「くうっ!?」  
「こんにゃろ!」  
小夜に仕掛けた化け物に札を思い切り叩きつけてやる。  
どおん、と派手な爆発。  
後には塵だけが残った。  
「小夜、大丈夫か?」  
「……大した事ではありません。ひどく弱い呪い、ですね」  
その装束には僅かな黒ずみがある。余程の不意打ちだったんだろうな。  
しかし。  
「なあ、どうしたんだよ、こんなのばっかりだろ」  
何となく心配になる。どうも最近は注意が散漫で、さっきのように簡単に  
化け物の攻めを喰らってしまう。  
ちょっと前にデカイのを倒したばかりだ。その直後は流石に疲れ果てて  
暫く休養をとったはずだけど、まだ全快じゃないのか。  
「大丈夫、です。……帰りましょう光太郎さん」  
涼しげな笑みだけど、どこか影があるように感じられる。  
「本当か?……送ってやるよ」  
手を繋いで俺達は歩き始めた。  
 
小夜の部屋はオッサン(玄之丈)の事務所から少し歩いた所にある。  
丁度俺の部屋とは事務所を挟んで正反対の場所だ。  
デカイのを倒した後、小夜は故郷に帰るだろうとの予想を裏切り、この町で修行すると言い出した。  
小夜の力は強い。強すぎるあまり、無関係な人達をほんの僅かだけど巻き添えにしてしまった。  
それを悔やんでの決意なのだろう。  
『わたくしは倒す術しか知りません。守る術を身に着けたいのです』  
ま、俺としては小夜と一緒にいられるのは素直に嬉しかったけどな。  
色々あってオッサンが部屋を都合し、ふみこが使わない家具なんかをくれてやり、  
金先生なんかは化け物関係の事件があれば優先して情報をくれるし。  
そうじゃない依頼も出来るだけ俺と組んで解決する、という状態なのだ。  
「どうかしましたか?」  
「いや、何でもない」  
そして、こんなふうに二人きりで肩を並べてお茶を飲む以上の仲だったりする。  
男女の間に友情はない。全くその通りだと思う。  
デカイのを倒し、その後にやってきたのは平和と、こいつに対する特別な感情だった。  
この部屋に最初の客として呼ばれ、小夜も同じだった事を言葉と身体で知る。  
「顔、赤いですよ?」  
「気のせいだって」  
その、小細工なしの求愛は思い出すだけで赤面してしまう。  
俺も男な訳で、手加減抜きで応えてしまった辺りは反省してる。  
もっと優しくしてやるべきだったな。  
ぐ、と肩に重い感触。  
「小夜?」  
答えはない。見れば微かに荒い息をして、ぐったりとしている。  
「おい、小夜!しっかりしろ!」  
汗も出始めている。  
さっきの──呪いって言ってたな。あれ、なのか?  
……俺じゃ、どうしようもない。ふみこを呼ぼう。  
っと、その前に布団に寝かせてやるか。  
 
 
「どれ、確かめるとしましょうか」  
ふみこは俺の説明である程度の予測はついたらしい。  
眼鏡にふちに中指を当てて何かを呟き、そして紫の眼光が一層強くなる。  
「ふむ、確かに呪いのようだけど、……ふむ、なるほどね」  
「どうなんだよ?」  
俺の問いかけに指を離してから答えた。  
「光太郎、少しも解らない?」  
何だか苛々した声。そんな事言われても解らないものは解らない。  
俺だってそっち方面の勉強はしているけど、まだはっきりとした成果は出ていない。  
「…解らない。俺、……ごめん」  
俺がしっかりしてれば助けられるのに。  
「ふ、そんなに落ち込む必要はないわよ。光太郎がもっと実力をつければ良いだけの話よ。  
 さて、見せてあげましょうか」  
幾分柔らかい表情で言うふみこ。それも結構堪えるものだけど、黙っているか。  
す、とふみこは小夜に手をかざす。とろりと赤い可視化された魔力がさらさらと霧となって  
小夜に降りかかる。  
「な、あ?」  
何だこりゃあ?  
赤い粒子は小夜の装束に届かない。ごく近いところで止まり、形を作り始める。  
それは回転する札、いびつな歯車にも見える。常に重なり合い、分離している。  
これなら俺でも解る。何重にも積まれた結界だ。  
「見ての通りよ。小夜には強力な霊的結界が施してあるの。こんなふうに  
 幾つも重なっていて、しかも止まる事を知らない。この隙間を縫う術なんて皆無に  
 等しいでしょうね」  
だったら、  
「なんで化け物の呪いが効いたんだよ?」  
 
