敦賀蓮と京子が交際をマスコミに明らかにしてから、2週間も経っていないある冬の日のことだった。
何の因果か蓮とキョーコ、そして尚が特番のドキュメンタリーのために山頂までやって来ていた。
キョーコは、吹き上げられる寒風が何だとばかりに強面で腕組みをしていた。
(ふっ、プロデューサーが恨めしいわ。どうしてショータローまでが出演するのよ?! 私が何かあなたに
危害でも加えたとでも? あなたを呪ったとでも? 仕事なら熱湯風呂だろうが、何だろうがやってやるわ。
でも何でショータローが一緒なのよ! おかげで敦賀さんはこのところかなり機嫌が悪いのに。
う。敦賀さん。この仕事のこと、黙っていた私も悪いんですけど、でも、でも、やぁぁぁ、
お願いですから紳士スマイルをここぞとばかりに向けないでくださいぃぃ)
防寒服に身を包んだ蓮は、雪山の中でも目立っていた。キョーコの元へ移動するだけで、女性スタッフの視線が彼を追った。
「どうしたの、最上さん」
(どうしたもこうしたも、あなたの行動一つで私の寿命が縮むんですよ?!)
「足元危ないんだから、考え事なんかして転がり落ちないように。さっきからハラハラしているんだけど」
「は、はい、ごめんなさい」
「本当に気をつけるんだよ。絶対に守ってみせるけど、俺も万能じゃないからね」
「敦賀くーん。そんな撮影中に見せ付けなくてもさー」
にやにやとスタッフが、話し込む二人をからかった。
「いえ。彼女が青ざめていたので、寒いのかなと思ってつい」
「へ」
背中から抱き込まれて、キョーコは飛び跳ねる。
(つ、敦賀さん。ひ、人前ですよ?! なななな、かかか顔近いです〜)
「ほっぺ、冷たくなってるね。鼻の頭も」
頬擦りされるようにぴったりと寄り添われ、キョーコはもこもこするウエアの中でもがいた。
「つ、敦賀さ、ぎゅうしすぎ、あっ」
「温めているんだよ?」
「で、でも、これは密着しすぎで」
「俺が寒いんだ。温めてくれる?」
(あ、あなたを温める前に、私がのぼせちゃいますよ! や、ささささりげなく胸を触らないでくださいっ、んんっ)
「おーい、二人とも。いちゃいちゃするのは日本に帰ってからにしてくれやー」
「すみません。仕事の関係で、久しぶりに彼女に会ったので思わず」
にこやかに頭を掻く蓮は、斜め下で腕を組んでチンピラの如くガンを垂れている尚を冷たく一瞥した。
(て、てんめ〜、わざとだな? 今のわざとだな? 何が思わずだ。思いっきり覆いかぶさってたじゃねぇか。
しかも何だ、あのエロい手つきは。腰もしっかりくっつけやがって。さわやかで売ってんじゃねぇのかよ。
でも、ま、何だ。あの様子じゃキョーコの奴、手ぇすらまともに握ったことないんじゃねぇか?
キョーコだもんな〜。あいつが、女慣れしてそうな敦賀蓮の相手を務めるなんてはなから無理っだっつうの。
俺様の下でいるのが丁度いいんだよ、お前はよ)
勝手気ままにキョーコの立場を決め付けている尚の考えが読めているのかいないのか、蓮の表情は気を抜くと
人前だというのに大魔王になりかける。
(本当は不破と俺の二人でナビゲーター役をするはずだったんだけど、まさかこうくるとはね)
出演依頼が来た四ヶ月前のことだ。
『蓮。ヒマラヤ山脈の歴史についてのドキュメンタリー番組がこの冬にあってな。レポーター役を、不破尚と
二人でして欲しいっていうオファーが来たんだけどさ』
と、とある番組の楽屋で社に一息に聞かされた時、蓮は恐ろしい形相をしていた。
一瞬間を置いて微笑む。
『どうして不破と。いや不破君と? 事務所が違うし、男二人だなんてむさ苦しいでしょうに』
社は、蓮が必死に感情を抑えているのを見抜いてか、苦笑いする。
『ああ、うん。元々はかたい番組なんだけどさ、若い世代の間でも更に視聴率を上げたい意向だというんだな。
で、益々人気が上がってきている不破尚と一番に視聴率のある芸能界一いい男であるお前が抜擢されたらしいぞ』
『それ、断ることはできませんか』
『そう言うと思って、返事を保留にしているんだが』
社が口元を引き締めたのを見て、蓮は嫌な予感がした。
『何かあったんですか』
『ちらりと聞いた話なんだけど、不破君もお前と出演するのは嫌だと言っていたらしくてな』
(当たり前だろうな。敵意を持っている者同士では、番組の進行に差しさわりがあるだろう)
『それでだな、なんとさらに、キョーコちゃんが幼馴染だから彼女となら出てもいいと要望出してるらしいんだ』
(なん、だと)
『プロデューサーも二人の関係知らないから、面白そうだと乗り気になっている。未緒ファンらしいし』
(あいつ!)
