扉が開き衣擦れの音がする。  
 
 
その音の主があなたでなければいいと。  
おなたであればいいと―――――――。  
 
 
 
ヒッタイト帝国後宮内。  
皇帝の側室と後宮付き下級神官の二人は  
他人にはそれと判らぬように密かに見つめあった。  
視線を合わせる事の出来る貴重な逢瀬であり、  
その後を思うとやりきれぬ苦痛の時・・・。  
 
「ナキア姫、予定の時刻を過ぎております。  
皇帝陛下がお待ちでございますので、急ぎご寝所へ。」  
侍女の急かす言葉が、彼女の視線を私から断ち切った。  
「皇帝陛下はナキア姫をそれはもうお気に入りでらっしゃるのですから、  
これ以上お待たせしては、私どもが叱られます。ささ、早く。」  
その言葉に促されつつも、彼女は歩調を変えることなく  
殊更にゆっくりと優雅に歩を進めた。  
皇帝の棟へ続く廊下は長くて短い。  
いつしか私の傍を通り過ぎ、皇帝の棟へとどんどん近づいていく。  
その背中を見送る事しか出来ぬ自分。  
・・・彼女の姿は私の視界から程なくして消えた。  
 
職務を終え自室に戻っても今夜は私に安息の時間は無い。  
いや、気を紛らせる事が出来ぬ分、むしろ長く辛い夜の始まりだ。  
ワインを無造作に手に取り、杯にもあけずそのまま呷った。  
いくら飲み干しても酔えないのは、これまでの経験で知ってはいても飲まずにはいられない。  
 
『私は、おまえの子なら産める!!』  
あの日から・・・・もう半年は過ぎただろうか・・・。  
彼女の手を振り払ったのは、他ならぬ自分自身だ。  
帰るべき場所・頼る場所なき彼女に、皇帝の妃として  
この帝国で生きていけと言ったも同じなのだ。  
そう、嫉妬するなど、おかどちがいだと判っている!!  
日頃感情を表さずにいる事には慣れたつもりだが、  
あの年の離れた皇帝に今頃抱かれているのかと思うと気が狂う。  
頭を掻き毟りたくなる衝動を何とか抑え込み  
ドサっとベッドへと身を横たえて目を閉じた。  
 
なぜ・・・かの人は売られてきた王女なのか。  
なぜ・・・私は買われてきた宦官なのか・・・。  
 
 
コトリ・・・・。  
 
 
物音がした方へ目をやると、そっと扉を開け  
忍び足で部屋の中へとすべりこんできたナキア妃の姿があった。  
 
「ナキアさま!!!」  
「ウルヒ!会いたかった!!」  
彼女は言うが早いか、すぐさま私の胸へと飛び込み顔をうずめた。  
細くかよわい、けれど女性の魅力を充分にたたえた身体・・・。  
愛しい人の体温を感じる心地よさに思わず我を忘れ、抱きしめる腕にグッと力が入る。  
「ナキアさま、どうしてここに!・・・それに今宵は  
皇帝陛下のお召しではなかったのですか?」  
彼女は表情をギリっと歪めて呟いた。  
「・・・今宵の務めは・・・もう果たしている・・・。  
務めが終われば私はいつも自室へと下がるのが常だ。皇帝もそう思っている。  
それに皇帝は眠りが深い。どうせ朝まで目覚めぬわ。」  
「だからといって、いくら私が宦官とはいえこのような事、他人に知れたらただでは―――」  
「今宵だけはどうしても会いたかった・・・っ。  
後宮の者達は侍女をはじめ皆薬で眠らせてある。警備の者も同様だ。  
誰も私がここにいる事は知らぬ!判らぬ!」  
私の言葉を遮り最後は叫ぶように言って、納得してくれとばかりに首を振る。  
そして、ふと思いついたように私を見上げて尋ねた。  
「・・・・・それとも、おまえにとって迷惑なのか?」  
 
