「キョーコちゃん、店のことはいいからゆっくり休んでなよ」  
「はいぃ……。お手伝いできなくてすみません……」  
 女将さんの姿がドアの向こうに消えると、精一杯浮かべていた笑顔はあっけなく崩壊した。  
 発熱のせいで体がだるくて、表情筋を動かすだけでも疲労がたまる。  
 けれど一番つらいのは、風邪のせいでお仕事をお休みするはめに陥ったこと。  
 仕事の入っていない日の方が多いとはいえ、私も芸能人の端くれ。  
 体が資本なのに自分の不注意で体調を崩してしまうなんて、  
 黒崎監督に言われた『身体の自己管理できない奴はプロ意識が足りない』という言葉が骨身に染みる。  
 今日はたまたま『京子』のオフだったから芸能界の仕事に穴は開かなかったけど、  
 滅多に出られなくなってしまっただるまやでのお仕事を頑張りたかったのに……。  
 
 こうなってしまった理由はわかってる。  
 水着メーカーのキャンペーンガールに抜擢されたことが嬉しくて、  
 カメラマンにのせられるまま、マネージャーの静止も振り切って無茶をしたの。  
 2月の寒空の下、雪が止んだ隙を見計らっての野外撮影。  
 根性で鳥肌だけは押さえたものの、その時からなんだか体調がおかしくて、日が沈む頃には熱が出た。  
 
 こういうのを自業自得って言うんだろう。  
 わかっているけど、風邪を引いて寝込んでしまった自分が情けなかった。  
 私が開けてしまった穴は女将さんが他のバイトの子に話をつけてくれたから大事に至らなかったものの、  
 代わりが見つからなかった場合を思うと、ただでさえ高くは上げられない頭が地面にめり込みそう。  
 せめて今日はゆっくりして、明日からは復帰できるように体調を整えなくちゃ。  
 そんなことを考えながら、天井の照明をぼんやりと見上げた。  
 次第に眠気が襲ってきて……。  
 
 微睡みの中をさまよっていると、幼い頃の夢を見た。  
 風邪を引いた私は一人で和室に寝かされていて、ちらりと女性の後ろ姿が見えた。  
 お薬だけ置いて部屋を出ていくのはお母さん? それとも不破のおばさま?  
 その影は一度も振り返ることなく、ふすまの向こうに消えてしまった。  
 つらくて、心細くて、寂しかった過去の記憶。これは繰り返されてきた現実。  
『眠るまでそばにいて』  
 そんなささやかな願いすら口にできず、朦朧とした意識の中で天井を一人見上げ続けた私。  
「行かないで……」  
 うめくようにつぶやいた瞬間、目が覚めた。  
 
 
 最悪な気分でぼーっとしていると、廊下から二人分の足音が聞こえてきた。  
 ちらりとダルマ時計に目をやれば、まだお店の営業時間内。  
 私は夢と現実の境界が曖昧なまま、もう一度目を閉じた。  
 
 こんこん。  
 
「キョーコちゃん、起きてるかい?」  
 控えめなノックに続いて女将さんの声がした。やっぱり足音は夢じゃなかったんだ。  
 返事をしようと思ったけど、カラカラに乾いた喉からは熱っぽい息だけが漏れた。  
「…………。寝てるみたいだね。悪いけど、今日のところは帰ってもらって、  
 明日の朝、キョーコちゃんが起きたら一番に電話するように伝えておくよ」  
「わかりました。では、そのときにこれも渡してください」  
 
 ――――!?  
 この声は、敦賀さんっ。  
 どうして? 今日は深夜までお仕事のはずじゃ……。  
「お、お、お起きてますよっ」  
 声が部屋の前から遠ざかっていくのに気づいて慌てた私は、布団の中から目一杯声をはりあげた。  
 足音がピタリと止まる。  
「起こしちゃったかい?」  
 ドアを小さく開けて、女将さんが遠慮がちに顔をのぞかせた。  
「いえ、起きていたんですけど、声が枯れていて……」  
 言い訳がましく並べ立てていると、女将さんを押しのけるようにして敦賀さんが顔を出す。  
「寝込んだって聞いてお見舞いに来たんだけど、きつそうだね。俺は帰った方がいい?」  
「そんな……、せっかく来ていただいたんですから。お話するくらいなら平気です」  
 本当は寝ていたかったけど、忙しい中をぬってわざわざ会いに来てくれた恋人を追い返すなんてこと、  
 私にはできなかった。  
 
