一匹の鷹が、颯爽と空を舞っている。  
 その、さらに天の上……大空の覇者をも眼下にくだし、浮かぶ太陽が、地べたの山々を  
ぎらぎらと照らし続けていた。  
 山々には岩肌が露出するばかりで、緑の「み」の字も無い様な岩山の中、のたうつ蛇の  
ごとく通った、道ならぬ道を一人の旅人がゆく。  
 その名はシレン。  
 風来のシレン。  
 
「……暑ぃな……」  
 
 いつもの三度笠と旅合羽に身を包む彼は、陽に焼かれ、つんと通ったあごの下から汗を  
ぽたぽた垂らしつつも、峠道をつむじ風のように駆け抜けていく。  
 その姿は、風来人のまさしくそのものであろう。  
 
 このときの彼は、こばみ谷を制覇し、その後、月影村での事件を解決して新たな旅路に  
ついた頃だった。  
 たとえ風来人最高の夢といわれた黄金郷に到達しても、シレンに足の止まる時はない。  
それが旅の神クロンによって定められし掟だからだ。  
 
 なお黄金郷とは、こばみ谷を形成するテーブルマウンテンなる山の頂にある、古代空中  
都市の遺跡のことだ。  
 黄金郷には、伝説があった。  
 いつの頃からなのか、テーブルマウンテンの頂には遺跡があり、そこに目もくらむほど  
の黄金が溢れ、神鳥・黄金のコンドルが棲まう……という噂が、こばみ谷に住まう者の間  
でまことしやかに語られていたのだ。  
 
 その伝説が、こばみ谷を越えて世界中に広まると、やがて様々な風来人が、  
 
「我こそテーブルマウンテンを制覇する者だ!!」  
 
 と、わんさかこばみ谷に集うようになる。  
 おかげで、それまで単なる集落に過ぎなかったこばみ谷は、いちやく宿場の名所となり  
さながらゴールドラッシュのような賑わいを見せるようになった。  
 
 ただ、風来人というのはそういう荒くれ者ばかりで、彼らで賑わうという事は、同時に  
治安の悪化をも招く事だったから、こばみ谷に元来住まう者たちが、手放しに喜べたわけ  
では無かったのだが……。  
 
 シレンも、そんな流れに乗った男の一人であった。  
 他と違うところは、彼とすれ違った人間が、男であろうと女であろうと、思わず振り返  
ってしまうほどの色男であることだろうか。  
 
 彼は持ち前の度胸と腕っ節を武器にテーブルマウンテンへ挑戦し続け、やがて、ついに  
登頂に成功する。  
 だが……彼を迎えたものは、もはや荒廃しきって岩が転がるばかりの廃墟だった。  
 神鳥はもとより、黄金など、どこにも見あたらない。  
 考古学者なら、それでも未知の遺跡発見に狂喜するところだろう。  
 
 が、シレンに古代文明探求の興味はない。  
 落胆を隠せず、  
 
(命を賭して求めた夢が、これとはなぁ……)  
 
 と、肩を落したが、しかし得る物が何もなかったわけでもない。  
 というのも、遺跡内部には先住民が遺したのであろう、石板がそこここにあって、語学  
に長けたコッパに解読してもらうと、黄金郷は数千年前に突如として黄金を喰らう巨大な  
蜘蛛の化け物に襲われ、滅んでいたことが解ったのだ。  
 
 金が見あたらないのも、この化け物によって金を喰らいつくされたらしかった。  
 黄金のコンドルも、おびただしい量の蜘蛛糸で封印されたらしい。  
 
「残念ながら、我々に化け物へ太刀打ちする手だてはない。我々は黄金郷と共に滅ぶ。  
 だが……化け物は黄金以外を食さぬゆえに、それを喰らい尽くせば、やがて死んでゆく  
だろう。その先、これを読む者があったらどうか神鳥の封印を解いてほしい。我らが最期  
の願いである」  
 
