その日の夕刻、月影神社に祈りに来るケヤキの姿があった。  
 
パン、パン  
「……。」  
 
 思うは、只、風来人の無事を祈るだけ。  
「結局、渡せなかったな…あのお守り…。」  
 用事を済ませ、ととやに戻ろうとすると、木陰に誰かの影があるのに気付く。  
「…キンジさん…。」  
「大丈夫かい?」  
「えっ?」  
「何か最近のケヤキちゃん、元気ないぜ。」  
「そんなこと無いよ!…ただ、ちょっと寂しくなっちゃっただけ。」  
「シレンさんのことだろ?」  
「!」  
「今朝、見ちまったんだ。ケヤキちゃんが、泣きながらととやに走って行くところ…」  
 言葉に詰まるケヤキ。キンジはなおも続ける。  
「その後シレンさんが神社から降りてきたから、オレ、問い詰めたんだよ。そしたら、別れを告げてきたって、言うじゃないか…! 」  
「そんなこと云ったら、泣かせるに決まってる…そんなこと分かってても、それでも云ったんだぜ、あの人は…。 けじめを、つける為に。」  
 昨日コッパから聞いた村長の言葉が、ケヤキの頭をよぎる。  
「シレンさんに伝えたのかい?ケヤキちゃんの想い…。」  
「云えなかった…。」  
 
「シレンさん、風来人だもん…。伝えた所で…答えは分かりきってるから…私、怖くて云えなかった…。」  
 俯きながら、ケヤキは答える。  
「私だって、一緒について行きたい、って何度も思ったけど…。けどついていっても、きっと迷惑かけるだけだろうし…」  
「…それに、私、この村でしか…。 だから諦めよう、って。スパーっと諦めて、何もかも忘れよう、そう思って…」  
 
「それで、本当に諦められるのかよ!」  
「え?」  
「ずっと好きな相手に、想いも告げることも出来ずに…それで何もかも忘れられるのかよ!? 無理だろ、そんなの!」  
 
「俺だって…大好きなケヤキちゃんが、ずっと苦しんでるの、見てられないよ!」  
 キンジの大声が境内に響く。  
「…今ならまだ、間に合うだろ。行ってあげなよ。」  
 キンジの手には、今朝捨てた筈の、お守りがあった。そっとケヤキの手に渡す。  
「…有難う…。」  
 ケヤキは神社の石段を駆け下りていく。キンジはそれを黙って見送る。  
「…ヤケ食いだ!ヤケ食い!うがーーーーっ!!」  
 独り言を叫びながら、キンジは自分の家へと戻って行った。  
 
 シレンとコッパは、道中の小屋で一夜を過ごしていた。小屋といっても屋根と壁は崩れ落ち、土台だけが残っているような廃屋であるが。先ほどオロチから受けた傷が、少しばかり痛む。  
 ―――再び、数匹ものオロチがシレンの前に立ちふさがった時、シレンは攻撃をかわし、ドラゴンキラーをオロチの額に突き立てた。  
 オロチは断末魔を上げて消滅し、不思議なことに数匹のオロチも幻のように消え去ったのだ。周りを包んでいた霧は晴れ、そこからモンスターはぱたりと姿を消した。  
 此処までくれば、脱出できるはず――― シレンとコッパは、そう思っていた。  
 隣でコッパはすやすやと眠っている。シレンは囲炉裏の火を見つめながら、頭の中にある思いを反芻していた。   
 何故、脱出できないのか。  
 
―――未練があんたの中に少しでも残っているのであれば、恐らく同じように繰り返すこととなろう。  
    何を未練に思っているか、はワシには分からぬが―――  
 悔いを残さぬよう別れを告げてきた筈だった… 未だ自分の中に心残りがあるというのか?  
 
 …シレンさん…  
 彼女の声が頭の中に響く。忘れよう、そう思うほど強く意識してしまう。あの日見た微笑が浮かんでくる。どこか寂しげにも見えた、あの笑顔。  
 しかし、もう自分に出来ることは何もない。ただ、忘れよう。そう思うほど自分の中で彼女への思いは強くなっていくばかり。  
 
 …シレンさん…!  
 自分は風来人だ。悔やむ気持ちこそあれど、間違ってはいない筈。なのに何故出ることが出来ない…何処かで脱出を望んでいない自分がいるのか?   
 
