触れてくる彼の唇が、手が。
火傷しそうなほどの熱を帯びていて、私は一瞬、その心地好さに抵抗を忘れてしまった。
抱きすくめてくる強い腕に後ろ髪を引かれて、無理矢理に顔を上向かせられる。
唇が掠めるほどの至近距離には、触れると切れそうなくらいに整った、鋭利な美貌。
暗く光った瞳が、震えるほどに恐ろしくて、私は右手で闇雲にドアを探った。
「───逃げられないよ?」
ドアロックをかけているからね、とどこか笑いを含んだ声で囁かれて、私は打たれたように身体を強張らせた。
「敦賀さん…」
そう彼の名前を呼ぶのがやっとで、やめてください、と続けたはずの言葉は声にならなかった。
彼の背後に見えるフロントガラスは闇に沈んでいて、ここがどこなのか、誰か助けを呼べるような場所なのかさえも分からない。
それでも無抵抗ではいられなくて、小さく暴れる私を楽しそうに見て、敦賀さんはシートの脇へと腕を伸ばした。
途端にシートが乱暴に倒される。
「きゃあっ!」
突然の振動に声を上げた私に覆い被さると、敦賀さんは噛みつくような激しさでくちづけてきた。
強く、きつく吸い上げて、荒々しく舌を差し込んでくる。
「…んっ……うっ…」
容赦のない舌の動きに息を奪われて、喉の奥で声が洩れる。
なんとか押しのけようとして、その両肩に置いていた私の手から徐々に力が抜けていくのを見計らったように、
敦賀さんは服の裾から手を侵入させてきた。
その指先が肌を辿って左胸へと辿り着く。
びくり、と身を竦ませた私を上体で押さえ込んで、敦賀さんは下着の上から、その頂点にゆるゆると円を書いた。
「ん…っ……!」
抵抗らしい抵抗もできない私にくちづけたまま少し笑うと、敦賀さんはその指先を肩紐の部分から忍び込ませて
きて、すでに固く凝り始めていた先端を、優しく摘んだ。
「………っ!」
深く舌を絡め取られたままの私の唇から、叫び声は少しも零れずに、すべてが敦賀さんに奪われていく。
同意の上ではないはずのこの行為に、私はけれど確かに快感を感じ始めていた。
身体の深い部分が濡れていく感じが堪らなくて。両手は意識しない間に敦賀さんの首を引き寄せていた。
絡め合うキスが角度を変えて更に深くなる。シートを倒した方の敦賀さんの手が、ゆっくりと膝から私の脚を撫で上げてきて、
スカートの中に潜り込んで来た。
閉じた脚を割るように、指先が内腿を上がってくる。
その熱に、流されかけていた身体がびくりと竦んだ。押さえ込んでくる敦賀さんの身体の
下から、なんとか逃げようともがく私を嘲笑うように、その手はあっさりと目的地へと辿り
着いた。薄い布を掻き分けて、一本の指がじりじりと私の身体の中に押し入って来る。
「…んぅっ…!」
ゆっくりと、やがて根本まで静められたその指が、私の身体の深みでいやらしく蠢く。
初めは小さかったその動きは徐々に大胆になっていって、濡れた音を立て始めた。
ぴったりと閉じ合わせていたはずの膝はいつのまにか緩み、指が二本に増やされる。
細かく抜き差しを繰り返しながら時折その場所を押し広げるような動きに、私の腰は
勝手に揺らめき始めていた。
───ああ…どうしよう。ひどく気持ちがいい。最初は殆ど無理矢理だったはずなのに、
敦賀さんの指使いはひどく的確で、強引なのにどこか優しくて、甘い快感を引き摺り出していく。
私の左胸を狭い隙間から弄り続けていた彼の右手が不意にそこから抜け出すと、いつの
間にかすっかりたくし上げられていた服の裾と一緒に、バストを覆っていた小さな布地を
乱暴に押し上げてきた。そのワイヤーが胸の先端を引っ掻けるように擦れていって、予想も
していなかった刺激に、私は思わず仰け反った。
「ひ…ぁ…ッ!」
そのはずみで長く濃厚だったくちづけが解かれる。長すぎた唇での交わりに私の舌はジンジンと
脈打っていて、それと同じ疼きが、敦賀さんの指が沈められたままの場所でも渦巻いていた。
その指をぐい、と突き上げられて、その強い刺激に私の身体は思わず上に逃げようとした。何か
