「うわ〜、誰もいないよ、シレン!」  
 
部屋の奥から、お竜のはしゃぐ声が聞こえてくる。  
その言葉に急かされ部屋を覗くと、目の前には夕日の差し込んだ落ち着きある空間が広がっていた。  
 
 
山頂の町の入口を過ぎてすぐの場所にある、宿屋"とまり木"。  
宿主のお婆が一人で取り仕切る、風来人の集い場だ。  
 
普段は風来人で溢れあまりくつろぐことの出来る場所ではないが、ここは宿屋としての役割以外に、  
テーブルマウンテン踏破を目指す者同士の情報交換を行う場所としても役立っていた。  
 
ただ、最近は皆テーブルマウンテン攻略の難しさを感じ始めたのか。  
最盛期のにぎやかさに比べると、少しずつ客足が遠のいているようだ。  
 
しかし、一室が丸々空いているというのも珍しい。いつもなら必ず先客の風来人がいて、相部屋を余儀なくされる。  
 
「今日はどうやら、ゆっくり出来そうだな」  
 
シレンは息をつきながら呟いた。  
いざ二人だけで部屋に入ると、意外にも広い部屋であったことに気付く。ざっと十四畳ほどはあるだろうか。  
 
 
「ねぇ、テーブルマウンテンが見えるよ!」  
 
お竜に呼ばれ、シレンは縁側へと顔を出す。  
そこからは雑木林が見え、遥かその上にテーブルマウンテンがそびえ立っていた。  
こばみ谷にいる風来人にとっての最終目的地。どこまでも大きなその姿は、まるで風来人達をあざ笑うかのようだ。  
幾多の風来人があの岩壁に挑んでは、敢え無く渓谷の宿場へと戻されていった。  
 
無論、シレンも例外ではない。ここのとまり木でお世話になるのも、今日で一体何回目になるだろう。  
 
「何時になったら到達できるのかねぇ」  
「・・・全くだ」  
 
無意識にこぼすお竜に力なく答える。  
 
早いもので、この横にいる同行人に出会ったのも、もう一月ほど前のことだ。  
シレンがこばみ谷にやって来て、道中初めて会った風来人。それがお竜だった。  
 
出会って早々目潰しを喰らわせられたこともあり、第一印象は最悪。  
その後男二人に襲われていた所を助けたのだが、以来シレン達の旅についてくるようになった。  
今では頼もしい仲間の一人だ。  
 
普段の彼女は、細身の身体に紫色の装束を身に纏っている。  
彼女とすれ違えば老若男女問わず、誰もがその存在感に振り返る。  
それほどに一見風来人とは思えない、容姿と器量の良さを持っている。  
 
だが一度戦えば、彼女の目潰しの前にはいかなる敵であろうと翻弄されてしまう。  
腕っ節だって並の風来人では敵わない。一体その細い体躯のどこに、そんな強さを秘めているのか。  
 
共に旅をしてきて、徐々に分かってきたこともある。例えば彼女の性格。  
人のスキに入り込み、軽々と手玉に取るしたたかさ。  
初めて会った時は、用心深いシレンでも簡単に騙されてしまった。  
それに、ひとかどの男をも圧倒させる勝ち気な性格。  
 
決して誰にも頼ることのない芯の強さを、お竜は持っている。  
様々な困難が待ち受ける旅の中、女が一人で生きてゆくのに必要な精神力。  
それがお竜の強さの理由なのかもしれない。シレンは度々自身も遣り込められつつ、そのように感じた。  
 
ただそんなお竜といえど、旅の途中にふと、寂しげとも、虚ろげともいえるような表情を浮かべることがある。  
一体何が彼女にそうさせているのか。それとも自分の勘違いなのか。  
その原因がまだシレンには分からなかった。  
 
 
 
「こうして見ると、なかなか良い部屋だね!」  
お竜の嬉しそうな声が部屋に響く。  
 
「・・・ん、ああ。今までずっとごった返してたからなあ」  
答えながら、確かにその通りだとシレンは思った。自分達だけで使うにはぜいたく過ぎるほどだ。  
 
ふと、今日はあんた達の貸切でいいよ、とお婆が言ってくれていたのを思い出す。  
折角なので、この際お婆の厚意に甘える事にしよう。  
 
ただ、そうなるとこの部屋はシレンとお竜の二人で使うこととなる。広い宿の部屋で、男と女が二人きり。  
・・・どうしても意識してしまう。下手に動揺を悟られないよう、平然と装わなければ。  
 
慌しい昼間とは異なり、ゆったりとした時間の流れが旅の疲れを癒してくれる。  
表はもう日が落ちようとしていた。夕焼けが辺り一面を紅く染める。  
 
「綺麗な夕日・・・」  
ぽつり、とお竜が言葉を漏らす。その言葉に振り返る。  
 
紅い日の光に包まれながら、夕日に見入っている彼女の姿があった。  
夕焼けが眩しいのか、ほんの少し眼を細めている。  
どこか柔らかい印象を受ける。見たことのない表情。  
いつもの旅で見せる緊張感は感じられない。  
 
――――シレンは自然と、魅入ってしまっていた。  
 
 
 
「どうしたの?」  
気がつくと、お竜はキョトンとした顔でこちらを見つめていた。  
 
「!あ、いや・・・」  
言葉を詰まらせる。  
見惚れていたなんて間抜けなことに感づかれたら、この先が思いやられる。  
シレンはすかさず話を逸らした。  
 
「お、お竜風呂入ってこいよ、先に。短い道中とはいえ疲れてるだろ?」  
「シレンは入らないの?」  
「ああ、すぐ入るよ。でもまだ荷物解いてないから・・・」  
 
・・・そこまで言って、すっかり大事なことを忘れていたのに気付いた。  
急いで荷物を解く。  
 
「プハーッ!!おい、相棒!酷い扱いじゃねえか!」  
「・・・悪ぃ、忘れてた」  
「忘れてたじゃねぇよ!!お前荷物袋に入ってみるか!?お荷物扱いされてみるか!?」  
 
お竜を意識しないように努めていたせいか、すっかりコッパのことを忘れてしまっていた。  
相棒に平謝りしながらも、シレンは少々ホッとする。  
たとえイタチとはいえ、男と女が部屋で二人きり、という事態は避けられた。  
色々と余計なことを考える状況にはならずに済む。  
 
「じゃあ、お風呂入ってくるけど」  
お竜はもう身支度を整えていた。  
 
「あぁ、ゆっくり入ってきなよ・・・」  
そう言葉を返すと、お竜はいきなり突拍子の無いことを言い出した。  
 
「シレンも一緒に入る?」  
・・・いきなり何を言い出すのだろうか。  
突然の予期せぬ発言に、シレンは気が動転してしまった。  
 
「は!?な、何を・・・」  
「きゃー赤くなっちゃって。かわいー」  
お竜はシレンの慌てる様子を見て、からかいながらもその反応を楽しんでいる。  
 
「だっ・・・誰が赤くなってるよ!誰が入るかよ、誰が!」  
「えー残念。身体洗ってあげようかと思ったのに」  
「んな、ガキじゃあるめえしっ・・・」  
どうやら、ていのいい遊び相手にされているようだ。  
 