『……だったら、俺が出ますよ、社さん。受けてください、その仕事』
蓮は鏡の中の自分を睨みつけた。
『不破と、司会だろうが何だろうがやります』
『蓮、お前……大丈夫か』
『心配は入りませよ。仕事を潰すような真似はしません、上手く立ち回りますから』
社が、キョーコちゃんのためとなるとお前最近『敦賀蓮』を捨てているよな、良いんだか悪いんだかと笑いながら
ため息をもらしたのを、沸騰する頭の隅で聞いていた。
(それが、最上さんと合わせて三人で出るようになっていたとはね。彼女がこの番組に出ることを俺にバレるまで
言わなかったつもりだったっていうことも腹立たしい。社さんもだ。いや、二人とも言えなかったんだろうが。
新人の彼女じゃそうそう出演拒否もできないだろうし、だけど)
キョーコが未だ尚に対して過剰な敵意を向けていることは、蓮にとって面白いことではなかった。
蓮の告白を時間をかけて受け入れてくれた今では、少しずつ尚に対してもむきになることがなくなってきたというのに、
いきなり今回の出演依頼だ。そこで蓮は、尚を少しでも牽制しようとキョーコとの交際を発表することにした。
キョーコは蓮のためにならないと渋っていたが、蓮のお願い攻撃には弱かった。
『俺と付き合っていると知れたら、君のマイナスになるかもしれないね』
『マイナスだなんて……逆に、敦賀さんのイメージに傷がつくかと思います。敦賀さんの理想の恋人はきっと
美人でスタイル良くて、私だとわかったら皆がっかりします』
『それは皆の理想であって、俺のじゃない。それに君は可愛いんだということをいい加減少しは自覚しなさい。
毎晩、俺の理性を全部持っていくくせに。俺のじゃ物足りない?』
『た、足りない…って、そんなこと、もうっ、白昼に、恥ずかしいこと言わないでくださいっ』
キョーコの慌てように、蓮はくすりと笑う。
『俺は世間に君のこと自慢したいんだけど。こそこそ会うんじゃなくて堂々としていたい。これって俺の我儘かな?
