「二人とも、お待ち兼ねのモン持ってきたで」
「おお!サンキュー!」
今日は2月14日。
日本中のあちこちで、そわそわと落ち着きのない男女が一番多いであろう日、バレンタインデーだ。
スケット団の部室でも、授業を終えた三人が集まり、紅一点のヒメコが持ってきたチョコを貰うところだった。
「スイッチはカカオ99%のヤツやったな」
『ああ。ありがとう』
「ゲェー!!おめーそんな苦いの、よく食べられるな」
「そういうボッスンは味覚がてんで子どもやん。
はい、こっちがボッスン希望のミルクたーーっぷり甘々チョコや」
「う…いいじゃねーか。チョコってのは甘いモンだろ!」
『 ( ´д)ヒソ(´д`)ヒソ(д` )』
「うっせぇ!!普通に言われるよりムカつくからやめろソレェェ!!」
無表情に視線だけをこっちに寄こしながら、スイッチが机上のパソコンに指を走らせる。
ボッスンは、その傍らに置かれた紙袋を指差し主張を続けていた。
「何がムカつくって、こいつが何気にチョコをたくさん貰ってるのも許せねえ!!」
「それ関係ないやん」
「だって、あの紙袋に入ってんの全部チョコだぞ!!あと今日に限ってやたら眼鏡外していやがったのも納得いかねえぇぇーー!」
色とりどりのラッピングをされたチョコが溢れんばかりに入った紙袋を抱え、スイッチがVサインをしてみせる。
煽りに興奮するボッスンの肩を、ヒメコはなだめるように慣れた手つきで軽く叩いた。
「はいはい。で、ボッスンは何個貰ったん?」
「…………クラスからのと、ヤバ沢さんにロマン……」
「何や結構貰ってるやんか」
「…………お前から……」
「…………」
「……以上」
「あ。あーー……〜〜あれや!バレンタインチョコなんて数ない!
数やのうて中身や!どんだけ気持ちが込もってるか、っちゅうんが大事やで」
『そうだよ。数なんて関係ないよ』
「お前が言うな!!」
子どものように半ベソをかき、ボッスンが不貞腐れていると、外からコンコンと部室の窓をノックする音がする。
やがて開けられた窓からモモカが顔を出した。
いつも側にいる舎弟達の姿は見えず、手には可愛らしく包装された小箱を握っている。
「ちょっ……モ、モモカ?!その手に握ってんのは、も、もしかして俺に――」
「何勘違いしてるんだい。これは姉さんの分だよ」
クイッ、クイッ、と自らを指差し懸命にアピールするボッスンをあっさり受け流すと、モモカは照れながらヒメコにチョコを渡した。
「アタシに?」
返事の代わりにコクンと頷く姿は、まるで恋する乙女の様だ。
ヒメコは真っ赤に頬を染めるモモカの頭を撫で
「あんがとな、モモカ」
と笑みを返した。
『そういや小耳に挟んだんだが』
しばらく微笑ましいやり取りを見ていたスイッチの手が、キーボードを忙しく叩き始めた。
『ヒメコも女子から幾つか貰ったそうだな』
「何だそれ、初耳だぜ?」
スイッチの発した意外な事実に、ボッスンがぐるんとヒメコを振り返る。
詰め寄ってくるボッスンを両手で防ぎながら、ヒメコはやや気まずそうに視線を逸らした。
「ホンマ情報早いなー。……まぁボチボチやて」
『確か12個貰ったはずだ』
「!!!!」
ガクーン、と膝や両手を床に着き、うなだれるボッスンの周りを、サイクロンを振り上げたヒメコが
「折角立ち直ったトコやったのに!」と叫びながらスイッチを追い回している。
「……ボス男!スイッチ!」
2、3周回った所で、黙って見ていたモモカは、制服のポケットから小さな物体を2個取り出すと、それを二人に投げた。
上手くキャッチしたボッスンが掴んだ物体をまじまじと見ている。
「ペロキャン……のショコラ味?」
「つ、ついでだよ。姉さんのお釣りで買っただけだからね!」
‘ついで’で買ったと言う割りには、ご丁寧にも柄の部分にリボンが結ばれている。
「へえー、こんな味もあったんだな」
『ペロキャンのショコラ味は期間限定販売、競争率が非常に高いレア物で有名――』
「う、うるさいよ!!いらないなら今すぐ返しな!!」
「いやいやいや。サンキュー、ありがく貰っとくぜ」
『貴重なレア物だから家に帰ってじっくり味わうよ。ありがとう』
嬉しそうに受け取る二人に、モモカの表情も穏やかな笑顔に変わっていった。
夕日が赤く照らす土手沿いに、似た長さの影が二つ伸びている。
先を進む軽快な片方とは対照的な、トボトボと遅れて歩く片方に、前を歩いていた影の主が声を掛ける。
「いい加減元気だしぃな。早く歩かんと日が暮れてまうで」
「元気って、オレが?ちがっ、違げーよ!落ち込んでなんかいる訳ないじゃん。……ホントに!元気元気!
