空海とは家の方向が違うので、帰り道だってもちろん違う。
それはこの後も一緒にいようということ。
あたしは一番温かい、繋がっている手をぎゅっと強く握って
「うん!」
空海と同じように真っ直ぐに進む為に、足を踏み出した。
【終わり】
◇◆此処からはちょいとオマケ
「いいのか?持ち主行っちゃったぞ」
「ダイチの持ち主だって行っちゃったよ〜?」
カップルになったばかりの2人は見る間に小さくなっていく。
ランは空海のしゅごキャラのダイチとその場から動かずにいた。
「戻ってくるまで、仕方ないか」
2人のカバンが置きっぱなしになっているし、誰か此処にいなくちゃならない。
それにランにとっては。
「ダイチ、ダイチ」
ランはポンポンを揺すりながらダイチを呼ぶ。
何だ、と自分の方を向いた時あるモノを差し出した。
「・・・これ・・・・・・」
目を丸くするダイチにランは花のように笑った。
「あたしもね、皆と一緒に作ったんだ。今まで何かを作ったことなかったけど、スゥに教えてもらいながら一生懸命に」
はいっと差し出すピンクで飾られた袋をダイチは受け取る。
呆然としているダイチにランは思い出したように言った。
「あ、義理じゃないよ!ちゃんとした本命なんだからね!」
「・・・サンキュ、何かすっげえ嬉しいっ!」
「うん!食べたら感想聞かせてくれると嬉しいな、次はもっと美味しいの作りたいから!」
無邪気に微笑んだランは、ダイチにとって太陽よりも眩しく感じられた。
【終わり】