「お茶を煎れてきますから、ゆっくりしてってくださいね」  
 私たちが交際していることを知っている女将さんは、気を遣って席を外してくれた。  
 
 敦賀さんが4畳半の部屋に入ってくる。  
 彼は殺風景で味気ない部屋に不釣り合いなほど華やかな人。  
 こんな場所でも芸能人オーラは健在で、まるで掃き溜めに鶴が舞い降りたみたいな異物感。  
 大柄な敦賀さんが室内にいるだけで、一気に部屋が狭くなったように感じた。  
「ああ、そのままでいいよ」  
 起きあがろうとした私を静止して、敦賀さんは開いたスペースに腰を下ろした。  
「いつも近くまで送るだけだったから、俺がキョーコの部屋に入るのは初めてだね」  
 感慨深げに室内を眺め回している。  
 やばいもの――バカショーのポスターとか――はもう貼ってないけど、あんまりジロジロ見てほしくない。  
「何もない部屋でお恥ずかしいです……」  
「そんなことないよ。きれいに片づいてるし、俺が贈ったプレゼントが並んでるし、  
 こんな状況だけどキョーコのプライベートな空間を見られて嬉しい」  
 敦賀さんの顔に神々しいまでの笑顔が浮かんでいるから、  
 私はインテリアも配色も適当な部屋のことや、よれよれのパジャマ姿だということを頭の隅に追いやった。   
 
「お忙しいのにお見舞いに来てくださってありがとうございます。  
 ところで、敦賀さんはどこから私が寝込んでいるとお聞きになったんですか?」  
 風邪を引いたことはマネージャーにも気取られないようにしていたはずなのに。  
 もしかして、昨日ちょっとだけ電話で話していたときに見抜かれちゃったのかな。  
「琴南さんと買い物に行く約束だったのをキャンセルしたんだろう?  
 それで様子を見に行ってほしいと言われたんだよ」  
 モー子さん……。敦賀さんを使うなんて大胆な……。  
 って、そうじゃなくて!  
 何でよりによって敦賀さんに言っちゃうのよ!  
 風邪を引いた敦賀さんにプロ意識がないって言ったことがあるから、知られたくなかったのに。  
 敦賀さん、きっとあの時のことを持ち出して、私を叱りに来たんだろうな。  
 だって、彼、私をいじめることを生き甲斐にしているような人なんだもの。  
 
「熱は測った?」  
 身をかがめられて、おでことおでこが触れ合った。  
 ひぃっ! やめて。熱が上がっちゃう。  
「熱いね」  
「……さっき測ったときは39度8分でした」  
「重症じゃないか。『京子』を応援してくれる人たちのためにも、もっと自分を大切にしないとだめだよ」  
 こんなになるまで無茶したことを責められるかと思っていたら、降ってきたのは意外にも優しい言葉だった。  
「体調管理できなかったこと、怒らないんですか?」  
「怒る? どうして? 怪我人と病人には無条件に優しくするものだろう?  
 それが恋人ならなおさらね。今日来たのは純粋にお見舞いのため」  
 そうだった……。敦賀さんはそういう人。  
 天然いじめっ子だけど、考え方はとっても大人。  
 ねちねち細かいことをうるさく言う人じゃない。  
 私ったら、さっきからネガティブなことばかり考えてたのね。  
「そうだ、差し入れ持ってきたんだけど食べない?  
 何がいいのかわからなかったから、社さんに選んでもらったやつだけど」  
 そう言って渡されたのはコンビニの袋。  
 中には大量のBIGプッ☆チンプリンが入っていて、思わず私は顔を引きつらせた。  
 好きだけど、好きなんだけど、もれなくバカショーを思い出してしまういわくの一品。  
 なんてセレクトするのよ社さん。確かに食欲のない時の定番ではあるんだけど……。  
「もしかして、嫌いだった?」  
 私の顔が曇ったの見て、敦賀さんの顔から笑みが消えた。  
「いっ、いえ。プリンに罪はアリマセン。ただ、今は食べたくないな〜って」  
「つらくても飲んで食べて体内の悪いものを全部出さなくちゃだめだよ」  
「うう……。ポカリはなんとか飲めるんですけど、食欲がないんです。  
 せっかく買ってきていただいたのに、すみません」  
「そう……」  
 
