「はぁ・・・」  
少女は窓辺に手をつき、想いを馳せる。  
絵に描いたような、満面の星空に。  
その星空に穿たれた、輝ける真円に。  
その満月に照らされた町の、行く先に。  
そして。  
その町に今も居る、少女の想う、その人に・・・  
 
 
「シレンさん・・・」  
あの人は、まるでお話の中の人のように。  
わたしが描いていた幻想が、現実になったかのように。  
町を、お父様を、わたしを、助けてくれた。  
今でも時々、その事が信じられなくなる。  
ここにいるわたしは、本当は生贄にされもう息絶えたわたしが抱く夢幻にすぎないのではないか、と。  
でもそれは詭弁だし、もちろん錯覚。  
それほどまでに儀式は恐ろしいものだった、ということ。  
そんな恐ろしい儀式が、あまりにも呆気なく打ち砕かれた、ということ。  
あの人が、お話の中の人のように颯爽と現れて助けてくれた、ということ。  
 
・・・きっと。  
夢は現になったんだ。  
 
 
時が経てば経つ程に、少女はその男に惹かれていく。  
星空と満月。追憶と思慕。  
少女は、想いを馳せる・・・  
 
 
思えば。  
わたしはたぶん、初めて会った時からあの人に惹かれていた。  
危険を顧みずに、闇へと踏み出す勇気。  
・・・そんな強い光を放つあの人に、憧れていたんだと思う。  
 
あの人が邪神を滅ぼして、この町を去って。  
どういうわけか町に戻ってきて。  
それがあまり良くないとは解っていても嬉しかった。  
それから、少しずつだけれど毎日、にこやかに話をして。  
そんな楽しいけれど緊張する時間を一緒に過ごして―――  
 
―――それは、以前のわたしからは考えられない事。  
 
環境。身分。厳然たる現実。  
実際には身分的な差別などは無いにせよ、それは大きな存在だった。  
そして周りには広大な砂漠が広がり、船の往来は殆ど無く、近隣諸国といったものも無い。  
故に少女は、父親からの寵愛のみを受けて育ってきた。  
故に少女は、父親以外の男性を苦手とまで思うほどの娘に育っていた。  
 
今よりも小さい頃から思い描いていた幻想。  
少女は幼心に、『からっぽを埋めるなにか』を求めていた・・・  
 
 
わたしはあの人が好き。  
でもあの人は気付いてくれはしない。  
あの人はとても良い人だと思う。  
けれどある意味では残酷な人だとも思う。  
待っているだけではこの想いは、伝わらない・・・  
 
・・・いつも受け身だったわたし。  
それはあまり良くないと、自分でも思う。  
だから、わたしは、自分から―――  
この綺麗な満月の夜、わたしはあの人に想いを伝えようと思う。  
 
 
料理屋トンファン・二階。  
勢いにまかせて来たは良いものの・・・  
そうだよね、こんな時間に起きてるはずない。  
せめて寝ている顔を見ようと、寝ているシレンさんに近付く。  
 
十分に大人なのに、どこかあどけない影を残した顔。  
安らいだ表情を浮かべて幸せそうに眠っている。  
こうして顔を見ているだけで、不思議な気分。  
幸せのような、優しさのような、緊張のような、なんだか複雑な気持ち。  
鼓動が早まり、高鳴っているのがわかる。  
自分の頬が少し熱を帯びているのがわかる。  
 
・・・少しだけなら、良いよね、という、囁き。  
そんな事はしちゃ駄目、という、囁き。  
矛盾した囁きがわたしの中で響く。  
そんな刹那が過ぎて。  
わたしは唇をゆっくりと唇に近づけて・・・  
 
と、重なろうとした瞬間。  
彼の目がぱっちりと開いた。  
 
―――わたしは誘惑に負けたんだ。  
そんな現実が唐突に、衝動になってわたしに押し寄せる。  
自分がしようとした事。   ―――後ろめたくて。  
自分の心の弱さ。   ―――恥ずかしくて。  
とにかく顔が熱くて、目が潤んで。  
そんなわたしを、彼が驚きの表情で見据えていて・・・  
わたしは早くこの場から居なくなりたいと思った。  
「・・・ごめんなさい!」  
と言うと同時に背を向け、駆け出そうとする。  
 
けれど、それは叶わなかった。  
 
「待った」  
彼が、わたしの腕をしっかりと掴んだ。  
 
「・・・アテカ姫・・・?」  
未だ驚きの表情は解けず。  
それは驚きもするだろう。  
一国の姫ともあろう者が、こんな事をしようとしたなんて。  
「・・・ごめんなさい」  
ああ、わたしの声、震えてる。  
「シレンさん・・・」  
静寂。  
・・・そこにはただ、静寂が在った。  
「シレンさん、わたし、どうしても」  
というわたしの声は彼によって遮られた。  
「アテカ姫」  
名前を呼ばれた。  
この瞬間、どんな事も覚悟してた。  
何を言われても、わたしは何も言えない、と。  
それでもやっぱり、自分が惨めで恥ずかしくて、現実を直視したくなかった。  
静かに目を閉じる。  
ただ、闇。微かな風の音。彼が立ち上がったであろう音。  
それ以外は何もない、闇。  
わたしは闇の中で、必死に涙を堪えて、彼の言葉を待った。  
 
