「わあきれー・・・」
キョーコはひとり、空に打ちあがる大輪の花を眺めてぽつりと漏らす。
ここは蓮のマンションのベランダ。
ベランダとはいえ高級マンション、必要以上に広く、木製の大きなテーブルに長いベンチ、と充分すぎるスペース。
そのベランダの柵に手をかけ、ぽつんとひとり、キョーコは浴衣姿で花火を見上げていた。
本当なら蓮もいるはずで、この時間には帰っている、と聞いていたのだが、
花火が始まって30分ほど経った今も帰ってくる様子はない。
さっきまでそのことにしょんぼりとしていたキョーコだが、目の前に打ちあがる美しい光景に
なんとか落ち込んでいる気分を打ち消そうと考え直していた。
「きっと撮影が長引いてるのよ。仕事だからしょうがないじゃない」
張り切って浴衣を着てきた自分が情けなくもなってきて、
おまけに筋金入りの妄想癖、悪い想像ばかり始めてしまう。
どんより怨キョをまとい始め、花火が終わったらもう浴衣も脱いでしまおうかな、などと考えていると、
ベランダの入り口が開けられ蓮が入ってきた。
「ただいま。遅くなってごめん」
少し息を切らしている様子で急いできたことがわかる。
「ほんとごめん、監督につかまっちゃって。もう始まってしまったね」
キョーコは飛び上りそうに嬉しかったが、さっきまでの淋しさが蘇りそっけない態度を取ってしまった。
「…いえ、お仕事ですし…。わたしなら構いません、気にしないでください、ほんと、大丈夫、です」
くるりと背を向けて花火に向き直る。
嬉しいせいなのか、さっきまでの淋しさのせいなのか、本音を言えない情けなさのせいなのか、
キョーコは胸が苦しく涙がこみ上げそうになるのを必死に抑えた。
「花火、綺麗ですよ」
「…ほんとごめん、悪かった。この埋め合わせは必ずするよ」
隣りに立った蓮は優しくキョーコの髪を撫でながら言う。
「埋め合わせなんて…いいんです。間に合ったんですし、わたしなら大丈夫です、怒ってもいません」
「でも泣きそうだ」
くい、と顔を蓮の正面に向けられ覗きこまれる。
「な、泣いてなんか!泣きません!このくらいで!」
必死な様子に蓮は噴き出しながらキョーコを抱き寄せた。
「わかったわかった。そう怒らないで」
「怒ってなんか――」
「じゃあ泣かないで」
「……」
キョーコは胸に鼻を押し付けて蓮の匂いを嗅いだ。
(敦賀さんの汗の匂い…急いで帰ってきたんだ…)
蓮の優しさが伝わってくる。
「…遅れたことはいいんです。わたしが勝手に悪い想像ばかりして…だから敦賀さんは悪くないです」
「悪い想像って?」
「……もうここには帰ってこないんじゃないか、とか…」
蓮は唖然としてキョーコの身体を少し離して顔を見る。
「話の流れが見えないんだけど…なんでそうなるのかな」
「あ…あの…いえだから、わたしの勝手な妄想、です、すみません…すぐそういうこと考えちゃって。
ダメですね、ほんと」
「まったく…脅えているのは俺も同じだよ。帰ったら君がいないんじゃないかってね」
「そんなこと!」
「そんなことない?」
「ありえません!」
「そう、じゃあ信じるよ。だからキョーコも俺を信じて」
「敦賀さん・・・」
(わたしったらバカみたい…泣いたり怒ったり…かと思ったらこんな風に幸せで苦しくなったり…)
「似合ってる」
「え?」
自分の思考に閉じこもろうとしていたキョーコは蓮の言葉の意味が一瞬わからなかった。
「すごくかわいいよ、浴衣姿」
「あ、はい、あの、ありがとうございます。
これ、思い切って買っちゃったんです…ってこういうの自己満足、ですよね」
「いや、嬉しいよ」
キョーコのおでこに口付ける。「かわいいよキョーコ」
何度もかわいいと言われ、恥ずかしくなったキョーコは顔を赤らめた。
と、刹那止んでいた花火がまた打ちあがる。
