・・・
ところは移り、シレンの泊まっている宿「泊まり岩」へ。
その部屋の中で彼は思わぬ時間に、思わぬ来客を受けていた。
「……ねえ、おきなよシレン。……ねえってばっ」
暗闇の中をよく見ると、昼間にお辰と名乗った女がどこから忍び込んだのか、大の字に
なって眠りこけるシレンを上から揺すって覚醒をうながす。
娼婦の身ながらシレンを一目気に入って、夜這いにでも来たというのだろうか。
が、揺すられる方はまったく気がつかないようで、のんきないびきをたてるのみだ。
「ちっ、妖術でも掛けられたか。しょうがない……ちょいと手荒だけど、勘弁してね」
お辰はいうと一歩シレンから離れ、懐から妙な小袋を取り出す。
と、それを拳に握ってを大きく腕を振り上げ、
「ドーーーーーーーーーーーンッッ!!」
シレンの頭めがけて一気に振り下ろした。
火花が炸裂し、一瞬、部屋がぱあっと光に包まれる。
「うおおっ!?」
これには眠りこけたシレンもたまらず、激しいショックに襲われる顔面を押さえながら
部屋を転がった。
が、そこは歴戦の勇士だけあって、すぐに体勢を立て直すと立ち上がって気配のする方
へ手刀を振るいつつ、距離を取る。
「だれだっ!! くそ、目つぶしか、なんにも見えねえ……っ」
誰に襲われたのか。
もしや昼間の、あのお竜ににた女か、などと思考をめぐらしながら空気の動きを頼りに
相手の居場所を探っていると、気配のする方から声がした。
「やっと起きた。シレン。あたしよ、お竜よ」
「……お竜? たしかにあいつの声だが、てめえ、お辰って女だな。いったい何者だかし
らねえが、俺を狙うとはいい度胸してるじゃねえか。アスカはどうした」
「落ち着きなよ。昼間、あんたの目の前に現れたのはお竜なんだ。正真正銘のね。お辰っ
て名乗ったは、あんたの連れに正体をさとられるとまずかったから……とにかく、これ飲
んで。目薬草の煎じ薬だから」
ぱっ、と放られた物体をシレンは盲目の状態ながら見事につかみ取る。
それはなにやら小さなひょうたんのようで、口を開けてみると、なるほど、飲み慣れた
目薬草独特の臭みが鼻をついた。
シレンも風来人である以上、身体に影響をおよぼす薬草・毒草類の知識は豊富なので、
特に煎じ薬ともなれば、臭いでほとんど解るのだ。
「……わかったよ」
と、いちおう渡された薬だけは信用したシレンは、それを一気に飲み干す。
すると、辺りはいまだ暗闇ながらも、ぼんやりと視界が戻ってくる。
そして重い目をしばたかせて、気配のしていた方向を凝視すると、やはり昼間にお辰と
名乗ったあの女がいた。
彼女はお竜だったのか。
だが、一緒にいたはずのアスカが見あたらず、しかも襲撃されたとあっては、にわかに
は信じられない。
シレンはじっ、と相手を射貫くような視線で捉えつつ、その動向に気を配りながら真実
をさぐるため口を開いた。
「お前、本当にお竜か?」
「お竜じゃなかったら、今の目つぶし、誰が出来るってのよ。あの薬はただの目つぶし草
じゃないの」
「ならさ。どうしてアスカがいない。だいたい、あいつに正体を知られるとまずいってえ
のはどういう了見だ。まさかお前ほどの女が、くだらねえ嫉妬に駆られたなんて言わせね
えぞ」
「は。ちょっといい男だからって、ずいぶん自惚れるじゃんか。あっちこっちで女をつく
るような男に、いつまでも目つぶしお竜が恋慕するなんて、思うんじゃないよ」
「はぐらかすな」
「もう。なら、こういえば信じる? くく、シレンさ、昔こばみ谷に挑戦していたころ、
山頂の宿場で隣の連れ合いのお楽しみを盗み聞きしたこと……あるでしょ?」
その指摘に、シレンの呼吸が止まった。
たしかに数年の昔、まだ少々、男として青臭かった時期に一度だけ、泊まった部屋の隣
から男女の営みを盗み聞いてしまったことがあるのだ。
だがそれは、本人と、連れのコッパ以外は誰も知らぬはずのことだった。
「!……ぐ、それは……なんで、そんなこと知ってる」
