食神のほこらの中層だった。
左右を壁に囲まれた、薄暗いダンジョンの通路を一人の少女が歩いていた。
まだ17、18歳ほどだろうか。
が、その風采はどこか妖しさを漂わせていた。およそ人間の雰囲気ではない。
少女はノロージョと呼ばれる人型のモンスターだった。
肩まで伸びた黄土色の髪の毛の間からアーモンド型の瞳が覗く。
衣服は灰色の一枚布のみで、薄く体に張り付いたそれは身体のラインを克明に浮かび上がらせている。
やや幼さの残るたおやかな体駆に、不釣り合いなほど形のいい乳房が揺れていた。
「肉が便利アイテムなのはわかってるんだけどなぁ」
少女が一人ごちた。そのソプラノの音程に似合わぬ男っぽいイントネーションだった。
「どうも体が変わるってのが慣れないんだよな…」
少女――ノロージョの姿をしたシレンはため息をついた。
肉。食えばその肉のモンスターに「変身」できるお役立ちアイテムだ。
もちろん単に「変身」するだけでなく、当該モンスターの特殊能力が使い放題になる。
そしてこの食神のほこらではいくらでも肉が手に入るのだ。
このダンジョンにのみ存在する、倒した敵を肉に変えるブフーの包丁のおかげで。
だがシレンはこの「変身」をあまり好まなかった。
マムルやボウヤーのような愛らしいモンスターならまだしも
サーベルゲータやギャザーのようなバケモノになるのは気分がいいものではない。
その点から見れば、このノロージョの姿はかなりましな方だといえた。とにかく人型なのだから。
…女性という部分を除けば。
シレンは立ち止まって自分の手を眺めてみた。
肩から伸びる腕はいかにもひ弱そうな女のものだ。
もちろん「変身」しても腕力は元の体と変わらないはずだった。
といって、この腕ではやはり頼りなく思われる。
視線を落とすと、胸元のふくらみに目がいった。
流線型に突きだしたふたつの胸のふくらみが薄布でおおわれている。
くすんだ肌の色が逆に病的な色香を匂わせていた。
(待て待て待て、これはなんだかまずい)
シレンは雑念を払うように頭を振った。すると黄土色の髪が無造作に流れた。
気を取り直して歩き出そうとしたシレンは、通路の先にいるモンスターに気付いた。
「な… ハイパーゲイズ!?」
なぜこんな浅い階層で。その疑問を抱くより先にハイパーゲイズが動いた。
こけしのような胴体が開き、そこからぐばっと黒い触手の束が飛び出す。
触手がシレンの腹部へと強烈に叩き込まれた。
「がっ… は…!」
シレンはたやすく背後に殴り飛ばされた。
軽く小柄な少女の身体が一回転して地を這った。すさまじい攻撃力だ。
それでも即死はしなかった。
「変身」する前に使い捨ての盾を装備していたおかげだ。
モンスターに「変身」している間は、武器も盾も劣化しない。
それゆえに食神のほこらでは使い捨ての盾は最高の盾なのだ。
シレンはよろめきながら立ち上がった。
這いつくばった時、豊かな乳が地面に押し付けられているのが感じられて気持ちが悪かった。
シレンはいまいましげに額にかかった長髪を払いのけた。
まずい状況になった。
目の前にはハイパーゲイズがいる。こいつにあと一撃を食らえばまちがいなくやられるという実感があった。
このハイパーゲイズは今すぐ無力化しておく必要があった。
たしか、かなしばりの杖を持っていたはずだ。
そう思ってシレンは腰に手をやった。
(無い…?)
シレンは愕然とした。「変身」の間はアイテムは一切使えないのだ。
「変身」を解除する?