「じゃあ俺行くよ俺!一緒に入りに行く!」  
コッパはそれを受けて、突然鼻息荒く叫びだした。  
 
「コッパは駄目。なんだか目がヤらしいから」  
「何でだよ!俺だってシレンと同じ男だよ!?シレンなんかと違って純朴で可愛いイタチじゃないか!」  
「・・・よく言うよ」  
「じゃあ興味ないならいいよね。折角連れてってあげようかと思ったけどやーめた」  
「嘘!ウソ!前言撤回!!」  
お竜は軽々とコッパをあしらう。  
 
「つうかシレンだって、お竜が思ってるほど真面目な奴じゃねぇよ!?  
 こないだもお竜のいないときに夜中おか・・・」  
 
全て言い終わる前に、シレンの拳がコッパに当たった。  
あえなく壁に飛ばされるコッパ。  
 
「・・・今なんて言ってたの?」  
「何でもないよ、何でも。 それより早く入ってこないと暗くなっちまうぞ」  
「ふうん・・・ま、いいや。じゃ、行ってきまーす」  
 
そういいお竜は宿屋を出て行った。  
先程の喧騒とはうって変わり、静寂が訪れる。  
 
「・・・いって〜な・・・!何すんだよ・・・」  
「ああいう場面で何吹き込んでんだよ、莫迦野郎」  
「だって、ホントのことだろうが・・・。  
 此間の夜、お竜のことおかずにして一人千摺りこいてただろ」  
「・・・!おまっ、何のぞいて・・・」  
 
夜中の秘め事が見られていたことを知り、シレンは冷や汗をかく。  
 
「ば〜か。バレバレなんだっつうの。ばれない様にやれよ。オイラを誰だと思ってんだ」  
 
こういう時ほど語りイタチという生き物を恨めしく思う時はない。  
とりあえずお竜にバレなかったことで、シレンはほっと安堵した。  
 
 
正直な話、お竜は随分と魅惑的な女性だ。シレンも度々情欲をそそられることがあるほどに。  
 
胸元までをぴったりと包み込む光沢ある生地は、否が応にも彼女の身体の線を強調し、  
装束の紫色は、その艶かしさを妖しく引き立てる。  
上半身を完全に覆うことのないその服は、首元に回される布で身体に留められてはいるが、  
それが却って露出している肩や鎖骨、細い二の腕といった素肌の美しさを際立たせている。  
 
毎日目の前でその色っぽい姿を披露され、シレンも度々気がおかしくなりそうなことがあった。  
 
その上問題なのは、お竜の行動にも少々難があることだ。  
確かに目潰しは強いし、頼もしいことは確かなのだが、何を考えているのか分からない節がある。  
さっきの様にシレンに対して誘惑するような言葉をかけてくることが、今までも度々あった。  
おそらく、年下だと思ってシレンをからかっているのだろうが。厄介な話である。  
 
改めて直接確かめたことはないが、シレンとお竜では、若干お竜の方が年上といった所だろうか。  
それほど年も離れていない、良い年頃の女と二人旅。  
何かのはずみで過ちを犯してしまってもおかしくない状況だ。  
 
それに男と女が二人で旅をしているのは、傍から見ても普通ではない関係を連想させる。  
さっきも部屋に入る前、背後から宿屋の婆さんの視線を感じた。  
心なしかにやけていた気がするが、おそらくそう見られていたのだろう。  
 
ただ、そのように思われるのを、シレンは余り好まなかった。  
 
幼い頃から旅をしてきて、女性と旅を共にしたこともあったが、  
まだその頃には自分が幼すぎたし、相手を異性と意識することもなかった。  
今はシレンも一端の年齢となり、それなりに性欲を持て余すようにはなったが、  
ほかの風来人のように色遊びをしたり、女性と関係を持つ様なことはしてこなかった。  
 
生半可な覚悟で旅を続けている訳ではない自負が、シレンにはある。  
常に身に纏っている、友の形見の三度笠と縞合羽が、その証だ。  
長い旅において、男女の関係、色恋沙汰やら何らは、自分の旅において不要なものだ。  
シレンは今まで自分にそう言い聞かせていた。  
 
 
しかし、そんなシレンでさえ気が迷うのだ。  
お竜が一人で旅をしていた時は、一体世の男共にどんな眼で見られてきたのだろう。  
これまで本当に、無事に一人旅を続けてこれたのだろうか・・・と今更ながらに思う。  
 
 
「おい、シレン」  
色々考えていると、壁に投げられたコッパが  
ヒソヒソ声で呼びかけてきた。  
 
「ったく、何だよ・・・?」  
「シッ・・・。隣の部屋から何か聞こえてこないか?・・・」  
 
「・・・・・・・・・」  
確かに、何か聞こえてくる。  
 
シレンは後ろめたい思いを抱きつつも、壁に耳を当ててみた。  
 
 
「・・・上手く、抜け出せたかい?」  
「大丈夫。誰にも、見られてないわ」  
男と女の声が聞こえる。確か隣は物置だったはずだ。  
 
「・・・やっと、二人きりになれやしたね・・・」  
「寂しかったわ・・・」  
「・・・あっしもです」  
話の内容から察するに、駆け落ちしてきたのだろうか。  
 
ガシャン!!  
 
突然、何か割れた音が響く。  
 
「キャッ!・・・壷が!」  
「片付けなきゃ・・・アッ!」  
 
・・・ん?  
 