「シレンさん!」  
 
 頭の中で響いていたとばかり思っていた声が、耳に入ってくる。幻聴ではない。  
 顔を上げると、そこには……ケヤキがいた。  
 走ってきたのだろうか、とても辛そうに、息を弾ませている。それとは裏腹に、顔は安堵の表情を浮かべている。  
「はあ、はぁ…良かった、本当に…間に合った…。」  
何故?どうやって?それよりも…  
「莫迦!危ないじゃないか!こんなところまで…」  
「シレンさん、あそこに看板があるの、見える?」  
 ケヤキが指差す場所には、見覚えのある看板が立っていた。『この先 月影村』と書いてある。月影村に初めて入った直前、村の前に立ててあった看板だ。本来なら村を出たときに直ぐ見える看板であるはずだ。それが昨日も今朝も見ることは出来なかった…。ということは…。  
「十五分くらい前に、こっそり村から抜け出してきたの。」  
 舌を見せながら、おどけて話すケヤキ。  
 一体、どうなっているのか…?  
 
「どうしても、逢いたかったんだ…。シレンさんに。」  
 囲炉裏をかこむ二人。  
「今朝シレンさんが神社で話してくれたように、私もシレンさんに、伝えなくちゃいけないことがあったのに…。気持ちを押さえ込んでた。それに、…渡したいものもあったし。」  
 そういって、シレンの隣に腰掛ける。  
「私、シレンさんが村の入り口で倒れていたとき、ビックリしたのと一緒に…何処かでもの凄く嬉しかったんだと思う…。」  
 
「きっとね、シレンさんが脱出出来なかったのって…私のせいかな、って、そう思うの…。」  
 
「ずっと、時間が進まなければいいのに、って。ずっと、シレンさんが、…脱出できないで、戻ってきてくれれば良いのに、って… 私、心の何処かで、そう思ってた…。」  
 声が、震え出す。  
「本当はね、今朝神社でお祈りしたのって…。ものすごい、罰当たりなお祈りだったんだ。」  
 
「このまま、シレンさんとずっと一緒に居れますように、って…。」  
 
「酷いよね、私ったら…。」  
 段々と声が上ずってくる。  
 
「だって好きな人に二度と会えなくなるのに、きれいさっぱり忘れるなんて、出来るわけ…」  
 声が止まる。  
 
 不意を衝かれ、ケヤキの瞳が大きくなる。一瞬自分の身に何が起こったのか分からなかった。  
 シレンが、ケヤキの唇を塞いだ。触れ合う唇と唇。昨夜の感触を、ケヤキは思い出す。  
 唇を離し、シレンはケヤキの瞳を見つめる。居た堪れない、という表情を浮かべて。 そして、ケヤキの身体を、ぎゅっと、抱きしめる。  
「ごめん」  
 他に言葉が思いつかない。胸が苦しい中で、精一杯の言葉が口から出てくる。  
「…っ、ぅっ…」  
 ケヤキの瞳から涙が止め処なく流れ落ちる。  
「うっ、ううっ…うわぁぁ…、ひっく、あぁっ…。えぐっ…。」  
 シレンは力いっぱい、ケヤキを抱きしめる。泣き声から伝わる痛みが、より力を込めさせる。  
「うああ…!っっく…いぃ…うわああああ…!!」  
 
「だって… こんなに…! 私…好きなのに…。どうしたら…。」  
 泣きながら、言葉にならない言葉を漏らす。その言葉が、シレンの胸をきつく、締め付ける。  
「もう…ひっ、はなれ、…離れたくないよっ…。」  
 シレンの首もとに手を回し、泣きじゃくる。  
 目の前にいる彼女に対して、只抱きしめることしか出来ない。  
 自分を抱き占めるシレンの優しさを感じ、切なさを募らせるケヤキ。  
 暫くの間、お互いそのままの姿で、動くことが出来なかった。  
 