「アテカ姫」  
もう一度名前を呼ばれた。  
――直後、唇で何かを感じた。  
驚いて目を開くと、彼の顔が目の前にあった。  
急速に増していく現実味。  
やわらかなあたたかい感触。  
大粒の涙がこぼれる。  
静かに遠ざかる彼の顔。  
止まらない涙。  
嗚咽。  
彼の微笑み。  
彼はこんなわたしを罵るでも跳ね除けるでもなく。  
受け入れて、くれた。  
 
 
わたしは、声を出して泣いた。  
彼は静かにわたしを抱きしめてくれた。  
 
 
ようやく涙が収まってきたころ。  
 
「良いの?」  
具体的に何をするのかは解らないけれど。  
わたしは静かに頷いた。  
 
また彼の唇とわたしの唇が触れ合う。  
彼の舌が入ってくる。  
わたしも舌を出してみる。  
舌と舌が、ふと触れ合う。  
「ん・・・」  
・・・全身に走る、痺れるような感覚。  
その感覚に囚われながら、わたしは彼の舌に舌を絡めた。  
彼の手がわたしの服に伸びる。  
するすると音を立てながら落ちてゆく服。  
その様子を他人事のように見ながら、首筋や背筋に走る感覚に堕ちてゆく。  
ただ貪るように、舌を絡める。  
顔が熱い。  
ゆっくりと唇が離れる。  
間に長く銀の糸が伸びて、たるんで、消えた。  
 
何だか力が抜けて、服の上に座りこんだ。  
彼が服を脱ぐ様子を眺めながら、余韻に浸る。  
頭がぼうっとする。  
「舐めてみてくれる?」  
服を脱ぎ終えたらしい彼が言った。  
わたしは少し虚ろな意識の中、頷いた。  
わたしの前に何かがある。  
それは屹立していて、脈打っていて、彼と繋がっていた。  
・・・何だか解らないけれど、何でも良い。  
それはきっと、繋がっている以上は彼に変わりは無い。  
それに・・・彼が舐めてみて、と言ったのだから。  
わたしはそれに手を添えて、ゆっくりと舌を這わせた。  
慈しむようにただ、舐る。  
先の方から何かが出てくる。  
仄苦く、仄甘い液体。  
それを味わうように舌に絡めて、なおも舐めつづける。  
少しずつ根元に近付いていって、裏側も余さずに。  
頬張るように口で覆い、唇で擦ってみたりもしてみる。  
次第に不思議な気分になってくる。  
程なくしてそれは強く脈打って、何かが勢いよく噴き出てきた。  
 
「っ・・・」  
喉の奥を突くその何か。  
突然の刺激に思わずむせそうになる。  
それはどろどろとしていて、さっきの液体よりもすこし苦かった。  
涙が出そうになる。  
けれど、それが彼から噴き出たものなら・・・  
わたしはゆっくりとそのどろどろとした何かを飲み込んでいった。  
唇の端から少し溢れたそれを、彼は指で優しく拭ってくれた。  
 
彼は驚くほどあっさりとわたしをかかえて、寝台に寝かせた。  
・・・ほんの少しだけ不安になって、彼を見上げる。  
彼は大丈夫、と言うように微笑んだ。  
 
彼の手がわたしに伸びる。  
指先がわたしの肌を静かに這っていく。  
触れるか触れないか、といった感触がくすぐったい。  
 
わたしのからだを這うように擦ってゆく彼。  
その動きに、口付けも加わる。  
だんだんと単にくすぐったかった感触が少し複雑な感覚に変わってくる。  
じわりとからだの芯に染み込むような、こそばゆいような感覚。  
なんだか落ち着いているような気分。  
そんな、気持ちが良い、というのに似た感覚。  
さっきからずっと瞳が潤んでいる・・・と思う。  
 
「んっ・・・!」  
突然、痺れるような感覚が訪れた。  
さっきのゆっくりと沈んでいくようなものではなく、急な衝撃のような感覚。  
彼の指先を見る。  
変わらず、からだを這うように、わたしをくすぐっている。  
その指がわたしの胸の先の・・・色が違う部分を触れると、また衝撃のような感覚。  
それは次第に多くなっていった。  
 
からだが火照っている。  
なぜだろう・・・と思う間もなく、また衝撃のような感覚が来る。  
「あっ!」  
一際強い衝撃。彼の指はわたしの下半身に伸びていた。  
「ぅくっ・・・あ・・・あぁ・・・!」  
すすり泣くような声が自然と漏れる。  
強い痺れが来る。  
びくっ、とでも言えばいいのだろうか。  
からだが、反応ではなく、反射する。  
からだのさらに火照ってゆく。  
わたしから何かが溢れている感じがした。  
ただ、節操も無く、生温い何かが。  
息が荒くなってくる。  
口が、空気を求めて勝手に開く。  
喘ぎ声が漏れる。  
 