君を愛してるんだ。俺のものだって知らしめてやりたい』
美しく光る瞳に覗き込まれて、キョーコは真っ赤になるだけで否と唱える力もなかった。
(本当、敦賀さんの視線は、目に毒だわ。理性がなくなるのはこっちの方よっ)
キョーコは、雪山を背後に尚と並んでヒマラヤの解説をする愛しい人の姿を、しばらくぼんやりと見つめていた。
撮影は順調に進んでいったが、アクシデントが起こった。
悪天候のため、撮影クルーが下山できなくなってしまったのだ。ヘリが飛ばせる状態にもない。
「もうすぐ日が暮れますし、明日の朝まで天候が回復するのを待ちましょう」
案内役の言葉に従い、皆は近くの山小屋まで避難した。
初めてのヒマラヤにて吹雪で足止めをされ不安がるスタッフたちを、蓮とキョーコが率先してフォローした。
「明日下りられるんですから、怯えなくても大丈夫ですよ。そんな高い所まで登ってきたんじゃないですし」
キョーコはお腹が空いているから気が弱ってしまうのだと、山小屋に備蓄している食糧を確認して、お湯を沸かし始めた。
「ああ。薪は、充分にあるね。運ぶの手伝ってくれますか? 最上さん、足りないものはない?」
「はい、大丈夫です。敦賀さんの手元にマッチやライターはありますか」
「持ってきている、心配いらないよ」
微笑む蓮は暖を考えて、火を熾したり、寝袋や毛布の用意をする。同行してきた社や尚のマネージャー・祥子も手伝い始める。
尚はというと、人のお世話をするのが出来ない性分と育ちのためか今更何をするかわからず、加えて人から仕事を
与えられるのも癪に障り、しかし蓮と比べられるのも気に入らないと始終足を踏み鳴らしていた。
見かねた祥子が女性スタッフの輪に加えて、話相手をするよう仕向けた。
一時間後には何とか腹ごしらえができ、皆の様子は落ち着いていた。
「さすが、世界の月清ヌードル。こんな山小屋にも用意されているなんて驚きでした」
キョーコの素直な感想に、スタッフが笑う。
「今日は京子さんと敦賀君がいてくれて助かったよ。僕らだけじゃ気が滅入ってた。出演者に気を遣ってもらって、
情けないけど。今夜はホテルにも泊まれないし、いろいろ悪かったね」
キョーコは滅相もないと首をぶんぶんと振るが、蓮の笑顔が一瞬遅れて披露されたのには、社以外気がつく者はいなかった。
「二人って、テキパキ動いてて、息が合っていたわね。普段もお料理とか二人でしてたりするの?」
スタイリストの質問に蓮は、目を細める。
「それは事務所を通してくださいと言いたいんですが、ここだけの話。俺、料理するとそれだけでお腹が
満たされて食えなくなるので、彼女にお願いしてます。彼女が作る方が美味しいですし。皿洗いなら一緒にするんですけどね」
「やーん。一緒に仲良く並んで皿洗い? うちの彼氏に見習わせたーい」
周囲が女子高生のノリで囃し立てる。
「今日一緒にいただけでも、敦賀さんって、何気ないところでも彼女のこと見てて、京子さんのこと心底大事にしているって
わかって、ほんと妬けるわ。今まで見たことなかったもの、独占欲に走る敦賀さんって」
「彼だけじゃなくて。京子さんを撮っているとさ、敦賀君と並んでいる時が一番いい表情するんだよねぇ。逆も然り」
カメラマンのその言葉には、キョーコ以上に蓮の顔の方が綻んだ。
「いや、もっといい表情する時があるんですよ。実は俺だけに見せてくれるすごい――」
含みのある言い方に、キョーコがいやーっと蓮の言葉を遮った。
「そそそれはテトリスで私が敦賀さんに勝った時のことですか、いえ、クイズ番組でご一緒して優勝しちゃった時の
ことでしょうか。そうだ、モー子さんから誕生日に手作りケーキを貰った時のことですねっ」
「あれ? もっともっと可愛い顔する時があるのに」
「敦賀さん、もうやだ、やめてくださいっ」
開放的になっている蓮の言動に、キョーコは何を言うつもりなのと涙目で拳を握り締めていた。
「あははは。敦賀君、べた惚れだね。なんか恋人を通り越して、新婚さんみたいだよ」
皆が、蓮のふいに表れた神々スマイルに見惚れた。新婚だなんてと、キョーコは赤面し、口ごもる。
そして部屋の片隅では、尚一人がふざけんじゃねぇと膨れ、祥子が彼を宥めねばと青ざめていた。
山小屋はワンフロアの造りになっていて、男女が一晩そこで雑魚寝する形になった。火の気のある場所が女性に優先され、
男性が女性の輪をさらに囲むようにして床についた。大きな暖炉のおかげで部屋は充分に暖まっていたが、寝袋が足りなかった。
毛布が一枚と残され、蓮がそれを掴んで、ほらおいでとキョーコを手招きした。
「俺と最上さんとで一緒に毛布を使いますから」
蓮に腕を引かれて、円陣の端に連れて来られた。肩を抱き寄せられ、毛布をふわりと掛けられる。
ウエア越しではなく、体温を直接感じられる距離にキョーコはもじもじする。
「寒くない?」
「大丈夫ですよ、私の方が脂肪ついてると思いますし」
「じゃあ、俺も頑張って最上さんに温めてもらおうか?」
「が、頑張るって……?」
「イイことしようか?」
いたずらっ子のような目に、キョーコは仰け反る。
(エッチ!)
