蓮乃助は繁盛している漬物屋の若旦那。
口数は多くはないものの誠実で愛想もよくおまけに町一番の色男、
蓮乃助が通れば町娘がきゃあきゃあと騒ぎ熱を出す。
しかし当人の蓮乃助、まったく気にする風でもない。
どこかの紙芝居芸人が下世話な噂で盛り上げているのだろう、そんな程度で歩を早めるのである。
さてさて今日の行き先は近頃よく行く旅籠(はたご)の不破屋。
こちらは誠実とは程遠く、影では高利で金を貸したりしている、などという噂もあり、とにかく金にこと細かく汚いと評判で蓮乃助もこちらに向かうは憂いの元。
旦那が嫌味な奴なのはもちろんのこと、その末子・松太郎も金を振りまき好き放題、常に女をはべらせ言葉も汚い、とまあどれをとっても嫌な家である。
そんな不破屋の旦那がなぜか宝田屋の漬物をいたく気に入ってしまい、
顔を合わせるのは好まぬからお前行け、とここ最近、蓮乃助が無理矢理通わされているのだが。
蓮乃助がここに通うのを好まぬ理由はもうひとつあった。
それはここで下働きをしている女中のお京。
何が気に食わぬかと言えばこのお京、
さきほど申したような救いようのない松太郎のひどい仕打ちには当然のこと、
若旦那やその奥方の、なんとも陰湿な扱いにも常にハイハイと言われるがまま従うているのである。
おまけに他の下の者も、お京に矛先が向いているをこれ幸い、と仕事を押し付け楽をする。
蓮乃助も通ううちにそれが見えて取れてなんとも不快なうえ、
お京の素直すぎる従順さがまったく理解できず、苛々と怒りが込み上げてくるだった。
この日も漬物を届けに上がった蓮乃助、今日は旦那も若旦那もおらず、下の者に漬物を手渡しのれんをくぐり、
さあ帰ろうとしたところ、細いわき道の先に旅籠の裏庭、
ひとり忙しく山のように積み重なった洗い物をこなすお京が見えた。
誰もいないのをいいことに蓮乃助、ようやくの好機と足を踏み入れた。
「お主には自尊心というものがないのか、お京とやら」
下を向いていたお京の前、仁王立ちでいきなり糾弾する。
「た、宝田屋の若旦那さま…一体いかがなさりました?」
いきなりの言葉に呆然とするお京。
見ればボロボロの薄い着物に手はあかぎれ、見るも耐えれぬ痛々しさである。
「お主はなぜにいつも黙っておる。黙っておるからこのような扱いを受けておるというに」
「…旦那様のことにござりますか。旦那様は貧しいあたくしを拾ってくださったうえ、
故郷で病に付す母の世話をしてくださりました。この上なく感謝しておるのでございます。
そのあたくしめが旦那様を悪く言うなど、地獄に落ちる悪行にございまする」
「母の世話をしたと申すか?あの不破屋の主人がか?」
「・・・はい、そのように聞いてございます。母は離れてすぐに死んでしまいましたけれども」
「おぬしそれをまこと信じておるのか!そなたの母がすぐ死んだこと、それこそが偽りの証であろう!」
「お、おやめください!あたくしには信じるしかないのでございます…放っておいてくださいまし…っ」
蓮乃助は唖然としてパタパタと草履の音を立てて逃げるお京を眺めていた。
その数ヶ月ののち、お京は宝田屋で働くこととなる。
変わり者の宝田屋の主人は、初めての蓮乃助の頼みごとを面白がって喜んで金を出し、
また金を出された不破屋の主人も喜んでお京を差し出したのである。
お京は皆に「おきょん」と呼ばれ、店の者にも客にも可愛がられ、
明るい宝田屋の雰囲気にも馴染んでそれはそれはよく働いた。
身なりも小奇麗にしてもらい作法を教わり、少しながら読み書きも身につけ、
おきょんは年頃もあって美しさも兼ね備えて成長していく。
そして皆が影で噂するのは若旦那とおきょんの仲。
「若旦那もじれったい奴だねえ、ちっとは強引に押し倒しちまえばいいものを」
「そんなことするもんかねあのぼんが!