「・・・・・・・・・・・・・」  
「ちょっと、やめ・・・・・・」  
「・・・・・・・・・・・・・」  
「壷の破片を・・・・・・・」  
 
・・・声だけが聞こえてくる。  
壁越しになにが行われているか、眼で確認する事は出来ない。  
コッパの方を眺めると、すっかり食い入るように聞き入っている。  
 
「そんなこと・・・・・・・・」  
「片付けな・・きゃっ・・・・」  
「後でいいよ・・・・・・・」  
「・・・・・・・・・・・・・」  
 
「お嬢さん・・・」  
「・・・トメキチさん―――」  
 
「・・・・・・・・・・・・・」  
「・・・・・・・・・・・・・」  
 
 
・・・息づかいだけが聴こえてくる。  
 
「・・・・・・・・っ・・・・・」  
「・・・・は・・・・・ぅ・・・」  
 
徐々にその息遣いは激しくなっていく。  
もしかして。  
・・・男と女が身体を重ねあう姿が、シレンの脳内に浮かぶ。  
 
盗み聞きしてはいけないと思うのと裏腹に、体はその場から動かない。  
意識は自然と壁の反対側へと向けられていく。  
 
「・・あぁっ・・・・・は・・・」  
「・・・・・・ゃ・・・・ん・・」  
 
・・・耳を澄ましているうちに、息づかいの中に嬌声が混じってきた。  
 
隣のやり取りを、時間を忘れて聞き入ってしまう。  
段々と大きくなっていく女性の鳴き声。  
 
今まで聞いたことのない女の声が耳に入ってくる。  
こんな声を上げる程・・・  
どこまで熱い情事が行われているのか。  
 
 
隣のコッパはすっかり興奮しきり、目をカッと見開きながら息を荒げていた。  
 
 
声に聴き入っているうち、自分の先端が充血してきているのに気付く。  
・・・・・・・・・・  
 
 
・・・自然と、下穿きの中に手が伸びた。  
隣から聞こえる呻きにあわせ、段々と自身の物を扱き始める。  
 
「何してるの?」  
 
(( うわっッッッ!! ))  
 
 
突然聞こえた背後からの声に、声も上げることが出来ず驚く。  
コッパはあまりに驚いたのか、すかさず天井裏に潜り込んでしまった。  
 
「あ〜、イイ湯だったぁ」  
「は、早かったな・・・」  
すかさず振向くと、風呂から上がってきたお竜が浴衣姿で佇んでいた。  
 
「どうしたのよ?」  
「な、な、何でもねぇよ」  
「灯りもつけないで。もう外暗いじゃない」  
気がつくといつの間にか、部屋の中は薄暗くなっていた。  
 
「あ、本当だ、もうそんな時間か・・・」  
適当なことを言いながらシレンは行燈に火を付けた。  
今までの様子を悟られないよう平然と努めろ、と  
シレンは自分に言い聞かせた。  
 
 
自然を装ってお竜の方に目を向けていると。  
・・・普段とは異なる装いのお竜に、シレンは目が奪われてしまった。  
 
身体が温まっているせいか、お竜の顔は少し上気づいていた。  
浴衣の裾からはすらっとした足がのぞいている。  
白い生地に青い模様が刺繍された浴衣は、普段の服装とは異なり、  
ゆったりとした衣の下にどんな柔肌が隠されているのかと、想像を喚起させる。  
短い紫色の髪が濡れて艶やかに光り、その色っぽさに拍車をかけていた。  
 
・・・つい今まで千摺りをかきかけてお預けをくらっている状態で、  
このお竜の姿を見るのは拷問に等しい。  
シレンは自分を抑えるので精一杯だった。  
 
「・・・何かあったでしょ?」  
「イヤ、別に?」  
そんな必死の演技も空しく、  
お竜はいかにも訝しげな目でシレンを睨んでくる。  
 
「・・・・・」  
「ホント、本当に何にもないって」  
 
「・・・シレン、下」  
「えっ」  
指摘され、すかさずシレンは自分の下を見た。  
・・・いくら取り繕っても、体はごまかせず。  
傍から見ても分かるほど、下穿きの中央が膨れあがっている。  
・・・一番隠すべきところを隠していなかった。  
「いや――これは、その・・・」  
しどろもどろしていると、  
 
”あっ・・・”  
壁の向こうの声が漏れて、こちらの部屋まで聞こえてきた。  
お竜は壁に耳を当ててみる。  
 
「ナルホドね。  
 それでコッパは覗きにいった、って訳か」  
あのヤロウ、とシレンは心の中で舌打ちした。  
「何かずいぶんお熱い感じで――盛り上がっちゃってるねぇ、お隣さん」  
 
アッ・・・アアン・・・イヤァッ・・・  
 
もう隣の声は壁に耳を当てずとも聞こえてくる。  
シレンの股間もつい疼いてしまう。  
 
「でもそれで立っちゃうなんて・・・」  
フフッ、とお竜が笑いながら言う。  
「シレンも可愛いのね」  
その言葉に、シレンは軽い苛立ちを覚えた。  
 
「ガキみたいな言い方は止めてくれよ」  
「あら、ガキなんて言ってないわよ。ただシレンが可愛いっていっただけ」  
「・・・男が可愛いって言われて、喜ぶとでも思ってんのかよ」  
 
お竜はシレンより恐らく年上だ。それでも、さほど歳の差が離れている訳でもない。  
この歳になって可愛いなんて言われるのは、シレンにとっては我慢できるものではなかった。  
 
「だって・・・そんな珍しいことでもないじゃない」  
事も無げにお竜は言い放った。  
「宿屋で男と女が一緒になったら、やることは一つでしょ」  
「そ・・・そうか?」  
「そうよ。当たり前じゃない」  
 
・・・当たり前と言われても、今まで女と一緒に泊まったことはない。  
大抵は野宿か、誰もいない空家などを拝借して一夜を過ごすことが殆どだった。  
自分の知らない知識をさらりと言われてしまい、シレンはたじろぐ。  
 
「あ、そうか!」  
と、お竜が何かに気づいたように言う。  
 
「もしかしたら、シレンって童貞?」  
「!!! ば、ばか、なにいって」  
「やっぱりね!・・・どうりで」  
シレンが取り繕うしまもなく、お竜に情けない所がばれてしまった。  
 
「まったくシレンったら、解り易いんだから・・・可愛いナァ」  
「だからそういうの止めろって!」  
「あははっ、そんなに拗ねないでよ」  
「誰がっ・・・ちぇっ」  
 
もはやお竜は完全に自分をからかって楽しんでいる。  
そう考えると、チリチリと胸の奥がかゆくなって居た堪れない。  
シレンは口惜しさからか、お竜に背を向けた。  
 
「ねぇ、シレン」  
「何だよ。−−−−っ」  
 
悪態をつきながら振り返る。  
 
すると。  
そこには前かがみになり顔を近づけてくるお竜がいた。  
 
すこし視線をずらすと、浴衣の襟元から、胸の谷間が見え隠れしている。  
シレンは思わず目をそらした。  
 
「・・・私達もしてみない?」  
「な、何をだよ・・・」  
湯上りの肌から漂う、女性特有のやわらかな匂いに戸惑うシレン。  
 
「ここまで来て、何言ってんのよ」  
お竜は顔を近づけながら言う。  
 
「シレンの筆下ろししてあげようか?って言ってるの」  
「・・・! ばっ、莫迦云ってんじゃねぇ・・・!」  
 
いくら自分をからかうにしても、程がある。  
シレンは愛想をつかした振りをして再び背を向けた。  
 
「いいじゃない、そんな照れなくても・・・」  
 
お竜はシレンの背後にもたれかかり、耳元で囁いてくる。  
 
「折角一緒に一つの部屋で泊まることになったんだしさァ・・・  
 こんな機会、めったにあったもんじゃないよ?」  
「お、おいっ!くっ付くなって・・・」  
 
シレンはすっかりお竜に翻弄されてしまっていた。  
背中にあたる、ふくよかな感触。  
今まで少なからず意識していながらも直接触れて感じたことのなかった  
胸の柔らかさを感じて、言葉とは裏腹に、自身は正直に反応してしまう。  
 
