『必然と言う名の朱い糸』(後編)
「ハルト、貴方とともに旅するようになって28日、それ以前にあの戦場で出会った日から数えるとすでに45日が経過しますが……その間、貴方は一度も、していないはずです」
「? 何を?」
「自慰行為をです」
じっ……
「お、女の子が、そんなはしたない言葉、口にしちゃいけません!」
「? マスターベーションと呼んだ方が適切だったかしら?」
いや、だからね。
「──冗談」
ほんの少しだけオーキスの唇の両端がつり上がり、からかうような微笑を浮かべていることがわかった。
まったく、初めて会った時の生真面目なクールビューティさんは、どこに行っちまったんだか。いつの間にやら純真な男心をカル〜く弄ぶようになっちゃって。
ちっちゃくても(そして人ではなくとも)"女"、ってことなのかな……でも、本人は気付いてないみたいだけど、ほんのり赤くなったほっぺたが可愛いので許す!
「ハルト、以前もお話したように、私はマスターからさまざまな知識を受け継いだわ。その中には、人体に関する医学的な知識も含まれている」
うん、それは知ってる。こういう傭兵じみた仕事をしてる身としては、医者代わりが身近にいてくれるのはスゴく助かってるし。
「そう言ってもらえると、うれしい。でも、その所見の中に、その年若い人間の男性は、肉体の構造上、数日から十日程度の周期で、しゃ……コホン」
軽く咳払いをして言葉を続けるオーキス。
「──射精しないと、精神的ストレスその他から、体調不良になるという知識が存在します」
え、えーと……確かに間違ってはいないけど、微妙になんか違う気が。
そりゃあ、俺だって、こう見えてまだ20代半ばのれっきとした男だからね。時にはモヤモヤしたりムラムラしたりすることくらいありますよ?
でも、いくら人間ではないとは言っても、外見年齢11、2歳くらいのうら若い女の子と同じ部屋で寝泊まりしてるのに、こっそりマスをかくなんて真似をするのは、どうかと思うし。
て言うか、そもそもこの子の場合、本当の意味で「寝てる」かどうかもアヤしい。本人は「夜間待機時は身体機能を最小限まで落として、エーテルリアクターのメンテナンスモードに移行している」とかなんとか言ってたけど。
まぁ、もうちょっと大きな町まで行けば、「然るべき場所」もあるから、そこで発散すれば済むことだ。元々、割かしソッチ方面には淡白な方だから、それまで我慢できないわけではないし……。
「──我慢? やはり、ツラいのを堪えているのね、ハルト」
途端に、目の前の少女の瞳に、心配そうな翳りが揺れる。
嗚呼、僅かひと月足らずで、本当にこの娘も感情表現豊かになったものだ。
かつての超然とした神秘的なたたずまいも決して悪くはなかったが、俺としては、旅の相棒であり、妹のように可愛がっているこの少女が、喜怒哀楽を解し、それを素直に顔に出すようになってくれた方が、やはり嬉しい。
……と、ちょっとした感動に浸っていた俺を尻目に、オーキスは俺の下半身の急所というか「男の大事な部位」に手を伸ばしてきた。慌てて縛られたままで動ける範囲で身をよじる。
「た、タンマ! ちょっと待てって。まさかと思うがオーキス、お前さん、俺のソコを、その……手で刺激して、出させようとしてるのか?」
いや、そりゃ、いかんでしょう!? 社会的倫理的に、妹分とも目しているいたいけな少女に、そーいうコトをやらせるってのは……。
「問題ないわ。私は、外見こそ、人間の女性で言えば12歳程度に相当する体型ではあるけれど、マスターの手でこの世に生みだされて自我を持って以来、すでに17年と5ヵ月の時間が経過している。
この地方の一般的な女性の婚姻可能年齢は16歳であったと記憶しているけれど?」
「あ、いや、それは……」
オーキスの言葉を聞いて、一瞬だけ俺の脳裏に"合法●リ"という言葉が過ったのは内緒だ。
「私は──貴方のパートナー。貴方もそれを認めてくれた。片方が苦境に陥っている場合、他方ができる限りの助けの手を差し伸べる。それがパトーナーというもののあり方ではないかしら」
ぐ……理詰めで来られては反論しづらい。
「──私のような人ならざる者に、疑似的な性行為をされるのは、あまり気持ちのよいものではないかもしれないけれど、それなら目をつぶって……」
「違う!」
微かに自嘲するようなオーキスの言葉に、気付けば俺は大声で反論していた。
「──え?」
突然の大声に気勢をそがれたのか、人形遣いの少女の動きが止まる。
「……ったく。人がせっかく"いい兄貴分"として"妹"の成長を見守ろうと苦心してたっていうのに……」
俺は、全身の筋肉に力を込めて、自らの動きを拘束していた"糸"をブチブチと千切る。
「! まさか……この糸は、私がロイドの戦闘操作に使用している銀糸の予備よ?」
