閉められたカーテンの隙間から、橙色を含んだ光が差し込み、壁に線を描いている。
静けさの漂う部屋に、電子音で演奏されるクラシック音楽が軽やかに鳴り響く。
部屋のの隅に置かれたベッドの布団が、もぞりと動き、音を聞き止めた女が顔を覗かせた。
まだ完全に目覚めていないのか、寝返りを打つと腕だけ頭上に出し、枕元に置いてある音源を、目を閉じたまま手で探る。
振動する固まりに指が触れ、そこで女の意識は完全に覚めた。
音を鳴らし続ける携帯を手に取りアラームを解除すると、部屋は再び静まり返る。
この部屋の主である男はまだ隣りで寝息を立てていた。
時間を確認すると『16:00』を表示している。情事を終え、二人して暫く眠ってしまったらしい。
以前にも寝こけて失敗した事があり、それ以来アラームをセットするように心掛けていたのが役立ったようだ。
寝過ごさずに済んで安堵した女は、布団からそっと抜け出し、ベッドから降りた。
床に脱ぎ散らばった下着を拾うと、次々と手早く身に着けていく。
温もりが残る身体に冷えたキャミソールがピタリと吸い付き、女は軽く身震いする。
ブラウスに伸ばしかけた手を、寝ていたはずの男の手が引き止めた。
「もう帰るのか?」
「ええ、そろそろ戻らないとお琴の稽古がありますから」
肩越しに振り返ると、女は男の手にもう片方の手も添え、微笑んだ。
「また明日会えるじゃないですか、会長」
「まーな」
肯定したものの一向に手を離す気配は無く、逆に女の手を引っ張り、ベッドの縁に座らせてしまう。
起き上がった安形は、そのまま女の背後に移動し、もたれかかるように抱きしめてきた。
引き締まった腕を前に回すと、丁度手の位置にある豊かな膨らみをブラジャーの上から弄ぶ。
白磁器の様に滑らかな双丘は、安形が手を捏ねる度に形を淫らに変え、上品なレースを施されたブラから今にも溢れ出そうだ。
「つーか、まだ学校じゃねぇし惣司郎でいいだろ、美森」
乳房を堪能する手つきに合わせ、聞き慣れた声が耳に甘く掛かる。
「んっ……惣司郎さん、いい加減にしないと……お家の方が帰ってきますよ」
耳朶から首筋に唇を這わせ、尚続けようとする安形の手を、丹生はやんわりと押し戻した。
丹生にしても名残惜しくはある。
だが、このまま快楽に身を委ねると流されてしまいそうで自戒をしたのだ。
そんな丹生の気持ちを感じ取ったのか、それ以上深追いする気が無くなったのか、
「真面目だねぇ」と軽口を叩くと、安形は思いの外あっさり拘束を解いた。
解放された丹生は、取り損ねたブラウスやスカートを拾い、脱衣前の状態に自分を戻していった。
その間何をするでもなく、未だパンツ一枚で座っている安形に、丹生が「風邪を引きますよ」と、脱ぎ捨てられていたシャツを渡した。
「後でシャワー浴びるから、このままでいいわ」
「無精しちゃ駄目ですよ」
‘後’がいつになるか分からない事を考慮した丹生は更に念を押す。
「明日は大事な大会ですから、ちゃんと着て下さいね」
大会を引き合いに出されては拒否する事も出来ず、安形も渋々シャツを受け取る。
服を全て着終えた丹生は自分のバッグから櫛を取り出すと、ベッドに戻り仕上げに下ろしていた髪を結いだした。
「……大会といえば、惣司郎さん、わざと笛吹君に話しましたね」
「んー?」
とぼけているのか生返事のまま、シャツを着た安形はベッドを降り、ズボンに取り掛かっていた。
調子が出てきたらしく鼻歌で校歌を口ずさんでいる。
「あいつら似てっからな」
答になっていない上、誰と誰を指しているのか言わなかったが、丹生も敢えて訊かず、
『貴方もよく似ていますよ』と心の内にとどめた。
ズボンのチャックを閉め校歌の最終フレーズを歌い切った頃には、丹生の帰宅準備も完了していた。
「嬉しそうですね」
「そう見えるか」
「はい。とっても」
そう表現した丹生の方が顔をほころばせている。
安形は目を細め、己の頭を掻いた。
「士気は揚げとかねーと面白みに欠けるだろ」
肩にかかる丹生の髪を愛撫するように指で梳く。
心地良さに丹生が頬をもたせると、安形の顔が近付き二人の唇が合わさった。
ゆっくり離れた安形の表情は、いつもの飄々としたものに戻っている。
「全力で楽しんでこそのイベントって事で、見逃してくれや」
「それでは私も、明日は気合いを入れなくてはいけませんね」
投げられた賽がどんな波紋を描くのか。
安定よりも未知への期待を選び、胸を踊らせる。
決戦前日
終