「これ以上からかうなら、承知しっ・・・」  
「ほら、やってあげる」  
そう言ってお竜は後ろから手を伸ばし、下穿き越しにシレン自身を刺激した。  
「やめろって・・・おいっ!」  
そんな制止にも構わず、こなれた手付きで下穿きを剥ぐ。  
 
「ぅあっ!・・・うっ・・・」  
「うわ・・・思ったよりも、すごい・・・」  
女性特有のしなやかな指が、シレンの物をしごぎ始める。シレンは思わず声を上げてしまった。  
耳元で放たれるお竜の言葉もこそばゆい。  
 
「い、いいかげんに・・・」  
「ね、気持ちイイ?」  
「やめっ・・・!あっ・・・くっ・・・」  
「シレンの声、カワイイ・・・」  
 
止めようとする意識と、余りの快感が頭の中でせめぎ合う。  
段々と理性が無くなっていく。  
お竜の熱を帯びた声に、脳を溶かされるような感覚をおぼえる。  
 
 
・・・しかしこのままではいけない。自分は風来人だ。  
下手に女性と関係を持つ、なんてことは、旅を続ける上であってはならない。  
 
いくらお竜といえども、只の遊びで関係を持たされ、  
掌の上で良いように転がされるだなんて、まっぴら御免だ。  
 
こんな状況でも、シレンはギリギリの所で理性を保ち続ける。  
それは彼なりに旅をしてきて身体に染み付いていた、半ば意地のようなものだった。  
 
 
「お竜・・・やめっ・・・止めろ・・・」  
「・・・シレン」  
「止めろよ・・・駄目だったら駄目だ!っ・・・」  
 
何とか腕を振り解き、体を反転させてお竜と向き合う。  
心地よさの誘惑に引きずられながら、シレンは振り絞るように拒絶した。  
 
密着した体勢が崩れ、お竜が畳の上に倒れる。  
沈黙が続いた。  
 
「・・・そんなに・・・」  
暫くして、お竜が沈黙を破る。  
「そんなに・・・私じゃだめ?」  
 
・・・顔を上げたお竜の顔は、今まで見たことの無い寂しげな表情だった。  
「お竜・・・」  
シレンは戸惑った。  
 
「はは・・・ちょっと調子に乗りすぎちゃった、かな?」  
心許ない笑いを浮かべて、お竜はシレンから離れた。  
「ゴメン。そんなに嫌がるなんて、思ってなかったから」  
つい先程の妖しげな艶やかさは影もなくなっていた。  
何処となくカラ元気を出しているようにも見える。  
 
「シレン・・・私のこと嫌いになった?」  
「ち、違えよ」  
お竜の漏らす言葉をすかさずシレンは否定した。  
「だって、あんなに嫌がるなんて・・・」  
 
「嫌がるっていうか・・・遊びでしたくねぇだけだよ」  
シレンはお竜の目を真っ直ぐ見ながら、理由を話し始めた。  
せめて自分の気持ちを正直に伝えなければ、お竜を傷付けることになる。そう思った。  
 
「俺ァ風来人だし、あんまり恋事や色事とか、そういった面倒事に巻き込まれたくねえ。  
 元が根無し草だ、いつまでも一緒に居れるわけでもないし」  
 
お竜は話を聞きながら、じっとシレンの方を見つめてくる。  
目を逸らしたくなりながらも、しっかりとお竜を見つめながら、シレンは言葉を続けた。  
 
「第一、相手の気もしらねぇままやったって、俺は嬉しくねぇし、  
 なんつぅか・・・互いに気持ちが通じ合った相手じゃないと・・・俺は嫌だ」  
 
「・・・そっか・・・」  
お竜はぽつり、と言葉を漏らす。  
「あぁ。だから、からかわれるのだって好きじゃねぇ。  
 いくらお竜だって、これ以上からかわれるのは・・・」  
 
「・・・でも、相手に気持ちがあるんだったら、シレンはいいの?」  
「ん?あ、あぁ・・・」  
シレンが話している途中で、お竜が尋ね返してきた。それに頷く。  
 
すると間もなく、二人の距離がお竜によって縮められた。  
ゆっくりと、シレンに近づいてくる。  
 
「じゃあ、良いじゃない・・・」  
目と鼻の先に顔を近づけて、お竜は小さな声で呟いた。  
そのままシレンの胸に手を当てて、身体を預けてくる。  
 
「お、お竜!?」  
シレンは事態を理解することが出来なかった。  
お竜を落ち着かせようとして自分の気持ちを話した筈なのに、  
落ち着くどころかむしろ積極的に身体を寄せてくる。  
うろたえながらも尋ね返すことが精一杯だった。  
 
「な、何が、どうしたんだよ」  
「みなまで言わせないでヨ・・・」  
 
 
――――。  
シレンの口に、柔らかい唇が重ねられる。  
一瞬何が起こったか分からないままのシレン。  
唇越しに感じる、初めての柔らかさ。  
暫くして唇を離したお竜の視線は、蕩けるような眼差しで相手を見つめている。  
 
「な、な、何の」  
「からかってるって・・・そんなつもり無かったよ、私」  
 
目の前のお竜は、いつもの勝ち気な風来人ではなかった。  
儚げで、弱々しく、恐る恐る相手の様子を伺っている。  
普段の振る舞いからはとても想像が付かない。  
そこには幾多の苦難を乗り越えてきた風来人はいない。  
しおらしい一人の女がいるだけだった。  
 
「今までシレンを誘ってたのだって、遊びでやってた気持ちなんて、  
 これっぽっちも・・・」  
「えっ・・・?」  
「ねぇ・・・全然気づかなかったの?  
 ・・・こんなに、シレンのことばかり考えてたのに・・・」  
「っ―――――」  
 
今までのお竜の行動が何であったのか、シレンは漸く理解するに至った。  
てっきり自分が遊ばれていると思い込んでいた、お竜のそれまでの振る舞いは、  
全部シレンへの想いを匂わせていたのだ。  
 