「だ、だからそういうことはっ」
(今日の敦賀さんは、何だか変だわっ)
強く抱きしめられて、息が止まりそうになる。
「おいおい、敦賀君。外は猛吹雪でも君たちは、アツアツだねぇ。何なら衝立でも用意してやろうか? ん?」
「それは是非」
「あはははは、見せつけてくれるなー」
番組スタッフが冗談に茶化すが、社は一人慌てていた。
「お、おい、蓮。だ、大丈夫か」
「何がですか」
「何がって、お前。俺に今日のこと頼んでたじゃないか」
蓮は微笑んだ。
「社さん。まさか俺たちの前で寝ずの番をしてくれるんですか。だったら一晩中寝かせませんよ?」
「れ、れぇーんー? ちょっと待てー、お前は何を」
「もう、冗談ですよ。ゆっくり休んでください。社さんも疲れたでしょう?」
(そうだ、お前。皆の前だ。『紳士』を通してくれるよな。通してくれ。頼むから無茶だけはやめてくれ〜)
戦々恐々とする社は、マネージャーの使命を果たすべく、蓮とキョーコの側で寝袋を開いた。
(敦賀さんと一緒に眠るなんて久しぶりなような気がする。えへへへ、温かい)
逞しい腕に擦り寄り、呼吸に規則正しく上下する胸板の存在に安心する。
蓮はキョーコのつむじに唇を寄せて、宝物のように胸の内へ抱き込む。
皆しばらく雑談で修学旅行の夜ように盛り上がっていたが、疲れが出たのか、だんだんと口数が少なくなっていった。
キョーコも欠伸をし、半ば目を閉じようとしていたところ、大きな手がいきなり胸をさわさわと触り出していた。
夢心地だったため、すぐには反応ができなかった。
「なっ、敦賀、さんっ?」
「静かに。皆寝てるよ」
蓮の手が、セーターの裾を割って直に二つの膨らみに触れてきた。慣れ親しんだ手つきで、小ぶりの胸を撫で回す。
「はぁっんぅ、敦賀さん、何、考えているんですかぁっ」
「君のことに決まっている、相変わらず触り心地がいいね」
「何もこんなところで……ぁんっ」
小声を努めるが、抗えない。キョーコを愛でるもう一方の手は、ぎゅっと閉じられた股の間に伸びてきた。
下着を下ろして、少し冷たいお尻を捕まえる。
「やっ」
「逃げないで。明日下山したら、またしばらく会えなくなるだろう。せっかく今日はホテルの部屋を同じにしてくれるように
社さんに頼んでたのに。ヒマラヤの天気に邪魔されるし。天の思し召しで、このまま引き裂かれる運命なのかもしれないね」
キョーコは息を呑む。
「そんなことないっ、そんなのいやっ」
蓮はにやりと笑う。
「じゃあ、続けていい? ちょっとスキンシップするだけだから。俺、無理強いさせてる?」
急に見せられた寂しそうな目にキョーコは胸を締めつけられ、蓮と向き合った。
「ちょ、ちょっと、です。本当にほんのちょっとだけですよ? み、皆いるんですからねっ」
蓮は目を細めて、キョーコへ口づけをした。深く舌を絡めて、唾液を流し込む。
「……んふぅっ、ぁっ」
「ね。どうせなら、いつものように、俺を上手に誘って?」
蓮の毒に侵されたキョーコの気の迷いが、淫らな夜へと導いた。
「はぁっ、ぁぁっ、やっ」
「声を出さない。俺のもしてくれる? 可愛い手で」
キョーコは唇を噛み締め、返事の代わりに蓮自身を握り、上下に扱いた。
「あ、熱い、です」
「当たり前だろう。君を待っていたんだから」