「ひとつひとつをよく見なさい。どれも高度だけれど、完全じゃないでしょう?  
 最も完全な守りなんてありえないんだけれど……だから、こんなに重ね掛けしてるの。  
 呪いが効いたのは運よ。万が一の不運ね。全部の隙間がぴったり合った瞬間に呪いが  
 通ってしまったのよ。小夜本人も呪いへの耐性はあるけど、この結界が邪魔をして  
 外に吐き出せない状態なの」  
偶然飲み込んでしまった異物を吐き出せない、という事らしい。  
小夜は眠ってはいるが、苦しそうだ。  
早く、助けてやりたい。  
「ふみこ、どうしたら助けられるんだ?」  
数瞬の思考の後、口を開く。  
「安心しなさい。……そうね。小夜を苦しめてるのはどちらかと言うと結界の方ね。  
 慣れない呪いに対応しっぱなしだから、結界へ霊力を上手く渡せていないのよ」  
「何で結界が苦しめるんだ?」  
腕を組み、ふみこの視線は強くなる。  
「これをかけた奴、人でなしね。守りの対象から力を削り取ってまで維持しようとする  
 なんて、一種の拷問だわ。何を考えているんだか」  
俺の問いを無視して怒っている。……もしかして。  
「小夜の事、気に入ってる?」  
は、と我に帰ったふみこ。気まずそうに目を泳がせて、俺にたどり着く。  
「そうね……なかなかに面白い娘だとは思ってるわよ。この子は私を嫌ってるみたいだけど」  
小夜はあまりふみこと話をしない。女同士だからもうちょっとは仲良く出来るだろうと  
期待してるんだが。  
結局は小夜の潔癖さが壁になっているのだろう。魔女というだけで嫌っている感がある。  
ふみこは時々姉のように振舞うことがあるけど、それは本心からだな。  
小夜に向けられる目も言葉も優しい。いいコンビになれる筈だと思う。  
「うん、そりゃ良かった」  
時間が経てばきっと上手くいく。  
この二人が仲良くしてる光景は、さぞかし絵になるだろう。  
 
小さく咳払いしてふみこは続ける。  
「話が逸れたわ。……そういう事ね。  
 呪いを無理に押し出そうと力を浪費して、その上に結界からも適量以上の  
 力を削られてるのよ。小夜を楽にしたいなら、  
 結界の隙間をもう一度作り出して吐き出させるしかないわね、今のところは」  
この魔女でさえ万が一と例える隙を、意図的に。  
眠っている時でも隙を見せない結界だ。それを操るなんて不可能じゃないのか。  
「どうするんだよ?」  
俺に笑いかけて言う。  
「安心しなさい。そんなに急ぐ用件でもないのよ。  
 そうね、このまま二週間も放置するれば小夜が勝手に呪いを解くでしょうね。  
 明々後日頃には対応方法を覚えて目を覚ますでしょ」  
何もしなくてもいいと言うけど、  
「……でも、俺、見てられねえよ」  
やっぱり小夜の苦しむ姿なんて見たくない。  
いますぐ、助けたい。  
「な、頼むよふみこ」  
す、と目が細くなる。何だろう、その感情は読み取れない。  
次の瞬間には柔らかいものになった。  
「仕方ないわね。じゃ、見せて説明してあげる」  
さっきと同じく手をかざし、赤い魔力を垂らす。  
音もなく小夜に近づき、矢のような形になった。  
先端が指した所の結界が激しく蠢く。隙なんて微塵もなくなる。  
「この勘、流石ね。……解る?結局は警戒心に反応して動く種類なのよ。  
 まずはこの警戒心を解くのが第一歩で、最大の難関ね。その後なら大した事ないんだけど。  
 ……戦いの時くらいしっかりしなさいよね、全く」  
あー、やっぱりいいおねいさんだ。  
ひょっとしたら小夜みたいな妹が欲しかったのかもしれないな。  
 
「で、どうするんだよ?」  
寝ていても働いている警戒心なんて、解くのは無理なんじゃないのか。  
「……明日に薬を渡すわ。起こして飲ませてあげて。  
 後はそう時間がかからずに結界は停止するでしょうね。  
 その後にでも呼んでちょうだい」  
薬?霊的なものに薬なんて効くのか。  
……いや、ふみこを信じるしかないだろ。  
「うん、頼むよ」  
 
 
ふみこの言った通り、執事の人が昼前に薬を持ってきた。  
小瓶に入っている薬。意外にも無色透明だ。  
魔女の薬と言えば赤くてどろどろ、なんて印象があるけどな。  
小夜への配慮なのだろうか。  
とにかく飲ませなきゃ。  
「おい、小夜、起きてくれよ」  
何度か肩を揺さぶる。そろそろと瞼が開く。  
小夜は上体を重そうに起こした。  
「…あ、光太郎、さん。…駄目です、まだ……」  
いつもなら凛とした声が、全く切れ味を失っている。  
表情もまだ平時には程遠い陰り具合だ。……早く元気にしてやりたい。  
「薬だ、飲めよ。……知り合い、から貰ったんだ」  
湯飲みに注いだ薬を渡す。  
ふみこの名前は出さない方がいいだろうな。  
「……はい、頂きます」  
思考にも霧がかかっているのだろう。何の疑いも持たずに湯飲みに口をつける。  
こくり。こくり。細い喉が鳴って、小夜は飲み干した。  
 
はあ、と熱っぽい息を吐いて俺を見る。  
目が虚ろになってる。飲ませる前よりもひどくなってる気がする。  
「ちょっといいか?」  
額に手を当てると、結構熱い。もっと水を飲ませてやるか。  
効くのがいつなのかは解らないけど、下手すれば脱水症状もあり得るだろうし。  
「水、持ってくるな」  
台所で水を湯飲みに入れて戻る。  
「……何してる、小夜」  
見れば布団の上で裸になっている。行儀よく正座なんてしてるし。  
躊躇いがちに俺に顔を向ける。──赤い頬。  
「光太郎、さん」  
その声音は明らかに俺を誘うもので、……そんな事してる場合じゃないだろうに。  
「小夜、寝てろって」  
寝かしつけようと肩を掴む。  
「っ!」  
ひくりと身体を震わせる。その眉間にも特別なしわが入っている。  
何回も抱いたから解る。感じてる、らしい。  
……そういう事かよ、全く。  
 
