「キョーコ!」
富士テレビの一角。
人気の少ない階段の踊場で、恋人を待っていた私の前に現れたのは、
「……っ!ショータロー」
恋人の敦賀さんではなかった。
「なんでアンタがここにいるのよーっ!」
せっかく敦賀さんに会えると思って、うきうきわくわくドキドキしてたっていうのに。
こんなヤツに会うために、わざわざ人気のないところに来たわけじゃないのに。
「お前こそ、わざわざこんな人気のないところで、何してるんだよ?」
「アンタに関係ないでしょう?」
訊かれた内容には答えず、冷たく言い放つ私に構いもしない。
「お前、あの噂、ホントなのかよ?」
相も変わらず、自分の事が優先のようで、ぽんぽんと質問ばかりが飛び出した。
「敦賀蓮と付き合ってるって、ホントかよ!?」
そういえば、業界人の間で噂になってるって、社さんが言ってたっけ?
「おいっ!何とか答えろよ!」
「うるっさいわねーっ!私が誰と付き合おうが、アンタに関係ないでしょっ!」
いい加減、鬱陶しくなってきて、ショータローに怒鳴り散らした。
「はっ!何だよ、お前。マジかよ」
ショータローは、鼻で笑った。
「付き合ってるのは、本当よ」
私の言葉に、ショータローの顔が少し引きつった……気がした。
「アンタには感謝してるわ。アンタに捨てられなかったら、私は、敦賀さんと出会うことなんて出来なかったから……」
ばんっ、と凄い音がして、私の両手首が踊場の壁に縫い止められた。
ぎりっ、と両手を締め付けられて、ショータローの体の下から抜け出す事ができない。
「いった……、離しなさいよ!」
見上げた私に向けられたショータローの顔は、何だか泣き出してしまいそうに見えた。
「ふんっ。お前なんかに、あの男が本気になると思ってんのかよ?」
鼻で笑って、侮蔑するような笑顔を私に向けて、ショータローが言った。
泣き出しそうな顔なんて、錯覚だったみたい。
そもそも、コイツがそんな顔なんてするわけがない。
「敦賀さんは、アンタなんかより、ずっと誠実よ!」
敦賀さんは、優しいもの。
大切にされてるって、泣きそうになるくらい、実感させてくれるもの。
「お前、バカじゃねぇ?あの男の周りには、すげーイイ女達が選び放題に、いっぱいいるんだぞ?」
そんなコト、アンタなんかに言われなくてもわかってる。
確かに、敦賀さんの周りには、綺麗な女優さんだって可愛いアイドルだってたくさん居る。
「わざわざ、地味で色気のねーお前なんか選ばなくても、あいつの周りにはそりゃあイイ女がいっぱい群がってくるだろーが!」
ズキリ。
ショータローの言葉に、古傷が痛んだ。
「そんなコト……」
地味で色気がないから、コイツに捨てられた、私。
敦賀さんに、大切にされてるのがわかってるのに、自分に自信がなくて、いつか振られるんじゃないかと、いつだって怯えてる。
「アンタなんかに言われなくても、充分わかってるわよ!」
こらえきれずに、涙がぱたり、床にこぼれた。
「お、おい。キョーコ……」
泣き出してしまった私に驚いて、ショータローが手の力を緩めた。
瞬間。
……バンッ。
凄い音がして、目の前からショータローの体が消えた。
「……っ、敦賀さん!」
そこには、ショータローの襟首を掴んで、今にも殴りかかろうとしている、敦賀さんがいた。
「何、人のオンナ泣かせてるんだ?」
だめっ。
そんなヤツ殴っちゃだめ。
「だめです!敦賀さんっ!」
殴りかかろうと振り上げた腕に、飛び縋り、止めさせる。
「離しなさい!キョーコ、こんな奴庇う気か!?」
「違います!」
こんな奴殴ったら、敦賀さんの体に、商売道具に、
「じゃあ、離し……」
「敦賀さんの綺麗な体に傷がついちゃう!」
私の発した言葉に唖然として、敦賀さんは拳を下ろしてくれた。
ショータローも、突然の事にびっくりした顔してる。
「キョーコ?」
「はい」
「何で、コイツがここにいる?」
「わかりません」
敦賀さんに会えると思って、喜び勇んでいたら、知らない間に後ろにいたから。
「……そう」
敦賀さんは、深い溜め息をついて私に向き直った。
唇を私の瞼に落として、舌で涙を拭う。
「おい……、お前ら、俺を忘れていちゃついてるんじゃねー」
睨み付けるショータローを無視して、敦賀さんは私の両手首を手にとった。
「痣になってる」
せっかく綺麗な手なのに、と、痣のついた部分に唇を落としてから、ショータローを見据える。
「君も業界人の端くれなら、体に傷が付く事がどんな事になるか、くらいわかるだろう?」
ショータローを睨み付けて、そう言い捨てた敦賀さんは、私の腰に手を回した。
「てめぇ、マジかよ?」
「何が?」
「キョーコと……」
「ああ、そのことか。本気だよ。残念だね、彼女の色気のある顔が見られなくて」
さらり、ショータローの言葉をかわして、行こうか、と敦賀さんは言った。
取り残されたショータローは、
「キョーコ!お前、俺のコトが好きなんじゃなかったのかよっ!」
思いっきり、自意識過剰で失礼な発言を私に向けた。
ったく、敦賀さんの前で何てコト言うのよ!