何度も目の当たりにしているのに、手の平の感触だけで脈打つ蓮に顔が熱くなる。
蓮は、キョーコの秘処に二本の指を挿し入れ、彼女を追い詰めるように抜き差しをする。
「……んふぅ、…ぁあっ、それ、以上、……だ、めぇ…」
お互いに触り合い、溢れ出た水音が耳の内に大きく響き渡る。
ほんの少しだけの行為だとお願いをしたのに、蓮の手はキョーコの肌を這い回り、愛撫が止むことはなかった。
キョーコも制止する言葉も出ず、いつしか周囲にバレないかと、恐怖とともに興奮もしていた。
(どうしよう、誰かが起きてしまったら。私だけの敦賀さんを見られたくないよ)
「スリルがあるね。最上さん、こういうの好き?」
「はぁっ、……んぅ……変なこと言わ、ないでぇ……ぁっ」
蓮が服を肌蹴たおかげで、ほとんど着ていないと同然だった。寒さにしがみつく。
「肩が冷えている。もっとこっちへおいで」
さらに近付くと、蓮の指の挿入が深まる。
「んっ」
「ほら、俺だけにとっておきの顔を見せてごらん」
蓮がキョーコの胸の尖りと肉芽を同時に摘み回した。それをしつこく繰り返す。
ぐちゅぐちゅという卑猥な音が、キョーコの理性を削いでいく。
「…あんっ、はぁぁんっ、……やぁっ」
キョーコは毛布の中で蓮を、眉根を寄せて上気した顔で見上げた。
「意地悪しちゃいやぁ」
蓮は苦しげに笑い、
「ごめん、我慢できそうにないよ」
コンドームの封を口で切ると、少女の上に覆いかぶさっていた。
「え?」
キョーコはいきなり攻めてきた蓮の性急さに驚いたが、冷静に考える術もなくその首に腕を回していた。
指よりも重圧な力で押し広げていく蓮自身に、キョーコの秘処も待ちかねていたようにねっとりと絡みついた。
蓮のゆっくりとした注挿に、こそばゆい思いに駆られ、彼を誘おうと腰を揺らめかせる。
「や、……ん、そ、こ…激しくしてぇ……ぁあんっ、ちが……もっと…敦賀、さ、ん」
「最上さん、いつになく積極的だね。残念だけど、今日だけはよがり声を抑えてくれるかな。君の声で皆が起きてしまうから」
「……はぁっ…、声……私、じゃなくて、敦賀さんのせい、です」
「そういうことにしておく」
「お願、い……私だけ、見て?」
「見てるよ、君以外の誰を見るの」
小さな笑い声。二人の熱い秘め事はますます過熱していく。
衝立代わりになれはしないが、社はLME社員として、敦賀蓮のマネージャーとして、
大事な俳優を守ろうと一人奮闘し、誰も起きてはいやしないかと眼鏡を光らせ周囲を見回していた。
しかし、社の努力は裏切られ、決心は萎えようとしていた。
(お、おい。れ、蓮! え、キョーコちゃん?!)
二人を背に後ろ向きに横たわっていたが、かたかたと床を鳴らし始めた気配に動揺が隠せない。
キョーコの上ずった声、蓮の含み笑い、甘い囁きが逐一聞こえてくる度、社の心臓は跳ね上がった。
(スタッフの皆さん、ぐっすり、寝ているはず、だよな? 眠ってて……う)
寝息に耳を澄ませている間、社は突然始まった恋人たちの嬌声に青くなったり赤くなったりを繰り返した。
(嘘だろう……マスコミに向けて明日からの『敦賀蓮』をどうする?! 事務所に報告できるか、俺。
これじゃあ、さすがの社長も首にすると言いかねないぞ)
「……ぁあっ、……し、てぇ……ぁっ」
(……は?……え。きょ、キョーコちゃん?! い、一体、何を!?)