 それからどれだけの間、こうしていただろうか。ケヤキの涙は、徐々に収まってきた。お互いに喋らず、沈黙が続く。  
 ケヤキは、シレンの頬にある擦り傷に気がつく。そっと手を近づけ、尋ねる。  
「シレンさん、傷…。」  
「大丈夫。大したこと無い。」  
 顔の傷から胸に手を移す。深い傷痕が刻まれている。その傷跡に、そっと指を沿わせてみる。  
「ごめんなさい、私のせいで…。」  
 ケヤキの指先が震える。  
「そんなこと…無いよ。」  
シレンは微笑みながら首を振る。  
 頬の傷に、唇をあてる。頬と頬を合わせながら、耳元で囁く。  
「シレンさん、少し、目を瞑ってて…?」  
「え?」  
「ほんの、ちょっとの間だけ…。」  
 
 シレンは云われるがままに、目を閉じる。  
 ケヤキは髪を結えていたリボンを解き、シレンの目にあて目隠しをする。  
「どうしたの…一体?」  
 思わぬ行為に一瞬、戸惑う。  
「…私に出来るのは、これ位しかないから…。」  
 
 そういいながら、ケヤキは少しずつ、シレンの傷の上に、舌をあわせていった。  
 視界が見えない中、彼女の息遣いが聞こえてくる。 姿が見えなくても、山茶花の甘い香りが、ケヤキの存在を教えてくれる。 あの夜の温かさが、再びシレンに伝わる。ゆっくりと、傷が癒されていくのを感じる。  
 あの時とちがうのは、…目の前に居るのが癒しウサギではなく、ケヤキであること。  
「シレンさん…。   ゆっくり、横になって…。」  
 そのまま、仰向けになる。  
「ごめんなさい… 服…脱がすね…。」  
 そう云って、胸に手を当てる。徐々に、服の前を開かれていくシレン。  
 ケヤキはゆっくりと、彼の傷を癒していく。背中に手を回し、傷を撫でる。くすぐったさに身をよじらせる。リボン越しに、明るい光が二人を包んでいるのが分かる。  
 
「何時も…こうしてくれてたの…?」  
 何も見えないままにシレンが尋ねる。  
「…少しでも早く…元気になって欲しかったから…。」  
 ケヤキは恥ずかしそうに答える。今までも、ケヤキが寄り添ってくれていたとは…。シレンは想像して自分が思わず大きくなってしまうのを感じた。彼女に知られたくないと思う。  
 ひたむきな看病の甲斐あって、殆どの傷は癒えた。ケヤキは尚も、服に手をかける。…シレンのズボンを、ゆっくりと下ろしていく。  
「えっ?ケヤキちゃん…」  
 驚くシレン。ズボンは腿の辺りまで下がっている。腰元が涼しい。…マズイ。そこは、先ほど大きくなったモノが…シレンの意思に反して、その存在を誇示してしまっている。ケヤキに見られてしまった。  
 ケヤキは…その大きいモノに舌をちろっとあわせる。  
「あっ!」  
 
 つい声を上げる。敏感に反応してしまう。  
「ちょっ、そこはっ…」  
 シレンの静止も聞こえていないのか、ケヤキは舌を止めない。先端に口付けるように、少しずつ舐めていく。思わぬ刺激に、シレンのモノが暴れ出す。  
「あっ!ぁう…」  
 今度は裏の筋を舐める。感じたことの無い快感が、シレンを襲う。もう自分自身は爆発しそうなほどに膨張している。  
 ケヤキは、小さい口の中にそれを銜える。余りの刺激に、シレンの腰が諤々と震え出す。  
 このままでは、ケヤキの口の中に、己の丈を吐き出してしまう…。もう限界だ…!  
「駄目だ!」 「きゃっ!」  
 
 シレンは焦り、ケヤキを突き飛ばしてしまう。  
 間をあけず、勢いよく解き放つ。慌てて目隠しを取る。今し方ケヤキがいたところに、白い液体が飛び散っていた。危うく、ケヤキの着物にぶちまけてしまう所だった。  
「ご、ごめんなさい…」  
 おそるおそる、言葉を返すケヤキ。  
「何してるんだろうね、私…。…おかしくなっちゃったみたい…。」  
 俯きながら、辛うじて聞こえるように呟く。今にも泣きそうな声で。  
「違うんだ!ケヤキちゃん…」  
バ タ ン ! !  
 思いっきりその場に倒れる。ズボンが下げられてたのに気付かないまま立ち上がろうとして、足がもつれてしまった。顔を上げると、…何か青臭い。  
「大丈夫!?シレンさん…。……その顔!」  
   