 どんどん沈んでいく敦賀さん。  
 秀麗な顔を曇らせるのは、イラツボを突くよりももっと嫌。  
 私は慌ててフォローする言葉を探した。  
「で、でも。お見舞いに来ていただいて本当に嬉しいです。  
 今まで風邪を引いてもこんな風に気にかけて貰ったことがないから……」  
「一度もないの?」  
 さっきまでの暗さは一瞬で消えて、かわりに浮かんだのは驚きの表情。  
 そりゃそうよね。子供が風邪を引けば普通の母親は看病してくれるもの。  
「母も、預けられていた先のお宅の人も、お仕事で忙しくて私なんかにかまっている暇がなかったんですよ。  
 市販のお薬を渡されて、寝なさいと言われて、それだけってことが多かったんです」  
「風邪を引くと弱気になって暗いことばかり考えるだろう。寂しくなったりしなかった?」  
「まあ……、多少は。だけど今はとっても幸せな気分なんです。敦賀さんがいてくれるから。  
 もしご迷惑じゃなければ、私が眠るまで手をつないでいてもらえませんか?」  
「じゃあ今夜は寝かせるわけにいかないな」  
 精一杯の勇気を振り絞ってお願いしてみると、敦賀さんはすっと手を握ってくれた。  
 私を見下ろすようになった顔は明かりの陰になっていて見えないけれど、  
 きっと優しい微笑みを浮かべていてくれるんだろう。  
 誰にも省みられなかったあの頃とは違う。  
 私を愛し、そばにいてくれる人がいる。  
 それだけで心は満たされていく。  
 けれど、温かくなっていく心とは逆に、体はどんどん冷えていって背筋に悪寒が走った。  
 熱が上がっているのかもしれない。  
「ごめんなさい。やっぱり私なんだか眠いです。それにさっきから寒気がひどくて」  
 悪いけど、休ませてください。そう続けようとしたら、敦賀さんが顔を耳元にうずめて囁いた。  
「寒いのなら俺が暖めてあげようか」  
「え?」  
「適度に運動して汗をかいたら、体の中から悪いものも全部排出してすっきりするよ」  
 そう言うと、敦賀さんは掛け布団をはぎとって私に馬乗りになった。  
 ちょっと、ちょっと、ちょっとぉ!!  
 なんでこの流れでそうなっちゃうの。  
 
「やっ。今日は、ムリ……」  
「キョーコは病人だから何もしなくていいよ。力を抜いて全部俺に任せて」  
「本当にムリなんですっ」  
「うそつき。さっきからキョーコの顔、俺を感じてくれてるとき同じになっていたよ?  
 人肌が恋しくなって、俺を誘っていたんだろう」  
 さっきまで紳士だったのに、なんでいきなり帝王モードなの?  
 してるときの顔って……、これは熱に浮かされて苦しんでる顔ですから。誘ってませんって!  
 どうしてそんな勘違いをしちゃったんだろう。  
 
 あっ、そういえば。  
 敦賀さんって1回しか風邪を引いたことないんだっけ。  
 症状や正しい対処法なんて、この様子だとぜんぜん知らないのね。  
 前のときに水分を摂取して悪いものを体外に出さなきゃだめだって注意したような気がするけど、  
 アレは敦賀さんが仕事に穴を開けたくないってわがままを言ったからであって、  
 本当は温かくして安静にしているのが一番なんですからっ。  
 