迷惑などあるはずが無い。  
この身さえ健全であれば、連れて逃げるのも厭わない。  
死さえ受け入れてもかまわぬ程愛しい人。  
だが、私は・・・・・。  
 
私の沈黙を拒絶と思ったのか彼女は目を伏せて震えながら言葉を紡いだ。  
「そう・・・だったな。私は一度おまえに振り払われた身。  
しかも、つい今しがたまで愛してもいない男に抱かれ汚れている。  
―――――・・邪魔をしたな。」  
そう言って私の腕から抜け出し、扉へと駆け出した。  
「ナキア様!!」  
 
無意識だった。頭で考えるよりも何よりも早く身体が動いていた。  
気付いた時には自分の腕から抜け出したナキア妃の身体を引き寄せ、強く抱きしめていた。  
「ウルヒ・・・」  
「あなたが汚れているだなどと爪の先ほども思ってなどおりません。ただ、私は・・・  
私自身が許せないのです。あなたを幸せにして差し上げる事が出来ず、  
そして自由にして差し上げる事も出来ぬ自分自身が・・・」  
そっと私の口元にナキア妃は手をあてた。  
「言うな、ウルヒ。私は決めたのだ。  
私が皇帝の妃である事から逃れられない運命ならば・・・  
私はそれを利用して己の手で欲しいモノをこの手にすると。」  
言葉の真意を計りかねている私をよそにナキア妃は淡々と言葉を続ける。  
「私は、この国が欲しい。それが私の求める『自由』だ。  
必ずや皇子を産んで、この血で支配してやろうではないか。  
そして・・・・ウルヒ、おまえもだ。おまえが私は欲しい。」  
そう言うとナキア妃のしなやかな手が私の口元から頬へと伸び、  
もう片方の手を反対の頬に添え、自分の唇へと私のそれを導いた。  
 
一瞬の口付けを交わして、私はナキア妃を見つめた。  
「あなたの望む事にはこの身の全てを捧げて尽くしましょう。  
それが私に出来る唯一の証です。・・・そういう意味でならば私をあなたに差し上げます。」  
私はひざまずき、彼女のドレスの裾に口付けて永遠の忠誠の誓いを示した。  
すると、ひざまずいた私の肩にナキア妃は手を置いて静かに言った。  
「参謀としてだけでなく、男としてのおまえも私は欲しい。」  
グサっとその言葉は響いた。  
それが出来るのならば・・・。  
あなたの身体を愛し、そして貫く事が出来たなら・・・。  
「私は・・・・ご承知の通り宦官ですので・・・」  
声が震えぬように慎重に言葉を紡ぐ。  
 
「ウルヒ・・・。何も交わるだけが男と女のカタチではない。  
ただ愛しい男の身体に触れたい、触れられたい、それだけだ。」  
私はひざまずいたままナキア妃を見上げた。  
一目見た時から初めて会った時から、言葉は交わさずともお互いの気持ちは判っていた。  
売られた王女・買われた宦官でなければ出会う事は無かった二人。  
結ばれぬ運命を前提としてしか出会えなかった二人。  
出会ってしまったら最後、叶わぬ夢に少しでも近づこうとあがくだけ。  
私はじっとナキア妃の瞳を見つめた。  
その瞳には私を欲する欲望が揺れていて、何ともなまめかしい艶を放っている。  
こんな瞳に見つめられて欲情しない男はいないであろう。  
男根の無い私ですらズンとした欲望が頭をもたげてくるのだから。  
 
「交われなくとも・・・  
愛しい人の身体に触れたいと願っていたのは私とて同じこと・・っ!!」  
立ち上がりナキア妃をこれ以上は無いという程強く抱きしめ深く口付けを交わす。  
今まで耐えてきた分、思いは深く、出口を求めて彷徨うかのように  
ナキア妃の口内を荒々しく犯した。  
どんなに夢見ていたことだろうか・・・・。  
こうして思いのたけを込めて唇を重ねる事を・・・。  
 