 目の前には、白濁液を顔にべったりとつけたシレンの顔がある。  
「…!!うわっ!!」  
 自分の精液が顔につく。思わず水瓶に走り、急いで顔を洗う。  
「ヴぉぇぇ…。ごほ、ゴホ」  
「大丈夫?」  
 二人の目と目が合う。  
「…ふふっ!」  
「ハ…ハハハッ…」  
思わず、余りに滑稽な事態に、何故か可笑しくなって。お互いに笑い出す。  
 
「ごめん。折角、傷を癒してくれたのに…突き飛ばしちゃって。」  
「ううん。シレンさんが喜んでくれたのなら、私…。」  
「ケヤキちゃん…。」  
 ふと、シレンの頭に、数日前の記憶が蘇ってくる。シレンは口を開く。  
 
「この間、オロチを倒して戻ってきたとき、俺が苦しんでる所に…忍び込んできたんだ。癒しウサギが。 怖がってたみたいだったけど…。  
 そのうちに、近づいてきて、必死に看病してくれた。…今の、ケヤキちゃんみたいに。」  
 シレンは真剣な顔をして、ケヤキに尋ねる。以前聞くことの出来なかった疑問を。  
「あの時のいやしウサギは…君だったのか…?」  
 シレンのその問いには答えず、微笑むケヤキ。  
「たまに、お腹を空かせたウサギが、夜中にこっそり山から降りてくるのを、私見たことがある…。もしかしたら、私が見たウサギと同じかも知れない。」  
 そう、嘘をつく。そしてわざと、尋ね返してみる。  
「ねぇ、シレンさん。そのウサギ、どんなコだった?」  
「とっても人懐っこくて、花のイイ匂いがして…。澄んだ赤い眼だった。…可愛いかったな。」  
 最後の一言に、ドキッとする。自分のことを云われた気がして。  
「…私、何となくそのコの気持ちが、分かる気がするの…。何でシレンさんの看病を、したかったのかなあ、って気持ち…。」  
   
「きっとそのコ、凄く、嬉しかったんだと思う…。」  
 まるで自分の気持ちを代弁するかのように。  
「自分は、モンスターだからって、怖がられるんじゃないか、受け入れられないんじゃないかって。…でも。シレンさんは、受け入れてくれた。だから、私、凄く嬉しくって…。」  
 そこまで云って、ケヤキは自分の喋ったことに気付き、口を止める。顔に血が上ってくるのが分かる。思わず、シレンから顔を背ける。  
 シレンはケヤキの後ろから、そっと腕をケヤキの肩に回す。背後からケヤキを抱いて、そっと話しかける。  
「ずっと、云えなかったけど… 俺は…」  
 今まで、胸に秘めていた想いを、告げる。  
「ずっと好きだったよ、今も、」  
 
「…ケヤキちゃんのこと…」  
 
 愛する人からの、告白。  
「…大好きだよ。」  
「…!…っっ…」  
 初めて、自分に向けられたシレンの言葉。  
 涙を浮かべるケヤキ。  
 
 シレンは話し続ける。  
「大好きだって…云ってしまうと、お互い辛いだけだって…今朝も、云えなかった…。」  
「私も、すっごく、苦しくって…。辛かった…。」  
 初めて明かされる、お互いの気持ち。今まで己を抑えていた堰が、一気に崩れ去る。溢れ出る相手への感情。  
「お願い…せめて、今夜だけ…。」  
 ケヤキの声が震える。  
「今夜だけ… 夜が明けるまでずっと…」  
 ケヤキは振り向き、そのまま暫く見詰め合う。  
 「一緒にいて… シレンさん…。」  
 