「は、む…はふ、あ、……っ」  
口から溢れる涎に目もくれずに深い接吻を続ける。  
やっぱり……いつもよりも、舌の動きが激しい。  
少しずつ鼻先を擦りあわせるような浅い口付けに変化させ、小夜の舌を誘い出す。  
そして一気に角度を戻して顎を噛み合わせる。  
「んん!……っ!は、ふ、っ!」  
溶けるように、溶かすように絡み合う。ぐちゃり。音が鳴る度に俺達の境界線はなくなっていく。  
もっとだ。もっと、深く、繋がろう──。  
腰を這う手を胸に持っていく。小夜の胸は、俺の大きいと言えない手でもすっぽりと  
覆えてしまう。標準よりは下のサイズだろう。  
でも、好きだ。  
「んああ、や、ふあああ、……」  
ちょっと力を入れるだけで、意のままに形を変える。小夜が応えてくれる。  
突起を親指と人差し指で挟んで、捻る。  
「ん、ああ!」  
束縛を少し緩めて、押し込む。  
「……っ!」  
びくりと身体全体がうねり、より淫らに染まっていく。  
普段が潔癖な分、こんな変化が凄く新鮮に感じる。とても同じ小夜だとは  
思えない。  
「は、あ。光太郎、さん……」  
どれだけ違って見えても小夜は小夜だ。  
俺の惚れてる小夜。  
 
とっくに首や頬、胸なんかは俺の涎でてらてらと光っている。  
そうでない所だって小夜の汗で鈍い光沢で埋まっている。  
物欲しそうな目で、俺を促した。  
「解ったよ、小夜」  
今までは服を着たままだったけど、それも終わりだ。  
手早く全部脱いで、横になって待つ小夜に倒れこんだ。  
軽いキスを何度も繰り返しながら思う。  
本当に柔らかい。何で、こんなにも触り心地が違うんだろう。  
小夜が俺の肩に手を置いて、重なっていた胸を離す。  
「………」  
こくんと頷く。その意図はひとつだけだ。  
焦らしすぎたか。  
「ん、ごめんな」  
小夜の脚を開き、その間に腰を据える。性器の狙いを定める。  
この状況。何度目かは覚えてないけど、それでも心臓が高鳴ってしまう。  
小夜も同じだ。期待を込めた目で俺を待つ。きれいな胸が速く上下している。  
「ん、ふあ……」  
俺は性器の先端だけを挿入して上体を乗り出させる。  
ほっそりとした十の指。俺の指を同じ本数だけ絡ませ、がっちりと固定。  
はあ、はあ、はあ、はあ。  
何もしてないのに呼吸が荒ぶる。どくどくと血流がうるさい。  
あとは登りつめるだけだ。  
 
「んんんん!、んん、は、んん!」  
繋がるのは性器だけじゃなくて、唇も。  
粘液を混ぜる音が二箇所から発生する。  
「ん、あ!んあ、あむ、……っ!」  
艶声も俺の物にしたくて、ひたすら舌を押し入れる。  
性器も休みなく動かし続ける。奥に届くと、小夜の秘所が締まる。  
ぎゅうう。気が遠くなる快感。もっと、したくなる。  
「は、ああ!…んぁあ!」  
俺は舌を引き抜いて、快感の抽送に没頭した。  
必死に腰を振りまくり、快楽を紡ぎ出させる。  
「は、はあ!こうた、ろ、ああ!くああ!」  
「ん、……はあ、どうした、小夜?」  
小夜の声に、やっとの事で振動を止める。止めても、その余韻でくらくらしてしまう。  
首を振って身を焼く快感に翻弄されてる小夜。これ、我を忘れてるんだろうな。  
「小夜?何だって?」  
下顎に口付け、言葉の続きを言わせる。  
目に僅かな理性の光が戻った。  
「……っ、その、…後ろ、から……」  
羞恥に耐えながら小夜は言ってくれた。  
真っ赤な顔。それでも閉じなかった黒い瞳。  
滅茶苦茶可愛いよ、小夜。  
「うん、小夜がしたいように、してやるよ」  
性器を──我ながら意地が悪いな──ゆっくり、ゆっくり引き抜く。  
「んあ…、あ、ああん」  
消えていく快感を少しでも味わおうと、目をつぶって秘所の変化に意識を集中している。  
今突き入れたら、どんな声を出すんだろう…いや、小夜のお願いを叶えなきゃ、な。  
抜けた俺の性器は勢いよく反り返り、小夜の熱蜜を振り飛ばした。  
びちゃり。へそまで届く。  
「…っ!、ん、ふはぁ…」  
恍惚の声。まだ達していないようだけど、その時は近いか。  
 