お互いの舌と舌とが絡み合う。  
やっとこうして思いを交わせる事に至上の喜びを感じ、少しも離れていたくない。  
恋も知らずに不遇な運命を辿らねばならなかった二人は、  
ただただお互いの唇を貪りあうのに必死だった。  
初めて出会った日から長く長く押し殺してきた思いが爆発し、唾液と共にその思いを交換しあう。  
嫉妬で苦しんだ長い夜の苦悩も、どうしようもないこの愛情も全て相手に届けばいいと―――――。  
 
長く深い口付けを終え、  
息を乱しながらナキア妃がフッと微笑んだ。  
「・・・やはり情熱的だな・・・。おまえのキスはどんなものだろうかと  
ずっと思っていた。こんな幸せな気持ちになるキスは初めてだ。」  
その言葉に思わず皇帝の顔が私の頭の中をよぎった。  
皇帝は何人もの側室を従え、ナキア妃もその中の一人にすぎない。  
年のせいもあり多分己の欲望を処理する事のみが先決で、  
歓びを与える事など二の次であろう。ましてや、ナキア妃に皇帝への  
愛情が無いとくれば、夜の営みはナキア妃にとって苦痛でしかないかもしれない。  
かつて私が陵辱された時のように・・・・。  
今まで彼女が皇帝の腕によがっているのを想像しては嫉妬に駆られたが、  
きっと私のようにうめき声ひとつ立てなかったのだろうと思うと、少しは心が鎮められる思いがする。  
 
私は少し意地悪く微笑んだ。  
「ナキア様、私はあなたが褥でどんな声を出されるのかとずっと思っていました。」  
彼女は少し驚いた様子で、顔をそむけて呟いた。  
「声など・・・今まで出したことなどない。出すものなのか。」  
見れば少し顔も赤らんでるように見える。  
いつも神々しいばかりに勝気な彼女が私だけに見せた子供っぽい仕草にたまらなくなり、  
私は彼女の身体を抱え上げると自分のベッドへと寝かせその上に覆いかぶさった。  
 
「それは嬉しいお言葉ですね。私にはお声をどうかお聴かせ下さい。」  
そう言いながらナキア妃の腰帯をシュルシュルと解く。  
「・・・どういう時に声を出すのかなど知らぬぞ?」  
彼女は自分の衣装を解かれる事に抵抗もせず答えた。  
布を繋ぐ肩の留め金をピン!と外し、私は微笑んだ。  
「それは例えば・・・・こういう時です。」  
 
私はおもむろに彼女の白く細い首筋に唇を寄せて軽く吸い付いた。  
「あっ・・・」  
そして布の合わせ目から手を侵入させてふくよかな胸をもみしだく。  
指の動きで胸の形を変化させながら、そっと頂を親指で弾いた。  
ブルっとナキア妃は身体を震わせ、目を閉じてフっと吐息を漏らした。  
「同じような事をされても皇帝には嫌悪感しか無く、ただ奥歯を  
噛み締めて時が過ぎるのを耐えていただけであったが、  
おまえが相手だと、こうも甘美なものか。」  
うっとりと呟いて、私の首にその両手を回す。  
その拍子にナキア妃の長い髪が腕と一緒にひと房導かれ私のうなじに弧を描いた。  
今頃気付いたが、髪がほんのりと湿っている。  
―――――湯浴みをされたのか。  
髪を優しく解いて指に絡めて弄んでいると、それに気付いたナキア妃が口を開いた。  
「・・・皇帝への務めを果たした後には私は必ず身を清めるのだ。  
皇帝の香りをまとって眠るのは我慢ならぬ。・・・だが、おまえなら・・・」  
(一緒に眠りたい。)  
声に出さぬ声が聞こえた気がした。  
例え今こうして肌を合わせようとも実際に夜明けを一緒に迎える事は出来ない。  
だが、その切なさを敢えて口にせず、自分に飛び込んできたナキア妃が  
愛しくてたまらなかった。そしてそれは理性を飛ばす。  
 