「行脚の途中で出くわしたあんたの相棒から、教えてもらったのさ。そういやあの頃は、
あたしの色仕掛けに二度も騙されたりしたよねえ。うふふ」
「あのクソイタチ……まあ、いい。どうやら本物らしいな。だが、アスカがいないっての
は、どういうわけなんだ」
「あんたほどの男が、どうして気づかないの? あの娘、オロチの悪霊に取り憑かれてシ
レンの命を狙ってたのよ。
でも、よっぽど好かれてんのね。ところどころで本人の意識が覚醒して、支配されるの
を拒んでたみたいよ。で、オロチもしびれ切らして支配を強化しようと闇夜へ消えたって
わけ」
「……それが本当だったとして、なぜそんなことを知っている」
「オロチのことは、月影村に居るあんたの恋人から知ったの」
「ケヤキが……?」
「ち、恋人ってところを少しぐらい否定しなよ。まあいいや……そして、オロチがアスカ
に取り憑いたのは、ため吉って男から知った。あいつは知り合いの隠密だったから」
「あの野郎か! なら、昼間の騒ぎは、探りの芝居だったってえのか」
「そう。でも、ため吉はさっき……アスカに、いや、オロチに殺られた」
「……」
「こっちとしても、仇を討たなきゃならない。でも、アスカごと攻撃するわけにはいかな
いでしょ。だからシレン、まずここから脱出して。コッパが今、助っ人を連れてこっちに
急行しているから」
「ずいぶん出来た話だな。そうやって、俺を連れ出す魂胆じゃねえだろうな」
「……いいわ。判断は任せる。でも、これだけは聞いて。
私は、あんたに、死んで欲しくない。それだけよ。それだけでここまで来た」
シレンはその言葉を受けてしばらく俯いていたが……やがて、顔をあげると、ニヤリと
笑っていった。
「へっ。そこまで言われちゃ、ウソでも騙されない訳にゃいかねえだろう」
「ありがとう」
その承諾に、お竜は柔らかく破顔する。
そして、お互いに手を交そうとしたかに見えたが――次の瞬間。
「!!」
お竜がばっと背後に向き直り、シレンが懐から短刀を抜き放つ。
短刀は手を離れ、同時にお竜のクナイが飛び、その目線の先にあったフスマを突き破る
と背後にあった何者かを襲った。
刹那、キィンッ、と金属のたたき落とされるけたたましい音が鳴り響く。と、フスマが
ズバリと斬り捌かれ何者かの正体が明らかになった。
それは……
「……アスカ!」
月光に照らされ、てらてらと妖しく光る忌火起を構えた女剣士であった。シレンとお竜
が会話をしている間に、村の中へ戻ってきたのであろう。
だが彼女は、その端正な顔へ妖刀にも劣らぬほどの妖しい笑みを張り付けたまま、二人
を見据えていった。
「これはこれは、逢い引き中でござったかな。しかしシレン殿、せめて、そういうことは
拙者の知らぬところでやってほしく思うが」
「ちげえよ。それよりアスカ、おまえどこへ行ってた」
「女子にそれを聞くとは不作法な。……厠でござる」
「なにをっ」
と、いったのはお竜だ。
「白刃たてて厠へ行く女が、どこにいるってのよ!」
シレンとアスカの間にグイグイと割り入りつつ、なおも言う。
両手にはクナイを煌めかせながら、低く構えていつでも相手の喉元へと迫れる用意をも
って敵を射貫くように見つめている。
だが、アスカはその視線をものともせず、ゆるりと忌火起を空に漂わせているのみだ。
「シレン殿。騙されてはならぬ。その者、このような夜更けに侵入する輩でござるぞ」
お竜の向かいで、シレンを見ながらいう。
それを受けた本人はお竜の背と、アスカの眼をちらりと交互に見やったが、すぐに横っ
飛びに跳ねて寝かせてあった刀を拾うと、アスカへ向けて抜きはなった。
「ウソをついてんのは、アスカ、いや、オロチ。てめえだ」
「シレン殿」
「まだアスカを演じるつもりかよ。その体から血の臭いがぷんぷんしてんのに、騙される
わけねえだろう」
「これは、昼間の」
「いいや違う。その臭いは人間の血の臭いだ。しかも、付いてまだ新しい、な……。
