「はぁ……ん、っく」  
 埃くさい倉庫で、僕はただ劣情に犯されていた。  
 
「なでしこー?どうしたの、大丈夫?」  
「っん、へ、平気だよ……気にしないで、いいから」  
 今は『私』でなくちゃいけないのに。『僕』がそれを邪魔をする。  
 
「でも……え?あ、うん、ちょっとなでしこがね……」  
 どうやら、誰か来たらしい。ああ、どうしようこの状況。  
 
「へ?ええ、でもさ……うぅ。わ、分かったわよ。なでしこ、ごめんっ」  
 何故か謝られた。謝らなきゃいけないのは、多分こっちなんだよねぇ……。  
曰く、先程家から電話がかかって来たらしい。なのですぐに戻らなくてはならない、とのこと。  
 
「ホントにホントに、ごめんね?」  
「いい……の、気に、しないで」  
 それから何度か「ごめん」を繰り返し、「また明日」を告げると、彼女の駆けていく足音が響いた。  
つい、安堵のため息をついた。だけど、それは許されなかったらしい。  
 
 がちゃん。がー。がっちゃん。  
背後での金属音は、聞き覚えのあるもの、だけど認めたくない類のものだった。  
 
「いつまで閉じ篭ってるつもりよ」  
 ぶしつけに、冷淡に吐き捨てられた言葉。小さく愛らしい容姿には、一見この上なく不釣合いだった。  
 
「り、まちゃん……っ?」  
 呼んでも応えず、視線は一点に集まる。僕の、男の子らしい箇所に。  
 
「うぇあああっ!?」  
 咄嗟にズボンのファスナーを引っ張り上げようとしたが、子どもとはいえ元気なそれを収めるのは難しかった。  
「っだぁ!!」  
 結果、引っ掛かって痛い目に遭うわけで。  
 
「何やってるのよ……」  
「う、うぅ……」  
 冷ややかな視線以上に、ダメージに呻く僕。  
 
「もう。ちょっと見せてみなさい」  
「ふぇっ?わ、りまちゃんっ!?」  
 僕の手を振り払い、そこを小さな手でそっと撫でた。  
 
「ふ、っは……」  
「……痛い?」  
 やわやわと、優しく手を這わせていく。  
「や、やめてよ……りま、ちゃんっ……」  
「イヤ。あんたの頼み聞く義理なんて、ないもの」  
 
 必死に頼み込む僕に、クイーンは更なる試練を押し付けてくる。  
「んむっ……」  
「な、り、りまちゃんっ!?」  
 何を思ったのか、彼女は手にしたそれを、ぱっくりと咥え込んでしまったのだ。  
「ちゅ、ちゅっ……むぅ……」  
 生暖かい舌が、汚れた僕を舐め取っていく。  
でも、無駄なこと。僕はどんどん汚れてしまうから。  
だから止めて欲しかった。こんなの、彼女が汚れてしまうだけなのに。  
 
「ひぅ……う、りま、あっ……あ、あ」  
 意識が飛びそうになる。どうして、こんなことになったんだろう。  
 
 『私』が悪いのかしら。  
違う。だって、あむちゃんは会いたがってた。親友のなでしこ。何でも話せる、親友。  
だから、女装姿を見られてしまった時、嘘を重ねた。  
ちょっと家の用事で一時帰国した、なんて陳腐な嘘。  
女の子同士だから、彼女はなぎひこに対するよりもずっとフランクな態度で。  
ああ、そうだ。ジュースをこぼして、着替えることになったんだっけ。  
それで、あむちゃんの……。  
 
「っく、あ、あむっ……ちゃ」  
 どくん、と。開放感に満たされる。  
 
 それから、どれだけ時間が経ったのだろう。  
 
「帰るわよ」  
 その声に、ようやく我に返る。  
少女は平常と変わらない。自分もきちんと制服を着ていた。  
でも、匂いまではどうしようもない。  
僕の制服だって、ズボンに少し汚れが残っている。  
 
「……ごめん」  
 何を言えばいいのか、分からなくて視線を逸らす。口をついて出たのは、そんな一言だけ。  
 
「バカ」  
 ひょいと伏せた顔を覗き込まれる。  
 
「て言うか、バカね。大をつけてもいいくらい」  
 そうして、無理矢理立たされて、手を引っ張られて、帰路に着く。  
 
「あの、ごめんね」  
「いい。気にしてないし」  
 そんな訳ない。だけど、彼女は平然としていた。  
 
「……あんたは嫌い。でも、分かるから。それだけ」  
 何が分かるのか、言わなかったけど。もう謝っても彼女を困らせるだけだったから。  
 
「ありがとう、りまちゃん」  
「バカって言われて喜んでんじゃないわよ……」  
 
 握られた小さな手は、とてもとても暖かかった。  
 

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