身体を起こし荒々しくナキア妃の身を包む布を全て剥ぎ取った。  
「!!!!」  
一糸纏わぬ姿になったナキア妃は一瞬たじろいだ。が、その身を  
恥じる事無く、女神のように毅然として私の目を見据える。  
 
美しい。  
すべすべとした艶やかな肌。ツンと上がった形の良い豊満な胸。  
くびれた腰。全てがなまめかしくとても少女には思えない。  
片方の足を少しよじって陰部を隠す仕草もエロティックで悩ましい。  
思わずゴクリと生唾を飲み、凝視する。  
この身体に触れたのかと、これからまた触れるのかと思うと  
例え男根の無い身であっても興奮し、目で犯し続けた。  
 
「あまり・・・見るでない・・・」  
やや頬を上気させながらナキア妃は言った。  
その頬に手をやり撫でながら私は答えた。  
「もっと、見せて下さい。私にあなたを。あなたの全てを。」  
一瞬彼女は表情をこわばらせたが、私の真剣な表情を見て取ると、ゆるゆると片方の足を開いた。  
その足に私が手を掛けて更に開かせる。  
「・・・っ!!」  
開かれたそこは、うっすらとした茂みの下に割れ目がのぞいている。  
悩ましい肢体とは裏腹に、色素の沈着も無くまだ誰も受け入れた事など無いようにさえ見える。  
だが、確実に女であり、私の視線が集中している事を感じ取ると  
程なくしてトロっと雫をそこから漏らした。  
 
「ナキア様・・・」  
名を呼びながら、触れるか触れないかの感覚で割れ目を下から上へと指でなぞった。  
「っはぁ!」  
ほんの少しなぞっただけなのに、ナキア妃は敏感に反応した。  
そして、それは雫の量を増やす。  
同じように触れるか触れないかのタッチで胸の周りや太腿の内側をなぞり、  
時々息を乳首に吹きかけると、みるみる固くなり震わせた。  
「・・・ウル、ヒ・・・何故・・だ?・・・甘く苦しい・・・」  
瞳を潤ませてそう呟く彼女の言葉に背中がゾクリとする。  
――――――だめだ。完全に捕らわれた。  
 
私は自分自身の衣をはだけると、再び彼女の身体に覆いかぶさり口付ける。  
直に触れ合った肌と肌が熱い。  
ナキア妃の胸の弾力が自分の胸に伝わり、男と女の違いを知らしめる。  
何度も角度を変えて口付ける度に身体が揺れ、彼女の胸の頂が心地よく胸板をくすぐる。  
「・・・んふっ・・・ふうぅっ・・・・」  
口付けの合間に漏れる吐息もまた感情を煽る。  
そのまま唇をずらし、固くなった桃色の実を荒々しく含んだ。  
「あああああっ!!!」  
思いの向くままに舌で転がして吸いまくる。そしてそれでは  
飽き足らないと言わんばかりに、もう片方の乳首をも指先でつまんだ。  
時には爪で先をひっかき、また胸を撫で回し、クリっとつまんで、を繰り返す。  
その間も舌は休むことなく入念に舐めまわす。  
ナキア妃は、今まで知らなかった感覚に戸惑いながらも、  
押し寄せてくる快感から逃れる事は出来ないようだった。  
もっともっと欲しいのか、私の頭を胸に押し付け、髪をくしゃくしゃにする。  
身体が熱い・・・!  
 
