息を切らして帰るいつもの道。  
腰につけているポーチから微かに音が聞こえるような気がする。  
休まないで走っているからしゅごたまが揺れて悲鳴をあげているかも、いつもと違う様子にビックリしているみたい。  
あたしは走るのに必死で、はっきりとは聞こえない。  
 
今日しかない。今日しかないの。  
だから早く、パパとママが帰って来る前に。  
 
頭の中ではそのことばっかり考えてた。  
 
 
 
 
誰もいない家。今日はパパとママは仕事が遅くなると言っていたし、あみはお泊り保育。この時間、あたしとしゅごキャラ以外誰もいない。  
鍵でドアを開けたら、ちょっとだけ足を止めて深呼吸。そしてすぐにあたしの部屋に行って私服に着替えて、鞄から数冊の本を取り出す。  
「あ、あむちゃん待って〜」  
急いでキッチンに向かうあたしの後ろからランの声がした。  
「ラン達はゆっくりしてていいのに」  
「だってあむちゃんがそんなに忙しくしてるなんて今までなかったし」  
手を綺麗に洗って、チェック柄のエプロンを着ける。赤のチェックで控えめの黒のレースがついてるエプロンだったけど、お母さんってばこんなのどこで買ったんだろう。  
あたしがエプロンを着けると、ランとミキ、スゥの可愛い目が不思議そうに見つめてきた。  
「あむちゃん、あむちゃん。これから何か作るの?」  
「パパやママが帰ってきたらすぐに夕飯ですぅ〜」  
「今日の夕飯はもう作ってあるんだよ」  
スゥの言葉には反応して、必要な調理器具を準備する。  
「・・・・・・好きな人へ贈る、バレンタイン特集」  
「え?」  
ミキの呟きに反応して、ランとスゥの興味が本に集中する。背中でしゅごキャラが本のタイトルを読んでいるのが分かった。  
そう、もうすぐバレンタイン。だからパパとママがいない、今日のこの時間に手作りのチョコを作らなくちゃ。  
本当は何日も前から材料や本は用意していたんだけど、家に誰もいない日がなかなかなくて。気づいたらもう明後日がバレンタインデー。  
あたしの外キャラはチョコなんて興味がないクールな女の子。パパだけなら義理チョコってコトで、まだ何とかなるけれど。  
でも、今年は違う。  
「っていうか、わざわざ家で作らなくてもガーディアンの特権で家庭科室使えるよ?」  
「誰かが覗きに来たらイヤじゃん」  
読んだかのようなミキの台詞にあたしはきっぱりと言った。  
 
「あむちゃん、今から此処に載ってるチョコを作るの?」  
「そんな難しいの作れないよ」  
本当はチョコケーキとかちょっと手間暇かけたお菓子を作ってみたいけれど。  
時間もないし、料理も苦手なあたしは「お手軽にできるバレンタインチョコ」ってページだけしか活用できない。  
「でしたら〜」  
「わっ!」  
買ってきた板チョコを出していたら、スゥが泡だて器を握りながらすごく嬉しそうな顔をして私の目の前に迫ってきた。  
「キャラチェンジすればいいですよぉ〜♪ ちっぷ、しろっぷ・・・」  
「ちょ、ちょっと待ってスゥ!」  
キャラチェンジするときの掛け声が言い終わる前に、あたしはスゥに叫んだ。その勢いにスゥは言葉を止めてオロオロし始める。  
「はわわ?キャラチェンジしないんですかぁ〜」  
「ごめんね、スゥ。今回のチョコは今のあたしの力で作りたいんだ」  
「はうっ!」  
途端にスゥの大きな眼が潤んでいく。キャラなりだけじゃなく、キャラチェンジの回数も少ないスゥだから少しだけ胸が痛む。  
でも、とあたしは口を開いた。  
「料理は苦手だから、間違っていたら教えてくれないかな。スゥが頼りなんだよ」  
「ううっ、分かりましたぁ〜。美味しいチョコが作れるようにスゥも頑張るですよぉ〜」  
気持ちが伝わったのか、スゥに笑顔が戻った。前のお菓子作りの時はなでしこが一緒だったけれど、今はスゥしかいない。  
一番心強い助っ人だ。夕飯とかいった料理と違って、包丁とかたくさん使うわけじゃないし。何とかあたしの力で出来ると思う。  
自分で言うのも不安だけど。  
「ねぇねぇ、大きな板チョコいっぱいあるけど、あむちゃんは誰にあげるの?」  
「え?」  
チョコを全部切り刻んで溶かしていると、ランがポンポンを振りながら聞いてきた。  
「5枚、いや8枚くらいあるよ」  
ミキが板チョコの包装紙を数えるのを見下ろしながら、あたしの頬が赤くなる。  
「誰って、それは・・・・・・」  
「えーっと、まずあむちゃんのパパでしょ、そして唯世くん、三条くん、あと時々顔を出す空海・・・あれ、誰か忘れてる?」  
「ラン。イクトを忘れてる」  
ちょっとまって。  
「ねぇミキ、何でそこでイクトが出てくるのよ」  
「あ、初代Kもいたよね」  
「スルーかよ!」  
 
