敦賀さんと付き合い始めて約半年。
昨日、ようやくお許しが出た。
なんの許しかというと、デートの許可。
というのもこの半年、二人で並んで外を歩いたことが一度もないのだ。
なぜって敦賀さんが半端じゃない有名人で、しかも人気商売で、さらに私が新人で…
とにかくどう考えても公にはできないってのが事務所の見解だった。
幸い社長が面白がっていたのと互いが同じ事務所ということで、交際を反対されるまではいかなかったけれど。
交際は許すがデートは禁止。
それが事務所から私たちへの通達。
半年かかって敦賀さんが説得し(敦賀さんは堂々と外を二人で歩きたいみたいだ)
私の顔も世間に知られてきて、売名行為とも思われない(ギリギリの線、らしいけれど)ってことで、
今後は特に公表もせず隠しもせず、バレたらちゃんと会見をするってことで話がついた。
つまり、デート解禁!
今まで、ふたりで一緒にいれればお部屋でも構わない、と思っていたけれど、
「明日はどこかに行こうね」と言われたら、なんだかわくわくして、実はあまり眠れなかった。
眠れないついでに早起きして、お弁当をつめた。
タコさんウィンナーに、甘い玉子焼き。
できた、とフタを閉めたところで敦賀さんが起きてきた。
「おはようキョーコ、早いんだね」
「おはようございます。なんだか嬉しくて眠れなくって」
思わず笑みがこぼれて照れてしまう。
えへ、と笑ったら、敦賀さんがちゅうぅぅ、と唇に吸い付いてきた。
「ん!んーーーっ!!」
なんの前触れもないキスにびっくりして、思わず引き剥がして抗議する。
「ちょっ…と!」
「真っ赤になって、キョーコかわいい」
朝から完全に敦賀さんのペースで(しかも絶好調?)、こっちは目が回りそう。
「も、もう、からかわないでくださいっ…」
「どこに行きたい?」
恥ずかしくて反対を向いた私に聞いてきた。
「えっと…どこでもいいですか?」
「いいよ、もちろん。姫の行きたいところでしたらどこへでも」
そう言って敦賀さんは、私の手を取って甲に口付けを落とした。
「で、なんで公園?」
「お嫌でしたか?」
並んで歩きながら恐る恐る見上げると、敦賀さんは「まさか」と言いながら微笑む。
「特別な場所じゃなくていいから、のんびり並んで歩きたかったんです」
私がそう言うと、敦賀さんは私の右手に指を絡めてきた。
「こんなふうに?」
「はい」
そう、全然特別じゃないけど、敦賀さんの恋人になれたって実感できて、なんだか幸せでたまらなくて、胸がいっぱいになってきた。
胸がきゅーんと何度も締め付けられて、それをごまかそうと私はずっとお喋りに没頭した。
最近ようやく収録が終わったドラマの現場でのこと、そこで知り合いになった女優さんのこと…
ここのところ慌しくてゆっくり話せなかったせいもあるけれど、気付けばずっと私が話していた。
ぽかぽか陽気の中をしばらく歩いて、広場の端っこにシートを広げてお弁当を食べた。
少し離れたところでは子供たちが数人、キャーキャーと悲鳴を上げて遊んでいる。
敦賀さんは美味しいよ、と言って綺麗に全部食べてくれた。
私が片付けている横で、ごろんと芝生に横になる。
「私ばかり話しちゃってますね。って今日に限ったことじゃないですけど」
「俺は構わないよ。キョーコの話聞くの好きだし」
「敦賀さん、好き」
「え?」
ぼんやり考えていたことを思わず口に出してしまって、自分でも動揺してしまう。
「あ、あの、違うんです、突然すみません、なんだか幸せで、その、つい…」
カァァっと顔が赤くなるのが自分でもわかって、そぉっと敦賀さんの顔色を伺うと、
敦賀さんはポカンと口をあけてこっちを見ている。
「…なんですか?私、そんなに変な事言いました?」
恥ずかしさをごまかそうとほっぺを膨らませてスネてしまった私に、敦賀さんは慌てて否定する。
「いや、違うよ、キョーコが自分から好きなんて言ったの初めてだったから…驚いて…」
「初めてなんかじゃ」
「初めてだよ」
「どうしてそう言い切れるんですか?きっと一度くらいは…」
「いや、初めてだよ。だってずっと待ってたから。嬉しいよ、すごく」
そう言うと敦賀さんは、上半身を起こして、私の頬に軽く手を添えてキスをしてきた。
軽く触れるみたいにそっと、優しいキス。
そしてゆっくり離れていく唇…。
私は思わず自分から追いかけてキスを返した。
敦賀さんは一瞬驚いたみたいだけど、受け入れてくれた。
そして角度を変えながら、長くて甘いキスを始める。
ゆっくりで、優しくて…でも敦賀さんのペースで操られてることが心地よくて、次第に我を忘れて溶けていく。
「んっ…ぅんん…っ」
ちゅぱちゅぱと吸い付き合う音と、自分の呻き声。
頭の隅では、ここは外なのに…と思うけど、もうそんなことどうでもよくって…
敦賀さんのたくましい胸を押し倒して、上から夢中でキスをする。
好き。敦賀さんが好き。
とろけるようなキスも、それからそのあとにしてくれることも、全部。
自分でも気付かないうちに、私は激しく舌を絡めて敦賀さんの咥内を貪っていた。
「んんっ…ん、んっ………は…ぁ、つるがさ…ん…」
私は口を引き剥がして、どこかに行きましょう、と、言おうとした。
キスだけじゃ、我慢できそうにない、と。
ところが敦賀さんは、私じゃないどこかを見ている。
不思議に思って敦賀さんの視線の先を見ると――
7歳くらいの男の子と5歳くらい女の子が、ふたり並んでしゃがみこんで、
頬に手をついて、じぃぃぃぃっと私たちを覗き込んで眺めていた。
「なっ…!!」
敦賀さんは真っ赤になって動揺する私を見てプッと吹き出したあと、
身を起こして子供たちのほうに向き直って話しかけた。
「こら、そんなに見ちゃダメだよ」
「どうして?」
男の子は不思議そうに首をひねる。
隣りの女の子も訊いてくる。
「キスしてるんでしょ?」
「そうだよ、キスしてた」
「ふたりは恋人同士なの?」
「そう、恋人同士だよ」
なんだか記者会見の練習してるみたい。
そう思ったら可笑しくなってきて笑ってしまう。
「もう一回見せて!」
「ダメだよ」
「どうして!」
「今のは大人のキスだから」
ほらほら、もうおしまい、と敦賀さんは言って、子供たちを追い払う。
「あーあ、邪魔が入っちゃったなぁ」
本当に残念そうな敦賀さんがなんだかおかしくて、ちょっぴりかわいい。
「帰ったら続き、してあげます」
「ここじゃダメ?」
「だーめ」
「もうちょっとだけ」
「ダメです」
立ち上がって、駄々をこねてる敦賀さんの手を引いて立たせる。
「帰ってから、です」
「わかったよ。じゃ、帰ったらいっぱいしようね」
「はい」
明日は寝不足だね、なんてふざけて言う敦賀さんに、私はくすくす笑って、再び手を繋いで家まで帰った。