ナキア妃の身体は薄桃色に染まり、その表情は甘い苦痛に歪んでいる。  
彼女をそうさせたのが自分なのだという何ともいえない高揚感。  
もっともっと乱れさせたい。  
私は唇を胸から下へと移し、舌でくすぐりながらゆっくりと秘所へと近づけた。  
見ればさっきの比ではない程に、雫が滴り落ちている。  
透明な液が陰毛を濡らしヌラヌラと光っていた。  
その蜜の味が知りたくて思わず割れ目に沿って舐め取る。  
急に触れられてビクゥッと彼女の身体が震えた。  
「・・ふぁあっ、・・・」  
「あなたの蜜の味に酔ってしまいそうだ・・・」  
舌で割れ目をこじ開けるように浅く侵入させ、ゆっくりと上下に動かす。  
わざと中心の突起は避け、じっくりと蜜を充分に味わいすする。  
ジュル、・・・。  
「あっ!はっ、・・・・くっ、やめ・・・」  
眉根を寄せてナキア妃は恥ずかしげに身をよじって足を閉じようとする。  
だが、しっかりと足の間に割って入っている私の身体がそれを許さない。  
秘所から顔を離さずくぐもった声で私は言った。  
「私に触れられたいのではなかったのですか?ナキア様。」  
「・・んんっ・・・憎・・らしい・あぁぁあ・こ・・とを・・・ああああああ!!!」  
今までの緩やかな動きとは打って変わって乱暴に、そして突起を集中して舐めまわす。  
いきなりの強い刺激と共にやってくる凄まじい快感にナキア妃の目には涙が浮かぶ。  
秘所からはとめどなく蜜が溢れ、足はガクガクと震えていた。  
その足をしっかりと支え、執拗に突起を舌でこねくりまわし、指を蜜のほとばしる泉へと伸ばす。  
 
グチュ・・・。  
指を入れると淫らな水音が大きく音を立てた。  
ぬかるんで充血しきったそこは難なく指を受け入れる。  
「んはぁぁっ!!あぁっっ・・・・」  
中は温かく、粘膜が指に絡みついて、ひくひく痙攣しているのがよく判った。  
ざらついた肉壁を指でなぞり、また指を様々な形にしながら挿入を繰り返す。  
と、ある一点に辿り着くとキュっと締まった。  
「すごい・・・・」  
その一点を刺激しながら指を出し入れし、突起への愛撫をわざと音を立てて  
強めてやるとますます水量が増し、派手な水音を立てた。  
グチュ、ビチュッ・・・ピチャッ・・・ペチャ  
「あはぁっ、はぁああっ!!・・・っは・・・んあぁ」  
淫らな水音と重なる愛しい人の嬌声。  
「――――っは・・・なんて心地よい音楽だ。どんな名曲も敵わない・・・」  
指も舌も休めず、うっとりと目を閉じその絶妙な音楽に聴き入る。  
 
「あはっ・・はっ・・・あはっ・・・ウルヒ・・・」  
ナキア妃の手が宙を切りながら、私の名を呼ぶ。  
あえぎ声はいつしか嗚咽にも似たようになり、絶頂は近い。  
私はカクカクと震えるナキア妃の足を自分の両肩に乗せた。  
そして彼女の腰を浮かせ、秘所にむしゃぶりつきながら話し掛けた。  
「ナキア様・・・ご覧下さい・・・あなたと私の『触れ合い』を・・・」  
快感の波にのまれながらうつろな瞳で空を見ていた彼女は、  
その言葉にゆっくりと目の焦点を私の方へと合わせ始めた。  
ナキア妃の秘所が私の舌に抜き差しされている光景が、モロに彼女の瞳に映る。  
「あぁっ!!」  
膣が急激に収縮をしたのが舌に伝わる。私はそれを合図に  
突起に吸い付き、また指を挿入し激しく暴れさせた。  
「あぁぁっ!!あぁぁっ!!あぁぁっ!!」  
ナキア妃の瞳が揺れる。涙も蜜もとめどなく溢れ、流れた。  
その揺れる瞳が私の瞳と交錯した瞬間、  
私は突起に軽く歯を立て、微笑んだ・・・。  
「アアアアアァァァァァァァァァァァァーーーー!!!!」  
 