「それとも――シレンは私のこと、キライ・・・?」  
 
じっと見詰められる。吸い込まれてしまうようなお竜の瞳。  
シレンはそれまで考えていたことが、全て頭から吹き飛んでしまっていた。  
 
「んな訳、あるかよ・・・」  
口から言葉が漏れる。  
ついさっきまで、頭ではお竜を拒むことしか考えていなかった筈なのに。  
「誰が、嫌いなもんか」  
一寸先にある、自分を見つめてくる瞳から、視線を逸らすことが出来ない。  
先程お竜を拒んでいたことを忘れ、口走ってしまっていた。  
「さっきだって、一体俺が・・・どれだけ我慢したと思って――――」  
 
「・・・良かった・・・」  
そういうや否や、お竜はシレンに再び口付けた。今度は舌が口の中を這い回る。  
初めての事に戸惑うシレンの舌に、包み込むよう舌を絡めていく。  
 
まるで甘えているかのように、相手の唇を貪り続ける。  
やがて味わい尽くしたのか、ゆっくりと唇を離す。  
互いの唇を、一筋の糸が妖しく光り橋を渡していた。  
 
「私も、もう我慢出来ないや・・・」  
熱を帯びた声で、お竜はシレンに呟いた。  
 
その瞬間、シレンの中で今まで押さえ込んでいた情欲が爆発した。  
 
 
 
「きゃっ!」  
その場にお竜を押し倒す。  
 
風来人足る者、恋情なんてものに振り回されてはいけない。  
そんな理性など何処かに吹き飛んでしまっていた。  
―――この状況で我慢できる男など、いる筈がない。  
 
お竜の唇を奪い返す。  
シレンが積極的に責めてくる間、お竜は先程とはうって変わり、  
為すがままに相手を受け入れていた。  
 
接吻の仕方、勝手など分からない。  
ただ身体の欲しがるままに、舌を蠢かせる。  
相手の唾液が舌を伝って、自分の喉に入った。  
自分のものではない液体が体に染み渡っていく。  
 
「っは、うん・・・ぁ、ぷはっ・・・」  
ぴちゃ、くちゃ、と厭らしい粘音が部屋に響いた。  
 
 
「・・・シレン、ほらっ・・・」  
お竜はシレンの右手を取って、それを自分の胸元へとのせる。  
「こういうのも、・・・初めてでしょ?」  
 
浴衣の上から、柔らかい乳房の感触が伝わってきた。  
お竜の手はまだシレンの手に添えられたままだ。  
導くように、お竜はシレンの手を自分の胸に当て、さすり続ける。  
「はっ、ん・・ああ・・・、はっ・・・」  
シレンの手が触れられているとはいえ、それを動かしているのはお竜だ。  
お竜が自分の胸を弄って感じている。  
 
「シレン・・・触って・・・もっと・・・」  
それでもお竜はシレンの手を感じている。  
「シレンの手、・・・すごい・・・逞しい・・・」  
自分の手で感じている姿を見せられて、  
シレンの中にある野生が目を覚ました。  
 
「ふぁっ!?」  
浴衣の中に手を忍び込ませ、直接お竜の肌に触れる。  
「っひぁ!あんっ、はっ・・・」  
シレンが手を動かし始めた途端、お竜の声が撥ねた。  
 
「ぁっ・・・ん、んぅっ」  
聴いたこともない声に、耳をくすぐられる。  
「・・・はぁ、はっ・・・っあ」  
「・・・柔らけぇ・・・」  
 
初めて触る、女性の胸にシレンは夢中になっていた。  
自分のごつごつした手の中に、すっぽりと納まる感触。  
揉みしだくように指を動かすと、こともなげに受け入れる柔らかさ。  
「はっ!ん・・・、やぁ―――」  
それに合わせてお竜の唇から漏れる、猫のように高く甘い声。  
 
「・・・気持ちイイよ、シレン・・・もっと・・・」  
すっかり取り付かれてしまったように胸を触っていく。  
 
「あっ・・・シレン・・・感じちゃ・・・ヤだっ・・・」  
何時の間にか静止を求めるお竜の声にも、暫く気付くことが出来なかった。  
 
「やぁっ―――ひゃ、はん・・・んぅっ!・・・あ―――」  
お竜は突然力が抜けたように、畳の上に倒れてしまった。  
見下ろすような体勢でお竜を見る。  
 
先ほど湯上りで着替えたはずの浴衣は乱れはじめ、  
その下の素肌が惜しげもなく露わになっていた。  
 
行燈の仄かな灯りで、肌が橙色に妖しく照らされている。  
 
お竜は力が抜けたように、床に身体を投げ出したままだ。  
だが視線だけはシレンに向けている。  
 
その熱を帯びた眼に捉われて、シレンは動くことができない。  
 
「・・・あ・・・ん・・・」  
 
 
眼が誘ってくる。  
覆い被さるように両手をお竜の肩付近に置き、  
そのまま彼女の身体に視線を落としていく。  
 
すらっとした流曲線。  
旅によって鍛えられた、無駄な肉のない引き締まった身体。  
そして、普段の服の上からは窺い知ることのできない、艶のある肌。  
 
完全に、目の前の姿態に見蕩れてしまっていた。  
 
「・・・どうしたの?」  
「いや・・・綺麗だ、と思って・・・」  
「・・・!・・・バカ―――」  
 
 
お竜は顔に血が昇ってくるのを感じた。シレンにとっては何気無い一言だったが、  
それがお竜の中の滾りをさらに熱くさせるには充分な言葉だった。  
 
 
気分が昂ってきたお竜と対照的に、シレンは覆い被さったまま動かない。  
「もう、終わり・・・?」  
 
「いや・・・その・・・んと・・・」  
シレンはばつが悪そうに、言葉を押し潰す。  
 
「シレンの好きにしてくれて、いいんだよ・・・」  
「あ、あぁ・・・」  
不安になったお竜に、シレンは白状する。  
 
「・・・わりぃ、・・・どうすれば良いか、わかんねぇんだ」  
「そっか、・・・うん」  
そんな男として情けない質問にも、お竜は優しく微笑みかけ、言葉をかけた。  
 
「じゃぁ、もっと、気持ちよくして・・・」  
 
そういってお竜は、シレンの顔に手を当て、そのまま顔を胸の前に近づけた。  
「舐めておくれよ――――赤ん坊みたいに」  
 
 
浴衣からこぼれた胸が、シレンの目を釘付けにした。  
何も着けていない乳房は、美しい形を保ったままだ。  
既に感情が昂っているせいか、胸の先端はツンと上を向いている。  
 
「ほら、こんな風にさ・・・」  
乳首が丁度シレンの唇にあたる。  
 
「さっきみたいに、感じさせて・・・」  
お竜の声に促されるまま、シレンは柔肌に舌を当てた。  
 
 
「はぁ・・・っ」  
舌を肌の上になぞらせると同時に、お竜の息をはく声が聞こえてきた。  
 
傍から見れば、まるで赤ん坊のように見えるだろう、とシレンは思った。  
ぴちゃ、くちゃ・・・っ  
「ひぁん!はぅっ・・・!あぁ・・・ん」  
 
お竜の喘ぎ声を耳にすればする程、自分の中で燃え盛る炎にどんどん薪がくべられていく。  
いけない事をしているかの様な後ろめたさを感じながらも、その欲求に抗うことが出来なかった。  
 