縋るものを探して振り上げた手の甲がコツンとドアガラスにぶつかって、ここが狭い車の中だった
ことを思い出す。
「あ………」
「───逃げられないと言っただろう」
相変わらず暗く光る瞳に明らかな欲望を浮かび上がらせて、敦賀さんが私を見下ろしている。
擦れた声を紡ぐその唇が、長く交わしたくちづけを象徴するかのように紅く濡れていて、私は
居たたまれないような気分で視線を伏せた。
そうして私の眼に映ったのは、中途半端に脱がされた自分の姿だった。首下に蟠ったまま
の服に、顕わにされた胸元。捲れたスカート。慌てて元に戻そうと服に手をかけた時、それを
阻止するように敦賀さんの右手が伸びてきた。
「ぃやぁ…っ」
熱い指先がまた私の左胸を弄び始める。先刻の不自由な愛撫とは違う指先のひらめき。
敏感に尖った先端を強く抓まれて、その刺激に窮屈なインナーから解放された膨らみが
ふるりと揺れた。同時に私の身体を割る指も、再び抜き差しを開始していやらしく濡れた
音を立てる。
ぴちゃぴちゃとした粘度の高いような水音は、鼓膜から私を犯していくようで、その音を振り払う
ために私は狂ったように頭を振った。
「いや…あ…っ!敦賀、さん…やめて…っ…やっぱり……だめ…っ!」
さっきまで丹念な愛撫を受けていた左胸はすぐに敦賀さんの熱に馴染んで、固くその指を押し
返すように尖り切っている。最初は指先で凝りだけを、そして次第に手のひら全体で私の左胸を
揉むように愛撫し始めた敦賀さんは、やがてその顔をゆっくりと私の胸元に埋めると、それまで
なんの愛撫も施されていなかった右の胸の頂点を、唇にそっと含んだ。
「あぁあ…っ!」
ざらりとした舌に、舐め上げられる。まるで飴玉のように転がされて、甘噛みされて、そこ
から湧き出る快感に私の口からは濡れた声が高く上がって、狭い車内にその声はひと際
いやらしく響いた。
押さえようと思っても押さえられずに、敦賀さんによって高められる身体の反応に比例する
ように、私の声は高く、長くなっていく。
「あ、ぁあっ…やっ……ダメ、敦賀、さん…っ!だめ…ぇ…っ!」
唇と指で、胸を─── 一番感じる『下』を攻められて、私は淫らに感じ続けた。身体を、五感の
すべてを敦賀さんに支配されながらも、ほんの僅かに残った理性が私の心にブレーキをかけて
いた。私たちは恋人同士でもなんでもない。なのに………。
───こんなのやっぱりダメ。
そう否定しながらも、確かに身体は気持ちが良くて、私をとろとろに蕩けさせていく。頭のどこかで
これはイケナイことだと解っていて、私の口からは素直に感じる声と、敦賀さんを止めようとする
声が入り混じって零れ出していた。
「だめって、なにが?」
不意に顔を引き上げてきた敦賀さんが、私の耳許で低く囁いた。一度身体を離して、いきなり
すべての愛撫から私を解放する。
「だめじゃないだろう?…だって濡れてきてるよ……すごく」
「やぁ……っ」
腰を片手で持ち上げられて、もう片方の手が強引にショーツを引き摺り下ろした。繰り返された
指での愛撫に、いつのまにかぐっしょりと濡れた布から簡単に片足が抜かれて、小さく丸まった
それは、右膝に絡んで止まった。
「ほら………」
楽しそうに声に笑いを含ませた彼は、私の両膝に手をかけて、ゆったりとそれを押し開く。
「い…いや……っ」
「嘘ばかりつくね、きみは…」
割られた脚の間に頭を伏せると、敦賀さんは指で充分に開いたその場所に、ゆっくりと舌を忍び
込ませてきた。
「ひゃぁう…っ!」
固く尖った舌が、襞に隠れた突起から中央の窪みまでをねっとりと舐めまわす。
ぴちゃぴちゃと、そこから洩れてくるささやかな水音が、けれど私の耳にはひどく大きく響いた。
「あ…あぁ……ん…っ」
羞恥と快感に視界が真っ白に染まって、何も解らなくなる。
ただ気持ちが良くて───こんなに身体の芯から感じるのは初めてで、これが騙し討ち
みたいに始められた行為であることも、私の同意もなく開かされた身体も、もうどうでも