 愛しい人の顔が、直ぐ目の前にいる。自然に、ゆっくりと…顔を近づけていく。互いへの想いは、もう揺らぐことは無い。  
焚き火の揺らめく明りが、廃屋の床に、二人の影を大きく写す。顔の影は少しずつ、重なり合っていく。  
「――――――――」  
 口付ける二人。先程の、束の間の口付けとは違う。相手を、より深く、感じるため、知るための接吻。  
 ケヤキは、背後のシレンに向けて、身体を捻らせる。より、二人の身体が密着する。シレンはケヤキの唇に触れられるよう、首を傾ける。  
 お互いの中に、ゆっくりと、進んでいく。舌と舌が出会う。ケヤキは思わず舌を引っ込める。初めての相手を怖がるように。  
 だがもう、臆病になることはない。それを理解してか、次第に舌は相手を求めて、積極的に絡み合う。  
 くちゅ、ちゅぱ…。  
 静かな夜の廃屋に、淫らに、唾液の音が響く。濃密な時間が、その場を支配する。  
 
 シレンは、ズボンだけを穿いている姿になっている。一方ケヤキは、綺麗に整った着物を着けたまま。  
 着物の衣越しに、温もりを感じる。彼女の柔らかさが服越しに伝わってくる。  
 これから、ゆっくりと。その衣を、剥いでいくことになる。  
 緊張しているのか、どこかケヤキの身体は、強張っているようにも感じられた。  
 
 着物の上から、胸の上に手を当てる。思っていたよりも、豊かな感触。ゆっくりと、相手の緊張をほぐす様に、揉んでいく。  
「ン…。」  
 感じているのか、声をあげる。未だ、身体は引きつっている。  
「ケヤキちゃん…力を抜いて…。」  
 少し動きを止め、耳元で、囁きかける。段々腕の中で、ケヤキの身体は柔らかさを取り戻していく。  
 又動きを始めると、どうしても力が入ってしまう。  
「いや…何でだろ…」  
 身体が云うことを聞かない。  
「徐々に慣れてくれればいいよ。」  
 シレンはそっと、云いかける。未だ夜は長い。  
 
 着物の裾から手をいれる。手は袖を通り、胸の部分に辿り着く。  
「あっ…。」  
 乳頭に、指を触れられる。思わず声が上がる。シレンはその胸を、ゆっくり揉みしだく。  
「は…ぁ…、」  
 ケヤキは感じてくる。シレンが乳房をにぎると、それは手の平にあまった。服の上からは窺い知れない、豊かな胸。手が熱い。  
「はぁ…っ。っく…。」  
 胸を揉みしだきながら、ふと、うなじに目が行く。堪らなくなり、思わずケヤキの首筋に舌を合わせる。  
「きゃん!」  
 予想外の刺激に、声が跳ねる。胸の刺激と一緒に、首がくすぐったい。身を捩じらせる。  
 先程の緊張が徐々に解けてきた。身を委ね始めるケヤキ。  
 
 袖から手を抜き、向かい合う形になる。先程から感じ続けている余りの快感に、ケヤキはもう身体に力が入っていない。シレンを見る瞳は、ぽうっとしている。  
 そっと、シレンはその場に、ケヤキを押し倒す。  
胸元に手をあて、ゆっくりと、襟を横にずらす。しばらくして、ケヤキの胸が外気に晒された。  
小さくも無く、大きすぎもしない。綺麗な形をしている。  
現れた二つの乳房を、丹念に嘗め回す。相手をいたわるかのように。驚かせないよう、ゆっくりと。  
「…ふぁっ…」  
 乳房に口付けし、周りの柔らかみから、徐々に舌を這わせていく。  
「…ぁっ…だっ…。…んっ、ぁっ、…っ…。」  
 だめ、と云おうとしたのか。言葉を呑み込み、されるがままに、感じる。  
 口の中に、ケヤキの味が広がる。音をたてて、赤ん坊のように、無心にケヤキの乳をしゃぶる。  
 ケヤキはこくっ、こくっ…と、つばを呑み込む。  
 
 そしてシレンは、足元に、手を伸ばす。服の上から、足の根元に掌をのせる。  
「シ、シレンさあぁっ、そこっ…ひゃっ!」  
 胸を丹念に辱めながら、一番感じやすい部分を、ぐっと押さえては離す。じわり、じわりと、刺激を与えていく。  
「んああっ!っは、ひあ、あんっ…。」  
 愛する人に自分の身体を辱めてもらい、それだけで頭が一杯になる。  
「ん…ふぁっ…、や…っ…! は…んぁ…っ」  
 ケヤキの声が、廃屋の中に木霊する。。  
「ああっ……やっ!あああっ!!」  
頭の中が真っ白になる。突然、力尽きたようにぐったりと、その場に倒れ込むケヤキ。  
 シレンは掌に、湿った、温かいものを感じた。  
「だ…大丈夫かい…?」  
「…はぁ…、はぁっ…。」  
 瞳の焦点が定まっていないが、ケヤキはそれでも、シレンに微笑む。  
「シレン…さん…。」  
 息が整わないままに、ケヤキは話す。  
「私、ずっと、シレンさんに…逢えたこと、忘れたく、ないから…」  
   
