「あ、うー・・・ん」  
 一冊の台本を手に、キョーコはじっと考え込んでいた。  
 待望の、ドラマの仕事。主役でこそないけれど、主役の親友でありながら恋のライバル役として暗躍し、ドラマを支える重要な役だ。  
 重要な役、なのだけれど・・・。  
(分かんないなぁ・・・)  
 キョーコが演じる『親友兼ライバル』は、最初のうちこそ真剣に主役を応援するのだが、たった一度、主役の恋人と一夜を共にすることで立場がガラリと変わってしまう。  
 表面上は以前と変わらず親友として振る舞いながら、影では陰険な策謀を張り巡らし、何度となく主役を裏切っていくのだ。主役の恋人を、奪い取るために。  
(どーして、たかが男のことでここまで必死に・・・)  
 ―――と、そこまで考えて、少し前までの自分を思い出した。  
 高級マンションでの尚との生活を維持するために、馬車馬のように働いて。  
 尚に裏切られ、復讐を誓い、憎悪のままに芸能界まで追いかけてきて。  
(―――まさしく必死、だったわね)  
 けど・・・と、キョーコは小さくため息をついた。  
(あの頃は親友なんていなかったから、どこまでも必死になっていたけど。もし、モー子さんみたいな親友がいたら・・・)  
 それは無意味な仮定だった。そうと知りながら、キョーコはさらに想像する。  
 もしあの頃、モー子さんのような親友がいて、それが尚の恋人だったとしたら。  
(私・・・身を引いてたんじゃないのかな)  
 パラパラと、台本をめくる。  
 『親友』が吐き出す、綺麗な言葉が目に止まって、キョーコは無意識にそれを口にしていた。  
「・・・『私たち、親友でしょ? いつだって応援してるに決まってるじゃない』」  
 それは間違いなく本音だったはずだ。たった一晩の過ちを犯すまでは。  
 それが、キョーコには理解できない。  
 その一夜は、シーンとして存在し、台本にも書かれている。キョーコにとってはじめてのベッドシーンだ。  
 キョーコはさらにペラペラとそのページまで台本を進めて、台詞やト書きに目を通す。  
 
(・・・わっかんないなぁ)  
 大切な親友を裏切ってでも男を手に入れようとする、そのきっかけ。  
 ここを理解できなければ、キョーコが『親友』役を演じることはまずできないだろう。  
 なのに、何度台本を読み込んでも、それがさっぱりわからない。  
(大体、なんでこの男は、彼女がいるってのに他の女とそうなっちゃう訳? どう考えても、この男のいい加減さが一番悪いんじゃない!)  
 こんな男に惚れこんで親友を裏切るだなんて、今のキョーコには信じられないことだ。  
(あー、もうイライラする! 主役もこんな男、さっさと振っちゃえばいいじゃない!)  
「―――すごい形相だな」  
「!」  
 唐突に至近距離に現れた男の顔に驚いて、キョーコは座っていたソファごと一瞬で壁まで後退した。  
「・・・・・そこまで露骨に逃げなくたっていいだろう」  
「つ、敦賀さん! お、おはようございます! ・・・すいません。私、急なことで驚いちゃって・・・」  
「おはよう。・・・いや、珍しいと思ってね。君が事務所でじっとしてるなんて」  
 いつも忙しく走り回っている印象があるから、と小さく付け加えて、敦賀蓮は静かに微笑む。  
「今日は、ラブミー部で?」  
「あ、いえ。その・・・新しいお仕事いただいたんで、今日はその台本をもらいに来たんです」  
「へえ、良かったじゃないか。・・・ああ、台本ってこれ?」  
 キョーコが手にしている台本をさり気なく奪い取って、蓮は表紙を確かめ・・・軽く目を見張った。  
「これ・・・月ドラの?」  
「あ、ご存知なんですか?」  
「知ってるもなにも・・・君、キャスト欄も確認していないのか?」  
「へっ?」  
 蓮の言葉の意味がわからず、キョーコはきょとんと目をしばたかせる。  
「・・・俺もね、台本をもらいに来たんだよ。このドラマの」  
「え・・・じゃあ、まさか!」  
 強烈に嫌な予感がして、キョーコは蓮の手から台本を素早く奪い返した。  
 