 ……そう言いたいのに。  
 唇をふさがれて文句も言えないまま、器用に動く長い指がパジャマの前を全開にしてしまった。  
 
 汗が浮いた肌はべとべとしていて、自分で触れても気持ちのいいものじゃない。  
 なのに敦賀さんは平気で舌を落としていく。  
 ブラをずらして、現れた双丘を両手で包み込んでやわやわと揉みしだいて。  
「やぁっ。……るがさ、だめぇ。下にたいしょと……ぉかみさんが、あ、はぁっ、いるのっ。  
 こぇ、きかれちゃぅぅっ」  
「大丈夫。お店にお客さんがいっぱい入ってるから、彼らには聞こえないよ」  
 ショーツの中を縦横に這いまわる手が花芯を捕らえた。  
 つまんでこねくり回される刺激に耐えきれず、足先がピンと反り返ってしまう。  
 気持ちよすぎて声も抑えられない。あそこは意志に反して潤沢を帯びていく。  
 こういうとき、敦賀さん好みに仕込まれてしまった自分の躰が恨めしい。  
「でもぉ、おかみさんが、おちゃ、ぁ、はぁん、ぃれてっ、来るって……ぇ。んんっ、ふぅ」  
「きっと忙しくて忘れてるよ」  
 私がいくら必死に訴えかけても、敦賀さんは聞く耳を持ってくれなかった。  
 
 大将と女将さんにだけは、敦賀さんとこんなことをしているなんて知られたくない。  
 口も、あそこも、お尻も、胸も、手も。全部、彼を愉しませるために使ってきた。  
 この躰のどこにも敦賀さんの触れてない場所なんてない。  
 望まれればどんな体位にも挑んできた。  
 だから今さら恥ずかしいなんて言える立場じゃないけど、  
 親代わりの二人にだけは、こんな淫らな躰にされてしまったことを知られたくなかった。  
 私を実の娘のように大切に思っていくれている人たちだから、軽蔑されたくないの。  
 
 私の葛藤をよそに、敦賀さんの手はクリトリスを苛め続けていた。  
 親指で擦りながら、他の指を気持ちのイイ穴に挿入しようとしてくる。  
「だめぇっ。はぁっ、ぁぅっ、なんでも、すりゅから、きゃぅん! ヤ……、ここじゃヤぁ」  
「食欲がないって言うわりに、こっちのお口は空腹を訴えているみたいだよ。  
 こんなによだれを垂れ流して……、そんなに俺のを食べたかったの?」  
「そ……なことなぃもん」  
 ぐちゅぐちゅとあそこを掻き回されて、体の芯から火照っていくような感覚。  
 だめ。どんどん熱が上がってる。  
 眠いのに、だるいのに、躰がどんどんその気にさせられていく。  
「どうする、キョーコ? やめる?」  
「ヤぁっ。やめちゃヤだぁ」  
 こんな状態でやめられたりしたら、どうやって熱を下げればいいのかわからない。  
「キョーコはどうしてほしいの? ちゃんと言ってごらん」  
「いれてっ! つるがさんの、おっきいの……ナカに入れてぇっ!!」  
「どこに? 何を? ちゃんと言わないとわからないよ」  
「……っるがさんの、いぢわるっ」  
 いつも優しいのに、どうしてセックスのときだけ意地悪になるんだろう。  
 求めてきたのは敦賀さんなのに、気がつけば私の方が切羽詰まってる。  
 敦賀さんは私のあそこをもてあそんでくちゅくちゅとわざとらしい音を立てている。  
 イキそうになるたびにその指は動きをとめて、私を焦らし続ける。  
「いらないの? ん?」  
 もうだめ。イキたい。我慢できない。  
 敦賀さんの首にすがりついて必死に訴えた。  
「つるがさんの****を、××××に入れてぇっ! おねがっ、はやく、……ほしいのっ」  
「よくできました。素直な良い子にはご褒美をあげなくちゃね」  
 敦賀さんはジーンズのファスナーをジジッと下ろし、大きく膨れ上がった欲棒を取り出した。  
 
 待ち望んだものがナカに入ってくる。  
 肉壁をえぐるようにしてイイところを探りながら迫ってくる、ソレ。  
「キョーコのナカ、熱すぎて溶けそう。……すごく気持ちイイよっ」  
「ひゃぁん! ぁあっ、はぁ、わたしもっ、きもち……イィ」  
 はしたなくも大きく足を広げられて、深い突き上げを受ける私。  
 階下の二人に知られたくないと思っていたはずなのに、声が大きくなっていく。  
 もう我慢なんてしていられない。  
「あん、あんっ、あんっ、あひゃあっ! ひぃっ、……ひゃうん!」  
 激しく何度も抉られて、すっかり敦賀さん専用に開発されてしまった躰は、  
 彼を悦ばせるポイントを知り尽くしている。  
「うっ、……きつっ」  
 括約筋と腹筋に力を入れると、ナカがきゅっと締まって敦賀さんの顔に喜悦が浮かんだ。  
 もっともっと私で気持ちよくなって。  
 そしてもっと乱暴に貫いて、私をめちゃくちゃにして。  
 
