「ん…、ぁあ…っ」  
 
 
 
−何で、こんなことになってんだ??  
 
 
 
目の前で揺らめく女の身体を抱き留めながら、オレは改めて思案を巡らせた。  
夕暮れの部室に、向かい合って座る男女が一組。  
一見すれば、女が男に跨がるようにして抱き合う光景。  
生徒会のあの野郎が見たら、どんな苦言を呈されるものか分からない。  
いやいや、この状況がバレてしまえば苦言どころでは済まないだろう。  
 
「ぁあ…っん、ボッスン…ッ」  
 
女が自ら身体を上下させ、その度に下半身からは淫らな水音が響いた。  
そう、スカートに隠されたその下で、オレ達は繋がっていた。  
というよりオレは、この…  
 
大切な仲間のはずのこの女、鬼塚一愛に、襲われていた。  
本来なら、立場が逆になるのものだろうが。  
これ以外に、表現のしようが無かった。  
 
話は、数時間前に遡る。  
『悪いがオレは今日はもう帰らせてもらう』  
「お?早いな。何か用事か?」  
『今日はあきはb…。大事な用があるからな』  
「秋葉原やないかい!!」  
「お前一昨日も行ってただろ!  
『大事な用事があるのでね、はっは』  
「黙れニセおとん!!」  
 
 
「ふぁ〜あ。依頼もないし、今日は暇だな」  
「せやな。最近はヤバ沢さんとこのイエティも逃げ出せへんみたいやし、結城さ  
んも入り込んで来ぇへんし」  
「それはそれで嫌だけどな…」  
「そんなわがままばっかり言うてたらあかん!ガーン行くでェ!!」  
「何でだよ!!!」  
 
「あーあ、しっかし暇だなぁ」  
「最後に依頼来たん、いつやった?」  
「最後はアレだよ…。ほら、あの…。OKOKT作戦!」  
「…何やの?そのセンスのない作戦名は?」  
「うるせー!要はアレだよ、『オレがカノジョをオソってカレがタスけに来る作  
戦』だ!」  
 
「…あぁ。」  
「…何だよその微妙な顔」  
「何だよ、やあれへん!あん時のカレも同じくらい微妙なカオしとったわ!」  
「そ、そんなことねーよ!?ナイスアイディアじゃねーか!!」  
「ベタな小芝居とアフロがか!どこがやねん!!」  
「そのベタさがいいんだよ!」  
「結局ボツったやないかい!!」  
 
「……………。」  
「………。」  
 
しばしの沈黙の後、畳に寝転んでいたボッスンはヒメコに背を向けて黙り込んでしまった。  
 
「…ボッスン?」  
「いやね?どーせオレの考える作戦なんて底が浅いっつーか…  
むしろオレの底が浅いっつーか、…な?」  
 
(あかん!言い過ぎたんか!?卑屈モード入ってもた!!)  
「そ、そぉんな事は、ないでぇ??」  
「…目ェ泳いでんぞ」  
(しもた!墓穴掘ってもたー!!)  
 
完全に卑屈モードに入ってしまったボッスンは、明らかに動揺しているヒメコに一瞥をくれると。  
その卑屈なジト目をしたまま、再び背を向けてしまった。  
 
「…ちゃ、ちゃうちゃう!アイディアは良かってん。けどな、捻りが足らんかったんと違う?」  
「…捻り?」  
「そうや。いくらええアイディアでも、練り込みが足らんかったらあかんねん」  
「…そういうモンか?」  
「そうや!やから今回は失敗してもーたけどな、この失敗を次回に生かしたらええねん!」  
「そ…、そうか。そうだよな!」  
 
(…よっし、微妙で得意気な顔になってきた!後一押しや!)  
 
