妄想DARK MOON  
 
あの眼差しがまるで闇夜を照らす美しい金色の満月の様だと姉は言う。  
しかし見上げた男の瞳は切り出した窓から覗く不気味な朱い月にも似た狂気を孕んで私を刺した。  
 
 
私は美しい物を尊いとは思わない。  
例えば虹色の光を反射する真珠の胸飾り。例えばつるりとした手触りの白磁の壺、四季折々の表情を見せる整えられた庭園。そして至高の宝石と例えられる綺麗な綺麗な私の姉。  
それから。  
『愛とは、とても素敵なものだとは思わない?ねぇ、未緒さん?』  
嬉しそうに私に笑顔を向けるあの子の信じる愛と言う感情。  
 
美しいものが醜く歪む瞬間。  
私にとっては、それだけが真実なのだ。  
 
 
「未緒…」  
欲に擦れた低い声で私の名を呼ぶ男は、姉の婚約者。そして美月の想い人。  
憎むべき対象であるこの男はある日、私の醜い傷に触れながら、愛している、と言った。  
そして、私は求められるままに彼に抱かれた。  
私にとってそれが初めての経験だということや、本来男女がセックスをする意味付けなど私にはどうでもよかった。  
そうすることで姉への密やかな復讐が果たせるなら。美月のあの笑顔を砕けるのなら。  
それだけの為に私は嘉月に貫かれて女になった。  
ただ、嘉月に教えられる身体の悦びは教えられる度にその濃度を増し、私を懊悩させた。  
 
「は……ぁん……」  
 灯りを遮断した昏い部屋は、唾液を絡めた舌を使う淫秘な音と耐え切れず漏らす私の吐息で満たされる。  
時折私の名前を譫言のように呟きながら嘉月は醜い傷跡を幾度も幾度も舐める。  
そうされると、とうに神経が摩滅し、硬化した筈の古い傷跡が膿むように痛む。  
痛むだけではない。舌を使われたところから熱が拡がって私の身体を高ぶらせるのだ。  
高ぶっているのは嘉月も同じらしく、薄い夜着越しに嘉月の熱塊を感じて私は舌舐めずりをした。  
これを体内に容れ、思う様突かれるのを想像しただけで下着を淫らな体液で濡らし、腰を揺らしてしまう。  
「…かつき…」  
 甘えた声音で名前を呼び、立てた膝頭でそれを嬲る。  
「…ッ」  
 露骨な催促に嘉月の身体がびくりと震えた。  
 
 体温を上げたぬめる舌に耳朶を舐られながら、ネグリジェを早急な仕草ではだけられる。彼に初めて抱かれたのは茹だる様な熱帯夜だった。今は剥き出しになった素肌に触れる外気がひんやりと冷たい。  
大きな男の手が傷跡ごと私の頭を包んで、焦らす様な軽い口付けをする。  
彼の背に両腕を巻きつけながら、早く、と願う。  
早く、この肌に触って欲しい。  
思う様に触れて、口付けて、舐め回して。  
この身体を蹂躙して欲しい。  
優しくなんてしなくて良い。  
決して美しくなどない、人間の最も原始的な行為に相応しく、欲望のままに獣みたいに私の身体を嬲って欲しい。  
早く、早く、早く、いつもみたいに気持ちよくさせて。  
 
 唇が乾いてしょうがない。  
濃厚な接吻で腫れた唇を一舐めして、嘉月の肌に爪を立てる。  
「ん…、ぁあ…っ」  
 汗ばんだ皮膚を擦り合わせ、お互いの性器に指を這わせる。  
嘉月の指はまるで私が壊れ物だと云うかのように慎重だ。  
体液で滑る陰唇を私の身体がひくひくと快楽に陥落するまで丹念に愛撫し、時には舌を這わせ、唇で挟む。  
これ以上無いくらいに蕩けさせてから、やっと私の中に長く、骨ばった指が入ってくる。  
そのときには私の肉は教師である彼が中指に作った筆胼胝の形まで判るくらいに敏感になっていて、はやく頂戴と嘉月を責めるのだ。  
「未緒…っ」  
「んぁっ、あぁぁーっ」  
 漸く嘉月の形に拡げられて、私は歓喜の声を上げた。  
どくどくと脈打つ熱塊が渇きを癒す。  
「あっ、あ、だめ…、あぁ」  
 馴染ませるように動いた後、私の中で暴れるそれに翻弄されながらも、もっとと彼に腰を合わせる。  
「いや…っ、もっと…ね、ぁあ…っそこ…ぉそこ、いい…っ」  
 切れ切れに喘ぎながら絶頂が近いのを感じる。  
「ひ、あああっ」  
 射精のために嘉月の性器が嵩を増したのを感じて、私も登り詰めていく。  
 
