「会いたかったぜぇ、出島キク。いや…浅雛菊乃」  
 
薄暗い部屋に甲高い声が響く。  
両手を縛られ吊り上げられた浅雛菊乃が目を覚ました時、最初に感じたのは、手首の痛覚でも脚に当たる冷気でもなく、耳障りな下卑た声だった。  
ボサボサの前髪から狂喜を孕んだ目が菊乃の姿を舐めるように捕らえている。  
 
「ヒャハハハハァ!怖くて何も喋れないだろ。今日はこの前の借りを返して貰おうと思ってな」  
 
下校途中、狭い路地に引き込まれ、何かの薬品を含ませた布を嗅がされ――菊乃の途切れた記憶が蘇った。  
「チッ!相変わらず動じませんってツラしやがって。少しはうろたえたらどうだ。そんな格好してんだぜ?」  
男がニヤニヤと指差す先には、スカートをはぎ取られ晒け出されているショーツと冷えきった脚。  
脱がされたスカート類は足元の床に乱雑に置かれている。  
「儀式の再開といこうかァ…」  
「お前は誰だ?」  
恐れる様子も無く、菊乃はただ不機嫌に尋ねた。  
至って自然な口調が男の表情を一変させる。  
「草部だ!!お前ら生徒会に全てを潰された蜘蛛の会を忘れたとは言わせねぇぞ!!」  
「草部?……ああ、あのドブ虫か」  
「クッ!!…まあいい。強がってられるのも今のうちだ。そんなぶら下がったナリじゃ何も出来ないしな!」  
床上10cmに漂う菊乃の爪先を骨張った手が掴む。  
「泣いて許しを乞うなら優しくしてやるぜェ。オレは紳士だからなァ」  
草部は跪き、握った片足だけを横に持ち上げると、見せびらかすようにゆっくり脚を割り開いた。  
菊乃の慄く姿を堪能しようと顔を上げたが、眼鏡の奥からは変わらない侮蔑の目が草部を見下ろしていた。  
 
「――んな目でオレを見るんじゃねェェェ!!」  
足を放し立ち上がった草部の手が菊乃の頬に炸裂した。  
部屋の隅に弾き飛ばされた眼鏡が転がる。  
 
「泣け!!喚け!!すましてんじゃねェぞ、コラァ!!」  
 
左頬が赤く染まっても呻き声一つ上げない菊乃に草部が再び手を上げようとしたその時、壁の向こう側から誰かが叫んだ。  
 
『お巡りさーん!ここです!男の人が女の子を連れ込んでました!早く!』  
 
「なんっ…!!」  
元々高ぶっていた草部だが、思わぬ邪魔と警官が来るという言葉が草部の頭を混乱させる。  
慌てて自分の荷物を抱えると、菊乃に舌打ちし扉を押し開け逃げて行った。  
 
残された菊乃が開け放された扉を見ると、部屋の入口に同じ開盟学園の制服を着た男が立っている。  
その男は扉を閉めるとゆっくり菊乃に近付いて来た。  
距離が縮まるにつれ、朧気な輪郭がハッキリ見えてくる。  
男の姿は長身で細身、眼鏡をかけている以上に特徴と言えるのは、首から下げているノートパソコン。  
 
「スケット団…笛吹和義」  
『オレの名前を知ってるとは光栄だ』  
 
独特な音声合成ソフトの声が暗くなった部屋に響く。  
『偶然通りかかったら声が聞こえた。何とか無事みたいだな』  
「助かった。恩に着る」  
『助かった?本当に?』  
鼻で笑うような電子音がカタカタと続く。  
 
『暗い密室に下半身を露出させて吊るされた女がいて、何もしない男がいると思うか?』  
「何?」  
『生徒会書記、浅雛菊乃。堅い言葉の割に可愛い下着はいてるじゃないか』  
「っ!」  
菊乃が短く息を飲んだ。  
スイッチの指が晒されたままのショーツに掛かる。  
腰骨に掛かる細い布地で指遊びを楽しむかの様に、伸ばし絡めたりするが剥そうとはしない。  
 
『愛称はデージー。生真面目で簡潔明瞭な性格に辛辣な言葉遣いが一部の生徒に人気』  
片手はキーボードを打ちながら、あてがう指は動きを止めない。  
『下着はピンクのストライプ…貴重なデータをありがとう』  
「卑怯者に礼を言われる筋合は無い」  
『卑怯か。じゃ卑怯ついでにもう一つデータを取って置こうか』  
スイッチは弄っていた指をゴムから放し、とショーツの上をツツーッと滑らせていく。  
 
『……感度はどんなモンか、な?』  
 
布を辿っていた指が太腿に遮られた。  
それ以上の指の侵入を防ごうと、強張った太腿がピタリと張り合わさって精一杯の努力をしている。  
『可愛い真似をする。でも』  
スイッチの爪が円を描くように突き当たりの三角部分をやわやわと撫ぜ上げる。  
「うっ…」  
『感度は悪くないようだ』  
 
その後も無理に入り込ませる事をせず、微かな刺激をジリジリ与え続けるうちに、菊乃の体に変化が現れた。  
息は荒くなり、冷たかった脚は朱に染まり汗ばんでいる。  
強固だった太腿の締まりは時折指の動きにあわせてモゾモゾとずれているが、スイッチは無視して弄り続けた。  
『気持ちいい?』  
「……」  
『湿ってきた』  
「……自然現象だ」  
『こんなに濡れてても?』  
無防備になっていた太腿の隙間から指をねじ込み、隠されていた秘所をショーツ越し激しくしごいた。  
「んああああっ!」  
『……可愛い』  
 
クチュ、クチュ…と菊乃に聞こえるような音を立てて手を蠢かすと、歯を食いしばり耐えていた菊乃の口からも短い喘ぎが漏れだした。  
吐き出す息の感覚が短くなる。  
「っ…んっ」  
一際高い嬌声が、その時が近い事を教える。  
 
しかし、忙しく動いていたスイッチの手はそこで止まり、太腿の間から引き抜かれた。  
「……」  
無言で動向を見る菊乃を横目に、スイッチは部屋の隅に歩いていった。  
弾き落とされた菊乃の眼鏡を拾い、それを元の場所に掛け直す。  
「どういうつもり?」  
不鮮明だった視界が鮮明になり、菊乃は自らに悪戯した相手の顔を至近距離で見ることになる。  
『十分データが取れたんでね』  
頭上でブツッと鈍い音がし、菊乃の体が吊るされていたロープから解放される。  
倒れ込もうとした体をスイッチが支え、ゆっくり床に降ろした。  
 
縛られた跡を擦る菊乃の脚に放られたスカートを掛けると、スイッチは何事もなかったかのように踵を返し扉を開けた。  
去り際に振り返り、カタカタと指を鳴らす。  
 
『続きがしたいなら、いつでもどうぞ』  
「……誰が」  
 
合成音じゃないため息が漏れ、扉が閉まる。  
 
「理解……不能」  
 
 
 
 
終わり  
 
 

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