キョーコの切なげなおねだりが聞こえ、蓮のマネージャーであることも忘れ、社は頭に血が昇っていた。
「…はぁあっ、や……しないでぇっ、もっと、……奥なのっ、意地悪ぅ、早く、敦賀さんの大きいので、
…いっぱいにしてぇ…ココ、ココなのぉ……」
「いつから、そんなに欲張りになったのかな、君は」
「あなたの……せい、ですっ、んんっ」
社同様、すぐ側にいた尚は、背後から漏れ聞こえてくる喘ぎ声に目を覚ましていた。
それ以前に眠ってさえいなかった。蓮とキョーコが同じ毛布を共有すると決まってから、イラついていた。
わざわざ二人からは目を逸らしていたのに、恋人同士の睦言にいちいち反応してしまう。
(な、なにをしているんだっ)
俺は出歯亀じゃないぞと言い聞かせて振り向けば、暖炉の明かりで辛うじて、毛布の下で上下に重なり男女のまぐわう姿が見えた。
甲高い声が、急にくぐもった声に変わる。
目を凝らすと、蓮がキョーコの口を大きな手で塞いで、小刻みに動いているのがわかった。巧みな腰使いなのだろう。
毛布が波のように揺れ動く度に交わる水音が漏れ聞こえ、キョーコが嬉しげに首を振っている。
おそらく腰も彼女自ら動かしている。
(ま、マジにやってんのかよっ?! くそ、あの野郎。何人ここにいると思ってんだっ!
お、おい……うそだろ、おめ、何て顔してんだよ、キョーコ)
床に落ちた大きな黒い影が、炎のように揺れる。
目の前で繰り広げられる密やかで激しいセックスに、初めてエロビデオを見た中学生の時のように衝撃を受けていた。
「……ん、んんっ!?」
固まった尚の視線に突然気がつくと、キョーコが目を見開き、蓮が不敵に笑った。
蓮の動きが、一層激しくなる。キョーコの内襞を抉り、片手で肉芽をめくる。
(み、見られてる! やっ、敦賀、さん、そんなに、つよ…く…だ、だめ……あっ、ぁぁっんっ)
キョーコは、尚の目線に一瞬思考が止まるが、蓮に吸い付く自身の欲望は止まらなかった。
「やめる?」
涙を浮かべて、首を横に振る。口を塞がれて、身体で答える。
欲しい欲しいと蓮自身を濡れそぼった秘処で引き止める。
蓮はキョーコの愛液をすくい取って、薄明かりの中で眺めて見せた。
それを彼女のぴんと起った乳首へとなすり付ける。ますます硬くしこったそれを左右交互に揉み続けると、
キョーコの身体がびくびくとしなった。
「久しぶりだから? 君の下の口から涎がどんどん溢れてくるし、……俺のこと嫌ってほど締めつけてくるよ。
ずっと期待してた? それに、乳首をいたぶるの忘れててごめんね。でも今はすごく勃起してるよ」
爪先で弾かれる度に、じんっと快感がこみ上げてくる。
(そんなこと、言わないでぇ……敦賀さんの、ばかぁ)
それでもキョーコは羞恥心に反して、蓮をきゅうきゅうと中へ引き込もうとする。
「……んっ、そんなに、せがまなくてもたっぷりと食べさせてあげるよ。まだ食べたい?」
キョーコはこくこくと頷くだけで精一杯だった。
床の上の少女の身体を気遣っていた蓮だったが、彼自身にも限界がきていた。
「今日はこれ以上、優しくできそうにない。いい? 背中に爪立ててもいいから、俺を刻み込んで欲しい」
返事をするよりも先に、M字型に脚を大きく広げられて、深く打ち付けられる。
何度も何度も楔を嵌めこまれ、引き抜かれ、いつになく熱い蓮にキョーコはがくがくと身悶えた。
(は、激しい、こんなの、おかしくなっちゃうよぉ……でも……ぁあっ)
塞がれた口から漏れる呻き声は、蓮がキョーコの腰を持ち上げて、深く突き入れたところで、最高潮に響いた。
「キョーコ、……イイよっ、君の下のお口は、素直だね」