 荒くなっていく息づかい。  
 激しくなっていく腰づかい。  
 目が回りそう。  
 揺れているように感じるのは熱のせい? ううん、違う。   
 決して安普請ではないはずの家が、敦賀さんの律動にあわせて揺れている。  
「はぁぁあん! はぁ、つるがさ……、はふぅ、はげしすぎっ。気づかれちゃ……よぉ」  
「どうせなら、見せつけてやろうよ。俺とキョーコが愛し合ってるところ」  
「やぁ、だめぇっ。つるがさんのはだか……みていいの、わたしだけなのっ!」  
「そうだね。俺もキョーコの肌は誰にも見せたくない。そろそろイこうか」  
 敦賀さんは私の足を閉じて太股をぴったりあわせると、膝をお腹に押し付けてきた。  
 寝転がった体育座りみたいな体勢にさせられて、抜き差しの速度が早まった。  
 こうするとあそこの締め付けが強まるらしい。  
 敦賀さんのものが私の中で大喜びしている。  
 それがとても嬉しくて、私は暴れん棒を襞で煽った。  
「俺、も……イキそう。キョーコ、いい?」  
「イって! ィってぇ!!」  
 早く絶頂を迎えたくて、私はぎゅっと敦賀さんのを咬えこんだ。  
 
 二人で同時に達した後、私の意識が遠くなっている間も敦賀さんは攻め続けた。  
 頂点に達した直後のことはいつも覚えていないけど、  
 そのときの私のあそこは、敦賀さんが夢中になるくらい激しく波打っているらしい。  
 敦賀さんは私が気を失っている間に一人で愉しんでしまい、  
 一緒に腰を振ろうとしたら、再び元気になったそれをあっさり抜いてしまった。  
 
 私と敦賀さんの愛液にまみれた、最強の凶器。  
「キョーコ、お口を開けてごらん」  
 そう言うと、敦賀さんは顔の前にかがんで、私の口にソレを押し込んだ。  
 波打つ血管さえ見える至近距離。どんどん深く押し込まれていく敦賀さんの武器。  
 本当は嫌いなんだけど、私がフェラを好きだと思い込んでいるのか、敦賀さんはいつもこれをしたがる。  
 おいしくないし、喉の奥に押し込まれて苦しいのに、敦賀さんが悦んでくれるから断れない。  
「キョーコの大好物だよ。食欲がなくてもしっかり食べなきゃだめだからね」  
 うぇ。苦くて酸っぱい。二人分の粘液が混ざって変な味。  
 こんなの好物じゃないと声を大きくして言いたいけど、嫌われたくないから言い出せなくて、  
 敦賀さんのものに対してあまりにも小さすぎる私の口に、挿入と排出が繰り返された。  
 亀頭だけでもつらいのに、強引に根本まで埋めようとしてくるから涙が出そうになる。  
 でも、敦賀さんが気持ちよさそうにしているから頑張るの。  
 歯を優しく立てて、舌でくすぐって、奉仕を続ける。  
 やがてどんどん腰の動きが激しくなって、敦賀さんのものが震えだした。  
 