先程まで卑屈な顔で寝転がっていたボッスンは、微妙で得意気な顔をしながら上半身を起こしていた。  
更に一押しするため、ヒメコは畳の縁に座ってボッスンの手を取った。  
 
「やから、な。次来るかも分からへん依頼のために、作戦練り直すってのはどうや?」  
「おぉ…」  
 
駄目押しに、取った手を握りながら言葉を続ける。  
「それでこそ、スケット団やないの?」  
「そ、そうだよな!流石はヒメコだぜ!!」  
 
(…ほんま、単純やなぁ)  
 
完全に身体を起こし、完全に得意気な顔をして、ヒメコの手を握り返すボッスン。  
そのやっぱり微妙な顔を見ながら、ヒメコは内心独りごちた。  
 
「まずポイントは『彼女のピンチに彼が助けに来る』なんだよな〜」  
「せやな。けど人目につく所やと、勘違いしたヤツがしゃしゃり出てきたりするかもなぁ」  
「ああ、椿とかマツ毛野郎とか副会長とかな」  
「全部一緒やないかい!!」  
 
「つっても、ピンチに颯爽と登場!ってのも難しいモンだよなぁ」  
「そうなん?」  
「だってよぉ、ベッタベタでバレバレな芝居だったら逆効果だぜ?」  
「…アフロ使わんで、浪漫おらんかったら何とかなるんちゃうか」  
「アフロの悪党!斬新だろ?」  
「バレバレやボケェ!!」  
 
本気で納得行かないらしく、ボッスンは不満気な顔を見せながら腕組みを始めた。  
「とすると…、ん〜…。リアリティを持たせながらも、人目につかないように、ってことだよな…」  
「そんなら、誘拐ってのはどうや?彼氏にメールでもして、助けに来させんねん」  
「ん〜…。発想は悪くねぇけど、フリとはいえ誰かを拘束ってのはなぁ…」  
 
(お、真面目に考えとる…)  
先程までの微妙な表情は消え、ボッスン真剣な面持ちで集中し始めていた。  
 
急に様子のおかしくなったヒメコを、何とか宥めようとボッスンは言葉を続けた。  
「だからさ、機嫌直してくれよ?何なら帰りにペロキャン買ってやるから!」  
 
 
…コイツは。  
アタシのことを子供とでも思っとるんか…!?  
誰のせいや思ってんねん…!!  
 
 
胸が痛み続ける理由が分からない。  
自分の中が、急にぐちゃぐちゃになってしまったようだ。  
きっと、目の前のコイツも理由なんて分かりっこないのだろう。  
だからこそこの苛立ちを、ぶつけたくて仕方がなかった。  
 
 
「何でもいいんだぜ?たこわさ味とシメサバ味なんてどうだ?」  
「いらん」  
「…なあ、どうしたんだよ?もしかしてレバニラ味の方が良かったか?」  
 
 
−どん。  
 
 
返事の代わりに、ボッスンの身体を突き飛ばす。  
突然のことにバランスを崩して背後に転倒したボッスンは、  
「ぶぁは!!」などと叫びながら、後頭部をしたたかに打ち付けている。  
 
ヒメコはその隙に靴を脱いで畳の上に上がると、無言のままカーテンを閉めた。  
 
「ちょ、コラ!いきなり何すん…!」  
 
ボッスンが後頭部に打撃を受けて悶えていた間に。  
ヒメコは仰向けのボッスンの上に跨がっていた。  
カーテンに夕日を遮られ、薄暗くなった部室。  
僅かに漏れる光が、ボッスンを見下ろすヒメコの顔を照らす。  
しかしその表情は、ひたすらに冷たかった。  
 
「え、えーと…。ヒメ、コ…?怒ってんのか…?」  
 
跨がられたボッスンは、緊張で一段と微妙な顔をしている。  
突然のことに、状況が理解出来ていないのだろう。  
もしかしたら、殴られるとでも思っているのかもしれない。  
あるいは「味のセレクトがマズかったのか?」とでも。  
いつも感情の起伏が激しいヒメコが、無言で無表情とあっては尚更だ。  
 