そうして、声を聞く。  
押し殺したように、搾り出すように。  
懺悔をするような苦渋に満ちた響きで。  
「…愛している」  
と。  
 
莫迦な男。  
「優し」過ぎるがゆえに、向けられた好意を邪険に出来ず、一度誓ったことを覆すことが出来ないのだろう。  
約束を破ることが出来なくて、苦悩して。  
人の心は移ろいゆくものなのに。お姉様も、美月も、誓いなんて信じるほうが悪いのに。  
酷い男。嘘を吐かれるほうが残酷だって気付いていない、愚かな男。  
…でも、それ故に私は。  
…私は。  
嘉月と繋がったまま、私は嘲笑った。  
「…その台詞はお姉さまか美月に言って差し上げて?」  
耳朶を唇で愛撫しながらそんな台詞を吹き込む。  
「…君は、残酷だな…俺の事をこんなに深く受け容れている癖にそんな事を言う」  
「ふふふっ…私よりも貴方のほうがずうっとひどい男よ…」  
お姉さまと美月は未だ夢を見たまま、嘉月が何時か自分を迎えにくるのを信じて疑わない。二人が切望する男は、私のような醜い女相手に愛しているなどと妄言を吐き、その欲望の丈を注ぎ込んでいるというのに。  
可笑しくて溜まらない。  
胎の底から嗤いが込上げてきて、私はますます良い気分になった。  
呼応するように身体が高ぶり、嘉月の性器を締め付けながらまた腰を振った。  
「…ッ」  
耐えるように眉を寄せた嘉月の首筋に唇を寄せて、淫らな懇願をする。  
「ねぇ、もっと…」  
私は。  
「もっと、…狂いそうな位悦くして…あぁ…」  
私は、疾うに狂っているのだろう。  
 
請うた通りに、深く、怒張したものが更に深いところへとねじ込まれる。  
「んぅ…んっ」  
身体のなかの最奥を侵略される悦びに、ぐずぐずに溶けた粘膜が嘉月を味わうために浅ましい収斂を繰り返す。  
熱は冷めることなく、嘉月が私の内から出てもなお、足りないと強請り、また貫かれる。  
 
ふと目をやると、カーテンを開け放した窓から、美しい月が見えた。  
蒼く色を変えた月は私の気に入りになるほど素晴らしかった。  
私はとても良い気分のまま、  
「ねぇ…そんなもの要らないわ」  
嘉月が手にした新たな避妊具を奪い、下肢を更に割った。  
嘉月に融かされた肉に自らの指を差し入れ左右に押し開く。愛液が漏れてシーツを濡らす様を見て嘉月の咽喉が鳴った。  
「そのまま容れて…?未緒のここに熱いのいっぱい出して、かき混ぜて、ぐちゃぐちゃにして…?」  
「…美緒…」  
囁くように私の名を呼んで、嘉月が体重を掛けてくる。  
「嘉月…、嘉月…っ、もっと、いつもみたいに可愛がって?…ぁ、はぁ…っ」  
嘉月の髪に指を絡め、唾液を混ぜあう。  
嘉月の指が私の傷を愛おしげに撫でる様は、薄く開けたドアの向こうにきっと見えるだろう。  
 
…ねえ、美月?ちゃんとその瞳に焼き付けている?  
貴方の「愛した」男が、貴方を裏切っている様を。  
 
 
                                   がたん。  
 
耐え切れなかったのだろう、顔面を蒼白にした美月が開け放たれたドアの向こうで崩れるように座り込んでいた。  
体中ががたがたと震え、ただ、ただ睦みあう私たちを凝視して。  
いや、私たちではない。  
動きを止め、ドアを見やった嘉月を、美月は縋るような瞳で見つめていた。  
 
…沈黙の時間はどれ程だったか。  
私には心地の良いその時間を破ったのは嘉月の搾り出すような慙愧の声だった。  
 
「すまない…美月…。  
すまない…でも、俺は…っ」  
 
嘉月の唇が次の言葉を紡いだ。それが私の待ち焦がれていた瞬間でもあった。  
私は美月に、太陽のように美しく笑う少女に向かって微笑んだ。  
 
―――――――――――それは美しいものが醜く歪む瞬間。  
私にとっての、真実。  
 
太陽を堕とした男は美月の消えた扉を見据えたまま顔を覆う。  
私は笑んだままその身体を抱きしめた。  
不様にあがくこの男は醜い。だがそれでこそ、私のこの醜悪な傷のように私はこの男のことが愛しいと思うのだ。  
 
 
 

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