「じゃあランが言った4人は確定なんですぅ〜」  
それは、確かに渡す予定だったけれど。でもでもでも!  
「何であんな変態コスプレ猫耳のアイツの為にあたしがチョコ作らなくちゃならないの、バカみたい!」  
「あむちゃん、そんな必死にならなくても・・・」  
ランが苦笑しているけど、あたしの頭の中がイクトなんて!って騒いでる。というか、考えてなかったというか、その!  
あーもぅ、こういう時にイクトの事聞くと恥ずかしい台詞とか、その年上の色気というか、って何考えているのあたし!!  
自分でも顔が真っ赤になっているのが分かってすごく恥ずかしい。  
「気まぐれ猫気質のイクトなら14日ベランダに現れたりとかしそうだな」  
「そうですねぇ〜」  
「だったら失敗したチョコでも渡して帰ってもらう!うん、そうする!」  
だからもう終わりにしよう。ほら、刻んだチョコも溶けてきたし!  
「結局イクトさんにあげることになってるんですぅ〜」  
「うっ・・・・・・」  
勢いで言っちゃったけど、確かにそういうコトになるよぉ。  
「もお、静かにしててよ。材料の予備はないんだから」  
「じゃあランは応援するー、あむちゃんふぁいと!」  
「・・・完成スケッチ」  
これ以上反応したら終わらないような気がしたから、懇願するように私は言った。  
するとミキは借りてきたお菓子の本を見ながらスケッチを、ランはポンポンを忙しく振りながら得意の応援を始めた。  
「・・・スゥ、これくらいまで溶かせばいい?」  
「もうちょっと溶かしたほうがいいですねぇ〜」  
「そっか」  
あたしはまだ溶け切れてないチョコをゆっくりと回しながらこう考えた。  
まぁ、チョコが余っちゃったらイクト用の作ってもいいかな、って。  
14日に会わなかったらあたしとしゅごキャラ3人で食べちゃえばいいじゃない。  
バイオリンを演奏してるイクトは、悔しいけどカッコよかったし。  
 
「あ、ミキが描いてるのってハート型のチョコだ!真ん中の白いのは文字みたいだけど?」  
「愛する人。あむが好きな人の名前。ラッピングはピンクでリボンは赤かな。ボクはブルーがいいけれど」  
「なんだかあむちゃんが作ってるところ見てると、スゥも作りたくなってきたですぅ〜」  
「え、ちょっとスゥ!?」  
ちょっと考えを逸らせていたら、いつの間にかスゥが見守っていた側から、作る方へ。  
「大丈夫です、チョコを少しだけ貰うだけですぅ〜」  
スゥは自分達のサイズにあった調理器具をどこからか取り出し、テーブルの空いたスペースに広げる。  
それを見ていたランはスゥの傍へステップしながら近づいて  
「んー、応援してるより面白そう、ランもいい?」  
なんて言ったから思わず振り返ってしまった。  
「・・・・・・ボクも作ってみようかな」  
ミキまでこんなコト言い出して。少し驚いたけど、考えてみたら3人とも女の子のしゅごキャラ。  
この記念日に誰かにあげたいんだと密かに思ってるのかな?  
「作るのはいいけれど、片付けもしっかりやるんだよ」  
え?って眼を丸くする中で1人だけふんわりと笑った。  
「お片づけならスゥにお任せなのですぅ〜!」  
「だったら思いっきり作っちゃおー!」  
ちょ、ちょっとそれは気合入れすぎだよ3人とも!  
 
 
 
 
結局作り終えたのは夜遅く。  
それでも何とかパパとママが帰ってくるまでにキッチンを綺麗に片付けることが出来た。  
3人はそれぞれのたまごに入ってもう休んでいる。お菓子作りから、片づけまで今日はスゥの大活躍の日だったなぁ。  
あたしは3つのたまごをぼんやりと眺めつつ、欠伸を噛み殺して考えた。  
明日はラッピングする袋を探してこよう。色や模様のイメージはもやもやしているけれど1つだけ、「あの人」に渡すモノだけはピンクにしよう。  
ピンクだなんてあたしらしくないってのは分かるけど、でもそのチョコは特別。あたしの「好き」って気持ちを一番詰めこんだハート型のチョコ。  
「・・・ふあ・・・」  
ううっ、欠伸連発すぎる。今日はもう寝よう。  
ベッドに入ろうとした時、ふと眼に入ったカレンダーの14という数字を見て頬が熱くなる。  
 
バレンタインデーは、あともう少し。  
 
    
 

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