 石板の内容は、そのように締めくくられていた。  
 だが黄金郷へたどり着くタイミングが悪かったのか、化け物は恐るべき生命力でもって  
現在まで生き延びていた……ただ、喰うべき黄金も果て衰弱していたらしく、  
 
「……いい加減、くたばりやがれってんだ!!」  
 
 シレンの敵ではなく、一刀のもとに切り伏せられ、死んだ。  
 そして黄金の夢を喰われたことの怒りを化け物へぶつけると、シレンは、古代人の願い  
を遂行することにした。  
 探してみると、黄金郷の深部にひときわ巨大な繭があったのだ。数十メートルはあった  
はずだった。  
 
 これこそ黄金のコンドルに違いないだろう、と刀で斬りさばくと、中から幾星霜の縛め  
を解かれた神鳥が現れる。  
 瞬間、辺りがぱっ、と輝くようであった。  
 なぜなら、言い伝え通り、黄金のコンドルは全身が金で作られた鳳凰のごとき姿をして  
いて、その威容にさしものシレンも呑まれて動けないほどだったのだ。  
 
 そして神鳥は、封印から解きはなってくれた礼とばかりに、シレンを背にのせてこばみ  
谷のふもとへ送ると、いずこかへと去っていった……。  
 
 シレンにとっては、いささか不本意な結末であったかもしれない。  
 が、財宝こそ手に入れられなかったものの、伝説の遺跡と生物を目の当たりにした上、  
その背にのってこばみ谷の地へと帰ってきた事実は、風来人の界隈のみならず、世界中を  
驚かせるのに容易かった。  
 
 彼はこれによって、世界に名を轟かせるまでの存在になったのである。  
 風来のシレン、といえば誰もが振り向く。  
 剣術道場でも開けば、人が寄り集まってくるだろう。もはや、旅ガラスなど続けないで  
も、十分すぎるほどの生活ができるはずだった。  
 
 だが、常に放浪することが、運命神リーバが風来人に与えた宿命であるし、当のシレン  
も一カ所にとどまっていることを良しとはしない性分だ。  
 彼は、こばみ谷を後にしたあとも、諸国を漫遊して、やがて、かつての記憶も頭の隅へ  
と追いやっていく。  
 そんな折りのことだった。   
 
「お?」  
 
 と、シレンがつぶやいた。  
 山道の横道にそれた、傾斜のきつい坂の上から、女が独りでやってくる。  
 
 だいぶ大柄な女で、ひょいひょいと旅慣れた風の足取りは、彼女が風来人か、そうでな  
くとも戦いの心得をもった人間である事を予想させた。  
 
 なぜかというと、人間の集落を外れると危険な生物が出現するゆえ、身を守る術を持た  
ない者はおいそれと遠出ができないからだ。  
 自然、個人で旅をするのはその術をもった人間だけということになる。  
 
 だから女の一人旅はゼロというわけではないが、数が少ない。それだけに道中で目にす  
れば、思わず目をやってしまうのは男のサガというものであろう。  
 
 が、近づいてくるにつれて女の姿が、陣羽織が変形したような羽織に袴履き、そしてず  
いぶんと見事な大小を腰にさしている……と、およそ旅装ではないことに気づく。  
 その場違いで奇天烈な外見に、シレンはやや身を固くした。  
 
 風来人はもとよりカタギでない商売である。無頼漢そのもののような奴も多いし、辻斬  
りを仕掛けてくる厄介な者もいた。  
 特にシレンは顔も名も売れているので、その命を狙う輩も少なくはない。  
 もし、あの女が斬りかかってくるのならば――  
 
(返り討ちにするまでだ。ついでに、ここしばらく、溜まったモノをぶつけてやろうか)  
 
 と、自らも刀の鯉口を緩めて備えたが、だんだん近づくにつれて、その女に見覚えがあ  
るのをシレンは感じた。  
 女の髪は、桃色の長髪が滝のように広がっている。  
 
 髪型はともかくとして、こんな奇妙な色の髪を生やした人間など、シレンが今まで会っ  
てきた人物には一人しかいないはずだった。  
 いよいよ肉迫する段階までくると、どうやら相手方もシレンに気づいたらしく、こちら  
側を凝視してくる。シレンはすこし笠を深くすると、  
 