「上手にできたご褒美に、元気になれる薬をあげるよ。苦いけどちゃんと全部飲んでね」  
 その瞬間、口の中で何かが爆発した。  
 ビュクビュクと数回に渡って吐き出しながら、敦賀さんのものがしぼんでいく。  
 私は喉の奥からせり上がってくる不快感を押し殺し、吐きそうになるのを必死でこらえた。  
 喉をゴクリと鳴らして嚥下する。  
 一滴でも残すと機嫌が悪くなるから、唇のまわりに飛び散ったものも指で集めて口に運んだ。  
「おいしかったです。ごちそうさまでした」  
 おいしいとは思っていないくせに、にっこり笑って合掌する。  
 こうすると悦んでもらえることを、何度も何度も敦賀さんと躰を重ねていくうちに覚えてしまった。  
「いいコだね、キョーコ」  
 全部飲み干した私に与えられるお褒めの言葉。  
 なかば強制的に始めさせられる口での奉仕だけど、終わったあとに優しくしてもらえるのがとっても嬉しい。  
 髪の毛に手櫛を入れられ、優しく撫でてくれる。  
 ああ、幸せ。  
 これがあるから何をされても許してしまえるの。  
 乱暴であればあるほど、非道であればあるほど、終わった後のスキンシップが優しくて、  
 それがあるとわかっている私は苛められるほど燃えてしまう。  
 だから、もっと激しく、して?  
 
 一度火が付いた敦賀さんは止まらない。  
 一晩に5回も6回も、多いときは二桁に届きそうなくらい私を求めてくる。  
 どんなに夜が更けていても、どんなに疲労がたまっていても、  
 私がお決まりの「嫌」というセリフを口にしてもそれは同じ。  
 溜まっていた欲望をすべて吐き出すまで走り続ける。  
 今日もそうだった。  
 もう2回も出したのに、私は熱でフラフラなのに、敦賀さんはまだやめる気配はなくて、  
 私の片足を持ち上げると抜き差しを再会した。  
「はぁっ、はぁ、ああっん、あぁ、あん、ぁんっ」  
「調子よくなってきたね。薬が効いてきたかな?」  
「そんなのしらな……ひゃあん!!」  
 私のあそこはぐちゃぐちゃにされて、じゅくじゅく、グチュグチュと鳴り続けている。  
 お掃除してもらえないナカには、敦賀さんが放ったものがいっぱい溜まっていて、  
 肉棒が出ていこうとするたびに少しずつこぼれた粘液で、煎餅布団に大きな水たまりができた。  
「でも、キョーコのナカはまだ熱っぽいね。まだ汗をかき足りないのかな」  
「わかんなっ……、でも、もっと、はぁっ、もっと……く、して……。はげしく、はぁぅっ!」  
 私は風邪でつらかったことなんて忘れて、必死に求め続けた。  
 敦賀さんと繋がったところから元気を貰っているような気がしてくるから不思議。  
 
 
 第4ラウンドが終わった後、敦賀さんはようやく私の躰を拭いてくれた。  
 横に寝そべって、腕枕で交わすピロートーク。  
 さっきまであれだけ激しく私を啼かせていたことが嘘のように、敦賀さんは優しくしてくれる。  
 茶色の髪をくるくると指に巻き付けながら、彼は放りっぱなしになっていたコンビニの袋に目を留めた。  
「そういえば、まだプリンを食べてなかったよね?」  
「プリンよりも、敦賀さんのほうがいい」  
 熱に浮かされて朦朧とした頭で答える。  
 上の口も下の口も敦賀さんが吐き出した精子をたっぷり飲んでお腹いっぱい。  
 だけど、おかわりがもらえるなら、もっと欲しい。もちろん、敦賀さんの限定で。  
「じゃあ、俺が食べようかな」  
 むくりと起きあがる敦賀さん。  
 プリンを一個手にとって「ここでプッ☆チンしてもいい?」って聞いてくる。  
「お皿なんてありませんけど」  
「あるでしょ、ここに」  
 そう言って、敦賀さんは容器のツメを折った。  
 
 プッ☆チン!  
 
 それはぷるるんと震えながら落ちてきた。  
「ひゃっ!」  
 冷蔵庫から出されて時間が経っているはずだけど、まだわずかに冷たくて。  
 ……気持ち悪い。  
 私の鳩尾の上あたりに乗ってふるふると不安定に揺れるプリン。  
「なに……これ?」  
 もう一個同じように開封しようとする敦賀さんを静止して、お腹を指差した。  
「何って、女体盛り? 本当は刺身を乗せるのが正しいんだろうけど、大事なのは器だから」  
「にょた――!?」  
「暴れないの! 動くと落ちるよ」  
 そして2個目が鎖骨と胸の間に落とされた。  
 