毛布が蓮の背中から滑り落ち、尚の前で、二人の繋がりが露になった。
キョーコの胸が、蓮の動きと一緒に上下に揺れ、その意外なまでの大きさに尚は驚いた。
キョーコの秘芯から愛液がたらたらと流れて、炎の灯りに光っている。そこには蓮の怒張が打ち立てられていて、
ぴくぴくと口を広げて頬張っている。細い身体で、男の欲望を受け止めながらも、
男の動きに秘芯をひくつかせ、背中の摩擦を忘れているのか、恋人を煽るようにして自ら腰を回している。
自分の知らないキョーコののあられもない姿に、尚の中で燻っていた蓮への怒りなど完全に吹き飛んで、呆然としていた。
「声、聞かせてやろうか」
誰に対してなのか、蓮が甘く苦しい吐息をつきながら囁いた。
「どうなのか、教えてあげて?」
はじめキョーコは唇を噛み締めていたが、蓮の焦らしと急速な腰使いに、耐え切れず頭を振った。
「……んっ、ぁぁっ、あっ、あっ、そん、なっ、ら、め……んんっ、イイっ……イイよぉ……、イイのぉっ、
…つる、がさんのが……奥まで、突いてくるのぉ、やっ、……止ま、らないでぇ……もっとぉ……苛めてぇ…
キョーコのこと、めちゃくちゃにしてぇ」
「大声はだめだよ」
一瞬、理性が戻ったのかキョーコは、懸命に首を振る。
「あ、声、声、だ、めぇ……き、聞かれちゃうっ、手、押さえ……っ、ぁあっ、あっ、んぁっ……いやぁっ、
あっ、はぁんっ、……い、やっ……、ぐりぐりしないでぇ……イっちゃうぅ、イっちゃうよぉ……が、さぁん」
「どうしたいの?」
「き、……きてぇ、一緒にぃ、一緒なのぉ……んぁっ」
「可愛いんだから。いつでも一緒だろう?」
蓮の律動が、キョーコの嬌声を一層高くし弾ませる。
「んっ」
「ぁぁああっ、やぁっ、いぁっ――!」
二人で達して肩で息をつき崩れ落ちたかと思うと、再び注挿がゆるやかに始まり、やがてまた激しく高まっていく。
「……ったく君は……ん、俺を眠らせない気?」
「あっ、あっ、あっ、敦賀、さ、ん……好き、好き、好きぃ」
「俺の方が、……君に参っているんだよ」
キョーコの好きな胸の尖りを摘んでやる。仕返しとばかりに、蓮自身をさらなる力で締め上げる。
「……俺とセックスするの、好き?」
「あぁぁっんっ、……好きぃ!」
永遠に続くかと思わせる二人の甘い喘ぎに、尚は固唾を呑んでいるだけだった。
早起きだったのは、キョーコである。
素早く床に落ちていた服を引き寄せ、周囲に目を配らせて身に着ける。
(ちょ、ちょっとって言っておきながら、私のばかばかぁ。しかも何か凄いこと口走ってしまった気も)
ドラマや映画、今回のドキュメンタリーと仕事が続いて疲れが出ているのか、蓮はすこやかな寝息を立てていた。
キョーコは彼の肌蹴たシャツのボタンを一つ一つはめて、ベルトを通して寝乱れてはないかと裏表確かめる。
蓮の肌の熱さに昨夜のことを思い返し、動きが止まる。そして、小さな異変に首を傾げ、蓮の額に手を載せた。
(あれ?)
「着せ替えごっごは楽しい?」
「っ!」
微笑む恋人に、キョーコは肩を竦めて飛び上がる。
「静かにしてください。皆起きてしまいます」
蓮は神妙に頷いてみせるが、目元は笑っていた。
(今は皆眠っていると思うけど、多分、無駄な抵抗な気もするけどね)
蓮の予想通り、山小屋に日の光が差し込み始めて起床したスタッフの面々は皆、寝不足気味な顔であった。
暖炉から火種をもらって朝食の用意をしていたキョーコが挨拶しても、
男女ともに呆然とされ、か細い声で挨拶を返されて赤くなった顔を伏せられた。
「ちょ、朝食の用意はあたしたちがするから、京子ちゃんは休んでて。そ、その大変でしょ?