「ちょっと……」  
 
 問いかけようとするが、それよりも速く女の方から声が飛んできた。  
 
「そ、そこの人っ。失礼だが、よもや貴殿はシレン殿ではござらぬかっ!?」  
 
 女としてはやや低めの、聴く者の耳をぞくりと撫でるような艶のある声色で、しかし、  
その色香を台無しにする固い武家言葉でまくしたててくる。  
 男のサムライですら、こんな言葉を常時用いたりはしない。  
 シレンがもし、彼女を知らなければ、  
 
(変なやつ……)  
 
 としか思わなかっただろう。  
 が、シレンは彼女のことをよく覚えていた。  
 まだ自分が幼かった頃、一時的につるんでいた仲間だ。  
 
 滅法強いが、妙に堅苦しく、人付き合いを苦手とする年上の女剣士。  
 当時はまだ子供だったが、一〇年近くの歳月を経たいま、彼女の美貌は完成され、ハッ  
とするような色香をまとっている。  
 
(が、中身は一〇年前のそのまんまだな)  
 
 それがシレンにはおかしくて、つい、その場に突っ立って笠を深くかぶったまま、高々  
と笑い声をあげてしまった。  
 あまりに声が大きいので、女が仰天してしまうほどだ。  
 だが、女はそれを馬鹿にされたと感じたのか、ふるふると身を震わせ顔を真っ赤にして  
怒りだす。  
 
「ぶ、無礼者っ……そこに直れえっ!!」  
 
 しゃらん、と太刀を抜き放ったがそれと同時にシレンが、  
 
「はっはっはっ!! おまえさんは、ほんと、相ッ変わらずだなぁ……アスカ」  
 
 ぱっと笠を脱いで、軽やかに笑いかける。  
 その言葉の通り、女の正体はアスカであった。女の身ながらシレンと同じく風来人とし  
て諸国を廻っている人間だ。  
 
 なお、先に書いたとおり歳は彼よりも上である。二〇代半ばであろう。  
 そこらの町人の平均身長よりも幾分か背の高いシレンと並んでも見劣りしない背丈に、  
凜とした美貌が冷たささえ感じさせる女であったが、その外見に反して性格は激情家。  
 おまけに頑固で、一度思ったことなら岩でも貫き通すほどだった。  
 
 二人の出会いは、アスカがモンスターに囲まれ絶体絶命に追い込まれた際に、加勢して  
危機を救ってくれたのがシレンだったことに始まる。  
 
 いわゆる「助太刀いたす」なのだが、シレンの童ながらに並外れた勇気と行動力に激情  
家のアスカはおおいに感激してしまって、そのまま彼が当時関わっていた一連の事件に決  
着がつくまで、家臣のごとく付き添った経緯があった。  
 
 ちなみに、現在も色男で通っているシレンだから、当時は人形のような美少年だったこ  
ともアスカが彼につきっきりになった理由のひとつでもある。  
 
 そして事件が解決した後はお互い一人前の風来人になるべく、それぞれの道を歩むんで  
いったのだが、その後アスカが天輪といわれる国において獅子奮迅の活躍をしてから、し  
ばらく経った頃のことだ。  
 
 シレンという男が黄金のコンドルに乗って、テーブルマウンテンから生還した……との  
報が、風来人同士の聞き伝えに耳に入ってきたのだ。  
 アスカがその時に居たのはこばみ谷からは遠く離れた土地であったが、そんなところま  
でもウワサが聞こえるほど、シレンの成した事は偉大だったのである。  
 
(そうか、あのシレン殿が……)  
 
 と、アスカは脳裏に幼児だったシレンを思い浮かべると同時に、立派に成長した彼の姿  
を妄想して愉悦に浸る。  
 加えてそれが大業を成したとあっては、表情が緩まずにはいられなかった。  
 