惚けたように動かない小夜に俺は言う。このままじゃ、出来ないぞ。  
「小夜、身体、起こして」  
「は、い…」  
のそのそと四つん這いになる小夜。秘所から透明な液体が見る間に噴出して、  
白いふとももに筋を作る。  
衝動に耐え切れず、その性蜜に舌をつけた。  
「ふああ!…ああ!光太郎、さぁん!」  
美味しい。垂れた分を舐めとり、さらに源泉から飲む。  
ずず、ふは、ぬちゃり、ずずずず。  
小夜の、香りだ。ごくり。小夜の味。なんて、淫靡なスープ。  
っと、さっきのお願いを忘れそうになる。  
口を離す。小夜は軽く達したのだろう、上体を支える腕が今にも折れそうに揺らいでいる。  
もっと、高みへ行こうな。  
俺は言葉をかける事もなく性器を入れる。  
「んあああ!…っあ!ふ、あ!」  
布団を握る小夜の手。ぎり、と指が食い込み、俺の性器も絞られる。  
…我慢しろよ。簡単に達するな、小夜。  
中ほどまで性器を抜き、一気に叩き入れる。  
「──っ!…!、…─!」  
肌が楽器のように高い音を鳴らせている。声なんて出す必要はない。  
美しい背中が踊る。黒い髪が舞う。  
ぐちゃぐちゃの中。どこまでが小夜で、どこからが俺なのか、判別がつかない。  
とにかく熱い。心が猛る熱さ。  
もう容赦なんてしない。ひたすら頂上を目指した。  
「…っああ!あ!くぁあ!ひ、…っ!っ!あああ!」  
小夜の指がますます布団に刺さる。俺の性器もああなってるんだろうな。  
あんな、乱暴な扱いをされているのに、何でこんなにも気持ちいいんだろう。  
…は、あ。先端の灼熱が俺を支配している。こっちはとっくに臨界寸前。  
「こ、こうたろっ!は、──っ!ん、ああ!」  
小夜も、かな。  
 
背中が限界まで反っているのは、性器が動きやすいようにする為か。  
そのくせ秘所はぎちぎちに狭まって性器を止めようとしている。  
その矛盾が、余計に快感を垂れ流す。  
く、そ。これ以上は耐えられない。  
「はあ、は、あっ!小夜…っ!」  
びくりと反応する小夜。握られた布団が、遂に握り潰された。  
「ああん!ひ…、…っ!ああああああ!」  
千切られそうな圧力と、それを上回る勢いで放出される精液。  
狭められた通り道を駆け抜ける欲望。  
「ぐ!──っ!あ、ぐぅ…っ!」  
どくり。吐き出される度に要求され、また吐き出す。とくり。  
何度かそれを繰り返して、俺たちは脱力。  
ずるずると二人とも横に崩れてしまう。  
汗ばんだ背中が目の前にある。抱きしめて口付け。  
「……………」  
「小夜?」  
反応がない。離れて顔を覗くと、すやすやと穏やかな寝息をしている。  
うん、可愛いぞ小夜。  
頬に接吻し、俺はやっと一息ついた。  
「はぁ、気持ち、よかった…」  
久しぶりだというのもあるだろうけど、小夜を気持ちよくさせた、という事の方が  
大きい。心底、満足だ。  
小夜の身体を拭き終わって、服を着る。  
さて。  
「ふみこ、いるんだろ?」  
 
部屋の隅に声を投げかけると、ふみこが現れた。姿隠しの魔術を解いたのだ。  
しかし、趣味が悪いよな。  
「若いわね、全く」  
その声も顔も冷静さが失われていない。俺達の激しい情事を余すところなく見終えたのに、  
平時と変わらない。  
大した女だ。  
「じゃ、頼むよ」  
小夜の警戒心を解く。つまりは小夜が心から安心する状況にする為の薬。  
詳しい成分なんて聞きたくもないけど、そういった心情にする薬だったのだろう。  
「よし、これなら問題なしね」  
側まで近づき、昨日と同じく魔力を垂らす。  
結界を可視化させたのは次の作業へ集中する為だろうな。  
そして細い糸のような魔力で小夜の結界を移動させる。  
ふんふんと鼻歌なんて余裕を見せているけど、とんでもない高等技術だぞ、これ。  
例えるなら、何十メートルという長い糸をぶら下げて針の穴に通すようなものだ。  
俺には狂気の沙汰としか思えない難行を、苦もなく実行している。  
魔女だな。生粋の魔女だ。  
俺でも解るような穴が開き、直後に黒い霧がぶわりと吹き出す。  
「あら、明日には解いていたかもね。……目が覚めるのは早くても朝でしょうけど」  
予想外だとふみこは感嘆の声を出す。何にせよ、成功らしい。  
小夜に布団をかける手つきが優しい。……小夜に接する時だけ、魔女っぽい印象が  
薄れている気がする。妹か弟を相手にしているような優しさだ。  
きっと小夜みたいな妹が欲しかったんだろうな。  
立ち上がったふみこは数秒だけ俺を見詰め、不機嫌そうに言い出した。  
「あのねぇ、お茶でも出して労おうって気にはなれないの?」  
「あ、ごめん。俺の部屋でいいか?」  
ふみこが満足しそうな高い店なんて行けないし、そうでなければオッサンの事務所か。  
「よろしい」  
腰に手を当てたふみこは肘を俺に突き出す。  
腕を組め、か。お嬢様育ちというのは本当で、些細な動きに余裕が感じられる。  
「はいはい、御一緒しましょう」  
 
執事の人は屋敷に戻したそうだ。  
したがって、歩く以外の交通手段はない。  
……ふみこに視線が集まっている。さすがに若いとは言えない外見だけど、  
美人である事には間違いない。  
盗み見ると、集まる視線を全く意識していない様子だ。肝が大きいのか慣れてるだけなのか。  
ふと疑問に思った事を口から出してみた。  
「なぁ、ふみこ。眼鏡、変えた?」  
デザインは大体は同じだけど、微妙に丸みのある形に変化している、と思う。  
「……まあ、そうよ」  
珍しく歯切れの悪い言い方だ。自分でも納得のいかない壊し方でもしたんだろうか。  
「……あげたのよ。……お詫び、みたいなものね」  
遠い目をするふみこ。何かを思い出し、懐かしんで、惜しむような表情になった。  
簡単に誰かに渡せるような品ではなかったのだろう。相応の思い出が詰まっていたのは想像しやすい。  
ま、ふみこみたいな魔女が着けてる辺り、普通の眼鏡ではないんだろうな。  
「そんなに惜しい眼鏡だったのか?」  
「……そんなに高いものじゃないわよ。元々、ちょっとした補助具みたいなものだったのよ。  
 魔法が未熟な頃に貰って、それのお陰でコツを掴めて、……今では無ければ無いでいいの。  
 何となく手放せなくなっただけの眼鏡よ。度も入ってないし、代えならいくらでも作れるの」  
さばさばとした返事だ。  
ふみこ自身がそれほど気にしていないのなら、俺がどうこう言える話じゃないか。  
 