あ〜、道理で丈夫だと思った。
実際、ちょっとばかり皮膚が切れて血が滲んでる感触もあるんだが、それは無視して、俺は、目の前の銀髪の少女の身体をしっかりと逃がさぬように抱きしめる。
「オーキス……お前にシてもらえってるのに、気持ち悪いなんて思うワケないだろ」
「──え?」
彼女の茫然とした表情を見るのは初めてだけど……うん、悪くない。可愛いじゃないか。
まさに"きょとんとした"と言う表現がぴったりの彼女の、華奢な顎に指をかけて上を向かせて、その可憐な唇を奪う。
「!!」
目を見開いているが……嫌がってる素振りはないな、よし。
そのまま目を閉じた彼女の柔らかい唇を、己の唇で味わう。
血の気のない(あたりまえだが)その唇は、しかし、それが人の手による造りものだと思えないくらい、柔らかく、心地よかった。
思い切って舌を伸ばし、彼女の口の中に差し入れる。
どこでそんな知識を得たのか、彼女の舌がおずおずと俺にソレに応え、触れ合い、絡み合う。
舌を絡めた時、しっとりした感触と同時に、口腔内に液体が流れ込むのを感じた。俺の唾と混ざり合いつつ、匂いも味もソレとは異なる透明な液体。
(そう言えば、目に見える部分は極限まで人間に近い構造になっていると言ってたっけか)
確かに、彼女の少女らしい澄んだ声色は(年若い外見に似合わぬ落ち着いたトーンとは言え)人の声となん変わりなく聞こえる。それはつまり、人と同様の発声器官から発せられているからに違いないだろう。
無色の液体──彼女の"唾液"は微かながら甘いような気もするが、よくわからない。わからないが……イヤな味じゃないな、うん。
多少息苦しくなってきたので、いったん唇を離す。
「──ハルト。貴方はてっきり、私に対して、その……」
1月半あまりの付き合いだが、彼女が言い淀むというのは珍しいことだ。
とくに、その顔を薄紅色に上気させて(彼女を作った魔術師は、本当に天才だったのだろう!)──いわゆる「含羞に頬を染めながら」というのは、初めて見るかもしれない。
(なるほど、コレが「萌える」という感覚か……)
以前旅の途上で会ったぐーたら妖精(♀)が言っていた、言葉の意味を、俺は頭でなく心で理解した。
つまり……メチャクチャ可愛い! もぅ、抱きしめて、放したくないほどに愛しいっ!
俺は、目線で「続けていいか?」と問い、彼女もしっかりその意味を読みとって、微かに頷いてくれた。
そのまま彼女の夜着──シンプルな白い木綿のワンピースの胸元のボタンを外す。
女性と身体を重ねた経験は多少あるが、そのほとんどが、いわゆるソレを生業にしている者だったので(そして、それ以外の数少ない経験も相手が年上でリードされてたので)、女の子の服を脱がせるというのは、何気に初めての経験だ。
幸い、シンプルな構造だったため、それほど戸惑うことなく、彼女を裸にすることができた。
「──不思議な感覚だわ。"恥ずかしい"って、こういう感情のことを言うのかしら」
言葉だけは冷静さを保ってはいるものの、先程以上に頬を染め、視線も落ち着きなく彷徨っているあたり、誰がどう見ても「照れてる」とわかるだろう。
「綺麗だよ、オーキス」
「お世辞とわかっていても、うれしいものね」
「お世辞なもんか。君はとても綺麗だ」
「──本気でそう言ってもらえるならうれしいわ。父(マスター)が作ってくれた大切な身体(ボディ)だから」
無論、かの魔術師のの造形の技巧が優れているというのもあるだろう。しかし、それ以上にその中に宿る彼女の魂(こころ)が、より美しさを引き立てている……というのは、惚れた欲目というヤツかな。
そのまま、思春期に入ったばかりの少女の如き、あえかな膨らみを描く胸の曲線に掌を滑らせる。
人の肌より硬く、陶器よりは弾力がある、不思議な素材のそこは、けれど決して悪い手触りではなく。何より……。
「……ッ! な、何を?」
こんな風に、愛しい少女を感じさせてやれるのだから、十分だ。
「ん? お前の"医学的知識"とやらにもあるんじゃないか? 愛し合う男女は、こんな風に男が女の身体に触れて気持ちよくさせてやるモンなんだよ」
「愛……ハルト、貴方は私を愛してくれているの?」
ありゃ、言ってなかったか。
「そうだな。戦場で背中を預ける相棒として、旅の道連れとして、守ってあげたい妹分として、そしてなにより大切な女性として──愛してるよ、オーキス」
耳元で、その言葉を囁いたときの彼女の表情の一連の変化は劇的だった。
驚愕、歓喜、困惑……そして、哀愁、ってところか。
「──ハルト、私は……わからない」
蚊の鳴くようなか細い声で呟くオーキス。
「貴方に対して好意は抱いている。今となっては、亡き父(マスター)に並ぶくらい、貴方は私にとって大切な存在。でも……この感情は"愛"と呼ばれるものなの?