「は、花火、見ましょう、花火。すごく綺麗なんですよ、色もいろいろなんですけど、
形もハートとかがあって、あ、さっきはハートが上下反対になっちゃってて」
恥ずかしさをごまかそうと早口になり、キョーコは身体をひねってベランダの柵に手を置いた。
そんな様子をくすくすと笑いながら、蓮は後ろからキョーコを抱きしめた。
「かわいいよ」
「…っ」
キョーコはうなじにキスを落とされ身をよじらせた。
軽く優しいキスだが、ゆっくりと吸い上げられながら耳元へとよじ登る。
「っ敦賀さん・・・花火、終わっちゃいますよ…ん…」
「俺はキョーコでいいよ。花火は…キョーコが見てて」
囁く声が耳に響き、キョーコはくすぐったさに逃げようとする。
が、蓮はかまわず首に吸い付き、左手で顎を掴んで離さない。
右手は浴衣の襟元を強引にひっぱり、肩へと愛撫を広げていく。
「…これじゃ…しゅ、集中できませんっ…!」
「どうして?」
「どうして…って…」
「感じてるの?」
「っち、ちが…っんぁ」
右手が前に回され、左の胸へと這っていく。
「感じてないの?…おかしいね、こんなに…硬くなってるのに」
「ぃやあ…あ…」
胸の突起をゆるゆるとつままれ、キョーコはたまらず声をあげ始める。
蓮の左手はつつつ、と下りていき、浴衣の裾をそっと広げた。
「ここも?感じない?」
下着の中央をそっと往復させる。
「おかしいね…こんなに、濡れてるのにね」
「ぁあ…はぁ…ん、んー」
ボンボン、という花火の音に紛れてキョーコの喘ぎ声は次第に艶っぽく音量を増していく。
「そんなにいやらしい声出しちゃダメだよキョーコ…こんなところで」
「あ…」
ぞくぞくと駆け上がる気持ちよさに忘れかけていたがここはベランダ。
しかも花火が正面から見える絶好のマンション、階下からは花火が上がるたびに歓声が聞こえる。
他の住民もベランダで花火を観覧しているらしい。
「だめ・・・ダメです敦賀さんこんな所で…中に、中に入りましょう…あぁっ!」
「どうして?まだ花火は終わってないよ。それに…感じてないんだろう?」
やわやわと往復させていた蓮の指が、下着の裾から押し込まれる。
溢れてくる泉の源を探り、そこにちゅぷ、と指を差し込む。
ちょうどそこで花火が一旦止み、つかの間の静寂が訪れる。
今声をあげてはいけない、とキョーコは柵を掴む手に力を入れた。
「はっ花火は、もう…いい、です。もう、もういい…それに」
「それに?」
キョーコは必死に声を抑えて囁く。
「…感じてます…すごく、ん、っあ、やぁ…気持ち、いい、です…だから部屋に…」
「そう、よかった」
唐突に指を抜いた蓮は勢いよくキョーコの下着をおろしたかと思うと
浴衣の後ろの裾をまくしあげ、張りのいい臀部をあらわにした。
「…ぃやっ!!」
「しっ…静かにしないと、みんなに聞こえるよ?俺は構わないけど」
尻を突き出すキョーコの後ろに跪き、蓮は舌でその柔らかい肉を味わう。
中央を押し広げ、長い舌を這わせていく。ゆっくり、ゆっくり、焦らしながら近づき、
キョーコのそこがぴくぴくと待ち望んで震えているのを確認しながら今度は太ももに伝う液を舐め取った。
キョーコはたまらず声をあげそうになるが、左手で柵を握り締め、もう片方の手で口を押さえて必死にこらえる。
花火がまた始まる。
すでに片手でジッパーを下ろし終えていた蓮は、自分のモノを無言でいきなりそこに突き刺した。
「ああっ!!」
突然の刺激に思わず身を反らしたキョーコの声に、拒否の色が込められていないのを確認すると、
蓮はかまわず一定のリズムで突き上げ始めた。
「…い…ゃあっ!あ、あぁ、ん!んぁっ…あ、あ、やぁ…っ!!」
大きな音とそれに伴ってあがる歓声に甘えて、キョーコは我慢するのも忘れて啼き続ける。