「…女の」  
「……?」  
 
「女の気持ちも分かってへんから、あんな作戦立てんねんやろ…?」  
「…お、おい?」  
 
変だ。絶対に変だ。  
まるで別人のように、低く掠れた声で呟くヒメコ。  
嫌な予感がする。それなのに身体が動かない。  
これは、まるで−  
 
 
「…なら、アタシが」  
 
「襲われ方、教えたるわ」  
 
 
そう言って、薄く笑う。  
その冷たい微笑は、かつての『鬼姫』の顔そのものだった。  
 
「ちょ…っ、オイ!いきなり何言ってんだよ!?」  
「…ええやん。悪いようにはせんから」  
 
そう言いながら、ボッスンの首筋に指を這わせる。  
その指をそのまま下ろし、制服のボタンに手を掛け始めた。  
 
「な、なぁ…。冗談なら止めろよ、ヒメ…」  
「やかましいわ。黙っとれ」  
「むぐ…ぅ…!!」  
 
伸ばした手で、そのまま胸倉を掴むと。  
顔を近付け、唇を塞いだ。  
 
「ふが…、む…!!」  
 
空いた手をボッスンの首の後ろに回し、動きを封じる。  
角度を変えて更に深く口付けると、僅かに開いた唇の間から躊躇うことなく舌を差し込んだ。  
 
 
「!!!」  
 
−ぴちゃ…、ぴちゃ…っ。  
−バタッ…、バタン…!  
 
 
(コイツは、ホンマに…ッ!!)  
舌を差し入れた途端、出せなくなった声の代わりに足で畳を叩き始める。  
どこまでも抗うその様に、ヒメコは更に怒りを覚えた。  
 
完全に動きを封じてしまおうと、全体重を掛けて身体を密着させる。  
その上で、わざとらしく音を立てて舌を絡める。  
どうにか身を剥がそうと、ボッスンの手がヒメコの身体を押し上げようと動いていたが。  
たいした力の篭っていないそれは、ヒメコの気にも留まらないものだった。  
 
抵抗する手が止まった後も、しばらく深い口付けを交わす。  
ようやく唇を離してやると、ボッスンは意識を手放しかけたような、呆然とした表情をしていた。  
 
「ぶはぁっ!!?」  
そして、素っ頓狂な声を上げた。  
 
(まさか、コイツ…)  
 
「はぁ、はぁ…っ、ゲホッ!うぇへっ!!」  
心なしか、顔が青いようにも見える。  
 
 
(…息、してへんかったんか…?)  
 
「…ぜっ、は、ぅおふ…っ!」  
 
空気を求め、目を白黒させるボッスン。  
あまりの様に、怒りを覚えていたはずのヒメコまでもが呆気に取られていた。  
 
しばらく経ってようやく呼吸が整ったのか、おもむろに口を開く。  
 
「なぁ、ヒメコ…。頼むから、どいてくれ…」  
「イヤや」  
 
「暑苦しーんだよ!それに重てーし!!」  
「…そうか。ならイヤや」  
 
「重い」という単語に、思わずビンタを喰らわせてやろうかとも思ったが。  
何とか堪えて、申し出を却下した。  
 
 
「クソ重いのでどいて下さい。姉さんお願いしま」  
「ええかげんにせんかいハゲェ!!」  
 
 
バチーン!!  
 
 
堪えたのも束の間、次の瞬間にはビンタを喰らわせていた。  
 
「ってーな!何するんだよ!!」  
「お前がふざけくさったことばっか言うからやろ!!」  
「それは、お前が変なことばっかするからだろ!!」  
「…ほぉ、そうなんか?」  
 
 
−やべぇ。  
 
 
「重い」よりもずっと大きな地雷を踏んだ。  
そのことに、流石のボッスンも今回ばかりは気付かざるを得なかった。  
 
更なる重みと温もりを伴って、ヒメコが身体を密着させてくる。  
嫌が応にも、ヒメコの胸と身体の感触を感じてしまう。  
それを知ってか知らずか、ヒメコはボッスンの耳元に唇を寄せ、囁いた。  
 
「…言ったやろ?襲われ方を教えたる、って」  
 
 
−や、やべぇ。本当にやべぇ…!!  
 
 
呼吸の出来なかった先程とは違い、今なら全力でヒメコを押し退けることも出来るはずだ。  
しかし、それはもう不可能に思えた。  
 
「もっと変なこと、これからしたるわ」  
 
これから行われる行為への期待からか、下半身に血液が集まっていくのを感じていた。  
 

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