「シレン・・・すごっ・・・あ!・・・やぁ・・・」  
 
赤ん坊に戻ったように、ただ無心に胸を舐めまわす。止める事ができない。  
何も考えず、目の前の肌にむしゃぶりつく。  
 
 
「ふぁあっ、!そ、そこ・・・だめ・・・」  
胸の周りを舐め廻し、頂の天辺にたどり着く。  
シレンはその勃ち上がった蕾を、唇で軽く銜えながら、舌で包んだ。  
 
「――――!!いやっ!、あ、だめっ・・・!くぅん!!」  
 
今まで感じたことの無い快感に、お竜は大きい声で喘いだ。  
 
シレンがもう一方の手で、片方の先端をつまむ。  
こりこりと音がしそうなほどに、小さい蕾は固く尖っていた。  
「だ、や、やめっ・・・そん、あっ・・・!やぁっ!!きちゃ・・・」  
声が徐々に、高いところへと上り詰めていく。  
シレンも頭の中はお竜の声だけで一杯だ。  
 
このままでは、飛んでしまう―――。しかも、胸を舐められただけで。  
今まですら体験してきたことのない状況に不安を覚えながらも、  
お竜は自分の感じている声を聴き、益々全身に快感を走らせた。  
「や―――!!ああ―――!!はぁ、んぁ―――っ!」  
呼吸が少なくなり、声の伸びる感覚が長くなってきた。  
もうお互いに後戻りの出来ない所にいる。  
 
「あ、ああっ、あ――――っ!!」  
突然お竜の身体が痙攣して、声にならない声を上げた。  
 
足元が湿っぽくなったのを感じる。  
お竜の秘部から流れた水が、浴衣とシレンの脚を濡らしていた。  
 
「あ――――っ・・・はっ、はぁ・・・ぁ・・・や―――」  
お竜はシレンに胸を舐められ、達してしまった。  
快感の余韻が、お竜の思考を遮り、何も話せなくさせる。  
初めて目前で女性の達した場面をみて、シレンは思わず唾を飲み込んだ。  
股間は抑え切れない程に熱く滾っている。  
 
「はっ・・・。やぁ・・・やだ・・・」  
「おい、・・・お竜、大丈夫か・・・?」  
「はぁ、ははっ・・・イッちゃった・・・?私・・・」  
虚ろな目のまま、力なく微笑む。  
その姿はいやに官能的に、シレンには映った。  
 
「こんなの、初めてだよ・・・気持ち、良過ぎて・・・  
 ・・・どうにかなっちゃいそうだった・・・」  
「そんな・・・舐めただけで・・・」  
「シレンのせいだよ・・・  
 私の身体が、こんなにいやらしくなっちゃったの・・・」  
 
「お、俺が・・・?」  
お竜は続ける。  
「・・・あの時・・からだよ。  
 アタシ――――ずっと、シレンのこと、考えてた・・・。  
 ずっとシレンのこと、欲しかった、んだから、・・・」  
 
あの時と聞いて、お竜が旅の仲間になったときのことを思い出す。  
竹林の村で、お竜が以前騙した男達に絡まれていたのを、シレンが助けたのだ。  
男共はあろうことか、二人がかりでお竜を襲おうとしていた。  
お竜の服に手を掛け、馬乗りになっている所を偶然シレンが通りかかった。  
もしあの場に偶然いなければ、そのまま操を奪われていただろう。  
 
「あの時だって、もうやられることは覚悟してたんだよ、でも―――  
 どうせなら・・・シレンにこういうことされたいって、ずっと思ってた」  
「何で、俺なんだよ―――」  
「私、面食いだもの。アンタは気付いてないかもしれないけど、  
 ―――けっこうシレンって、男前だからさ」  
お竜の言葉を受けて、シレンの顔が紅くなる。  
 
「それに・・・、こんなアタシのこと助けてくれたのは、シレンだけだよ」  
 
「此間みたいなのも、初めてじゃないんだ。  
 誰かに絡まれたりして助けを呼んでも、誰も悪評高い私を助けてくれやしない。  
 もちろん、私が悪いから・・・。でも、シレンは、二回も騙したのに・・・。  
 ・・・あんなに嬉しかったことって、今までなかった」  
 
「俺も最初騙された時は、どうしてくれるかと思ったけどな」  
シレンがわざとぶっきらぼうに言った。  
「そうだね・・・」  
お竜は真剣に受け取ってしまったのか、声を震わせる。  
 
「本当にゴメンよ・・・」  
「い、いや、もう良いって。大丈夫だ、気にしてねぇよ」  
「・・・こんな私でもさ・・・盗んだり、男を騙したり、  
 一人でやっていくにはこれしかなかったんだ」  
「・・・」  
 
「どうしようもない時は、夜伽だってした・・・。  
 生きてく為知らない男に身体を預けたのも、一度や二度じゃない」  
「・・・お竜」  
「・・・やだね、何だか湿っぽい話になっちゃった・・・」  
そういって、お竜はどことなく寂しげに微笑んだ。  
 
 
―――この顔だ。  
以前にも時折お竜が見せた、寂しげな表情。  
自分が今ここにいることに、ひどく自信を持つことが出来ない、そんな儚げな表情。  
 
今まで誰にも弱音を吐くことも出来ず、己の身体を投げ打ってまで、女一人で此処までやってきたのだ。  
シレンには、それがとても切なく思えた。  
 
お竜に対して、未知の感情が、ふつふつとシレンの胸に溢れ出る。  
 
「・・・ガッカリした?」  
「何でガッカリしないといけねぇんだよ」  
すかさず、お竜の言葉を否定する。  
 
「だって。・・・汚い身体だよ」  
「莫迦。汚ぇもんか」  
 
シレンはお竜の上に覆い被さり、行灯の薄灯りに照らされる肢体を眺めながら言った。  
「こんなに綺麗な裸、見たことねぇ」  
「そんな、嘘付かないでおくれよ・・・」  
「嘘付くもんか。すごく・・・凄く、綺麗だ」  
「・・・・・・ほんと・・・に?」  
恥ずかしさからか、お竜は身体をよじらせる。  
 
「お竜」  
そうして、シレンは再びお竜に口付ける。  
先程までのがむしゃらなものとは違う、相手をいたわるような優しい接吻だった。  
お竜は心の奥から、何か緩やかな気持が染み出てくる感じを憶えた。  
 