よかった。この快感を極めることだけしか、今は考えられなかった。
ひとしきりそこを舐められて、もともと濡れていた場所をこれ以上ないくらいに潤される。
身体の奥を行き来するざらついた舌に乱されて、私の両手は敦賀さんの髪に縋りついた。
もっと確かな刺激が欲しくて、更に引き寄せる。
「敦賀さん……もっと…あぁ、あ…っ!」
思わずそう叫んだ時、敦賀さんはその髪に絡んだ私の指を振りほどくようにして、上体を起こした。
いきなり中断した愛撫に、身体が冷やりと震える。
「………っ」
こんなのってない。上り詰める途中で放り出されるなんて、拷問と一緒だ。快感を求めて揺らめき
そうになる腰を、淫らに欲しがる言葉を叫び出しそうになる口を、最後の理性で抑えて、私は視線
だけで敦賀さんに甘く縋った。
彼はその濡れた口許を手の甲で拭うと、端正な口許で涼しげに笑う。
「もっと?」
その言葉にただ素直に頷くしかなかった私に、敦賀さんは行為を再開してくれるどころか、
私から更に離れて、すっかりその身体を運転席へと戻してしまった。呆然とするだけの私を
余所にその座席下にあるレバーを引くと、座席ごと後ろに下がって運転席の空間を最大限
に広げる。
「残念ながらここじゃ狭すぎて、俺が、っていうのはちょっと無理があるからね…」
言いながらその指が、長い脚を包む革のボトムのファスナーを、ゆっくりと下ろしていく。
微かな金属音を立てて現れた『彼』は、もう充分すぎるほどに力を蓄えていた。敦賀さんは
上着のポケットから銀色の小さな包みを取り出すと、それを口の端で咥えて開封して、その
中身の薄いゴムをするすると馴れた手つきで彼自身に装着した。
「…おいで」
手を取られて、運転席に座る敦賀さんの身体の上に、跨らされる。強く腰を引かれて抵抗する
間もなく、私の身体は敦賀さんの楔の上に引き摺り下ろされた。
私の身体を裂いて進んでくる強い熱の塊り。どくどくと脈打つその灼熱に、正常位よりも
ずっと深く、奥の奥までを極められて暴かれる。
「あ……あぁっ…!」
初めて経験するこの強引な体勢は、けれど充分に濡らされていたおかげで、少しの苦痛も
なく私と敦賀さんの身体を繋いだ。
ふわりと落ちたスカートに隠されたその場所は熱く燃えるようで、軽く腰を揺すり上げられた
私は、仰け反るようにして強い快感に悦びの声を上げた。
「あぁ…あ、あ…っ!」
小さくリズミカルに刻まれる振動が、段々と大きなうねりに変わって、下から私を突き上げて
くる。その敦賀さんの動きに従うように、私も知らず知らずのうちに、腰を不器用に蠢かし始め
ていた。
最初、恐る恐るだったそれは徐々に激しくなっていって、沸き起こる快感に我を失うのはすぐだった。
「あ、あぁ、ん、あっ、は、あぁ…っ」
いつもは見上げるだけの敦賀さんの顔をこうして見下ろすのが珍しくて、私は自分から彼に
くちづけた。再び絡み合う舌と、繋がる下肢から響く濡れた音に、車内の空気が湿度を増して
行く。私たちの激しい動きにギシギシとシートが軋んで、車体が揺れているのが解った。
微かなタイヤの浮き沈みが微妙な振動となって、今まで感じたこともなかった深みを更に
強く穿ってくる。
「はぁ…んっ…あ、あぁっ…あぁん…っ!」
もう私は深い快感に喘ぐことしかできなくて、この身体のすべては敦賀さんの思いのまま
だった。敦賀さんの上に乗り上がった時、空気を含んで落ちた服の裾を再びインナーごと
引き上げられて、今度は万歳をする要領で腕から抜かれる。そのまま私の両腕を掴んで、
敦賀さんは低く笑うと、下から腰を更に激しく突き上げてきた。
「あああぁ……っ!」
その痛みに似た快感に、私は彼に胸を突き出すようにして仰け反ってしまう。
その格好を逃さずに、敦賀さんは両手で持ち上げるようにして私の胸の膨らみを寄せると、
紅く凝ったその頂点を交互にその舌で舐って、そして軽く噛んだ。
「あぁ…んっ!」
その刺激に応えるように、敦賀さんを包む壁内が、きゅっと強く収縮する。