「私が好きなのは、敦賀さんに決まってるでしょーっ!」
思いっきり叫んだ私を宥めて、敦賀さんは、ショータローに一瞥、睨みを効かせた。
「失せろ」
一言、低い低い声で、ショータローに告げて、私を車まで案内してくれる。
けど……、
「敦賀さん、怒って……ます?」
やっぱり、嫌な思いしたよね?
「君には、怒っていないよ」
ふぅ、と溜め息をついて、車のドアを開けてくれた。
「どうして泣いたの?」
車に乗り込んで、走らせて、少ししてから敦賀さんが口を開いた。
「奴に、何かされた?」
「い、いえ。手首を掴まれた以外は何も」
「じゃあ、どうして?」
「あの……」
自分に自信がなくて、ずっと不安だったコト。
地味で色気がないから、また、振られるんじゃないかと怯えてたコト。
敦賀さんに釣り合わない自分を恥じて、どうしようもなかったコト。
伝えたら、敦賀さんは押し黙って、何かを考え込んでしまった。
「キョーコ」
「はい」
「今日は君を抱きたい」
そんな風に、敦賀さんが言ったのは初めてで、なんだか少し、照れくさくて嬉しかった。
「今日は、帰すつもりないから。嫌なら、このまま、だるま屋まで送るよ」
敦賀さんと過ごす時間が、嫌なわけがない。
「今日は帰れませんって、だるま屋に電話しときます」
部屋に着いたら、敦賀さんは、シャワーを浴びようとする私を制止して、そのまま、ベッドルームまで連れてきた。
「俺が、どれくらい君のことが好きか、君の躰に、心に、刻みつけてあげる」
そう言って、深い口付けをくれた。
こういうコトをするのは初めてじゃないけど、する、と意識してするのは初めてで、ドキドキする。
キスをしながら、敦賀さんは私の服を、器用に脱がして、ベッドに連れて行ってくれて、全身に唇を落とした。
頬に、唇に、首筋に、髪に、背中に、胸に、手に、脚に……、数え切れないくらいのキスを落として、時々のきゅ、と印をつける。
敦賀さんのふにふにした唇が気持ちよくて、体中が熱くなった。
「キョーコ、好きだよ」
キスの合間に囁く声が心地良くて、体中に印された痕が、敦賀さんのものだと主張しているようで、心が満たされる。
「……あっ、ん」
胸に顔を埋める敦賀さんの舌の感触に、思わず、声が漏れた。
「キョーコ、かわいい」
熱に浮かされたような、敦賀さんの声が、艶めいて、全身が粟立つ。
綺麗な長い指が、私の躰を這いずりまわって、体中の性感帯を刺激する。
敦賀さんが私の中に入る頃には、意識も躰もとろとろに溶けて、
「んっ、すき……。敦賀さんっ、好きっ」
気持ちだけが溢れ出してどうしようもない。
「……っ、キョーコ、俺も。こんなに俺を夢中にさせるのは、キョーコだけだよ」
重ねた肌の温もりに、繋がれた手に、敦賀さんが、私を想ってくれてるのが、すごく伝わる。
「んっ、……敦賀さんっ、好きっ」
私の気持ちも、ちゃんと伝わってる?
不安で……。
口に出さなければ不安で、言葉を吐き出す私の唇を塞いで、
「大丈夫。ちゃんと、わかってる」
笑顔で言ってくれる敦賀さんを見たら、涙が出た。
「泣かないで、キョーコ」
繋がったまま、泣き出してしまった私の涙を口で拭って、
「好きだよ」
囁く敦賀さんの声と同時に、二人で果てた。
「ごめんなさい、敦賀さん」
裸のまま二人、シーツにくるまって抱き合う。
「不安になったりして」
告げる私に、深く口付けて、
「不安は解消された?」
私の顔を覗き込む敦賀さんは、すごく、安堵した顔だった。
「実は、俺も、不安だったよ」
敦賀さんがそんなコト口にするのが初めてで、少し驚いた。
敦賀さんでも、不安になるんだ……。
「一言で君をそんなに、不安にさせるアイツの影響力に嫉妬した」
「敦賀さんでも、ヤキモチ妬いたりするんですね」
なんだか不思議で、そう呟いた私に、そりゃあ俺だって人間だからね、って困ったように笑った敦賀さんは、なんだか可愛かった。
「じゃあ、今度は私が……。敦賀さんの躰に、心に、どれだけ敦賀さんのコトが好きか、刻みつけてあげます」
上半身を起こして、唇を落とした私に、少し驚いた顔した敦賀さんは、
「それは楽しみだな」
くすくすと笑って、私の頬に触れた。
再び、躰を重ね合った後、
「噂になってるみたいだし、記者会見でもしようか」
交際宣言しようと提案する敦賀さんに、素直に、はい、と答えた。
答えを聞いた、敦賀さんは、
「キョーコが俺のだ、って皆に宣言できるって、いいね」
って、ものすごく、ものすごぉーく嬉しそうに、笑った。