す、と俺を見たふみこが言う。  
「しかしまぁ、その歳で一人暮らしなんて感心ね」  
「そりゃ、こういう仕事してるんだから当たり前だろ」  
真夜中に飛び出すのも珍しくない仕事だ。家に居たところで迷惑になるだけだ。  
説得には相応の痛みもあったけど、今はこの生活が気に入ってる。  
俺の素直な言葉に納得したようだ。ふみこはふんふんと頷いている。  
そんなこんなで到着。  
鍵をポケットから取り出して、開錠。  
「さ、入ってくれよ」  
「あら、見られたくないもの、ないの?」  
まあ、その辺の始末は小夜と付き合い始めてから、きっちりとするようになった。  
不意の訪問にも対応出来る。  
「あるけど、ちゃんとしてあるよ」  
隠す必要もないから正直に話す。  
にっこりと笑うふみこ。  
「よろしい」  
 
うお、……場違いな靴が俺のと一緒にある。  
ふみこの姿なんて完全に部屋と合っていない。少しだけ後悔する。  
もっと気の利いた場所、あったかもな……  
まあいい。まずはお茶か。ふみこならコーヒーかな。  
台所に寄ろうとすると、ふみこがくるりと洋服をなびかせ俺に向きなおして一歩踏み出した。  
何だよ?  
そう声にする間もなく唇を塞がれた。  
「──!」  
そのままドアに押し付けられ、かちゃりと鍵がかかる音。次いで鎖も。  
腰にふみこの手がまわってくる。艶かしい手つきに背筋がぞくぞくする。  
「報酬が、先でしょう?」  
話が違うだろ。その言葉も呑まれてしまう。  
あっというまに舌が滑り込んできた。俺も男だ。負けまいと応戦して、  
完敗。  
「んは、んん…は、ふ…」  
上手い。上手すぎる。  
主導権を握り返すための巻きつけをあっさりと避けられ、目標を見失った隙に逆にやられてしまう。  
その感触。今までにない体験に心身が停止して、口内を隅まで弄られてしまう。  
早くも冷たい舌に思考を根こそぎ奪われて、ぼんやりとなってしまう。  
その指もシャツに潜り込み、地肌を撫で回している。  
「っ、ばか、やめ……、──」  
抵抗しようにも、あまりにも快感が強すぎて上手く出来ない。  
ばくばくと昂る心臓。  
「はあ、光太郎、どう?」  
どうって、どう言えばいいんだろう。  
妖艶な微笑みに、くそ、丁度いい言葉が見つからない。  
再び入ってくるふみこの赤い舌。…こんな、簡単に身体を支配されてしまうなんて──  
 
ちゅるちゅると唾液を吸われ、何も考えられない。  
背にまわっていたふみこの腕に力が入って、俺はなすすべもなくどこかに連れて行かれる。  
ぎしりとベッドに押し倒された。  
ようやく、開放される。  
「は…はぁ、あ…」  
起き上がれない。脳髄にこびり付いた感触が消えてくれない。  
かちゃかちゃ。鉄が軽く触れ合う音だ。俺の、腰の辺りから響いている。  
って、  
「ふみこ、やめ、っ!」  
抗議は快感に却下されてしまう。見なくても解る。ふみこは迷いなく俺の充血した性器を  
露出させ、赤い舌と同じく冷たい白い指で嬲っている。  
「ふふ、濡れてるわね」  
あまりにも恥ずかしい台詞。止めさせたいのに、こんなに興奮してる俺はどうかしてる。  
ゆるゆると、確かめるように凹凸をなぞられる。腰がむずむずする。  
どうせなら思いっきりしてくれ。こんな半殺しなんて地獄だ。  
何も考えられないくらいの、刺激をして欲しい。  
「あは、見て光太郎」  
ふみこの言葉が持つ強制力に逆らえない。  
溶けかかった脳みそを持ち上げて、固まる。  
「ほら、…凄い量。もっと出してあげる」  
ふみこの両手が、ごしごしと竿をしごいている。まだ横腹だけを刺激されてるだけだというのに、  
透明な液は性器全体を覆っている。ふみこの指が往復すると、一層濡れる俺の性器。  
…足りない。いい加減に、焦らすのは止めてくれ。  
「何?言わなきゃ、解らないわよ?」  
楽しそうな表情。言うまで、このもどかしさを解消してくれないのかよ。  
快感は微妙なところを行ったり来たり。  
…くそ、こんな事、言わされるなんて──  
「ちゃんと、して、くれよ、ふみこ…っ!」  
にやりと口元を歪め、先端に口付けられる。  
「ぐうっ!」  
 