 
「・・・男の俺には、どれだけか良く解らねぇけど・・・」  
唇を離してお竜を抱き締めながら、シレンは言った。  
「・・・大変、だったんだな」  
「あ・・・」  
初めて他人から掛けられる、いたわりの言葉。  
お竜の目から涙が零れ落ちる。  
 
「・・・シレン・・・・」  
お竜は目の前の逞しい身体に顔をうずめた。  
「ごめん・・・  
 ・・・もうちょっとだけ、こうしてても良いかな?」  
「・・・ああ」  
 
今までの旅で、お竜は誰にも心を許したことがなかった。  
それでも目の前にいるこの青年は、こんな自分を受け止めてくれている。  
それが何よりお竜には心地よかった。  
 
「ねぇ・・・お願い」  
顔を上げながら、お竜はシレンに嘆願した。  
「私・・・シレンと、したいの・・・」  
 
「俺だって、・・・童貞だぞ」  
「うん・・・それでもいい」  
 
 
「私、シレンがいい、・・・シレンじゃないと、やだよ・・・」  
すがるような上目遣いで、想いのたけを告白される。  
 
もうシレンは後戻りすることは出来なかった。  
 
股間が充血して、ビクンと撥ねる。  
「あっ・・・」  
衣服越しに脈動を感じ、お竜は声を上げた。  
 
「ごめんね・・・、こんなに待たせちゃった―――」  
シレンの下穿きを下ろし、中から大きくなった一物を取り出す。  
 
「あ・・・うぁ・・・っ」  
お竜の滑らかな手がひんやりと細い指で包む。  
今にも弾けてしまいそうなほどの熱を帯びていた。  
 
「い、今にも、出ちまいそうだよ・・・」  
「じゃあ、・・・私のも触って?」  
そういってお竜は濡れた秘所にシレンの手を導いた。  
うっすらと生える茂みの下はとろとろと汁を滴らせ、熱く濡れていた。  
 
「すごい、濡れてる」  
「や、恥ずかし―――」  
シレンは自然と、秘所をなぞり始めた。  
 
「あ、あっ、はっ、あんっ・・・」  
 
声につられて割れ目の中に、そうっと指を入れる。  
「あ、あぁっ!や・・・なか・・・もっと・・・うごかしてぇ・・・」  
 
お竜の声のなすがまま、指をゆっくりと出し入れさせた。  
「や、やだ!ぁっ・・・だめっ・・・」  
つい先程とは裏腹な言葉をもらす。  
あまりの快楽に、もはや自分で何を言っているか分かっていないのだろう。  
 
「お竜も、こんな声・・・出すんだな」  
「は、ひぁ・・・っ?なに・・・ぁん!」  
 
「すっげぇやらしいよ、お竜」  
「だっ、・・・だって、シレンが・・・」  
 
「あと、それに、・・・かわいい」  
そういった途端に、お竜がシレンの指を強く締める。  
「あぁあ!!・・そんなっ・・・  
 かわいい・・なんてぇ・、・・やっっ・・・」  
お竜は恥ずかしさで、また股間が濡れてしまうのを感じていた。  
 
シレンは、お竜から甘い声を引き出すのに夢中になっている。  
ふと気付くと己の肉棒は、先程よりも一段と大きくなっていた。  
 
「お竜・・・俺・・・」  
「ねぇ、もう、入れてヨ・・・アタシの中に――――」  
どちらともなく、はやく一つになりたい想いをほのめかす。  
 
「いい・・・のか?」  
「早くぅ!じゃなきゃ・・・おかしくなっちゃ・・・」  
 
シレンは己を握り、お竜に近づけた。  
それは自分でも信じられないほどの大きさに膨れ上がっていた。  
 
つい先程まで関係を拒んでいたことなど、  
シレンの頭からはすっかり抜け落ちてしまっていた。  
 
先端を入口に当てると、感じたことのない快感に襲われる。  
「あっ・・・」  
瞬間、頭の後ろから血が抜けていく。男根が一気に充血し、固さを増した。  
体中の血液が、お竜の入口を目指して股間へと流れていく。  
自然と吸い込まれるように、シレンは自分の槍をお竜の身体に突き刺していた。  
 
「ひぃぁああ!!ぁっ!、あんっ!!!」  
「くぁ、あっ!!ふっ・・・」  
 
声と共に跳ね上がる身体。  
 
「あっ、は・・・シレンの、かたい・・・」  
ビクッと、膣の中でシレンが跳ねた。  
「あっ!、なかで、うごいて・・・」  
お竜の声を聞く度に、体中の血がドクン、と流れ出す。  
 
「あ、んっ、く、あ、あんっ、ぁっ」  
「ふっ・・・あ、うぁ・・・!」  
シレンの身体が勝手に動き出す。お竜に求められるまま、自然と腰を動かしてしまう。  
その腰のリズムに合わせ、断続的に押し殺された声がお竜から漏れた。  
 
「お竜・・・俺っ、うぁっ・・・イッちまい、そうだ・・・」  
「いいよっ、いっしょに来て、!ん・・・!」  
互いの結合部が、互いを求め合っている。  
柔肉がシレンに絡みつく。太い槍がお竜を責め立てる。  
「やぁ、ん!!・・・なかで、・・・おっきくなってる・・・」  
声を聞くたびに、その蠢きは止まらない。  
 
 
 
「お竜・・・!ぅはっ・・・」  
「シレン・・・!シレェン・・・」  
「お、りゅう・・・」  
相手が自分の名前を呼ぶだけで、感じたことの無い満ち足りた気持が身体の中に溢れ出る。  
その想いが欲望を加速させる。もっと、相手の知らないところへ辿りつきたい。  
「来て・・・おくまで・・・はっ、あん!」  
もっと、もっと深いところへ。  
 
「っ、くっ、は・・・も、もう・・・」  
もう限界だ。少しでも気を抜いただけで、暴発してしまうだろう。  
正気を保っていられるだけで精一杯な状態。  
 
「いいよ、出して・・・」  
その言葉に、一瞬心がぐらついてしまった。  
お竜の膣の中に、想いの丈をぶちまけてしまいたい衝動。  
それを必死に抑える。  
 
「だ・・・駄目だ、マジぃよ・・・」  
「いや、・・・欲しいの、シレン」  
シレンが体を離そうとすると、お竜は足をシレンの体に絡めて、互いをより密着させた。  
「出して・・・私の中にっ!だ、してぇっ・・・!」  
 
「あ、ああっ、や、ヤバイっ」  
「ちょうだい・・・、シレンの、ちょうだ、いっっ、ぁあっ・・・!」  
「・・・う、あぁ・・・あっ、あーーー!う、うぅ・・・」  
「やっ、ゃあぁっっ!・・・ふっ、はあっ、んぁっ!!やーーっ!!」  
獣のようにただ呻きながら、身体をぶつけ合う。二人とも目の焦点が合っていない。  
耳に入ってくる声と、繋がっている一点だけで、相手を確認し合っている。  
互いに、上り詰める限界まで来ていることだけはわかっていた。  
 