 敦賀さんは最初に盛ったプリンを直に頬張った。  
 底面がぬるぬるしたそれは、ささいな刺激にも左右に揺れて落ちそうになる。  
 くすぐったくて身悶えしたいのに、少しでも動いたら二個ともすべってお布団に直行しそう。  
「じっとしていてね」  
 そう言って、敦賀さんは散々愛し合った私の秘処に指を入れた。  
「ふぁ、ぁあぁぁぁん。ひゃ、だめぇ、つるがさ……。も、むりぃっ!」  
 胸元で無傷のプリンが揺れる。  
 お腹に目をやれば、ゆっくりともう一個のプリンを堪能する敦賀さん。  
 その先には抜き差しを繰り返す無骨な指。  
 動くなって言われても……。  
「もぅ、だぁめっ! 気持ちィイ、くすぐった……ぃ。はぁん、がま、できなっ」  
 躰を動かすことができないから、手足をばたばたさせて訴える。  
「もうちょっと待ってね」  
 1つ食べ終えた敦賀さんの顔が、すぐ近くに迫ってきた。  
「これも普通に食べたんじゃおもしろくないよね」  
「?」  
 敦賀さんの手が、揺れ続けていたプリンを掴んだ。  
 ぐちゅっとつぶれて破片が指の隙間からこぼれ落ちる。  
「ボディ・チョコレートの代わりにはならないかもしれないけど」  
 意地悪な微笑みを浮かべて、彼はぐちゃぐちゃになったプリンの残骸を私の全身に塗りつけた。  
 
 べとべとになった指が口に侵入してくる。  
 私は舌で一本一本丁寧に舐め取って、仕上げとばかりに指と指の隙間まで舌を這わせていった。  
「キョーコ、おいしい?」  
「んっ」  
 わずかにカスタードとカラメルの風味がする。  
 だけど、それ以上に、敦賀さんの指からは愛液の味がした。  
 それらは散々私の中で暴れたせいで、バニラでは隠しきれない蜜の匂いと刺激が染みついている。  
 匂いも味もまだ慣れないけど、マーキングだと思えば所有の印を刻んだみたいでなんだか嬉しい。  
 私だけが敦賀さん色に染められたわけじゃないって思えるから。  
「はぁ、はぁあ、あん! ……つるがさん、は?」  
「俺もおいしい。キョーコの味がする」  
 全身をくまなく舐め上げながら、敦賀さんの舌は縦横無尽に走り続ける。  
 表面がざらざらした舌の感触がくすぐったくてたまらない。  
「ひゃん、ひゃふぅ、あ、あひゃ……ぁん、あん、あぁん。ひゃぁぁんっ!」  
「声、聞かれたらまずいんじゃなかったの?」  
「でもっ、きもち……ィィんらもん!」  
「そう。なら、もっと気持ちよくなろうか」  
 敦賀さんはそう言って、私の中に入ってきた。  
 今晩、これで何回目だろう。  
 熱に浮かされた私は、そんなことさえわからなくなっている。  
「……ナカ、熱いね。あんなに汗をかいたのにまだ足りないなんて、キョーコの躰はどうなってるの」  
「つりゅがさんが、はふぅ、はぁん、わたひを、しょのひに、ふぅっ……しゃせたかららもん」  
 もうっ、舌がちゃんと回らないよ。  
「責任取って火照りの解消につとめさせていただきます」  
 かしこまって宣言すると、敦賀さんは私の腰を抱えるようにして激しく打ち付けてきた。  
 
 頂点を目指して二人で一緒に腰を振る。  
「ぃいっ。ソコ、はあぁん、ソコがイィのっ!」  
 夢中になっていた私たちは、ここがだるまやの二階だということを完全に忘れていた。  
 
 とん、とん、とん。  
 私は階段をのぼってくる足音に気付いて我に返った。  
 この歩き方は女将さんだ。  
「つるがさ……、はなりぇて。きちゃうぅ……」  
「いいよ、イって!」  
「ちがっ」  
 敦賀さんは近づいてくる人の気配に気付いていないのか、律動を収めてくれない。  
 してることが女将さんに知られちゃうかもしれない。  
「キョーコちゃん、入るよー」  
 ノックから間をおかずに扉が開いた。  
「敦賀さん。キョーコちゃんの体調が悪いから、今日はもう帰っ――」  
 その瞬間女将さんが見たものは、敦賀さんに組み敷かれた半裸の私。  
 なんとか繋がった場所だけは布団に隠せたけど、何をやっているのか明白で。  
 