――――――最後の絶叫の余韻を残して心地よい『音楽』が止み、部屋に静寂が訪れた。  
彼女の身体をそっと横たえた後、傍らに我が身を寄り添わせる。  
皇帝や側室が眠るものとは比にならぬ粗末なベッドの上、  
誰にも奪われたくない宝物を隠すかのようにギュっと強く、私はナキア妃を抱え込む。  
身体中を震わせながら絶頂に達した彼女はそのまま意識を飛ばしてグッタリとしたままだった。  
汗ばんだ肌にじっとりと張り付いた彼女の髪を払い、指でその髪を優しく梳く。  
しっとりとしたなめらかな茶色の長い髪・・・。  
「・・・ウルヒ・・・」  
けだるげに瞼を開けながらナキア妃は目覚めた。  
焦点の合っていなかった瞳に徐々に光が浮かび上がっていく。  
だが、身体はまだ力が入らないらしく微動だにしない。  
「初めて、歓びというものを知った。」  
天井を見上げたままポツリと彼女が呟く。  
そしてふぅっとため息をつき、ゆっくりと首だけ動かして私の瞳を覗きこんだ。  
「甘やかで、それでいて身が焼け付くようなこんな夜は・・・・・」  
と、わざと言葉を一旦区切って一瞬の沈黙の後、ナキア妃は小さく深呼吸して冷たく言い放った。  
「最初で最後だ。」  
 
私はナキア妃を静かに見つめながら黙って聞いていた。  
すると彼女の頬にスーッと一筋の涙がこぼれた。  
「私は、今宵の務めで皇帝の子を宿している。・・・フッ、何となく判るのだ。  
・・・だが・・・皇帝の血を受け継いではいても、―――私とおまえの子だ。」  
その言葉に思わず私は目を見張る。  
「そう思い産み育てる。・・・その為に無理を承知で迫った。  
どうしても今夜だけはおまえの体温を感じたかった。  
おまえの子だと思える何かが欲しかったのだ。・・・済まなかった。」  
私は無言でナキア妃を抱きしめた。  
 
最初で最後。  
その言葉の意味は判り過ぎる程に判った。  
不義密通かと人の口に上る事に対しての恐ればかりではない。  
いや、そんな既成事実を作る事が実際に出来るのであればどんなにか・・・。  
私達は知ってしまったのだ。  
触れ合えば触れ合う程にお互いが悲しくなる事を。  
触れ合った時間が甘美であればある程、埋める事の出来ない、吐き出し切る事の出来ない、  
満たしきれない切なさは停留し、お互いを求める気持ちが募り悲鳴をあげる。  
嗚呼、我が身さえ健全であれば、夜も無く昼も無く抱き合えただろうに!  
身分も国も捨て、笑い合えただろうに・・・!!  
だから・・・・もう二度とは触れ合えない。  
「私のお腹にいるこの子は間違いなく皇子だ!!  
どんな手をもってしてでも必ずや帝位に就ける!!・・・それ以外認めぬ!!」  
涙を幾筋も垂らし、ナキア妃は半ば半狂乱のように叫んだ。  
権力も身分も捨て去る事さえ厭わなかった恋は、叶えられぬ冷酷な運命の中で  
形を変え屈折し、皮肉にも権力への執着へと醜く変貌を遂げる。  
お互いにしか判らないその思いは、私自身の中でもくっきりと輪郭を成し、黒い影をもたらした。  
そう!『二人の子』を皇帝にしなくては、この恋は、愛は、完結出来ない!!!  
 
