ぷきゅうー ぷきゅ ぷきゅ
聞き覚えのある独特の音が耳に入る。顔をあげると、そこにはニワトリの着ぐるみが立っていた。
ソレは蓮の顔を覗き込むと、何も言わずに彼の隣へ腰掛けた。ぷきゅ
何を言う事もなく、ただ足をぷらぷらさせているニワトリを横目で見る。蓮は、何も語らぬソレに
ポツリポツリと語り始めた。己の中の忌まわしい過去を。
鏡に向かって話しているような話し方は、誰かに聞いてもらう為ではなく自分が過去を振り返る為
だけのようだった。ニワトリは聞いているのか、いないのか時々目の前を通る蝿をじっと見つめているだけだったが、
蓮には無理に話を聞こうとする者よりずっと心地が良かった。
雨の音にかき消されてしまいそうな話し声は、いつの間にか聞えなくなった。
「・・・・・」
突然ぷきゅっと音がしたかと思うと、ソレは蓮の横を三歩進みくるっと回り、特有の音をたててにじり寄って来た。
「・・・・敦賀君。きみ泣くことあるの?」
大きな瞳で覗き込むソレは、いつものオバーリアクションがない為か別の人間が入っているようにさえ思えた。
「・・・いい大人がそう簡単に泣いてもね?」
大きな身体で、今にも崩れそうな男がここにいる。そう感じた瞬間、ニワトは両翼で蓮をポンと挟んだ。
「・・・・何?」
「泣いてもいいと思う、泣いたらすっきりする事もあるんだよ?」
ニワトリはーー最上京子は大きな男を見て素直にそう思ったのだ、自分もかつてそうだったから。
泣いて流してしまった事など幾らでもある。泣いて忘れる事だって出来る。
でも、それでも、ここに泣けない男がいる。
ーーーーーなんて不器用なんだろう
いつもは大きく見える敦賀蓮を今日は小さいと思った。
京子は、たまらなく悲しくなり蓮の小さな頭を包み込みぽんぽんと軽くたたいた。
時間がゆっくりと経過していく。永遠か、それとも刹那か、もう解らなかった。
「・・・・・ありがとう」
どれ位経過したのだろうか、蓮はそっと顔をあげた。そこにはーー京子の白い腕の中には、強い光を持った敦賀蓮の姿があった。
「ありがとう」
礼を言って白い身体を離そうと手に力を入れた蓮は、ふと疑問に思った。この左手の柔らかな感触はなんだろうかと。はっきり解るとは言い難いが、かすかにアレ特有の柔らかさがある。
蓮は一瞬左手に目線を移し、もう一度ニワトリの顔を見た。
「・・・・君はもしかして、おんなの」
「ぼーーーーーーーーーー!!!!どこだーー」
大きな声がフロア全体に響き渡る。ニワトリは蓮から離れ、ぷきゅっと歩き出した。
「もが・・・」
「コケーーーーーーーーーーー!!!」
ニワトリは、くるっと振り返り、蓮の心臓部に自分の翼を置いた。
「君はもう、大丈夫だね?」
そう一言残すと、蓮の返事を待たずに、凄まじいスピードでソレは去っていった。
「最上さんどうかした?」
「へ?」
「顔赤いよ」
京子がその胸のうずきの正体を知ったのは、もう少し先のこと。