 そのままドアは勢いよく閉められた。  
「ご、ご、ごご、ごめんよー。ゆっくりしていっていいから。なんだったら泊まっていっていいからねぇ」  
 そう言い残して、バタバタと足音が遠ざかっていく。  
 
「敦賀さぁん……」  
 乱れきった息を整えながら、私は覆い被さっている最愛の人をにらんだ。  
「見られちゃったね」  
 なんでしているところを見られたのに、そんな平気な顔をしていられるんですか?  
 もし見られたのが大将だったら、今頃、包丁を投げつけられてますよ。  
「でも、あれだね?」  
「はい?」  
「他人の目があると思うと、それはそれで燃えるね」  
「それは敦賀さんだけだと思っ……はぁん。あっ、あっ、ああっん。つるがさ……なんで、もぅ……や」  
 再び激しい突き上げに襲われて、私は戸惑ったままそれを受け入れる。  
「キョーコが眠るまで繋がってる約束でしょ? 仕上げ、続けようか」  
 
 本気を出した敦賀さんに容赦なく躰を貫かれ、私は痛みをともなう快感に溺れた。  
 でも、ぜんぜん嫌じゃないの。  
 つらいとき、不安なとき、そばにいてくれる人がいる。  
 これ以上の幸せを、私は知らなかったから。  
 何度も囁かれる「愛してる」の言葉を耳の奥に閉じこめて、  
 今度こそいい夢を見るために、私の意識は深い場所に沈んでいった。  
 
  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  
 
「おや、もう帰るのかい?」  
 二人分の後始末と身支度を終えた蓮が階下に降りると、閉店後の店内を清掃していた女将に呼び止められた。  
「はい。キョーコが眠ってしまったので、俺はこのあたりでおいとまさせていただきます。  
 遅くまでお邪魔しました」  
「その、さっきのだけどね……。あまりあの子に無理をさせないどくれよ。  
 子供を亡くしたうちら夫婦にとっては、実の娘のように大切な子なんだから」  
「なんのことでしょう」  
 と、蓮はしらを切る。  
「風邪でへろへろになった女の子の、寝込みをおそ……おそ、襲うようなまねだよ」  
 女将は口ごもりながらも、しっかりと蓮を見据えて言った。  
 厨房で明日の分の煮込み料理をかき混ぜていた大将の肩が、びくんと跳ねる。  
 それを視界の端にみとめつつも、蓮の顔に動揺はない。  
 まるで自分は聖人であるかのような後光をまとって、神々しい笑みを浮かべてさえいる。  
「ああ、あれですか。あれは汗を拭いていただけなんですよ。  
 そのまま寝かせたら体を冷やして症状を悪化させそうだったので。  
 もしかして、不埒な行為に耽っているように見えてしまいましたか?  
 そうだとすれば、誤解を招くようなことをして申しわけありませんでした。  
 今後ともキョーコさんとは清いおつきあいをさせていただきますのでご安心ください」  
 芸能界一のいい男。紳士、穏和、フェミニスト。  
 そんな評判の良さをうかがわせる振る舞いをされては、女将もそれ以上強いことは言えない。  
 
 それどころか。  
「そ、そうだよねぇ。敦賀さんともあろう人が、弱った女の子を押し倒したりなんかするはずないよねぇ。  
 やだよあたしったらおかしな誤解してっ。うん、あれは見間違い。気のせいだよねっ」  
 自分の見たものを信じたくなかったのだろう。  
 女将は必要以上に先ほどの光景を否定する言葉を重ねた。  
 
 女将の顔から不信が消えていくのを満足そうに見やって、蓮はだるやまの裏口をくぐった。  
 大将は最後まで蓮を凝視していたが、キョーコと愛し合ったことで満たされた蓮がそれを気にすることはない。  
 
 キョーコの風邪を悪化させたとも知らず、彼の顔には本物の笑みが浮かんでいた。  
   
 
 
             ―― 完 ――  
 

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