数なんて気にしてないし。そもそもこんな地味なオレが、バレンタインデーなんて晴れやかな舞台に立とうとしたんがー―」
「……」
早口で捲し立てる卑屈モードをヒメコに黙って見透かされ、ボッスンはしおしおと縮こまる。
「――分かっちゃいるけど男には勝負時ってモンがさァ……そうだ!!ヒメコ、チロルチョコでいいから20個オレにくれよ!」
「はぁ?!」
突拍子もない提案をしたボッスンの目は、名案!とばかりに輝いている。
即座にツッコもうとしたヒメコも、これにはただ呆れてしまった。
「あんなぁ……アタシがあげたチョコの中には、じゅうっぶん、手作りっちゅう愛情が込もってんねんで?」
「おまっ、愛情とか真顔で恥ずかしくないのかよ」
「誰のために言うた思ってん!!」
あまりにさり気なく言われたので聞き逃しかけた言葉に、ボッスンが歩みを止め、先程ヒメコから貰った包みを取り出す。
リボンを解き片手に余る大きさの箱を開けると、ペーパーナプキンを敷かれた中にハート形のチョコがギッシリ入っていた。
「すっげーー!!これ全部お前が作ったのか?!」
「そんな大したモンやないで?」
ボッスンは一つ掴むと勢いよく口に放り込む。
「うまあぁぁ!!ビバゲーん時の親子丼も美味かったけど、これもうめーよ!!」
「せやろ!……ま、チョコ溶かして固めただけやけどな。でもスイッチのカカオ99%は流石に作れんかったわ」
次々と美味そうにチョコを頬張っていくボッスンだったが、勢いよく食べ過ぎたせいか口の周りに茶色いヒゲが出来てしまった。
「あ〜もう、口んとこチョコ付いてんで。本当に子どもみたいやな」
ヒメコは自分のハンカチを出すと、問答無用で顔に付いたチョコを拭いだした。
自分でやるから、とハンカチを奪いかけたボッスンを、ええからじっとしとき、とヒメコがいなす。
「くれくれ言うても、こんだけ食べたら満足やろ。……あん時のボッスンやったら幾らでもあげたるけどなァ。
よっしゃ、綺麗になったで」
「あん時??」
突如投げ掛けられたヒメコの言葉に、チャンスとばかり記憶を辿るが、いくら考えてもボッスンには思い当たる節が無い。
答えの出ないボッスンにヒメコがニッと笑って言った。
「チビボッスンや」
「?…………あ」
以前、スケット団顧問のチュウさんが作った薬でボッスンが子どもの姿になってしまった事があり、ボッスン本人にとっては忌まわしい思い出なのだが、確かにあの時ヒメコのテンションは上がりっぱなしだった。
「アレも同じオレじゃねーか!!」
「ぜんっっぜん違う!!!!」
否定と言うより絶対的断言に近い。
「どこが違うってんだ?……でもオレの子どもが産まれたら、あんな感じかもしれないぜ」
「まんま小っこいボッスンやったもんな」
これっくらいやったで、とヒメコが自分の腿の辺りを手で示す。
「あ〜ホント可愛かったわぁ〜〜。あんな子が側におったら、お散歩行って公園で遊んだり、おやつ作って食べさせたり、抱っこして頬にスリスリしたりするで」
「バ、バカ!!恥ずかしいだろ!!」
あの時は小さくなった状況を受け止めるのに精一杯で深く考えなかったが、ヒメコに頬ずりされたという事実と感触をボッスンは思い出していた。
ついさっきまで口許に触れていた、意外に細い指の感触がオーバーラップする。
ボッスンの狼狽えぶりに「だから」と言いかけたヒメコも、つられて押し黙ってしまった。
(違う!!違うだろ!なに想像してんだよオレは!!)
(なんで急に黙ったりすんねん。焦りすぎや…………こっちまで変な感じになるやん……)
顔を見合わせた気まずい沈黙が続く。
グウウゥ〜〜〜〜
高低のある唸り声のような間延びした音が、二人の間に流れていた空気を一変させた。
「あ……オレ…なんか腹が減った…みたい」
「はああっ?!おのれは悟空か!!」
止まっていた時が再び動き始めたように、怒りと呆れの混じったヒメコのツッコミがボッスンに炸裂する。
ただ、叱ってる方も叱られている方もやけに赤くなっているのは、傾いた夕日の所為だけではないようだ。
「ヒメコ、たこ焼き食いに行くか!」
「まだ食べるつもりなん?そんな食べたらボッスンやのうてドッスンになるで」
「いいから行こうぜ!あー腹減ったー!」
「しゃーないなぁ……ボッスンの奢りな」
「うぇ?!」
走り出した二人の後ろに長く長く影が伸びる。
いつもと同じ冬の寒空は、春が近づいた少し暖かな夕焼けの色に包まれていった。
(終)