「…だから…     して…。」  
 
 シレンはケヤキの裾をたくし上げる。掌があった場所は…彼女の、愛液で濡れていた。  
「…感じちゃった?」  
「ゃ…」  
 ケヤキは顔を真っ赤にする。そのまま、そっと手を触れる。  
「…!ひっ…あ…」  
 ビクッと、ケヤキの身体が跳ねる。  
「そこ…感じちゃ…」  
「気持ち、いい?」  
「やっ、……うん…。」  
 小さい入り口の中に、シレンの指が侵入していく。  
 次第に、二本、三本と指を増やしていく。きつい。指が出入りする度、ケヤキは喘ぎ声をあげる。それがますます、シレンを興奮させる。  
「こんなに、濡れてる…。」  
 シレンはケヤキの愛液で濡れた手を、ケヤキの目の前に持ってくる。濡れた手が、艶かしく光る。  
「あ…い、やだ…っ」  
 思わず、顔を手で覆う。  
その手をそっとどかし、口付けをする。唾液の糸が、二人を繋いでいる。ぼうっとした頭で、相手を確かめるよう、唇を交わす。そうしながらも、シレンの指は、ケヤキの秘所を刺激し続ける。  
「シレンさん…もう、凄く…切な過ぎて…私…。」  
 とろん、とした瞳で、この身体にたぎる気持ちを、何とかして欲しい…そうシレンに訴える。  
「ケヤキちゃん…本当に…いいかい?」  
「うん…来て…。」  
 
 シレンは、己のズボンを下におろす。先程よりも大きくなったモノが、熱く疼く。  
 先端を、彼女の大事な所に入れようとするが、愛液ですべる。刺激でピクン、と先端が勢い良く跳ねる。今にも放ってしまいそうだ。  
 そのままゆっくりと自身を手に持ち、秘所にあてがう。敏感になりすぎて、再び跳ねそうになる。手で押さえつけ、ゆっくりと、沈めていく。慣らすように、先端まで、の抜き差しを繰り返す。  
「ふぁ…や…はず…きゃっ…!」  
「あぁん…はっ!…やあっ!んっ!」  
 シレンを迎え入れるように呑みこんでいく。そのくせ、頭が入ってからは、これ以上の浸入を許さないかのように、深く締め付けられる。  
 果たしてこんな小さな場所に、全部収まりきるのだろうか…  
「シレ…さあっ…。のままじゃ…おかしくなっちゃ…。」  
 ケヤキの言葉を受け、意を決したように、己をつき入れる。ぶつん、ぶつんと、何かが破れたような感触。  
「ああっ!!い、痛たっ…!」  
ケヤキは、痛さに悶える。  
「ごっ、ごめん!」  
「ううん、良いの…そのまま…。」  
 破爪の血が滴り落ちる。その血が、二人の動きを促進する。  
 
 こぷっ…こぷっ…淫らな音をたてて、くっついたり離れたりを繰返す。潤った結合音が、静かな廃屋の中に響く。  
 ケヤキに、両手を床に押さえつけ、結合部を見せる。  
「…ここで…繋がってるね、私たち…、」  
「…うん、」  
「…、あはっ…、はっあ…あぅ…あん!」  
 一瞬、歓喜の溜息を漏らす。締め付けがきつい。離れたくない、と、身体が叫んでいるようだ。  
 止まることなく、挿入を繰返す。ケヤキの身体中に、電気が走るような感覚を覚える。脚が痙攣する。  
「わたし…あっ…はぁう…!」  
 もう、身体を思うように出来ない。意思とは裏腹に、秘所は彼を締め付け、離さない。  
「っ…ああっ…うっ…」  
 一心不乱に、腰を振るシレン。意識が飛びそうになるのを必死に抑えるが、目の前が真っ白になっていく。快感に身を委ねる二人。  
「このままっ…あっ!」  
「つっ…あ、あああっ!」  
「いっ、ちゃっ…あはぁ…や、ああああああぁっ!」  
 桜色のシミが、廃屋の床に痕を残す。  
 お互いに果て、シレンはケヤキの上に、力なく倒れ込む。重なりあう二人。  
 