 そこに・・・確かに、敦賀蓮の名前があった。―――主役の恋人役として。  
(う・・・そおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!)  
「うちと懇意のスポンサーだから、LMEからの出演が多いとは聞いていたけど・・・驚いたな。まさか君までキャスティングされているとは」  
「わ、私も、まさかこんな形で共演することになるとは・・・」  
 真っ青になって固まったキョーコを見下ろして、蓮はあきれたようにため息をつく。  
「何もそこまで嫌がることはないだろう。同じ業界にいる以上、こういうことはこれからも何度だって・・・」  
「あ、いえ、共演させていただけるのは光栄なんですけど!」  
「けど?」  
「けど・・・その、なんか申し訳なくて」  
「申し訳ない?」  
 キョーコの言葉に、蓮はますますいぶかしむような目になる。  
 この、敦賀蓮という男は、こんな顔ですら妙な迫力を持っていて、ごまかすことを許さない雰囲気だ。  
 キョーコは指先を胸の前でつつき合わせながら、ちらちらと気まずそうに蓮を見上げた。  
「あ・・・実は、そのぉ・・・」  
 
「ベッドシーン、か」  
 斜め読みで台本を読み進めながらキョーコの話を聞き終えた蓮は、真剣な目をキョーコに返した。  
「そうだな・・・俺は男だから女性の気持ちは分からないけど」  
「あ・・・ですよね。すいません、変な話しちゃって」  
「変じゃないだろう。共演者と台本についてディベートするんだ。大切な仕事の一環だよ」  
「・・・そっか。そうでした。すみません」  
 仕事、という言葉が蓮の口から出たとたん、キョーコはしゃきっと背筋を伸ばす。プロとして仕事をする以上、蓮とキョーコは同格でなければならない。  
 今は先輩に甘えて相談する後輩、ではないのだと、キョーコは自分に言い聞かせた。  
 
「話を戻すけど、いいかな?」  
「はい。お願いします」  
「ああ。男女の感じ方の違いというのは確かにあるし、俺には女性の心理なんて想像するしかないけど  
 ・・・そういう性差をちょっと脇においておくなら、俺はこの『親友』の気持ち、分かるような気がするよ」  
「・・・分かりますか?」  
「ああ。『親友』は、この時がはじめてだったんだろうな。その経験が彼女にとってかけがえのないものになった。  
 そのかけがえのないものを守るために、彼女は暴走したんだろう。  
 ・・・その『かけがえのないもの』が、例えば『友情』だったら? 『仕事』だったら?  
 君も俺も、それを守るためならなんだってできるタイプの人間だと、思わないか・・・?」  
「あ・・・」  
 そうだ。  
 モー子さんとの友情を守るためなら。  
 仕事を完遂させるためなら。  
 より良い芝居をするためなら。  
「確かに私・・・なんだってするわ・・・」  
 たとえそれで誰か他人を傷つけることになったとしても。  
 自分の大事なもののためなら、どんなに醜いことだって。  
「納得した?」  
「え・・・あ、多分・・・」  
「・・・すっきりしないって顔だね。まだ何か引っかかる?」  
「はい。その・・・小さいことなんですけど」  
「うん。何でも言っていいよ。この際、ここできちんと役を理解してしまおう」  
「あ、ありがとうございます」  
 あのですね、と、きゅるんとした無邪気な目でキョーコは蓮を見る。  
「あの、今ひとつすっきりしないのは、きっかけのことなんです」  
「きっかけ?」  
「だってその・・・きっかけって、ここですよね。この・・・ベッドシーン」  
「・・・ああ」  
「これが分からないんです」  
「分からないって、何が?」  
 