いや、それは不可能だ。「変身」解除には1ターン消費する。その隙にハイパーゲイズにやられるだけだ。
ハイパーゲイズの一ツ目がぎらぎらと少女姿のシレンを凝視している。
「っ…」
思わずシレンは身をすくめた。
同時に、今の自分の姿は、他人の目にはどんなふうに写るだろうと考えた。
みるからに無力そうな女の子が、怪物の前に畏縮しきっている。まるで獲物と捕食者。
その考えがおぞましく、シレンはハイパーゲイズに背を向けて逃げ出した。
冷や汗で薄い衣服が肌に張り付いていた。遅れずハイパーゲイズもついてくる。
逃げるしかなかった。ここはなんとか逃げのびて、階段を探さなければならない。
通路を抜けたシレンは、広い部屋に飛び出た。
『一ツ目ハウスだ!』
「……な」
シレンは呆然と立ちすくんだ。
部屋中、見渡す限りモンスターで埋めつくされていた。
吸引幼虫、ゲイズ、アイアンヘッド……それぞれレベル2やレベル3のモンスターまでひしめいている。
「まさか…」
あのハイパーゲイズはここから発生していたのだ。
あまりの光景に、シレンは数歩後ずさった。その背中に何かがぶつかった。
背後で、ハイパーゲイズが血走った一ツ目でシレンを見下ろしていた。
「ひっ…!」
知らず子供のような声が漏れていた。かん高いソプラノの悲鳴だった。
無意識に両肩をかき抱いてちぢこまった。まるきり怯える少女でしかなかった。
ハイパーゲイズの一ツ目がぎらりと光った。
「っは…!?」
ぐらりと視界が揺れた。
体の自由が効かない。
催眠術をかけられたのだ。ゲイズ系モンスターの特殊能力だ。
全身から力が抜け、へなへなと地べたに座り込んだ。驚くほど長い脚が地面に投げ出された。
「…っ、なに、これ…」
体の芯がうずくように熱い。下腹部がきゅうっとなる感覚。
ふたつの乳房の先がつんとそそり立っていくのが衣服の感触でわかる。
手足が震えて、顔にふりかかる髪の毛を払うことすらできない。
まるで発情したメスのよう。
その異様な連想にぞくりと総毛だった。
すると今度は別のゲイズが動いた。
腹部から幾本もの触手がまろび出る。
それらの触手が首に、胸に、腰に、脚に、巻きついてきた。
「やっ…!」
反抗の声を上げようとしても、ひ弱な女の泣き声しか出てこない。
ぬるぬると舐め回すように触手が動いている。
豊かな乳に巻きつき、脚を撫であげ、あまつさえ口の中にまで侵入しようとする。
触手はえたいの知れない粘液にまみれており、体中を這い回るたびに薄い衣服をぐちょぐちょに濡らしていく。
濡れた衣服は体に貼りつき、腰つきから胸にかけてのラインをいやらしく浮かび上がらせていた。
すべやかな黄土色の髪も汚らわしく濡れてしまっている。
(気持ち… 悪い)
理解不能だった。すぐにでも殺されると思っていたのに、ゲイズの触手はそんな殺意の意図を見せていない。
(それに、こんなのはまるで、女を愛でてるみたいな…)
その考えに思い至った時、すさまじいおぞましさが脳内を駆け巡った。
(そんな、いま女の躰をしてるからって…!)
「やめ…ろ、はなせ、ぇ…っ!」
弱々しく抵抗する。自由の効かない両手で触手を振りほどこうと試みる。
そこへ、吸引幼虫が取りついてきた。
イソギンチャクのような足で脇腹にべちゃりとへばりついたのだ。
そして吸引幼虫は二本の触手をうねらせた。ゲイズのものと比べると細く短い。
その触手を、吸引幼虫は、衣服越しにおへその穴へと突き立ててきた。
「…が…はあ…は…!」
痛い。強烈な激痛に背中をのけぞらせる。
「…あ!?」
瞬間、その痛みが快感に変じた。
「ちから」を吸われているに違いなかった。
愛撫による弾けるような快楽とは違い、なにか根源を汚辱されるような背徳的な快楽だった。
「や…、だぁっ…!」
この快感には悦びは欠片もなく、ただ焦燥と絶望の塊しかなかった。
このままでは全ての「ちから」を吸い出されてしまう。
この地獄からどうにかして逃れようとふるふる首を振った。
そんなはかない抵抗をあざ笑うかのようにゲイズの触手がうごめき、衣服の上から乳首をこねあげてきた。
「か… は…ぁ…っ!?」
女の快楽が束になって脳髄をひたす。
触手の一本がふと股下に滑り込み、ずるずるっと秘部もろとも股の間を刺激した。
「あ・あ・ああっ…!」
両脚ががくがくとうち震える。抵抗していた手足は完全に力を失ってしなだれた。
おへそからは、吸引幼虫に「ちから」を絶え間なく吸い上げられている。
