「君は主人公を誘惑する女なんだ。相手の男優だけでなく、観客をも惹きつけなければならないんだが、
わかっているのか」
何度も駄目出しをされて、流石の奏江もへこんでいた。
(んもー、わかっているわよー。あたしだって恋人らしい演技はできるけど、エロシーンは初なのよ!?
言い訳したくないけどさ、高校生のあたしがどうやって娼婦の気持ちをつかめばいいのよっ!
そしてこのお坊ちゃま然とした主役相手にどうやって色香を出せと? 名優の中園彰ぐらいおじ様なら
リードもしてくれそうだけど〜)
現実逃避をしそうになる自分を叱咤し、新開を睨みつける。
「あの、生意気なこと申し上げますが、この主人公の首に絡みついて彼を落とすというシーン。
キスシーンも追加して頂きたいんですが」
新開は片眉を上げた。
「君、売り出し中で、高校生だったよね。色物のイメージ、大丈夫なのか。宝田社長が後でなんと言うか」
「社長や会社に損失を与える演技はしません。このあたしを色物だなんても呼ばせない」
奏江は歩を進め、新開の前に立つと突然抱擁し、指先で彼の襟足を撫で上げた。
脚本にある台詞一つ口にせず、新開をある時は憂いを帯びた瞳で、ある時は炎を宿したような瞳で、
見つめる。そして妖艶に微笑み、男の唇をちろりと舌でなぞり、口づけを深めた。
演技指導であるはずだと、周囲の出演者やスタッフが自ら言い聞かせなければならないほど、
彼らのキスは迫真であった。
普段は小生意気な小娘にしか見えない少女に、ねちっこく舌を攻められ、新開は眉を顰めた。
「んっ」
唾液まで注ぎ込まれ、ぴちゃぴちゃと湿った音がスタジオ内にこもる。皆生唾を飲んだ。
脚本を持った手にまで唇を押し当てられ、猫のような目で上目遣いに見上げられて、新開は迂闊にも退いた。
逃がさないとばかりに、奏江は脚本を振り落とし、彼の手の平を自らの胸の上に置いた。
一見スレンダーそうなのに、奏江の触り心地の良いふくよかな胸。新開の手が無意識の内にさわさわと
動いた。自分から、彼女を求めようとその腰に腕を回しかけ。
(駄目だ。溺れる)
新開は寸でのところで、奏江を振り切った。
突き放された奏江は、肩で息をつき、手の甲で自分の唇を拭った。
額に手をやる新開の前で、仁王立ちとなり不敵に笑う少女。
「アドリブだったんですが、いかかでしょうか」
天井を仰ぎ見て、新開はため息をついた。
「演技でなければ、俺はこの場で君にかしずいていただろうね」
肩をすくめ、撮影再開だと落ちた脚本を拾い上げていた。