: 140%"> 式神の城  

「まったく、何でこんな日に限って…」  

路上を通り過ぎていく一陣の風。豊かな金髪に整った顔立ち。隣をすれ違えば、男なら10人のうち9人は振り返るであろう美女。そんな女がただひたすらに走っている。  
「折角決勝用に気合いはいった服用意したのに。…」  
彼女の名は堀口ゆかり。ある種のカードゲーム界においては、カリスマ的あるいはアイドルとしてその名を広める、デュエリストである。  

「昨日遅くまで対戦相手の戦術を研究しすぎたかしら…」  
そう、今日は大会決勝の日。彼女にとって素晴らしい日になるはずであった……。  

 

「もう少し…。」  
ゆかりがあと少しで大会会場に辿り着く、そんなとき、路端から彼女を呼び止める声。  

「スイマセン。堀口さんですよね?あの握手してください。」  
「えっと…」  

いくら急いでいるとはいえ、その筋の人達には絶大なる人気をほこっている彼女にとって、ファンサービスも大切であると常日頃から考えている彼女は、無視する訳にもいかず、立ち止まることにする。  
「決勝頑張ってくださいね。」  
「ありがとう。頑張ります。」  
握手をすませ、笑顔で去ろうとするゆかり。しかし次の瞬間、彼女の意識は深い闇へと墜ちていった…。  

「…りさん。ゆかりさん。」  
遠くから聞こえてくるそのかすかな呼び声に、ゆかりは耳を傾けた。  
『此処は?一体何が?』  
ぼんやりとした意識の中、ゆかりはそう呟いた。  
「ああ、ゆかりさん。やっと気付いてくれたんですね。」  
その言葉にゆかりははっと身を硬くする。  
「あなたは?一体?」  
「まぁ覚えてないでしょうね。予選1回戦の対戦なんて。」  
「……。」  
記憶の糸を辿る。そういえば、最初の対戦相手がこんな顔だったような…。  
「まぁ覚えてなくてもそれはたいした問題じゃないんですよ。」  
「どういう意味なの?」  
「解りませんか?今日からは私があなたを支配するんですよ。」  
「なっ……。」  
「カードの世界ではあなたに支配されましたが、現実世界に於いてはあなたは所詮小娘。そのことを身をもって教えてあげますよ…。」  
「そんな目茶苦茶な!」  
「事実貴方を捕獲するのは簡単でしたよ。現代には便利な物がありますからね。」  
「…!!」  
そう言う男の手にはスタンガンが握られていた。それを見て全てを悟るゆかり。  
『あのあと、あれを当てられて気を失ってしまったのね…。』  
そう心の中で呟き、唇を咬むゆかり。  
「私をどうするつもりなの。」  
きつい目付きでその男を下から睨み付ける。どうやら、手足の自由は奪われているようだ。動くたびに重い鎖が悲鳴を上げる。  
「言ったでしょう、あなたを支配すると。」  
「そんなこと、できるはずな…」  
そう言いかけてゆかりは気付いた。自分が大会用の服装に着替えさせられていることに。かっと顔に血が昇る。大きく開いた胸元を見るに、下着は外されているようだ。  
「やっと気付きましたか?折角なので着替えて頂きましたよ。」  
含み笑いを浮かべながら男が言う。  
「さて、始めましょうか。」  
「何でも自分の思い通りに行くとは思わないことね…」  
冷たく、軽蔑に満ちた目で目の前の男を再び睨み付ける。  
「ところがそうでもないんですよ。」  
ゆかりの憎悪に満ちた目線を平然と受け流すその男には、奇妙なほど余裕がみてとれた。それを見て訝しむゆかり。  
「わかりませんか?じゃあこれを見てください。」  
「…!」  
「そう、あなたの大切なカードですよ。この中にとても大切なカードがあるらしいですねぇ。プレミアな価値ではなく、あなた自身にとって価値のあるカード…」  
「どうしてそのことを…」  
ゆかりの顔が青ざめる。  
「さぁ?どうしてでしょうねぇ。まぁファンは貴方が思っている以上に貴方のプライベートに踏み込んでいるんでしょうねぇ。」  
そんな男の声など耳に入らず、ゆかりは動揺を隠せずにいた。  
『あのカードは私と【あの人】との約束のカード…』  
そう。ゆかりがデュエリストになるきっかけとなったのは、ある人物との約束だった。  
あるとき、未だゆかりがデュエリストになりたての時に一度だけ対戦した【あの人】。完敗したゆかりにあるカードを渡して去っていった【あの人】。  
『君はなかなか筋がいい。また戦うその時までこのカードを預けておく。そう、再戦の約束の印だ』  

いつしか【あの人】がゆかりの目標となっていた。だから、【あの人】との約束のカードだけは…  
「どうしました?黙り込んでしまって。よほど大切なカードらしいですねぇ。」  
その声にはっと我に返るゆかり。  
「私としては、カードなんかドウでもいいんですがねぇ。たとえば…」  
そう言って一枚のカードに煙草の火を押しつける。  
「やめてぇぇぇぇ。」  
悲鳴を上げるゆかり。  
「さて。他のカードがこうなる前にお返事を聞きましょうか?」  
「…」  
考えている時間はなかった。  
「分かったわ…。但しカードには手を触れないで頂戴。」  

 

悔しかった。たまらなく悔しかった。しかし方法がなかった。  
『こんな男に…』  
鋭い眼光で男を睨み付ける。男は凄絶な笑みをうかべながら、その視線を受けとめる。  
「これから何が起こるか少しは理解しているようですね。ふふふ、自分の貞操よりも美しき思い出をとりますか。」  
「…」  
「まぁそれもいいでしょう。所詮思い出の美しさなど個人の価値に基づくもの…」  
「…」  
「でもすぐにそんなことは忘れますよ。」  
「…?」  
「思い出などは所詮過去のもの。現実の快楽にくらべれば。そのことをこれから貴方にたっぷりと教えてあげますよ…」  

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