「だから、一晩一緒にいただけで、それが『親友』にとってかけがえのないことになるとは思えないじゃないですか」  
「―――」  
 そこで、蓮の時間が凍りついた。  
(まさ、か・・・)  
 嫌な予感がした。  
「まさかその、知らないのか? その、そういうこと・・・」  
「やだ! 敦賀さんったら、いくらなんでも私だって知ってますよー!」  
「あ、そ、そうか・・・良かった。それを説明するとなったらどうしようかと・・・そうだよな。君だって不破と―――」  
 言いかけて、蓮は自分の言葉にどうしようもない不快感を覚えた。口元を手で覆い、そのままゆっくりと息を吐き出し感情を殺す。  
「? どうしたんですか、敦賀さん」  
「いや、なんでもないよ?」  
 次の瞬間、蓮が浮かべたのは爽やかな笑顔だった。  
(怖いんですけど。その笑顔・・・)  
 何か薄ら寒いものを感じながら、キョーコは改めて台本に目を向けた。  
「でも、やっぱりわかんないんですよね。そんなことがきっかけになるなんて、想像つかないっていうか・・・」  
「どうして? 慣れているならそうだろうけど、彼女は初めてだったんだよ?」  
「・・・・・・そんなに『初めて』って大きいもんですか?」  
「俺に聞かれてもな・・・。そこはさすがに、女性と男性じゃ感じ方も違うだろうし、君が自分の時を思い出してみた方が―――」  
 ・・・と、また自分の言葉に吐き気がした。再び口元を手で覆って、そのまま言葉を飲み込む。  
 一方キョーコは、台本を見下ろしたまま動かない。ちらりと蓮が表情を伺うと、しゅんと落ち込んだ様子で台本を目で追っているようだった。  
(・・・?)  
 その表情に、違和感を覚えた。  
 てっきり不破のことを思い出して怒り狂うか、昔の情事を思い出して頬を染めるかすると思っていたのだが、キョーコは何故かただひたすら落ち込んでいるだけだ。  
 
「あの・・・敦賀さん」  
「・・・何?」  
「こんなこと言うと、呆れられるかも知れないんですけど・・・私・・・ないんです」  
「なにが?」  
「だからその・・・そういう経験、ないんです」  
「え―――」  
「だから、想像するしかなくて・・・想像しても、分からなくて・・・」  
「―――」  
 驚いた。  
 本当に、心から、驚くことしかできなかった。  
「だって、君は・・・その、不破尚と」  
「そんな関係じゃなかったんです。言ったじゃないですか。あいつにとって私はただの家政婦。踏み台に過ぎなかったって!」  
 きゅ、と膝の上でキョーコは拳を握り締めた。  
 彼女の心を蝕む憎悪。  
 以前に比べればずっと軽くなっているとは言え、今でもあの男のやってきたことを思い出すと、怒りと憎しみで目の前が見えなくなる。  
「・・・なのに、私はあの男しか見てなくて。他の何かなんて知らなくて・・・だから、そんなこと、経験できるはずがないんです・・・」  
「・・・・・・」  
 二人の間に、複雑な沈黙が落ちる。  
 蓮は、しばらくじっとキョーコを見つめていたが、不意にすっと立ち上がってキョーコの目の前まで歩み寄った。  
 それに気づいたキョーコは顔を上げ、口元に苦笑いを浮かべる。  
「あ、は、はは・・・すいません。こんな事、言われても、どうしようもないですよね・・・」  
 無理に笑っている彼女を見て、蓮は苦しげに目を細めた。  
 かつて田舎で、手をつないで歩いていた頃の、あの幼くて純粋で、ただひたすら愛らしかった少女の面影が重なって・・・ひどく、胸が苦しい。  
「・・・どうしようもないことも、ないよ」  
「え・・・」  
 座ったままのキョーコの肩を、軽く抑えた。  
「あ、あの・・・つ、敦賀さん?」  
 驚いて目を丸くする彼女を無視して、片膝をソファに乗せ、顔を彼女の耳元にそっと近づける。  
 彼女の体が後退しようとするのが分かった。けれどソファの背もたれと蓮の体がそれを拒む。  
「―――経験、してみる?」  
「!」  
 そっと首筋をなでただけで、キョーコの体が軽くはねた。  
 