シーツを握って、なんとか耐える、けど、  
「う、ああ!──!あ、ぎ、あ、…っ!」  
全部がふみこの口に収まる。亀頭に舌がヒルみたいに吸い付いて、  
挙句に、その穴を、犯し始める──!  
頭がおかしくなりそうだ。……怖い。そのくらいの快感。  
ちゅぶりと口が離れる。  
「ほら、私の唾液で光ってるわね。…ふふ」  
んな事、見れば解るっての。息をつく間もなく、再開。  
「ん、…んふ、…んん」  
色っぽい鼻息が這い上がってくる。ぐんぐんと性器の先端が膨れ上がっていく。  
だめだ、出る……!  
「い、っ!…うああ、──が、あ!」  
急激な痛みに我に返る。根元に爪が食い込んで、快感が引込む。  
とにかく出ずに済んだけど…、ちゅううう。先端に密着した唇が吸い上げて、  
また、出そうに…!  
「は、ああ!ふ、みこ、…っあ、ぐ!」  
痛い。爪がまたしても絶頂を妨げる。  
ひりひりと理性が焼けている。何で、こんな意地悪をするんだ。  
それきり快感も痛みも途絶えた。はぁはぁと息が荒い。  
腰は何もしてないのに重く、快楽の大きさを証明していた。  
するする。ふぁさ。とさり。  
布が擦れる音がしたかと思うと、ふみこが俺の腹に座る。  
適度にふっくらとした身体は、それだけで男を誘惑する魅力で満ちている。  
「ふふ、どうかした?」  
揺れる豊かな胸。手に触れる脚の感触は絹のよう。  
「………」  
何も言えない。ふみこの姿を見ているだけで、さっきの快感が戻りそうだ。  
今まで意識しなかったけど、こんなにいい身体、だったのか──  
「いいのね?じゃ、遠慮なく」  
肉感的なスタイルなのに眼鏡の奥にある瞳は冷たく、余計に現実感を失わせる。  
今更のように夢じゃないと確認。そのくらい幻惑的で、挑発的なふみこ。  
 
ある種の安定感を醸す腰が上がって、向こうにある俺の性器が覗く。  
手を添えられた性器は主の意思に反してびくりと振るえ、この先の展開を待ち望む。  
俺も、待っているのを認めざるを得ない。こんな一方的な展開なのに、興奮してる。  
ずぶりと先端がふみこに埋まる。表面の神経をむき出しにしながら、さらに飲み込んでいく。  
…もう、何も考えられない。  
「あ、…っあ、は、あ」  
「く、うう…んあ」  
ふみこと俺の息が混じって熱量を増し、二人で分け合って吸う。  
ぺたりと俺の胸板に冷たい手。  
「どきどき、してるわね。ふふ」  
愉快だと笑って、腰を振り始めた。  
「ん、は…ぁん、ぅん」  
ぎしぎしぎしぎし。ふみこは微かな艶声を吐きながら、俺のを優しく愛撫する。  
ただ乱暴に締めるような事はない。中のぬめりを損なわないようにぴったりと密着して、  
時折きつくなる。緩めたり締めたりしながら上下するふみこの中。  
「…ふみ、こ…すごく、いいよ」  
俺はまだ動かない。動けばこの感覚が失われそうだ。  
「でしょう?…ん、は、ねえ、光太郎…」  
だんだんと揺れが早くなる。眼鏡がずり落ちそうになって、ふみこの左目が直に俺を  
捕らえる。  
「……何故?」  
ふみこらしくない、感情的な声。  
「何故、小夜なの?」  
今にも落ちそうな眼鏡。今にも剥がれそうな壁。  
「私じゃ、駄目なの?どうして?」  
辛そうに歪む眉間。隙間から零れ落ちる本音。  
「私を見てよ、光太郎……っ!」  
応えたいと思った。  
上体を起こして抱きしめ、そのまま押し倒す。  
 
「ゃ──、……っ!」  
何だか呆けたような表情。  
かあ、と音がしそうな程の勢いで白かった肌が赤くなっていく。  
何だ?俺、何もしてないぞ?  
「どうした、ふみこ」  
今更のように目を逸らす。随分恥ずかしそうだけど、今更何で?  
数秒して、小さい声で言う。  
「あの、……したことない、の」  
要領を得ない。どういう事だろう?  
「ごめん、もうちょっと解りやすく意ってくれよ」  
「こうして抱かれるの、初めてだって、言ってるの!」  
さっきまでは魔女としての行為で、これからは女のしての交わりだと言う。  
硬く握られた拳。ちらちらと盗み見る目。羞恥に耐える顔。  
こんなふみこ、見た事ない。その、凄く、  
「うん、可愛いよふみこ」  
とっさに顔を隠そうとする手を掴んで、まじまじと観察する。  
全身が震えている。不安なのだろうか。  
年頃の少女のような反応。魔女の外見だけど、その下にはとんでもなく純粋で、  
子供のようなふみこ。誰も知らないふみこだ。  
もっと、見たい。  
「顔、ちゃんと見せて」  
眼鏡を取り上げる。  
「や、駄目ぇ……」  
「何で?」  
「………」  
眼鏡なしで人と接する機会がなかったんだろう。  
「怖いなら、こうすればいいんだろ?」  
抱きしめて、間近で視線を合わせる。震える身体が、今度は一気に加熱する。  
「っ!」  
息も忘れて俺を見詰めている。男を男として認識したのは本当に初めてらしい。  
 