 結ばれたことに、ケヤキは声を殺して、泣いた。  
 愛する人と結ばれたことの嬉しさと、この想いも一晩限りであることの悲しさに。  
囲炉裏の火もいつの間にか消えている。三日月の光が、崩れ落ちた屋根から、二人を照らしている。うっすらと弱々しい光は、まるで今夜限りの夜を意味するように、儚く輝いていた。  
 
 囲炉裏の火が消えたせいで、夜の冷気が廃屋に吹き込んでくる。思わず身を震わせる。  
「ちょっと、寒いね…」  
シレンは縞合羽で、自分とケヤキを包む。冷たい冷気が遮られ、ふわりとした温もりが、二人を暖める。  
「…あったかい…」  
 触れ合う肌と肌。先程の熱い思いが、未だ残っている。  
「待って…、今、帯外すから…。」  
「え?」  
「折角一緒に居れるのに…衣一枚も離れたくないの…。」  
 そういって、ケヤキは立ち上がり、腰の帯に手をかける。かさかさ、と、衣擦れの音が闇の中に聞こえる。  
 うっすらと三日月の光の中に、白く浮かび上がる、ケヤキの肢体。滑らかに、女の子の身体を形作っている。  
「…綺麗だよ、凄く…」  
「うれしい…」  
 壁に、寄りかかり、二人同じ布の中身体を包む。  
「…一度で良いから、シレンさんと一緒に、見てみたかったな…満月…。」  
 崩れた屋根の隙間から、夜空を見上げ、呟く。それすら願いを叶えられない自分が、もどかしい。  
 堪らずシレンは抱きしめる。着物の上では分からなかった、ケヤキのすべらかな、肌の感触。  
「はあっ…」  
相手を肌越しに感じる。着痩せしているのか、肌を重ねると、わかる。豊かな身体。柔らかく、大切に扱わないと、壊れてしまいそうだ。  
 
 ケヤキは、シレンの胸に、耳を当てて云う。  
「とくん、とくんって、聴こえる…シレンさんの、胸の音。」  
 ドキリ、と、胸が早まるのが分かる。シレンは、彼女の胸と自分の胸を合わせる。皮膚は薄く、胸を合せていると、ケヤキの血のたぎりが刻々とわかった。鼓動を、感じる。お互いの拍子が、同期する。  
 
「私もっと、シレンさんのこと…感じていたい…」  
 
 シレンはさっきの様に、今度はケヤキに、リボンで目隠しをする。  
 何も見えない。分かるのは、互いの動く音と、息遣いだけ。それが余計に、ケヤキを興奮させる。  
 突然、唇に、シレンが入ってくる。  
「ん…!」  
 見えない分、感覚が鋭敏になっている。絡みあう舌。ゾクッと、背中に何かが走る。絡みあう音がハッキリと聞こえる。先程は感じなかった恥ずかしさが、ケヤキを襲う。  
 
 突然、責める手を止める。ケヤキから離れ、シレンの気配が無くなる。  
「え…?シレンさん…?」  
 返事が無い。暗闇に独り、取り残される。  
「や…、やぁ…」  
 心許無くなり、つい泣きそうな声を出す。  
「シレンさぁん…。」  
 今までにない、相手を求める声。  
 
「きゃっ!」  
 シレンは後ろから、ケヤキを持ち上げる。  
「や…離れちゃ…やだっ…。」  
 甘えん坊の様に、駄々をこねるケヤキ。  
 古い卓袱台の上に、ケヤキの身体を乗せる。脚を、開いた格好になる。恥部が、惜しげもなく開かれた。恥ずかしさで一杯になる。  
 そこに、そっと、舌を。這わせる。  
「ひぃ…!や、はん…うあぁ…」  
 