「な、なにを・・・」  
「君は、経験則に基づいて芝居をするタイプだろう・・・?」  
「あ・・・そ、そう、かも知れないです・・・けど」  
「君は、まったく未知の領域のことを、想像だけで芝居に取り入れることはできない。そうだね?」  
「や、だ・・・耳元で話さないでくだ・・・っ」  
 耳元にかかる重低音が、キョーコの体の芯をいやおうなく痺れさせる。  
「だったら・・・経験してみるしかないだろう? 撮影の日は、そう遠くないんだから・・・」  
「敦賀、さ・・・」  
 蓮の指が、そっとキョーコの唇をなぞった。  
「どうする? 君の仕事だ。君が、経験がないまま完璧な演技ができるというなら、ここで引くよ」  
 我ながらずるい台詞だと思う。  
 仕事をちらつかせれば、彼女は頷かざるを得ない。それを分かっていて、あえて是非を問うているのだから・・・。  
「・・・敦賀さん」  
 赤らんだ頬と力の入らない目で、キョーコは蓮を見上げた。  
 ただ首に触れられ、耳元でささやかれ、唇をなぞられた・・・それだけだというのに、もう体に力が入らない。  
 ぼやけた頭で、少し考える。  
 仕事のこと。  
 台本のこと。  
 それから・・・敦賀蓮という、男のこと。  
 ・・・いいかもしれない、と思った。  
 少女漫画のように、初めての日は海沿いのロマンティックなスイートルームで尚ちゃんと・・・なんて、甘い夢を見ていたこともあったけど。  
 けど、今は・・・  
 目を閉じる。軽く息を吸うと、甘くて爽やかな香りを感じた。それが蓮の香りであることに気づいて、それで彼女は覚悟する。  
 目を、開く。  
 ―――その目に、もう戸惑いはない。  
「教えてください。・・・お願いします」  
 至近距離で見詰め合う二人の表情は、甘い恋人たちのそれとは程遠い、プロとして芝居をぶつけ合う、まさしく役者の顔だった。  
 
 
 
(・・・・・・どこに連れて行かれるのかと思ったら)  
 敦賀蓮の車で連れてこられたのは、見慣れた蓮のマンションだった。  
「さ。入って」  
「あ、はい」  
 蓮に導かれるまま、キョーコは蓮の部屋に足を踏み入れる。  
 なんとなくキョロキョロと周囲を見渡す。  
 風邪をひいた蓮の看病のために泊まったこともあるというのに、どうにも緊張して居心地が悪い。  
(ど、どうしよう・・・とりあえずシャワー、とか? え、でもそんなの私から言い出していいものなの?)  
 鞄を置くことも、上着を脱ぐことも、どこかに座ることもできず、助けを求めるように蓮を見る。  
 ・・・が。  
「えっと・・・とりあえずお茶でも入れようか」  
「は?」  
 あまりにも予想外な台詞に、キョーコは思わず間抜けな声を上げた。  
「・・・・・・」  
「・・・・・・」  
 そのまま三秒。  
 先ほど事務所で感じた沈黙とは別種の静けさが、二人の間に横たわった。  
「・・・いや、そうじゃない。そうじゃないな。すまない・・・」  
「あ、いえ、謝ることじゃないですけど・・・」  
「えっと・・・じゃあ、まず」  
 コホン、と咳払いをして、蓮はある部屋の扉に手をかけた。  
「この部屋で・・・いいかな。客室で、あまり使ってないけど、掃除はしてあるはずだから」  
 そういって、手近なスイッチで室内の明かりを灯す。  
 
「わ・・・」  
 キョーコの目の前に広がるのは、まるで御伽噺に出てくるお城のような豪華な洋間だった。  
 美しいシャンデリア。  
 くるぶしまで埋まってしまうような、ふわふわのカーペット。  
 大理石のテーブルに、籐の椅子。  
 そして何より・・・天蓋つきの、キングサイズのダブルベッド。  
「俺としては、あんまり趣味じゃないんだけど・・・君はこういうのが好きだったかと思って・・・」  
「す・・・」  
 ごにょごにょと口の中で言い訳する蓮の隣で、キョーコの目がキラキラと輝く。  
「すっごおぉぉぉい! まるでお城みた〜い!」  
 言うが早いか、彼女はパタパタと部屋の中に駆け込んで、少女趣味な家具に次々と触れていった。  
「うわ、ベッドふかふか〜! わ、この机すべっすべ! やーん、このお人形かわいいー!」  
「・・・・・・」  
 状況も忘れて部屋の造詣に夢中になるキョーコに、蓮はしばらくあっけにとられていた。だがすぐに、彼の口元が柔らかく緩む。  
(そうだ・・・こういう子だった)  
 変わらないな、と、胸のうちでつぶやく。  
 それだけでさっきまで心にあった緊張が解けるようだった。  
「・・・よかった。気に入ったようだね」  
「はい! もう夢みたいです! こんな所に住んでみたいなぁ・・・」  
 うっとりと家具に頬擦りしているキョーコを見て微笑みながら、蓮は天蓋付きのベッドに歩み寄り、腰を下ろした。  
「さ、て・・・」  
 不意に、表情引き締まる。  
 それに気づいて、キョーコもぴたりと動きを止めた。  
「敦賀さん・・・」  
「・・・いつでもいいよ。覚悟が決まったら、おいで」  
 