お竜が、てめえにため吉とかいう野郎を、ついさっき殺られたといってたぜ。その血じ
ゃないのか?」
「……」
だん、だん、と言葉を畳みかけられて、アスカが詰まった。
そのまま、しばし忌火起を下げたまま止まっていたが、やがてうつむくと肩を振るわせ
て「ひ、ひ」と、慟哭するように笑い出した。
そしてついに、
「くく……うひ、ひゃっひゃっひゃあっ!!」
その姿は天を仰いで大口を開ける下品な笑い方で、本来の彼女であれば考えられないよ
うな醜態であった。
これでシレンにもはっきり解った。
――間違いなく、こいつは敵だ。
と。
そしてアスカ改め、オロチは、忌火起を右手だけで持って器用にくるりと回すと、開い
たの方の手でパチンと指を鳴らすのを三回ほどやって、なにかの合図をする。
「け、とんだ邪魔者のおかげで、眠りの術も闇討ちもパーになっちまった。だがな、ここ
から生きて出られると思うなよ」
「本性を現わしやがったな。アスカの中から出ていきやがれッ」
と、見たくもないものを見せられるシレンが激昂しかけるが、それをお竜が片腕で抑え
ると囁くようにいう。
「ここは私に任せて。力ずくじゃ、どうやってもオロチだけを倒すのは無理よ。
とにかく登りの出口から逃げてコッパ達と合流して。何事もなければ、すぐそこまで来
ているはずだから!」
「コッパ達? いや、訳を聞いてる暇はなさそうだな」
というのも、さきほどの合図で、ざわざわと何かが蠢く音が四方八方から聞こえてきは
じめたのだ。
「モンスターか」
おそらくは、ここの住民がモンスターであったのだろう。
オロチの余裕ある態度から見ても、それは間違いなさそうだった。
彼らの正体が、かつての供養峠のようにオロチの犠牲となった者の末路なのか、はたま
た最初からオロチによって造られたモンスターが化けていたものなのかは解らない。
が、ともかく。
いまは脱出せねばならない。
「わかった……お竜、死ぬなよっ」
「あいよ」
その言葉を皮切りにお竜が盛大な目つぶしをオロチに向かって見舞い、隙をついたシレ
ンがフスマを蹴破って外へ出る。
と、目前に迫っていたノロージョ(宿の女将の正体であろう)を真一文字に切り裂き、
浴びる返り血を払いながら、出口へと向かって走っていった。
それを見届けるお竜が、シレンを追わせまいとオロチへ対峙する。
「さあて二人っきりだね」
「いいや。もうじき辺りは俺の手下共で溢れかえるぜ」
「そんなもんシレンが片付けちまうよ。あいつが帰ってくるまで、せいぜい痛めつけてあ
げるから覚悟しな」
「ずいぶんやる気じゃねえか」
「そうとも。オロチはもとより、その外っ面の方も気にくわないのさ」
「ああ、この女か。そうかそうか……ちなみに、シレンが俺を俺と知らずに寝てた時は、
ずいぶんご執心だったぜ? なんだか燃えちまったよ」
「ち、この……だまんなッ!!」
アスカの姿をした者の挑発に、激したお竜は弾かれるように飛ぶ。相手の懐に潜り込ん
でクナイの一撃を放とうとするが、オロチの反応はそれよりも早かった。
片腕で操られる忌火起が右のクナイを叩き落すと、同時に開いた方の腕が恐ろしいほど
の力でお竜の左腕を捻りあげ、そのまま投げ飛ばしてしまったのだ。
「くっ」
お竜はすぐに起き上がろうとするが、かなわず喉元に刃を突きつけられてしまう。
月光に、忌火起ギラリと光った。
刃が細い首筋に触れるたび、薄皮が切り裂かれて血が滴る。
相手は妖刀だ、切れ味は並大抵のものではない。
もし、少しでも動こうとすれば、次の瞬間、お竜の首と胴体は離ればなれとなってしま
うだろう。
「畜生、こんな簡単に……私もヤキが回ったもんだね」
「いいや仕方ねえよ。この女はともかく、俺の妖力に勝てるはずがない」
「……」
丸々と広がった眼で自分を覗き込むオロチを、しかしお竜は鋭く睨み付けてせめてもの
抵抗をしめす。
が、それが余計に相手の加虐心を加速させてしまったらしい。