京子ちゃんも本当に敦賀さんが好きなのね。いい男と恋愛するのはタフな精神力の持ち主じゃないと駄目だと
身に染みてわかったわ。いい? 頑張るのよ。世間がなんと言おうとあたしたちは応援するわ」
「あ、あの?」
蓮を見るにあたっては、男性陣は半ば畏敬の眼差しで、女性陣はうろたえている様子であった。
「敦賀君、今日は一段と色男だね」
「ああ、それは久しぶりに彼女と一緒にいることができたので」
「あ、あはは、そうだねぇ〜、一緒だね〜」
まいったねぇと虚ろな笑いが室内に響いた。
朝日をバックに撮影をするため、蓮の髪を梳き上げるスタイリストの手は震えて、話しかけには赤面し、
キョーコにカメラを向けるカメラマンや音声係は、仕事を忘れまじまじと少女を見つめる瞬間があった。
さすがのキョーコも彼らの不自然な態度に、蓮を見上げる。
「もしかして、考えたくないんですけど、すっごく怖いんですけど、昨夜のこと、皆さんに」
蓮のにんまりとした笑いに、顔の色も、声も失う。
(どどどどどど、どうしよう?!)
「本当にどうするつもりだ、蓮」
社が、蓮を眼鏡の奥から睨みつけていた。
「いくら俺でもフォローしきれないぞ」
「恋人宣言はもう済ませてます」
「だからと言って昨夜のあれは」
「演技の練習です。社さん、濃厚な恋愛ドラマの仕事ってありませんか?」
「お、お前な〜。はー、いや、わかった。探しておこう。幸い『見ている』人間はいなかったし」
「ありがとうございます、社さん」
いつもの爽やかな笑顔に、社はやれやれとため息をついた。
キョーコは蓮と二人きり雪上に立ちながら、不安げに呟いた。
「つ、敦賀さん。あの、一人確実に見られています」
蓮は片眉を上げてみせた。
「ああ、不破のこと? 大丈夫だよ。試してみるかい?」
尚を見つけると、蓮はキョーコの後ろから抱きしめて、首筋にちろりと舌を這わせた。
「やんっ」
尚は、キョーコが感じて首を竦める姿を見るなり、足を滑らせて転げた。
「ほら、ね?」
(まずいな。やりすぎたか。あいつの顔、まだ呆けている。奴にこの子の裸を見せるんじゃなかった……)
蓮は、尚の動揺を危惧しながら、急にぐったりとキョーコの肩に沈む。
「つ、敦賀さん? ど、どうし、たん」
「黙って。仕事が始まるよ。昨夜、君が激しすぎたからかもね。腰にきた」
よろめいた蓮だったが、冗談まで言ってキョーコの振り上げた小さな拳をかわし、スタッフの指示に従って前を見据えた。
涼しい顔で蓮の撮影が終わった後、すぐに彼に熱があったと判明した。
「いつからですかっ?」
「日本を発つ時、ちょっとフラフラするかなと」
「どうして無理するんですかっ」
「喉痛くなかったし、君に会えると思って浮かれてたから」
「な、もうっ。風邪は喉だけじゃありませんっ! でもだから、あんな大胆な事に……なっちゃったんですね」
浮上するヘリの中で、キョーコはぷんぷんと怒っていたが、大事には至らないと知って胸を撫で下ろしていた。
「君と沢山汗をかいたから、熱もだいぶ下がっているみたいだし?」
「敦賀さんっ! もうっ、病人らしくしてください!」
「わかった、大人しくするから眠らせて」
しかし敏腕マネージャー社は、キョーコの膝枕に擦り寄る担当俳優を、コクピットの隣から見ていて思った。
(蓮。本当に高熱のせいだけか?)
賢い彼は深く追求するのをやめて恋愛ドラマの仕事を探すべく、プロデューサーたちの電話番号を収めたケータイを握り締め、
マネージャーの腕をふるい始めた。
そして後部座席はというと。
「つ、敦賀、さっ、ぁんっ、ぁぁんっ」
「しっ」
「ぁんっ、やっ、だ、だって……んぁっ……はぁっ、はぁっん」
「嫌じゃないだろう?」
「で、でもぉっ……ひゃぁ、んっ」
ヘリの騒音をいいことに、蓮はキョーコのウエアの間に手を忍び込ませ、彼女の太腿から、
濡れ始めている下着の中へとこっそりと大胆な愛撫を始め、熱っぽい舌先を一本一本指に絡ませていた。
「んぁぁっ、本当に、あなたは、……いぢめっ子ですっ」
「今度は、苛めないで、じっくりと、優しくしてあげるよ?」
キョーコは嘘つきとむぅと膨れ、今度は自らの手で甘い吐息の漏れる唇を塞いだ。