もはや体に「ちから」はほぼ残されていない。もはやマムルすら倒すことはできないたろう。
「やだ…、やめて…ぇっ、助けて…」
アーモンド型の流麗な瞳から涙をこぼして哀願する。
それには全く構わず、別の吸引幼虫――いや、レベル3の吸引成虫が胸元にへばりついてきた。
吸引成虫は二本の触手を掲げると、それぞれを両方の乳房に突き刺す。
「…か、あっ!」
再びの痛みに眼を見開いた。
――ずくん。
「ああ…? え、ひ、あ…!?」
先ほどと同じく、痛みが快感に変わる。
だが、その快感は「ちから」を奪われるものとは違う。
吸い取られるのではなく、何かの液体を送り込まれているのだ。
「あ… あ、ああ、うあああ――」
途端、乳房の火照りが倍になった。
むずがゆいような焼けつくような快感のうずが胸部に、そして全身に広がっていく。
注入されたえたいの知れない何かに感覚が犯されていく。
「ふう、ひ――はぁ、くはぁ、あ――」
快楽漬けで、もはや息をすることすらままならない。
一方でゲイズの触手にも弄ばれ続けている。
体中のどこといわず撫でられ、さすり上げられ、その度に裸身ががくがくと反った。
もはや全身が性感帯に等しかった。
ふと、ゲイズの触手が股に入り込んで動いていた。
今までのように愛撫するのではなく、何かを探し求めるように。
そして全く唐突に、下腹部にえぐるような激痛と快楽とが加えられた。
「う、あ、あああああ!」
触手が秘部を貫き、少女のものである五体がひときわ強く跳ねた。
それが何かすら理解できない。意識は既に快楽にもまれて消えかかっている。
「ひ、い、ああ…」
だらしなく開けた口からは唾液がつたっている。
さらに2本、3本と秘部に侵入する触手は数を増やし、ピストン運動を開始した。
「がっ、うく、ふあ、あ――」
甘い吐息が切として漏れる。両手が何かを求めるように空を掴む。
おへそと乳に貼りついた吸引虫どもが「ちから」を吸い取り
何かの液体を注入し、とろけるような快楽をいや増しにする。
「あ――むぐっ!?」
空気を求めて開く口にも触手が侵入した。
「むぐ、ご…くふ…!」
手足を引きつらせて喘ぎながらも、この仕打ち全てを受け入れるような無我の状態に引きずり込まれていく。
秘部の触手がずちゅずちゅといやらしげな音を立てている。
頭から爪先まであますところなく悦楽に支配され、ある一点に向けて高まっていく快楽を止めることができない。
「っく、ぐ…ふっ、ふあ――」
小刻みな震えが止まらない。
秘部の触手が強くうごめいたかと思うと、3本の触手一斉に別の方向にのたうちまわり、秘部をめちゃくちゃに蹂輪した。
「が・あ・あう、あ、あああああああ…っ!」
全身の快楽が一点に集中し、ついに絶頂を迎えた。
「あ…ふぅ、ふ――」
頃合いを見計らったかのように秘部から触手が抜き取られ、拘束が解かれた。
吸引虫たちも触手を抜き取り、離れていく。
ようやく解放された少女の体が力なく倒れた。
しばらくしてゆっくりと意識が戻ってくる。
「う…けほ、うぇ…」
ようやく我を取り戻したノロージョ――シレンは、口の中の苦い液体を吐き出した。
いまだ意識は半ばぼんやりしていた。
粘液でべとべとになった薄布が不快だった。
酷いものだった。女性として犯されるなんてプライドも何もあったものではない。
シレンは辺りを見回して、凍り付いた。
状況は何も変わっていない。
モンスターの群れがノロージョ姿のシレンを取り囲み、むせかえるような匂いを発散させている。
「あ、あ…」
シレンの――ノロージョの表情に絶望の色がよぎった。
このモンスター全てに犯されるまで開放されない。それが本能的に理解できた。
逃げようとしても、手足がじんとしびれたようになっていて這うことすらできない。
そのうえ、吸引幼虫に注入された液体の効果がまだ残っている。
胸にかるく風が吹き付けただけで快感を覚えるほどに。
『満腹度』。食神のほこらでは肉が手に入るゆえに餓死の心配はなく、今のシレンも満腹度はほぼ100%に近かった。
これから満腹度が0になって死に至るまでにはおよそ1000ターンかかる計算になる。
先ほどの一連の凌辱はいったい何ターン要したのか。
20ターンか、それとも10ターンか。この地獄から開放されるのにあと何ターンかかるのか。
「いや…だぁ、だれか、助けて…」
無防備にうずくまる少女めがけて、再びゲイズたちが襲いかかった。
「いや…いや、いやあああ――」
その姿はすぐモンスターの間に消え、再び甲高い悲鳴――あるいは嬌声が響き渡った。