 そのシレンが目前に、居る。  
 しかも想像以上の男前に成長して、居る。  
 自然と胸中高鳴り、アスカはいそいで刀を仕舞うと、その場に這いつくばって、  
 
「まことに失礼つかまつった。拙者、いまだこの性格なおらずして、ほとほと困り果てて  
おり申したところ。どうか許していただくわけにはござらぬか」  
 
 と許しを請うから、その姿があわれなほどに滑稽だった。言葉が固すぎるのが余計にそ  
の感覚を増幅させてしまう。  
 いきなり笑い始めたシレンにも非はあるのだから、アスカがこんな姿で謝罪する必要は  
ないのだが……それでも、こうせずにはいられないのが彼女の性格だった。  
 
「おいおい、やめてくれよ。笑った俺が悪かったからさ……立ってくれ。あんたに土下座  
なんてされちゃあ、かなわねえ」  
 
 シレンはみかねてアスカを引きずりあげようと、その手を掴んだ。  
 すると、  
 
「あっ」  
 
 わずかに拒否するような吐息がアスカから漏れる。  
 その意味はすぐに解った。  
 なぜならアスカの手の感触はけして柔らかいとはいえず、長い時間、旅と戦いに明け暮  
れて来た人間だけが持つごつさがあったからだ。  
 
 男なら勲章にもなるかもしれないが、女にはがっかりするだけの代物だ。  
 アスカ自身も気にしていたのだろう、  
 引きずり起こされつつ、  
 
「そんなに握らないで……」  
 
 と、先ほどまでの威勢はどこへやら、小さくなってしまう。  
 これを見てシレンは思わず、アスカをその場に押し倒しそうになった。旅で女っ気のな  
い日々を送っていたことも手伝って、やたら厳めしい普段の姿とのギャップに当てられた  
のだ。  
 旅塵にまみれ、汗ばんだ彼女の肌はどんな味だろう。  
 男に抱かれ、体中をくまなく犯されるアスカは、どんな色っぽい声で鳴くだろうか……  
と妄想する。  
 
「……シレン殿?」  
「あ、いや、なんでもない。それよか、おまえさんはどこに向かってんだ?」  
「拙者は……実はこばみ谷に」  
「えっ」  
「恥ずかしいのだが、シレン殿がたどり着いた黄金郷を、拙者もこの目で見てみたいと思  
って……」  
「黄金郷、かぁ。懐かしいな」  
「どんな場所だったのでござるか」  
「いやなに、廃墟だよ」  
「は、廃墟?」  
「ああ。黄金は化け物に全部食い尽くされててさ……」  
 
 と、シレンは黄金郷で見たことを、洗いざらいアスカに喋ってやった。  
 黄金のコンドルもどこかへ飛び去った今、黄金郷へ命をかけてたどり着く価値はないだ  
ろう……と判断したのである。  
 その考えは間違いではなかったようで、シレンの話をきいたアスカは口をへの字に曲げ  
て残念がっていた。  
 が、すぐに口の形を元に戻すと笑っていった。  
 
「それでもこの道を来て正解でござる。シレン殿に再び相まみえることができた」  
「へッ。背中がかゆくなるね」  
「冗談ではござらぬ。拙者は本当に……」  
「ああ、わかった、わかったよ。ところでどうでえ。剣の腕は上がったかい」  
「無論。試してみなさるか」  
「望むところよ」  
 
 二人、バッと後ろに飛び退くと刀の柄に手を掛けた。  
 居合いの勝負だ。  
 そのままお互いを睨みつつ、抜くタイミングを図る……居合いは一瞬の隙を見せた時が  
勝負である。  
 しばらく動かぬまま時間が経過したが、そのとき、ふわりと風が吹いて合図となった。  
そして、  
 
「りゃッ!」  
「ちぇあっ!」  
 
 ほぼ同時に鞘走らせる。  
 目にもとまらぬ速度で交差する刀が、炎天下の下、白刃をきらめかせて甲高い金属音が  
鳴り響かせる。  
 その結果は……  
 

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