「・・・・もう戻る。夜明け前には薬も切れる。」  
涙の跡を頬に残しながらナキア妃はスルリと立ち上がった。  
私も手近なマントを羽織って後に続き、彼女の身支度を整えるのを無言で手伝う。  
その際に時折触れるお互いの肌は、先刻までの熱などもはや無く冷たくなっていた。  
「もう、誰にも涙は見せぬ。この子を帝位に就けるまでは。」  
艶やかに冷たく微笑みながら腹部をさすりナキア妃が言う。  
私は彼女の腰帯を心持ちゆったりと結び終えて微笑を返した。  
「それでは私は・・・この髪に願をかけ、ナキア様の御子が  
皇帝冠をかぶるその日までこれより決して切らずにいましょう。」  
密かな盟約。―――そしてこれが二人の愛の言葉だ。  
普通の恋人達が交わす甘い囁きではなく、どんなにこの手を罪に染めようとも  
例え地獄に堕ちようとも目的を執行するという意志の確認。  
彼女は私の答えに得心がいったようだった。  
「おまえのその美しい金髪ならば神へと届くであろう。」  
そう静かに呟くとサッと踵を返した。  
「ナキア様!!!」  
扉に手を掛けたところでナキア妃は立ち止まって振り返った。  
「どうした?」  
私は万感の思いを込めて彼女に視線を投げかけた。  
「・・・・私は・・・この一夜で一億の夜も越えていけるでしょう。」  
ナキア妃の瞳が一瞬見開いた。  
しばらくの間身じろぎもせずじっと私を見つめる。  
そして何か言いたげに口を開きかけ、そのまま無言で扉を開け出て行った・・・・。  
 
数ヶ月後、ナキア妃無事皇子出産の知らせが宮廷中に知れ渡った。  
私は来るべき日に備え彼女の側近になれるよう、神官としての位を積むのは言うまでもなく、  
独自にて武術・学問の吸収にあけくれる日々で忙殺を極めており、  
また彼女の方でも大事を取っていたのであろう、結局あの夜以来見掛ける事さえ無かった。  
祈りは毎夜捧げてはいたが、母子共に無事の出産と聞き、やはり安堵する。  
「ナキア様とジュダ殿下が今からバルコニーにお出ましになるそうよ。」  
「まぁ!お生まれになってから初めてのお披露目ね。見に行かなくっちゃ!」  
お喋りな侍女達の会話を耳が捉える。  
私は手に持っていた粘土板を近くの神官に無理矢理押し付け、バルコニーの見える広場へと走った。  
 
国民や臣下達の歓声がこだまする中、  
ナキア妃はしっかりとジュダ殿下を抱え皆ににこやかに手を振っていた。  
時折御子の方へと視線をやり、母となった喜びに溢れているように見える。  
午後の太陽の陽を受けたその姿は神々しくきらめき、眩しい。  
また、美しくなられた・・・。  
遠くからではあったがその元気そうな姿に満足し、私は足早に後宮へ戻ろうと踵を返した。  
が、その瞬間、何かがチカっと光った。  
 
「・・・?」  
思わず立ち止まり、陽光に目を細めながらその光の正体を確認する。  
それは、ジュダ殿下の額辺りから発せられているようだった。  
装飾品の宝石が光っているのか?  
いや、生まれて間もない赤子にそれはないはずだ。  
予感するものがあったのか、ジュダ殿下の額付近を凝視する。  
これは・・・・この光の正体は・・・・おくるみから覗くジュダ殿下の髪の毛だ。  
ナキア妃とも、皇帝とも違う髪色――――金髪・・・!!!  
金髪が光っている・・・!!!  
私は愕然とした。  
ゆっくりと恐る恐る自分の髪に手をやる。私と同じ金髪だ・・・。  
ジュダ殿下は紛れもなく皇帝の御子。なのに――――――。  
・・・これは、私達の愛を完結させよという神の意志なのだろうか。  
くっ。  
私は笑った。周囲の人間達がいぶかしく見る目も気にせず腹の底から笑った。  
自分で自分の身体を抱きしめながら身をよじって、これ以上は無い程に笑う。  
いいだろう、元よりその覚悟だ。  
私はスッと笑いを納めると、再びナキア妃を見やった。  
彼女は満面の笑みを浮かべている。  
頭の中にあの夜のナキア妃の言葉が鮮やかによみがえった。  
 
(私とおまえの子だ)  
 
 
end  
 

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