ふと彼の指は止まって、彼の手はわたしの腰を掴んだ。  
 
「いくよ・・・」  
彼はわたしが舐めた何かを、彼の指がさっきまで触れていたところへあてがった。  
その彼と繋がった何かが、すこしずつわたしの中に入ってくる。  
切ないような、胸が詰まるような気分。  
わたしの中から、まだ液体か何かが溢れつづけている。  
 
「あっ・・・!」  
強い、じんじんと響く痛み。  
彼の何かがわたしの何かを破った、というような。  
不思議な感覚によって潤んだ目から、痛みによって涙がこぼれた。  
思わず彼の顔を引き寄せる。彼はそれに応じてくれた。  
また、舌を絡めあう。  
痺れるような感覚が、徐々に徐々に痛みを塗りつぶしていく。  
首筋に、ぞくっ、という感覚。  
それは甘い感覚。  
いつしか、あたたかさのようなものに満たされていった。  
内側から染み出していく感情。  
唇を離すとまた、銀の糸は尾を引いて消えていった。  
 
彼の何かはわたしの中で動き出した。  
わたしの中が、彼の何かと擦れあう。  
そのたびにまた、からだが火照る。  
目が潤む。息が苦しくなる。  
「ん・・・!ふぁ・・・」  
彼の何かがわたしの奥に当たる。  
また強い衝撃。  
わからない気持ちが押し寄せてくる。  
涙が流れる。  
彼の何かがわたしの中で暴れている。  
わたしは中で彼の何かを包んでいる。  
抱きしめるように、離すまいとするように。  
わたしと彼が繋がっている、というような実感。  
なぜだかはわからないけれど、とても満たされている気分。  
満たされているのに、何だか物足りない切ない気分。  
そんな複雑な気持ちが。  
その感情とも感覚ともつかないものが強く押し寄せてきている。  
 
わたしと彼が擦れるたびに、わたしも彼も息が苦しくなる。  
絶対的な一体感に咽ぶ。空気を求めて喘ぐ。  
 
そして。  
「あ・・・あぁ・・・あ・・・!」  
言葉にならない声とともに、わたしに押し寄せてきた何かが決壊した。  
同時に、彼の何かから、なにか熱いものが噴き出てきた。  
それは、さっき舐めたときに出たものだろうか。  
わたしの中に満ちて、奥まで届いて、それでもまだ熱くて・・・  
中でも躍動しているかのような錯覚。  
彼の何かは止まる事無く脈打ちつづけ、その熱いものを噴き出し続ける。  
意識が朦朧とする。白く塗りつぶされていく。  
根拠のわからない幸福感に満たされながら、遠くへ・・・  
 
徐々に意識が戻ってくる。静かに目を開く。  
ぼんやりとした視界。  
「起きた?」  
彼は微笑んだ。  
少しからだを動かすと、からだの中で何かの音がした。  
たぷん、と水のような音。  
音の出たところを見ると、そこはお腹で、すこし膨れていた。  
わたしの中から少し、どろどろとした白い何かが溢れていた。  
それが何かはわからないけれど、何となくもったいない気がした。  
なんだか幸せも漏れていくような錯覚に囚われて。  
少し顔をしかめながら、指で塞いだ。  
 
わたしは彼に近付いていって、身を彼に預けた。  
彼は、そっと抱きしめてくれた。  
 
 
 
 
 (おまけ) 
 
(はぁ・・・)  
語りイタチは窓辺に座り、溜息を吐く。  
絵に描いたような、満面の星空に。  
その星空に穿たれた、輝ける真円に。  
その満月に照らされた町の、行く先に。  
そして。  
この部屋に今も居る、後ろで情事を展開した、相棒に・・・意味合いは違うが。  
 
 
(あいつ・・・何人の女を手にかけるつもりだ・・・)  
今でも時々、あいつが信じられなくなる。  
よくも平気でそんな何人も。どんな精神構造してやがる。  
しかもあいつはたぶん覚えていないだろうけど、ガキの頃もやってたよな・・・  
誰か孕んだりしてないよな・・・?オイラが心配だ。  
あと、よくそんなに持つな、体。  
どれだけ傷ついても疲れても平然とやってるもんな。何発も何発も。絶倫か。  
オイラもとんでもない相棒を持ったもんだぜ・・・  
どっかの村で「おにいちゃんどいて!そいつ殺せない」とか言われてたけど何があったんだ・・・?  
・・・はいはい、オイラはこれまでも、これからも。何も見聞きしてないぜ、と。  
 
・・・きっと。  
あいつは生まれつきのナンパ野郎だったんだ。  
 

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