「・・・・・・」  
 ごくり、とキョーコの喉が鳴る。  
 蓮の元へいく、ということは。つまり―――  
 ゆっくりと、頬擦りしていた家具から体を離した。  
「・・・あの、私、シャワーか何か・・・」  
「ああ、気になる? だったら俺も入ろうか」  
「えっ!」  
「君だけ入っても仕方ないだろう? 君が汗を気にするなら」  
「あー・・・う、気にするわけじゃ、ないんですけど」  
「じゃあ、何?」  
 改めて問われると、困る。  
 なんとなく、シャワーでも浴びれば、改めて覚悟ができるんじゃないかなとか、そんな曖昧な理由しかないのだから。  
「・・・・・・分かりました。じゃあ、このまま・・・お願いします」  
「・・・ああ」  
 恐る恐る蓮の元に歩み寄る。  
 蓮の手が、キョーコへと差し出される。  
 それに、ゆっくりと、触れ、て―――  
「敦賀、さん」  
「・・・目、閉じてくれるかな」  
「・・・・・・はい」  
 言われるがまま瞼を閉ざした。軽く腕を引かれて、背中に手がまわる。―――そして次の瞬間、唇に暖かく柔らかな感触が触れた。  
「ん・・・」  
 口付け。  
 ただ、触れるだけの、キス。  
 ただそれだけのことに、眩暈がした。  
 
「・・・震えてるね。もしかして、緊張してる?」  
「あ・・・少しだけ」  
「そうか・・・なら」  
「え・・・―――んっ!」  
 今度は目を閉じる間すら与えられなかった。  
 唇を閉じるよりも先に舌がねじ込まれ、口付けはより深いものとなる。  
(く、くるし・・・っ!)  
 舌のぬめった感触に翻弄され、鼻で息をする余裕もない。  
 背中にまわされていた手がするりと下りて、ぐっと腰を持ち上げられた。その瞬間、唇が外れる。  
「きゃっ!」  
 驚くのと、蓮の膝に乗せられたのはほぼ同時だった。  
「うわ・・・っ」  
 ぼすっ  
 そのまま勢いあまって、蓮ごとベッドの上に倒れてしまう。  
「・・・・・・」  
「・・・・・・ふっ」  
「ふふっ」  
 二人して同時に噴出して、くすくすくすと笑いあった。  
「なんか、すいません。こんな時まで、私間抜けで」  
 軽く体を起こして、キョーコは小さく舌をだした。  
「いいよ。それくらいの方が君らしい」  
「・・・どーゆー意味ですかそれは」  
「さあ、自分の胸に聞いてみれば?」  
「ひど・・・っ!」  
「それとも」  
 するり、と蓮の手のひらが背中から前に回る。  
「俺が、聞いた方がいいのかな?」  
「・・・・・・」  
 にっこりと、それは綺麗に微笑まれて、キョーコはしばらく困ったように唇を尖らせていた。  
「・・・敦賀さんって、かなり破廉恥な人だったんですね」  
「そういうつもりになった時だけは、ね」  
 
「・・・どう?」  
「どうって・・・」  
「君に、こういう時の気持ちを教えてるんだ。気持ちよくなかったら意味がないだろう?」  
「き・・・い、言えません! そんなこと・・・」  
「・・・ふーん、そう」  
 顔を真っ赤に染めるキョーコを見つめながら、蓮はそっと胸の頂点を服の上からつまんだ。  
「ぁんっ」  
「声が出たね」  
「い、いちいち確認しないで下さいよ!」  
「君がイイかどうか、教えないのが悪いんだろう?」  
「そんなこと言われ・・・あ、や、ん・・・っ」  
 右手がキョーコの胸をもてあそぶ間に、左手はするすると下へ降りて太ももをなでた。  
「っ・・・」  
 声が漏れないようにと下唇を噛んで、キョーコはじっと耐える。けれど胸に足に、それぞれ与えられる感覚がじわじわと痺れを増してきて、足をきつく閉じてすり合わせてしまう。  
「・・・ほら、力抜いて」  
「そ、そんなこと言われても・・・ん」  
「少しでいいから、足、開いて」  
「・・・はい」  
 言われるままに少しだけ足を開くと、そこに蓮の長い指が伸びてきた。  
「・・・っ」  
 足の内側をするりするりと撫でられて、キョーコの肩が小さく跳ねる。  
 どこもかしこも触れられるのが始めての所ばかりで、戸惑いが大きく反応させてしまうのだ。  
 左手でキョーコの足の内側を攻めながら、蓮は右手を彼女の服に忍び込ませた。口と右手だけで服をずり上げ、性急な動きでブラも乳房の上へとずらす。  
「あ・・・っ」  
 直接胸へ与えられる刺激は、これまでのどの愛撫よりも鋭かった。  
 右手で左の乳房をやわらかく揉み解され、さらに右の乳房に蓮の舌が這いはじめる。  
「だ、だめです! 敦賀さん、そんな・・・っ!」  
「だめじゃない」  
「ん・・・でも、シャワーも浴びてな・・・や、ぁっ」  
「そんなこといいから。もっと集中して」  
「は、はい・・・」  
 