私は──貴方を愛してもよいのかしら? 愛する資格は……」
自信なさげな彼女の顔を上げさせ、俺は精一杯の想いを込めてその額に口づけた。
「決まってるだろ。愛に資格なんて必要ない。そして、俺のことを何より大事に思ってくれてるなら、今はそれで十分だ。
続けていいか、オーキス?」
「ええ、お願い──私を"愛して"」
一糸まとわぬ彼女の身体の隅々まで、掌と舌を這わせる。
その度に、少しずつ乱れ、上気し、喘ぐ彼女の様子がこのうえなく愛しい。
「ま、待って……ハルト」
息も絶え絶え(彼女に呼吸は必要ないはずなのに、こういう状態になると「息が乱れる」のだ)になりながら、オーキスが俺の愛撫にストップをかける。
「男女の睦み合いでは、女性も男性を気持ちよくさせてあげるものでしょう?」
まぁ、それはそうなんだが。
「知識だけだけど、私にもできることはあるから」
そういうと、オーキスは、最初に目覚めた時のように、俺の股間に顔を近づけた。小さな手で俺の分身をつかむと、一瞬の躊躇いの後……その先端に舌を這わせる!
拙い動きだが、愛しい娘に「シて」もらっているという思いが、実際以上の刺激をもたらす。
ソレが次第に固く大きくなっていることを舌先で感じ取った彼女は、可憐な唇を限界まで開けて、俺のモノを口の中にくわえ込んだ。
さらに彼女は口腔内のみならず喉までソレを飲み込む。小さな彼女の口は、人並み程度とは言え、膨張すればそれなりの体積を持つ俺のイチモツで完全に塞がれてしまっている。
呼吸の必要がないオートマータならではの特権と言うべきか、そのまま舌や口だけでなく、喉の動きまで使って、俺のモノを刺激して来る。
娼館の女にすら不可能なディープスロートで締め上げられて、たちまち俺は極みに達しかけていた。
「クッ……オーキス、もう、出そうだから、」
放せと言いかけたのだが、彼女はイヤイヤをするように首を左右に振り、そのまま離れない。程なく、俺は彼女の喉の奥に白濁をぶちまけていた。
(ヤっちまった……)
何よりも大切にしたいものを汚してしまったような罪悪感と、自分のものにしたという征服感のないまぜになったような感覚が俺を襲う。
しかも、しばらくご無沙汰だったせいか、自分でも驚くほど大量に出ているのがわかる。
「吐き出してもいいんだぞ、オーキス」
けれど、彼女はそのままその液体を嚥下することを選んだ。
「──いいの。私は、人の女性のように股間の性器で貴方を受け入れて、満足させてあげることはできないから。せめて、繋がった証に、貴方の精を受け入れさせて」
ああ、なんてけなげな事を云うのだ、この娘は!
「馬鹿、性交だけが恋人の繋がりじゃないだろ。それに、お前の口、すごく気持ちよかったから、俺は十分幸せだよ」
そう言って、俺はベッドに横になると、左腕を横に広げて、彼女にもそこに横たわるよう促す。
「これが……いわゆる"腕枕"というものなのかしら?」
「まぁな。男は恋人ができたら一度はベッドでしてみたいコトのTOP10に入る行動のひとつだろうぜ」
適当なことを言って目を閉じた。
「残りの9つは、何?」
「あ〜、まぁ、ソイツはおいおい……」
久しぶりに思い切り出した反動か、急激な眠気に襲われる。
「──そう。では、おやすみなさい、貴方。いい夢を……」
今まで聞いた中でも一番優しい彼女の声を子守唄代わりに、俺は夢の世界へと落ちていった。
-FIN-