キョーコの耳にはすでに花火の音は届いておらず、ただ蓮が身を打ち付ける音と
抜き差しをされるたびに響くじゅくじゅくと溢れる音しか聞こえない。
大輪の花が汗ばむふたりの身体を浮き上がらせる。
「も…もう、あ、だ、だめぇっ…あっ、あ…」
鈍く震える感覚が太ももから徐々に広がり始め、もう少し…と思ったところでまた花火が止んだ。
と同時に蓮も動きを止めた。
絶頂を目の前にして突然遮られた快感に、キョーコは思わず抗議の声をあげる。
「だ…ダメです、やめ…ないで…!」
「だって…この静寂の中でさっきみたいに声を響き渡らせるつもり?」
「敦賀さん、構わないって言いました…」
「言ったけど…ダメだよ。あんな声、他の奴に聞かせられない」
蓮はキョーコのうなじを伝う汗を優しく舐める。
こらえきれずにキョーコは自ら腰を動かし始めたが、蓮は両腕で強く掴んでそれを阻んだ。
「ダメだよキョーコ。もう少しの辛抱だから」
「いゃあ…ん…でき、ない…」
喘ぎとも泣き声とも区別のつかない、か細くあげる上げる声に蓮はため息をつく。
「困った子だなまったく…」
蓮は自らを抜き取ってキョーコを自分のほうに向きなおす。
胸をはだけさせ、裾からは軽く立てられた膝から太ももが覗き、光る水を伝わせている。
キョーコは息を荒げてうつろな眼で蓮を見ていた。
「おねがい…敦賀、さん…」
欲情を煽られ、蓮は立てられた膝を持ち上げる。
「あげるけど…さっきみたいに啼いちゃダメだよ」
低く釘をさすと、ゆっくり、しかし強い力で口を塞ぎ、
声を阻止したところで自らを挿れていった。
とろりとした目が閉じられていく。
ゆっくりと円を描くように、さぐりあてるように腰を回す動きにキョーコは快感と同時に渇望を覚える。
両手を蓮の首に回ししがみつき、立てていた膝を蓮の逞しい臀部に絡みつけ、
そしてもう片方の足も同じように絡みつけた。
「――!!」
蓮はキョーコの全体重が自分の中心にのしかかってきたことに一瞬驚いた様子だったが、
キョーコは構わずしがみつき、更なる快楽を求めて自らの身体を揺すった。
隙間から声が漏れそうになると、追いかけてくるように蓮の口が塞ぐ。
「ん!ぁんー…!ん、ん、…ん!」
繋がった場所からはちゅくちゅくと淫らな音が夜の闇に響き、とめどなく飛沫が溢れては伝う。
ポン!ポンポン!
花火が再開され、蓮はようやく塞いだ唇を解放した。
「君にはいつも…驚かされてばかりだよ」
「…嫌いに、なりますか?」
荒い息のままキョーコは囁く。
繋がった身体を担ぎ上げたまま、蓮は木製のテーブルのほうへと移動しそこにキョーコをゆっくり降ろした。
「いや…ますます離れなくなりそうだ」
花火はフィナーレへと突入したらしく、大きな音をたてて花を咲かせる。
それに比例するかのように轟く歓声も増していく。
が、それらはもうふたりの耳に入らなかった。
ただ貪るように相手を求め、身体を引き寄せあう。
「…あ、あっ!ーーーーっあぁっ!!!」
ようやく訪れた長い静寂の中、キョーコははだけた浴衣をそっと直し、蓮の隣りに座って身を寄せた。
「花火、終わっちゃいましたね」
「そうだね。でも、もっといいもの、見れたしね」
キョーコは蓮の言葉に赤面して顔を伏せる。
「敦賀さん・・・」
「ん?」
「どこにも行かないでくださいね…」
「行かないよ、どこにも」
くすりと笑って蓮は答える。
「そうだ、社さんにね、線香花火もらったんだ」
「社さんに??どうしてですか?」
「…さあ…ムードがどうこう言ってた、かな」
「おもしろい人ですね」
くすくす笑いながらキスを交わす。
「やるかい?花火」
「そうですね。でも、もう少し、あとで」
互いにキスの雨を降らしながら、ふたりは再び夜の闇に溶けていった。