ほら見てごらんよあの様子、あれじゃあ手も握っちゃいねえさねえ」
漬物の漬け方を手ほどきする蓮乃助、ひとつひとつ頷き真剣に聞き入るおきょん、
その手がかすかに触れ合うと、慌ててはじけるように手を跳ね上げ、顔を見合わせ赤くなるふたり。
「あーあーあー、あれじゃあ何百年経っても結ばれネエ!こうなったら手前が行って…」
「おやめなさいよ!ったく下世話な奴だねえ」
馴染みの店の客に混じって他の下働きの者まで柱の影から押し合いへし合いふたりを覗く。
互いに想い合っているのは皆が見て知ることであった。
が、ある日、おきょんは突如置手紙を一枚残して姿を消した。
大変お世話になりました。
感謝の言葉を尽くしても足りないこのご恩、きっといつか、かならずお返しいたします。
どうか、どうか、どうかお許しくださいまし 京
さてこれを見た蓮乃助、しばらく頭が真っ白といった様子で立ち尽くしたが問題はその後。
あれほど虐げられていた不破屋でも逃げることだけはしなかったというに、
自分はそれほどまでに嫌われておったかと傷心で寝込んでしまいやつれ果てた。
その姿に皆は同情し、なにやら差し入れたり慰めたりするが全く立ち直る気配なく、
そうこうするまに五日がすぎた。
今日も女中のお逸(いつ)は粥を差し入れるが、蓮乃助はぼんやり床に座ってうつろな眼で庭を眺めている。
「ああ…申し訳ないが食す気が起こらぬて…そこに置いておいて構わぬゆえ」
「……」
しかしお逸は去る気配がない。
長い沈黙にようやく蓮乃助が目を向けると、お逸は手を畳に添え頭を下げたまま震えている。
「どうした逸…そうか、逸はおきょんと仲良うしておったのだな…。
すまぬ、辛い思いをしておるのはおぬしも同じだろうにな…なんとか腰を上げねばとは思うておるのだが…」
するとお逸、声を震わせて突然話し出す。
「…若旦那さま!逸は…逸はもう黙っておれませぬ!おきょんに固く口止めされておりましたゆえ
けして口にするまいと思うておりましたが、このような若旦那さまのお姿を見るは忍びなく…」
「---何か知っておるのか!」
蓮乃助は床から飛び上がり逸の肩を揺らす。
「逸!何か知っておるのなら教えてくれ!」
------さかのぼること十日前、逸はわずかな小遣いで町で紅を買って宝田屋へ帰った。
『見て!紅を買ったのよ。そうだ!おきょんちゃんにも付けてあげる』
『な、なにを言うのお逸ちゃん!お逸ちゃんのお金で買ったものよ、
そんな大切なもの、付けるわけにはいかないわ』
『いいからいいから!ちょっとくらいじゃ減らないって。
---かわいい!ほら見てごらんなさいな』
おきょんは鏡に映った紅をさした自分を頬を赤らめて眺めていたが、
次にかけられた逸の言葉にうつむき黙った。
『そうだ、若旦那さまにも見てもらいましょうよ!』
沈んだ様子に不思議に思った逸であったが、
静かに背中を震わせ始めたおきょんに驚く。
『ど、どうしたのおきょんちゃん!あたしなにか余計なことを言ったかしら?!
どうしましょう…若旦那さまのこと?
若旦那さまならきっとよく似合うって笑って褒めてくださるわ、ほんとよ』
『…んなはず…いいえ、そうね、きっとこんなおきょんにも優しい言葉を…若旦那さまは慈悲深い方ですものね…』
『ちがう!そうじゃないのよおきょんちゃん、若旦那さまは…』
『ううん、いいの、貧しいおきょんを拾ってくだすって、おまけに綺麗に身なりも整えてくだすって、
おきょんは一生返しきれないほどのご恩を…この身のすべてを捧げるつもりよ。でも…』
『どうしたん?』
『…若旦那さまのお側にいればいるほど、おきょんの胸は張り裂けそうなの。
若旦那さまに優しくされればされるほど、その幸せがつらくてたまらなくなるの。
若旦那さまはいつかきっとお金持ちで綺麗なお嫁さまをいただくわ。
おきょんはそんなふたりを見ていられるかしら…そんなことを考えるだけで、苦しくて苦しくて…
…ねえお逸ちゃん、おきょんはこれ以上…バカね、身の程知らずっておきょんみたいなことを言うのね』
『なに言うの!そんなことないわ!』
逸は必死に蓮乃助の気持ちを代弁しようと焦る。
『ねえ聞いて、若旦那さまだってきっと、おきょんちゃんのこと、大事に思ってくださってるわ、
そうだ、おきょんちゃんが若旦那さまのお嫁さまになればいいのよ!』
『お逸ちゃん……ありがとう、素敵ね、どこか遠くのお国にもそんな話があるって聞いたわ…ほんと素敵ね』
『おきょんちゃん…』
話を聞いた蓮乃助はおきょんの故郷へと走った。
走って走って、もう日も沈んだ頃、ようやくおきょんの生まれた村に足を踏み入れた。
寂れた貧しい村の端、山のふもとにその家はあった。
今にも崩れそうな、廃屋と化した小さな小さな家。
震える手で入り口の戸を押す。
真っ暗な家の中に月明かりが差し込んで、小さな影が浮かび上がる。
「おきょん…」
やせ細った影がびくりと震え、こちらを振り返った。
「……若旦那さま…?!」
「おきょん…おきょん…!」
今まで抑えていた情を吐き出すかのように、蓮乃助は何度も名を呼びながらおきょんの身体をかけ寄せた。
「おきょん、どこへ消えたのかと…!」
「なにゆえ…なにゆえこのようなところに…」
「いいのだ、何も言うな、もう何も」
「…なりません…若旦那さま、おきょんはこれ以上、若旦那さまの…お側にお仕えするわけにはまいりません…おきょんは…」
「おきょん、嫁にこい」
突然発せられた言葉に意味も分からずおきょんは固まった。
「な、なにを…なにを…ご、ご冗談はおやめくださいまし!
