幾度となく他の良家と呼ばれる令嬢をこの腕で抱いた。
けれど、太夫に感じたものを同じように持てる事は無かった。
居た堪れなく劣情が持て余す。
お忍びで遊ぶにしても莫大な金が動く―
「…欲しいのに…」
掴み取ろうと腕を伸ばすのに届かない高み。
だが、それで諦めれると言えない意地。
足早に吉原へと繰り出す。
その矢先―
目の前で花魁道中が繰り広げられていた。
三枚歯下駄の重さをものともせず、軽やかに歩き進む京子太夫。
今まで遊んでいた数多の女よりも気高く美しい姿に焦がれる。
「不破家の放蕩息子の所に出向くらしいぞ。」
「えぇ?敦賀家の方じゃないのか?」
口々に道中を目にした者が興味深げに囁く戯言。
「どうやら、不破の旦那さんが花紙と茶屋に大枚を振舞ったって話だろ?」
「三会は済んでるんだろ?夫婦の契りかぁ…俺もそれだけの銭があればなぁ。」
羨望と放蕩息子への嘲笑が込められた言葉。
それを背にしてなす術もない自分。
カラン・・と、自分が立っている付近で下駄の音が止まった。
自惚れでなければ良い。
太夫を止めたのが自分だと―
ぱさりと、足元に桔梗が落ちる。
「花は可愛がらんとあきませんえ?」
挑むような眼差し。
高みから自分を値踏みするその姿勢。
―相手にとって不足は無い―
さわさわと竹林の音。
「おい…」
ズイと杯を差し出し、酒を求める男。
豪奢な着物を着て、極上の女を手に入れた優越感。
「お前を身請けするには幾ら掛るんだ?」
酒でほろ酔いしながら、ただ静かに酒を杯に満たす。
「尚様がこの先一生涯、私だけに愛も情も金も注ぎ込む位でありんす。」
艶やかな紅の唇が紡いだ、やっと初めての言葉。
最初から三会まで、一度も口を開かなかった。
その態度に惚れた―
「お前自身の身請け代だ。」
鮮やかに微笑み、
「私は一生涯を一人の男、一途に命を賭ける太夫でありんす。その覚悟が尚様にないので
したら、身請けなど、酒の酔いに任せた戯言。」
ついと、酒の満たされた杯を煽る。
「肌重ねた逢瀬も向こう3年は先ですぇ?」
しゃん しゃん と三味線を鳴らす。
グイと居た堪れなくなり腕を引く。
「こんな伝統関係ねぇよ。お前が抱けさえすれば・・」
切羽詰った物言いに、喉の奥から笑いが漏れ、妖艶に笑う。
「試してみますぇ?」
するりと、尚の着物の合せ目を寛げ、下肢へと手を伸ばす。
「な…っ…」
ポタポタと杯に残る酒を垂らし、やわやわと刺激を送り首を擡げたモノを指で嬲る。
「く…ぁ・・」
くちゅくちゅと水音を響かせ、陰嚢、菊門を指で揉み上げる。
太夫を見ると、さらに艶やかな顔で下肢を見つめていた。
“痴態を見られている”そう思えば、さらに増長する。
背筋を電流が駆け巡る。
「活きのよろしい魚おすなぁ?」
紅の挿した唇が魚と云われたモノの先端を咥える。
唇がクチュと水音を立てる。
「−ッアアッ!」
まだ口に含んだだけで、あっさりと果てた。
女を知り始めた頃に戻された気分が胸を支配する。
グイと懐紙を取り出し口を拭う。
ちらりと脱力して、力の無い眼差しで太夫を見つめる。
「気の早いお人は果てるにも早い。こんな言葉が遊郭にはありんす。尚様は、そういう方で
ありんすなぁ?」
乱れた着物を正し、立ち上がる。
カァと、男としての自尊心を抉られる。
パサリと、口元を拭った懐紙を捨て、すくっと立ち上がる。
「なんだよ?まだ続きが…」
「尚様とのお時間は終りでありんす。旦那様にお伝えなさいな。」
シュルシュルと畳へ衣擦れの音を響かせて、振り返りもしないで襖が閉じられる。
ガンと、握り締めた拳を膳に叩きつける。
三会にしてようやく、自分の名の入った膳と箸―
されど、彼女の機嫌を損ねて次があるのかどうか―?
「このままでは済まさねぇ」
仄暗い炎が目に灯る―
腹が立つくらいに高慢で美しい華を手折る願い―