 ちらりと舌を見れば、いやらしく舌を伸ばして乳房を何度も何度も上下する蓮の顔が見える。  
(こんな・・・顔、するんだ)  
 いつも仕事に真剣で、誠実で、意地悪で・・・でもやさしくて。  
 綺麗に作られた表情の合間に、子供みたいな顔を見せられたことなら何度となくあったけど、こんな―――こんな顔は、始めて見る・・・。  
「―――あぅ、んっ!」  
 思考に割り込むように、強烈な感覚がぞくりと背中を滑った。蓮の指が、キョーコの一番敏感な場所を振るわせ始めたのだ。  
「は、あ、ん、あ、や・・・あぁっ!」  
「ん・・・いいね」  
 胸元から顔をあげ、蓮は意味深に笑う。  
(何がいいんですかあぁぁぁぁ!)  
 そう叫んでやりたかったが、口を開いても出てくるのはあえぎだけで、意思ある言葉が出てこない。  
 体中を支配しはじめた快楽に震えるキョーコへとどめをさすように、蓮の指がさらに奥へもぐる。  
「んぁっ!」  
 キョーコの上半身が蓮の上で弓なりにしなった。  
「すまない」  
 それを痛みゆえと思ったのだろう。蓮はすぐに指を引いて、また表層を幾度も幾度もなぞる。  
 だが、キョーコは何度も首を横に振った。  
 確かに、指を差し入れられた瞬間、強い圧迫感と痛みはあった。けれど、指やそれ以上のものを受け入れなければ、あのドラマの『親友』の想いまでたどり着けない。  
「大丈夫、です・・・だ、いじょ、ぶ、ですか・・・ぁんっ」  
「・・・濡れてるね。分かるかな、ほら・・・」  
 キョーコの言葉を無視して、蓮は濡れた指で彼女の内股をなぞる。  
「つ、敦賀さん・・・っ」  
「・・・ん?」  
「わ、たし・・・も、だい、じょうぶ、ですから・・・っ」  
「駄目だよ、まだ」  
 さらりとキョーコの提案を跳ね除け、そのまま茂みの方へと指を向かわせた。  
 
「でも・・・ぁっ」  
「俺は言ったはずだよ? 気持ちよくなかったら意味がないと」  
「だけど、でも―――ぅん・・・っ」  
 口付けで、反論はすべて封じられてしまう。  
(もう、敦賀さんの意地悪・・・)  
 『親友』が『主役の恋人』と一晩過ごした時がはじめてだったとしたら、きっと破瓜の痛みだってあったはずだ。 キョーコは役者として『親友』を演じる者として、その感覚を知っておかねばならないはず。  
 なのに、このままじゃ―――  
(・・・今だって、十分、気持ちいいのに・・・)  
 ―――怖かった。  
 時間をかけた愛撫が、指や舌の動きが、耳元に囁かれる重低音が、触れる肌のぬくもりが、どうしようもなく心地よくて。  
 仕事のため、芝居のため・・・そうした当初の目的まで、忘れてしまいそうになる。  
「・・・お、ねが、い・・・です」  
 唇が離れた瞬間に呟き、ねだるように蓮の腕を引いた。  
「お願い・・・っ!」  
 ・・・瞬間、ぴたりと蓮の動きが止まった。  
 

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