絞り込むその動きに低く呻いた敦賀さんは、ひとつ呼吸を置いて、またゆっくりと下から私を
突き上げてきた。
両手は相変わらず私の胸を揉みしだいて、時折気紛れのように紅い部分を舌で舐る。
敦賀さんとこんなことをするのは勿論初めてなのに、どうしてなのか彼は、私の身体のすべてを
把握しているかのように、私をこの上なく感じさせた。
キスも、指も、彼自身も。その施される愛撫のすべてに、どうしようもなく感じてしまう。
快感に気が狂いそうだった。
「あ、あぁ…っ、あん、あ……っ!」
何度となく突き上げられて、奥の奥まで極められて、敏感な中を擦り上げられる。そうしてこれ以上ない
限界まで彼自身を深く突き立てられた私は、与えられた快感のままにその楔を強く締め付けた。
どくり、と一瞬強く脈打ったその楔は限界まで膨れ上がり、次の瞬間熱く爆ぜて、私の中でその欲望を
濃厚に吐き出した。その頂点の余韻が、私の体内で甘い振動となって長く震え続ける。
「は…ぁ……っ」
どちらのものか解らない溜息が車内に響いて、私は敦賀さんの身体にぐったりと凭れ
かかった。そのままお互いに、深く充たされた身体をゆったりと抱きしめ合う。
やがて息が整って、私の中から敦賀さんが出て行く切ない感触に、私は微かに眉を
顰めて声を上げるのを耐えた。
「想像以上だったな…」
そう呟いて、敦賀さんは甘くくちづけてきた。官能を呼び起こすようなキスではなく、
穏やかな、慈しむような触れ方だった。
「…私も……」
目眩がするような快感だった。
いきなりで、最初は無理矢理だったはずだ。それでも、私もこんなに感じてしまった以上は
何も言い訳はできない。
ふと敦賀さんを見ると、彼の服装は殆ど乱れていなかった。身につけているのはスカートだけの
私とは違い、彼はそのファスナーを下ろしただけで私と繋がったのだから当り前だ。
快感の余韻が退いて少し冷静になると、途端に自分の格好が恥ずかしくなる。
私は慌てて胸元を隠しながら彼から離れ、強引に脱がされた服を視線で探した。インナーと
一緒に剥がされたそれは助手席へと放られていて、小さく丸まっている。急いで場所を移動
して、服を着るために敦賀さんに背を向けた───その時。
身体の両脇からするりと手が忍び込んできて、私の胸を大きな手のひらがゆったりと覆った。
大したサイズでもない私の胸は、すっぽりとその手に収まって、ゆるやかに揉まれる。終わった
ばかりの行為の名残で、固く尖ったままの先端を指先できゅっと挟まれて、私の身体は甘く震えた。
「つ…敦賀さん!」
「そんなに急いで着ることないのに」
低くそう囁いて、彼は背中から私を抱きしめた。
「………またこうして会ってくれる?キョーコちゃん」
深く蕩けるような声で今夜初めて名前を呼ばれて、私は一瞬息が止まった。
卑怯だと思う。よりにもよって終わった後に、そんな声で、そんな響きで呼ぶなんて。
この人は自分の魅力を熟知している。声さえもとんでもない武器に変えて、こうやって名前ひとつで
簡単に女を騙す。私はちゃんと知っていたのに───最初は抵抗していたはずなのに。
こんな癖になりそうな男、絶対に願い下げだったのに。
「キョーコちゃん?」
唆すような響きで名前を呼んでくる確信犯を振り仰いで、私は彼の唇に舌先からそっと
くちづけた。
別にもう、なんでもいい。どうせ癖になるのなら、とことん気持ち良くさせて。うんと良くして。
何もかも、全部がどうでもよくなるくらい。すべて忘れてしまえるくらいに。少しくらい乱暴でもいいから。
───だから最高に気持ち良くして。
敦賀さんの唇を舌で探って甘く噛んで、思うまま存分に味わうと、私は彼を解放した。
至近距離で、熱っぽい吐息と視線が絡む。
「…まいったな。癖になりそうだ」
図らずも彼が囁いた言葉に、私は口許だけで微笑んでみせた。
そう。どうせ嵌まるなら、とことん深みまで。
私ばかり夢中にさせないで。───あなたも癖になるくらい、私で気持ち良くなって。