がちがちに緊張した顔と身体。ほぐしてやらなきゃ。  
は、あ。耳元に吐息を吹きかけると、びくんと跳ねた。  
あまりにも正直な反応に、その、どうにかしたくなってしまう。  
まっさらなふみこ。どう染め上げようか。  
「光太郎、わ、私……」  
「任せろ。ちゃんとするから」  
今だに緊張は続いている。性器はとっくに繋がってるのに、多分その事すらも忘れているんだろう。  
だから、口付けから。  
手で顎の向きを変える。少しだけ開いた唇に、優しくキス。  
「ん・・・」  
軽く何度も口付け、だんだん固さが消えていく。  
とろんと下がる目尻。よし、もっとだ。  
「ん、……っ!は、む!」  
舌を混ぜる深い交わり。俺を押し倒す前とは全くの別人だ。  
俺の大して上手くない舌使いに簡単に翻弄されてる。  
「ちゅ、はあ、ん…んん……ふはぁ」  
犯す。口内を隅々まで犯す。女の子みたいなふみこ。女の前のふみこ。  
うん、ちゃんと、女にしてやろう──  
「ん、くぁああん!…は、ああん!」  
むにむにと大きな胸を揉むと、指の間に柔肉が挟まる。  
しっとりと吸い付く肌。硬い突起まで愛撫する。  
「……っ!んあ、──ぁ、ああ!」  
何かする度にちゃんと反応してくれる。本当、初めてなんだろうな。  
……むくむくと、本能的な衝動が急激に育つ。  
滅茶苦茶に、奥深くまで触ってみたい。  
「……ふみこ、いいか?」  
ふるふると瞼が開く。紫の瞳が濡れている。  
「な、に?」  
あー、完全に忘れてるな。ま、いいか。  
「動いていいかって、訊いてる」  
ぼう、と燃え上がる頬。やっとどういう姿勢なのかを確認したらしい。  
 
きゅうと膣が締まる。  
「ん、あぁ……ん」  
それだけで感じたのか、悦声があがる。  
肝心の返事はどうなんだろう。  
「ふみこ?」  
「あ、…はい。……っ、どうぞ」  
恥じらいながらの答え。年上の魔女なんかじゃなくて、  
ここにいるのは素直で控えめな深窓のお嬢様だ。  
成熟した見た目は未熟な内面の裏返しなのだろうか。  
「光太郎?…どうかしましたか?」  
いつもの上品さや大人っぽさに存在感がない。本来の幼さが滲み出ている。  
嬉しい。ふみこが無垢なところを見せてくれるという事がとても嬉しい。  
「いや、悪い。あんまり可愛いから見惚れてたトコだ」  
「…ばか」  
照れてる。思わず笑ってしまう。  
何の工夫もない仕草がとても新鮮で、俺は堪らない気持ちになってしまう。  
それじゃ、始めますか。  
「動くよ」  
少しだけ腰を引いて、突く。  
「は、…ぁ、…」  
目から理性の輝きが消え、口は半開き。  
酔える程度の快感を得ているらしい。…そうだな、もう少し、この調子でいこうか。  
「ん、あぁん…は、──う、ん」  
抑えられた声量に、興奮してしまう。  
まだだ。もっと女の悦びを知らせてやるんだ。俺ばっかり気持ちよくなるなんてずるいだろ。  
「はぁ、はあ、…っ、んん!」  
「ふみこ、気持ち、いい?」  
息を荒げながらこくんと頷くふみこ。よし。  
「んじゃ、もっとしてあげる」  
動きを加速。ぐちぐちと音がする。ふみこの背が反り返って、密着する面積が増える。  
口の開きが大きくなって、はあはあと声の代わりに熱っぽい呼吸。  
気持ち良さそうな顔を隠そうともしない。  
 
「いい、です、こうた、……はあっ!」  
俺も同じで、本能を抑えているのが辛くなってきた。  
……ま、いいか。ふみこも良さそうだし、やってしまおう──  
ぎりぎりまで引いて、がつんと叩きつける。  
「ひあぁ!」  
さっきのは奥まで届けるだけの前後運動だったけど、  
これからは手加減なしの性交だ。  
「あ!は、ああ!ひ、い!」  
ばちんばちんと肌が弾ける。あられもない声を存分にあげるふみこ。  
女の、ふみこだ。  
「く、うう!」  
俺も呻き、狂ったように性器を往復させる。ぬるぬるの中をがちゃがちゃに引っ掻きまわす。  
そろそろ限界だ。果てる前にふみこをもっと気持ちよくさせよう。  
腰を止めて左足を跨ぐ。右足を胸に抱いて、再開。  
「んあああ!……っ!っ!は、あああ!」  
脚がかみ合う分、より深くまで届ける体勢。攻めるポイントもずれるけど、  
どうやらここが一番らしい。今までとは比較にならないくらいに、締まっていく。  
はあ、……もう、限界。  
「ふみこ、っ!出すよ!う、く!」  
直後に根元から先端まで膣に掴まれ、動きを封じられる。  
「……っ!光太郎っ!」  
悦びに震える膣を、俺の精液が飛びぬける。  
どくんと迸る度にふみこの中が蠢いて、胸に抱く脚がぐらりと揺れる。  
「……あ、はぁ、はあ」  
出し尽くす。ちゅぶりと名残惜しそうな音をたてて性器を抜く。  
ふみこは汗だくで放心状態だ。目の焦点はどこかを彷徨っている。  
すぐ側に寄り添って抱きしめる。紫の髪を撫でて、額に口付け。  
「……ちがう、でしょ?」  
視線を下げると、微笑んだふみこが首を伸ばしてくる。  
……そうだな、本来のところにしようか。  
形のいい唇にもう一回。自然な笑みに、俺もつられて笑ってしまう。  
お互いの体温を噛み締めながら、しばらく休息を取った。  
 
