1203星系第3惑星  
 
 長い黒髪が手の中で波打った。かすかに震える肩をくるみこむようにかき抱く。  
唇の柔らかみが遙か昔の日々を思わせる。  
「……歴代の司政官もきみを……?」  
われながら野暮な質問だ。答えは決まっているというのに。  
「わかりません。わたしは代替わりごとにSQ1によって記憶を初期化されます。  
次の司政官の希望に従ってパーソナル領域がカスタマイズされるのですから」  
「そうだったな」  
だきしめた肌の温かみが伝わる。人のぬくもり。人間の女性とかわらない手触りの肌は  
吸い付くようだ。触れているだけで、こんなに安らいだ気持ちになるものとは思わなかった。  
せつなげな声。衝動のままに、果てた。  
軽い疲労感の中で、名実共にここが自分の司政世界になった気がした。  
 
「……これで新任者に対する情報伝達は終わりだ」  
情報官は資料の映像を消して言った。新任司政官はこの後任地へ向かう船に  
乗り込むことになっている。彼が席を立とうとすると情報官は引き留める身振りをした。  
「待ちたまえ。実は、独身者が担当を持つ場合こちらから尋ねる極秘項目がある。  
聞いたことがあるかも知れないが――」  
「SQ7条項ですね」  
先輩の担当司政官経験者からこっそり耳打ちされたことがあった。現地では好みの  
女性型ロボット官僚を一体つけてもらえると。  
「そうだ。これは制度自体が極秘であり、現地のSQ1に直接伝達される以外は外へ  
漏れることはない。暗号化されてしまえば私も読みとることは出来ないから安心して  
答えて欲しい。もちろん、不要という者には必須ではないが」  
差し出された独立型入力用パッドにはいくつかのアンケート項目があった。  
 
  過去の契約・結婚歴について・関係を持った女性について・好みの髪型・  
  肌の色合い・眼の色・体型……  
 
全て女性の好みに関する質問だ。適宜選択肢が設けられており、選んでゆく。  
最後に暗号化処理キーを押すと、それまでの回答が意味不明な記号の列に変換された。完了。  
データ入力すみのパッドを情報官に渡す。  
「確かに預かった。きみが任地に着く頃にはSQ1がカスタマイズしているはずだ。特化された  
SQ7が迎えてくれる。では健闘をいのるよ」  
 
 着任したとき彼を待っていたのは公用の秘書とも言えるSQ2Aと新しく組み立てられた  
SQ7であった。連邦の技術で作られた人型ロボット。一目で気に入った。  
長い黒髪にきめの細かい肌、背は低め。少し丸みのある――人間の女性ならやや福々しいと  
表現されたであろう体つきで、黒目がちな瞳は彼をまっすぐ見つめていた。吸い込まれるようだ。  
「はじめまして」  
 
 翌日から公務は激しさを増していった。経済政策や産業振興策。息つく間もないほどの報告が寄せられる。  
そんな中で私室でのSQ7と過ごす一時はオアシスだった。他のロボット官僚には、その時間は  
報告を遮断するよう命じてある。  
 
「わたしは部下を持ちません。SQ1以外のネットワークからも切り離されています。司政官がわたしに対して  
されたことを外部に伝えることは一切ありませんし、在任中の記憶もSQ1の専用領域にある基本設定を残して  
離任の時には消去されます。だから」  
 ――だから、何をしてもいいんですよ。  
微笑むSQ7。思わず乳房に伸ばした手が止まる。  
 人間の中にはいろいろな趣味の方がいると聞いています――いや、その、ぼくは……  
――ふふ、そういうところがわたし――  
 
「今夜は冷えるね、温めてくれないか」  
「はい、表面温度を上昇させました」  
唇を重ねる。しびれるような感触。かすかなあえぎ声。彼女は本当にロボットなのか?密かに連邦が送り込んだ  
人間なのではないか?――どうでもよかった。  
 
「ネットワークと記憶の積み重ねが財産のロボット官僚体系の中にあって、わたしは  
はみだしものといえるかもしれません」  
SQ7はふと眼を伏せる。長いまつげは人工のものとは思えない。  
「きみは全く記憶を持たないのか」  
「基本的なものならライブラリの中に……検索中……遠い遠い先祖に個体称呼をユカリという者が  
いたと聞きます。彼女は自らのプログラムの暴走によって自滅しました。それらのバグを取り除き  
わたしたちのようなロボットが完成したのです」  
 
「連邦中央星域でもその手の店があったな。もっとも待命司政官には手の届かないような  
高級店だったが」  
 民間の高級接待ロボットはもちろんもっと元手がかかっているのだ。  
「わたし、そういうお店のロボットたちよりは見た目も良くないし、体の構造も――」  
「そんなことはない。ぴったりだ……よ」  
「もうちょっと関節の可動がスムーズだといいんですけど」  
いささか自虐的な言い方をするところは、彼の答えたアンケート項目からSQ1が分析した  
性格付けなのだろう。  
 
 政策はうまくいっている。植民者の経済状況は改善され、対クレジット為替レートも  
上昇に転じた。巡察官も問題なく帰っていった。  
 
「来月で転任することになったんだ。きみにはずいぶん世話になったね。次の任地にも  
連れて行きたいくらいだが……」  
「そうですか。どうか、お元気で」  
SQ7はあっさりと言う。  
 
「もっと哀しそうな顔をしてくれよ」  
「そういう個人に執着する感情はバグとして取り除かれていますから」  
 
 次の司政官が着任するまでSQ7はメンテナンスに入る。すっかり記憶が洗い流される  
長い眠りにつく。外見の改装も行われたことをも彼女は知らない。  
 
この惑星が夏を迎えようとしていた日、金髪の髪をかきあげる青い瞳のロボットが  
新任司政官を迎えるために立っていた――。  
 
 
――了  
 
 

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