 熱いモノが、入る。  
「っアッ!! ヤぁ!」  
「はぁっ…!」  
「アあ…ん!!」  
「あ、いやっ…イヤっ…」  
 ギシギシと、卓袱台が軋む。  
 
「だめぇぇ…ぃん!!」  
「すごっ…かはっ、感じちゃう…!!」  
「あーー!! あ、っあーー!!」  
 
「逝っちゃう…!ああっ!!! あぁっ…!!」  
「いいよ、逝って…」  
「逝くっ…はぁ…あやっ!! …あーー!!」  
 ビクン、ビクンと、電気が走ったかのように跳ねる。  
 シレンをつかむ手に、思わず力が入る。爪がこすれて、皮膚が赤く滲む。  
 
 シレンの身体に、腕を回す。  
「しれんさ、ぁん…!もう・・・わたし、ぁっ、…だめぇ!!これいじょうは…!とめて…ぅあ…!」  
 全身を痙攣させながら、懇願する。  
 シレンは動きを止める。未だ固くなっている自身を抜いて、ケヤキの胸に当てる。  
「はぁ…あっ!」  
 どくん、どくん、血のたぎりが、胸から伝わる。  
「熱くて…固い…」  
 胸を手で押さえ、棒を包む。そのまま、腰をふる。  
「シレンさん… 感じる? …気持ちイイ?」  
「ヤバい…出るっ…。」  
「うん…出して…。」  
 先刻はわざとずらした白濁液を、今度は躊躇いつつも、ケヤキの胸の上に、ぶちまけてしまう。  
 「はぁ…はぁ…」  
 「ハッ、ハァ…ハァ…」  
 意識が定まってから、シレンは自分の手で、ケヤキに掛かった白濁液を拭い去る。  
 そして、目隠しをほどき、再び口付けた。  
 
 その後も、二人の営みは続いた。互いに、執拗に求め合う。別れを惜しむよう。二人が出会えた証を、自分達の身体に刻み付けるように。口付けをし、身体を絡め合い、一つになる。  
 もうすぐ、夜が明ける。もう体力的にも、限界が見えるのは明らかだった。汗ばんだ身体。これが最後の行為になる。  
 悔いを残さないよう、互いに肌を重ねる。一秒一秒を、忘れないように。最後の勢いを、放つ。ケヤキの中が、大事な人の、ケヤキへの想いで満たされていく。  
 お互いに燃え尽き、その場に、横たえた。  
 
 空をみると、うっすらと明るく新月が見える。  
 肌越しに伝わる、相手の体温を感じながら、いつまでも夜が明けないで欲しいと願った。  
ケヤキはシレンの頬に、うっすらと浮かんでいるものに気付いた。  
「シレンさん…」  
 ケヤキを腕の中で抱きしめる。折れてしまいそうなほど、柔らかい。大切に、いたわるように。  
「忘れないでね…」  
 身を委ねながら、シレンに、笑顔で優しく呼びかける。  
「私は、何時も、此処に居ます・・・って」  
 
 
 朝起きるとケヤキは居なかった。  
 慌てて辺りを探すシレン。  
「ケヤキちゃんなら、帰っていったぜ…月影村に。」  
コッパがシレンに話しかける。  
「ケヤキちゃん…顔を合わせると、別れが辛いから、って…。ふぁああ…。」  
 眠そうに欠伸をかくコッパ。  
「ねみぃな全く…やるならやるでもうちょっと静かにしてくれよな…。シレンよぅ。」  
「!…起きてたのか?」  
「囲炉裏の火が消える辺りからよ…寒いと思ったら…お熱いこって。」  
 相棒に最中を見られた…色んな思いが頭を交錯する。  
「イタチだって、盛りが来ると大変なんだからよ…ま、良かったな。」  
 何だかんだで、祝福してくれていると取るべきだろうか…?  
「…それより、シレンに、伝えて欲しいって云ってた。」  
 彼女からもらったお守りを渡しながら、コッパは伝えた。  
「旅の神クロンの 追い風を――― だってさ。」  
「いい子だったよな…。ケヤキちゃん。」  
 シレンは眠りに落ちる間際、聞こえた、彼女の声を思い出す。  
―――私は、何時も、此処に居ます・・・って―――  
 かすかに残る彼女の温もりを、忘れないよう―――  
 彼女のお守りを胸に抱きつつ、シレンはゆっくりと、歩みを進めていった。  
 

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