「さて。このまま殺っちまってもいいが、どうせだ……」
「え、うっ、んぐぅっ!?」
ぬらぬらと光ったオロチの唇が、お竜のそれを無理矢理に奪う。
しかも単なる口付けではないようで、送り込まれてくる唾液が口内全体をしびれさせる
ような感覚をもっていた。
最初は口の中から。
それが喉を通り、肉の内壁を刺激しながら胃へと運ばれると、しびれはあっというまに
四肢の全体へ回っていく。
「う、う……」
刃を突きつけられずとも、身動きが取れない。
お竜は抵抗する力もなく、だらりとその形の良い手足を畳の上へ投げはなっている。
獲物がまな板の上の鯉となったのを確認したオロチは、さらにぞっとするような笑みを
浮かべて唇を離すと、同時に刃も離した。
ただ、その代わりに、己が肉体の全身からびゅるびゅると、触手のように蠢く、真っ白
な蛇を生じさせる。
オロチの能力だろうか。
その背から、腹から、衣服を突き破り不気味に生える白蛇が、ゴムのように伸びてぐっ
たりとなったお竜に襲いかかっていく。
「く、く、く」
その邪悪な含み笑いと共に、のたうつ白蛇の群が縄と成り、お竜の四肢を絡め取って空
に浮かび上がらせる。
そして残った白蛇はお竜の口に割り入り、胸を護る衣服をはだけさせ、巻き付き、最後
は腰布をくぐりぬけ、秘所に近づいていく。
と、その丸みを帯びた体を何度も擦りつけはじめた。
固いウロコに肉の内壁を摩擦される、おかしな感覚がお竜の下半身を刺激する。
「あ、あぐっ」
「気持ちよくしてやるよ。シレンの野郎に抱いてもらえなくて、不満だろ? いやなに、
謝礼はお前の心を貰うぐらいでいいぜ」
「や、やめろぉッ」
「遠慮すんなって!!」
お竜は抵抗し身をよじるが、それが逆に合図になってしまったらしい。
それまで秘所に体を擦りつけていた白蛇が、ぱっと離れてわずかに静止すると、後は、
噛み付く様に体内へと侵入してきた。
「うっ……!!」
下腹部から、それまで体験したこともない異様なヌメリと、凹凸を帯びた異物を感じて
お竜は呻く。
やがて白蛇が獲物を貪るべく、にゅるにゅると動きはじめた時、お竜は自分の肉体が下
半身からじわじわ吸い取られていくような感覚を受ける。
それが気持ち悪さよりも、むしろ排泄にも似たような一種の快感なのだ。
しかも抵抗しようと、ちょっとでも動けば、
「ひィっ」
と、内臓を引っ張られるような感覚が襲い、それを受けてまた動く肢体に
「あひゃああぅっ」
甘い電流が走った。
溶けるような快楽が脳を支配して視界がぼける。
かきまわされる下半身はひくついて無意識の快楽を求め、お竜は思わず、
「あッ……あっ、ひっ、やだ、きひぃぃッ……」
と、嬌声を漏らしてしまった。
それを見てアスカの姿をしたオロチが楽しげに笑い、
「ひゃひゃひゃ、悪くねえだろう。人間の男じゃ、こうはいかねえぜ」
そういいつつ、お竜を拘束する白蛇をロープを巻くように動かし彼女を自分の目の前ま
で引き寄せると、その鋭い顎を人差し指で、くん、と突き上げる。
だがお竜は引かずに「は、はん……粋がってんじゃ、ないよ」と強がった。
「そりゃあこっちのセリフだ」
「あっ……」
「くっく。ヨダレ垂らしながら強がってもな、説得力ないんだよ」
さらに引き寄せられるお竜が、オロチに再びの口付けを見舞われる。といっても、肉体
はアスカのものだから、やはり吸い付いてくる唇はしっとりとぬれたものだった。
今度は奇妙な唾液を送り込まれる。
拒否しようにも、体が麻痺したようになってうまく抵抗できない。
なにか、しこりを感じるような……とにかく人のものではない体液が、口内にじわあっ
と拡がって吸い込まれていくのを、為す術なく受け入れるしかなかった。
「な、なにを、した……のよ」
「どうせだからお前も仲間にしてやるよ」
と、その言葉が聞こえたのを最後に、お竜は全身が燃え上がるような感覚をうけると意
識が混濁し、やがて視界も暗黒に閉ざされていった……。