なにゆえ若旦那さまのような方がおきょんのような卑しい身分の者などと…!」
蓮乃助はおきょんの言葉を無視して擦れた畳の上にその身体を押し倒した。
「おきょん…おきょん…」
「…わ、若旦那さま…っ!どうなされたのです…そんなに…い、痛うございます…!」
蓮乃助の耳にはもはやおきょんの言葉すら届かぬのか、まったく意に介する様子もなく組み伏せる。
胸を大きくひらき、前触れもなく吸い付いた。
「あっ!!い…いけませぬ…そのような、こと!!」
むさぼるように吸い付きながら、手は着物の裾を広げ、腿をさする。
薄い布をはぎとり、そこで待っていた蕾を中指で転がす。
「…ぁあっ…や…な…なりま…せん…」
おきょんはわが身に降りかかろうとしている事態をじわじわと沸き起こる快感によってようやく把握する。
いけない、これを許してはすべてが終わってしまう、もう二度と会うことも許されぬやもしれぬと恐怖が襲うが、
一方でこの波に身を任せてしまいたいと欲望が募る。
蓮乃助は本気だろうか?いやそんなはずがない、貧しく醜いこの身にそんなことが許されるわけが…
必死な思考のかけらも長い蓮乃助の指が奪い去る。
くちゅりくちゅりと耳を覆いたくなる淫らな音が響き、
戸の隙間から漏れる月の明かりで胸を吸われる自分の身体が浮き上がる。
「おきょん、少し…許しておくれ」
蓮乃助は自らをゆっくり、しかし深く突き立てた。
「-----っ!!!」
鋭い痛みが走っておきょんは思わず身を上げて逃げる。蓮乃助は腰を握って許さない。
しかしおきょんの痛みに耐える様子に気付いた蓮乃助、それより動くことはせず、
ただ再び胸に吸い付き、唇は首を這い上がりおきょんの唇を優しく塞ぐ。
欲望に屈して腰が揺らめきそうになるのを、必死にこらえてじっと待つ。
「許せおきょん…そなたをもう、手放したくはないのだ…もう…」
「か、構いません…おきょんのこの身は…若旦那さまに、すべてお捧げいたしたいと…心に誓っておりました」
「それでは足りぬ」
「…え?なんと申され…」
「身も、心も、我が物にしたい」
予期せぬ蓮乃助の熱情に、おきょんの胸は熱くなる。
「…うれしゅうございます…おきょんのすべては若旦那さまのモノ……若旦那さまの…お好きに、なさってくださいまし」
蓮乃助の最後の理性の糸が切れる。
突き立てていた自らで奥まで突き上げ、何かが押し上げてきそうになるとゆっくりと円を描き息を整える。
締め付けていた肉壁もそれを待っていたかのように応えてくる。
蓮乃助はおきょんの膝を抱え上げ腹に押し付け、溢れてくる塊を打ち付ける。
「ああっ!!…んぁあ!蓮乃…助さ…まぁ…っ!!あああっ!」
ぐじゅぐじゅとどちらのものともわからぬ泉が繋がったところからこぼれて伝う。
「でも…お、おきょんは…やはり蓮乃助さまの、お嫁などは…あぁっ…無理やも…しれませぬ…んんっ」
「なぜだ…なにゆえっ!」
「おきょんは…病やも…しれませぬ…ぁあ…蓮乃助、さま…の…入っていらっしゃる…ところが…っ…
…ぃ…熱いんで…ございます…熱くて、熱くて…!ああっ…!」
「心配申すな…そのように、したのだ」
おきょんの上半身を抱え上げて強くひきよせる。
「ぁあ…ん…たまりませぬ…いえ…なりません、こんな…あ…」
「すべて、捧げるのであろう…?さあ」
蓮乃助は激しく腰を突き上げる。
「ああっ!!あんっんっ!んんっ!あぁ…っ!」
おきょんは足を蓮乃助の腰に絡みつけ、無意識に蓮乃助の動きに合わせて自らもいやらしく腰を振る。
快楽に溺れ喘ぎ続ける声、いけないと言いつつも悦びに震えるその表情。
見たこともなく乱れるおきょんの姿に蓮乃助の頭は真っ白になり、
そのか細い身体を壊してしまわないか、とわずかに残っていた懸念すら消え去った。
「おきょん…!」
「---っ!!蓮乃助さまぁっ!!」
翌日、蓮乃助と共に宝田屋へと戻ってきたおきょんは店の皆に暖かく迎えられた。
宝田屋の主人もふたりを迎える。
「まったく心配させおって。
---しかしまあ、これで一件落着、と云うべきやもしれんな」
その後も宝田屋の繁栄は続き、おきょんは蓮乃助を支えて末永く共に暮らしたという。