 
「あんまり美味くないぞ」  
「そうでもなさそうだけどね」  
淹れたコーヒーを渡す。  
ふみこと二人っきりって、多分初めてだな。  
一口飲んで、ふみこはテーブルに置く。  
「中々だわ。褒めてあげる」  
「そりゃどうも」  
話す事はあまりないけど、その分、ふみこの何気ない仕草に意識を集中出来る。  
何て言うか、優雅って感じだ。最適化の一歩手前。本当にこれだけは残してもいい、  
という最高の飾りだけが備わってるというか。  
俺みたいなガキでも解る。本当に『いい女』だと。  
……くそ、俺も馬鹿だな。  
「光太郎?」  
格好悪いのは解ってるけど、出来るならもう一回抱きたい。  
「言わないと、解らないわよ?」  
駄目でもともとだ。言ってしまえ──  
「なぁ、ふみこ、あのさ──」  
『ごりん!』  
……何だ?  
音源は、玄関の辺りか?  
首を伸ばして見ると、ごとりとノブが落ちる。  
僅かな隙間から漏れるのは、見える程に鮮烈な霊力。  
──まさか。  
ごろごろと雷鳴のような音をたててノブが押し退けられる。  
鎖が張り詰めて、ばきんと切れる。開く速度は少しも減速しなかった。  
役立たずめ。時間稼ぎくらいしやがれ。  
で、握りつぶされたノブを掴んで立つのは小夜。  
晴れやかな笑みだ。ああ、あの顔でノブをぶっ壊したんだな。  
鎖も無視して開けたんだよな。……本気で怒ってるよなぁ。  
無言であがってくる。ふみこは──悠然とコーヒーを飲んでるし。  
さあ、どうする?  
 
小夜は俺の隣に座って、機嫌良さそうにふみこに言う。  
「ありがとうございました、ふみこさん」  
「どういたしまして」  
二人とも穏やかに話している。うん、嵐の前の静けさに違いない。  
ふみこからも言い知れない圧力が噴出し、小夜の霊力は一層強くなった。  
ちなみに俺を挟んでの会話だ。何を言っても無駄というか、最終局面に展開するだけだ。  
さあ、どうする?  
「光太郎さん?」  
「はい!」  
びし!と背筋が伸びた。伸ばさない方がどうかしてる。  
見ると……風もないのに髪が舞い上がってる。その笑顔との組み合わせは最高だ。  
「何をしてらっしゃるんですか?」  
「あーと、その、」  
「深く愛し合った後の語り合いよ」  
この魔女、しれっと点火発言しやがった。  
「あなたに訊いていませんよねえ光太郎さん何をしてらっしゃるんですか?」  
よく一声で言い切ったな、偉いぞ。……どうしよう。  
「私が言った通りで──」  
「ふみこ、待てって」  
ふみこは余裕の微笑だ。  
マッチで燃えないからって松明を投げるな。それに、  
「お前、朝まで寝てるって言っただろ?」  
「魔女の言う事を真に受けちゃ駄目よ」  
「な──」  
「私の言う通りに訓練すれば、簡単に見抜けるくらいの実力がつくわよ?」  
ふみこの手が、顎と腰に伸びる。  
「こら、やめろって、──」  
さっきの交わりと比べれば何てことない筈なのに、どうして、こんなに……  
「ふみこ、頼むか止め「光太郎」ハィ!!」  
小夜が呼び捨て。本気の証拠で、火消し不可。  
無言で立った小夜。その顔は、……憤怒だ。  
ふみこも立つ。座ってる俺のはるか高い所で視線がぶつかってる。  
 
「そろそろ、はっきりさせませんか?」  
「望むところよ」  
ここでやる気かよ。座っていられず、間に入る。  
「待てって、二人とも」  
「「光太郎」」  
俺は固まった。この二人に睨まれて平気な野郎がいるなら紹介してくれ。  
「「どっち?」」  
くそう、お約束じゃねえか。  
「「どっち!?」」  
迷ったら基本だ。  
目には目を。歯には歯を。お約束にはお約束を!  
「あっち!」  
だん!とテーブルを飛び越え靴を引っかけて部屋から離脱。  
直後に小夜が追ってくる。逃げる場所、この近くなら──  
『プルルルル』  
こんな時に電話かよ。  
 
『ウチの事務所に来るんじゃねーぞ。痴話喧嘩は他所でやれ』  
助けてくれよオッサン!って、  
「何で知ってるんだよ!?」  
『ここの前をふみこが機嫌良さそうにお前と過ぎて、その後に殺気満々の小夜が  
 通るなんて、馬鹿でも事態の予想はつくだろうが』  
「助けてくれよ!」  
『うるせえ。知ってるか?少年期は体力0になっても勝手に復活するんだぞ?』  
「何だよそりゃあ!」  
『んじゃ、Sランク出したいなら一回は耐久値をなくさなきゃならん、でどうだ?』  
「どこの世界だよ!」  
『とにかく来るなよ。いいところなんだからな』  
アイアイもらった、なんて意味不明な言葉で電話は切れた。  
……さて、オッサンは当てにならないし、出来るだけ応用の幅がある言い訳を考えようか。  
人ごみの中を追ってくる小夜と、俺の部屋で待ち構えるふみこ。  
この二人を納得させる理屈なんて、南極と北極が隣接する可能性をでっち上げるのに等しい気がする。  
……そこの人。そう、あんただ。妙案、求む。  
 
終  
 

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