 
「お、おあっ!あぁっ!!・・・っは・・・」  
「は、はぁ、ぁんっ!!ああっっ、あ――――っ!!」  
二人の体が爆ぜる。  
 
「は、んぁっ、ひはっ・・・、ふっ・・・、はぁ・・・」  
それぞれの秘所から、想いがあふれ出す。シレンはお竜の中に滾りを注ぎ込む。  
「あ、あぁっ・・・あ―――」  
やってはいけない事をしてしまった後悔を予感しながらも、  
言葉にならない声を発しながら、ただその余韻に体を任せるしかなかった。  
 
「あ・・・・・」  
意識の外側からお竜の声が聞こえた。  
 
「シレンの・・・ すっごくあついよ・・・」  
 
 
 
 
 
 
「――――ねぇ、大丈夫だって」  
 
お竜は背後からシレンに語りかけていた。  
二人が同じ布団に入っている。シレンは壁の方を向いたままだ。  
 
「子持ちの風来人だなんて、聞いたこたねぇよ・・・」  
シレンは自分のしたことを後悔しつつ、頭を抱えていた。  
不慮の事態とはいえ、その場の流れで軽はずみな行動をしてしまったことには変わりない。  
 
「一回した位じゃ、できやしないよ。ちゃんと今日の具合だって分かってるんだから」  
「それだって、確実じゃないんだろ・・・?」  
 
お竜の方を振り向くシレン。普段の自信に満ちている姿は何処にも無い。  
そんな愚かな男の気持ちも知ってか知らずか、お竜は満面の笑みでシレンに答える。  
 
「そん時は、私がずっとシレンの側にいれるんだし・・・ね?」  
 
あまりにも直接的な気持ちをぶつけられて、シレンは返事に困る。  
 
 
「あ、じゃあ折角だから、何か言う事聴いてもらおうかな?」  
「・・・・・・なんだよ」  
シレンは苦虫を潰したような顔で聞くことしかできない。  
 
「じゃあ、私をテーブルマウンテンまで連れてくこと! そしたら許してあげようかな」  
「・・・・・・」  
暫しの沈黙が二人を包む。  
 
「なんてね!別に気にしちゃいないよ・・・」  
「分かった」  
沈黙をはぐらかすお竜の言葉を遮り、シレンが頷いた。  
 
「・・・って、冗談だよ、そんな出来もしないこと・・・」  
「いや」  
シレンの表情は変わらない。  
 
お竜にしてみれば、本当に冗談のつもりだった。  
こばみ谷に伝わる、誰も辿りついたことのない黄金郷。  
テーブルマウンテンを攻略することは至難の業だということは、  
彼女自身、体験して嫌が応にも痛感している。  
 
「連れてくよ。太陽の大地に、必ず。」  
しかし、どうやら目の前の男は本気のようだ。  
「必ず、黄金郷を見せに、連れてってやる」  
「・・・・・・」  
 
お竜に、誰も見たことの無い黄金郷を見せてやりたい。  
少しでも、この人の中にある、心の隙間を埋めてやりたい。  
そんな決意を秘めながら、シレンはお竜に語りかける。  
その表情には、一片の曇り、迷いもない。  
「・・・本当に、期待しちゃうじゃない・・・」  
その意思が伝わったのか、途端にいじらしくなるお竜。  
 
目の前の女性に対して、何時の間にか愛おしい感情を抱いていることに気付く。  
その一人の女の為に旅をするのも、決して悪いものじゃない。  
いつの間にかシレンはそう思うようになった。そして明日からの旅の決意を新たにする。  
 
「大丈夫。約束する」  
「本当に、約束だよ?」  
「ああ」  
 
ぎゅっ、っとお竜がシレンに抱きついて来た。  
それに応え、シレンもお竜を抱き返す。  
 
互いの温もりを肌で感じながら、二人は今までにない充足感をかみ締めつつ、眠りについていった。  
 
 
 
「・・・・・・・・・」  
 
―――――チュン、チュン・・・  
 
「・・・!!やばっ、もう朝だ!・・・寝ちまった!!」  
屋根の梁の上でコッパは目を覚ました。  
 
昨夜お竜が来て天井裏に逃げてから、コッパは隣室で起こった秘め事の一部始終を盗み見していた。  
徐々に激しさを増していくお嬢とトメキチの情事を眺めながら、  
梁の上で自身も日頃の堪りを晴らしている内に、  
コッパはその場に果てて眠りについてしまった。  
 
急いで自分達の部屋に戻ると、既に部屋の中の人影はなくなっていた。  
「ま、まさか!置いてかれるなんてことは・・・」  
一気に血の気が引く。  
 
「・・・遅ぇよ、コッパ」  
「まったく、待ちくたびれちゃったじゃない!」  
 
と、声が聞こえてくる方を振り向く。  
見れば縁側に、旅立ちの準備をとっくに済ませている二人の姿があった。  
 
「屋根の上で一体、何してたんだよ」  
「え!いや、別に・・・つい寝ちまった・・ハハ」  
「言えないような恥ずかしいことでもしてたの?」  
「なっ別にそんなことないよ全くやだなぁもう大体・・・」  
 
コッパが慌てて弁解しようとすると、  
「・・・っ、プッ・・・ハハハっ・・・!」  
「・・・全く、しょうもねぇなぁ・・・!」  
突然二人が顔を見合わせて笑い出した。  
一匹事態が呑み込めず、目をキョトンとさせるしかなかった。  
 
「じゃ、行こうかっ!」  
「ああ」  
「・・・?」  
コッパは、どことなくシレンとお竜の間に流れる雰囲気が変わっているように感じた。  
 
「お前ら・・・一体どうしたんだよ?」  
昨日自分が居ない間に何があったのか不思議に思ったが、  
昨晩屋根の梁の上で果てた彼には、その理由が暫く判らないままであった。  
 
 
「―――ねぇ、シレン・・・」  
「うん?」  
宿屋から出て町の出口へ歩き出すと、耳元でお竜が囁いてきた。  
 
(子供の名前、何にしようか?)  
 
唖然とするシレン。  
お竜はその表情を伺い、いたずらをした子供のように無邪気な微笑みを浮かべた。  
 
「・・・おま・・・、昨日出来ないって言ってたじゃねぇか!」  
「今のうちから考えておくのもいいかな?――なんてね!」  
「・・・・・・・・・」  
「何!?おい、何二人だけで話ししてんだよーー!」  
「ふふっ、ひ・み・つ!」  
 
・・・どうやら、こいつと付き合っていくのは  
テーブルマウンテン以上に大変そうだと、シレンは思った。  
 
 

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