「敦賀さんのばかっ…」  
広い広い部屋で、ぽつり、呟いた言葉は、少し響いて空気の中にとけて消えた。  
『ごめん、キョーコ。撮影が長引きそうなんだ…』  
さっきの電話の敦賀さん。すごく、申し訳なさそうな声だったな。  
確か、この前は、ロケ地から帰れなくなって、その前は監督さんに捕まって…。  
2人で会える日なんて、そうそうないのに、忙しい恋人は今日も遅くなるらしい。  
「仕方ないか」  
自分に言い聞かせる為の言葉も、やっぱり、広すぎる部屋にかき消えた。  
ふと、目に飛び込んできたのは、テレビの中の恋人達。  
手をつないで公園を散歩したり、夜景を見にドライブしたり、私達には出来ないようなデートを楽しむ姿が、  
やけにうらやましく思えた。  
「仕方ない…」  
だって、相手はあの、超一流芸能人の敦賀さんだもの。  
たまには、普通の恋人同士のようなデートがしたい、とか、手をつないで歩きたい、とか、  
そんなわがままが、言えるはずがない。  
言えたとしても、世間にバレてしまったら大変な事になるから、やっぱり出来ない。  
「仕方な…、うぅー」  
一人でいる寂しさと、付き合っているにも関わらず、簡単に会えない切なさに、涙が溢れてきた。  
 
一度、溢れ出した涙は、止まることがない。  
もう、人を好きになんかならないって決めたのに、敦賀さんの事が大好きになって。  
両想いになれたのが嬉しくて、舞い上がって、こんなに切なくなるなら、好きになんかならなければ良かった。  
「…っ、敦賀さんの、ばかっ」  
言っても仕方のない泣き言を、つい、声に出して言ってしまう。  
「ごめんね」  
耳元で、ふわり、愛しい恋人の声。  
ソファに腰掛けている私を、後ろから抱きしめて、敦賀さんが言った。  
「…っ!敦賀さん!どうして…?」  
「撮影が、思ったより早くに終わったんだ。で、急いで帰ってきたら、キョーコが泣いてたから…」  
どうして泣いたの?と訊く敦賀さんに、つまらないわがままなんて言えない。  
「な、なんでもないです!」  
無理矢理、強がって普通に振る舞おうとする私に、  
「何でもなくないだろう」  
ため息を吐き出して、敦賀さんが言った。  
「……キョーコ」  
少し、気まずい沈黙の後、敦賀さんが口を開いた。  
「もう、俺なんかいらない?」  
「何言ってるんですか…!?」  
敦賀さんが悪い訳じゃない。  
「いらないわけ、ないじゃないですか」  
だって、こんなに好きなのに…。  
 
悪いのは、敦賀さんにこんなことを言わせる私だ。  
私のわがままなんて、なかった事にしてしまえばいい。  
「本当に?」  
「本当です」  
ずっ、と、鼻をすすって告げる私を抱きしめる力をさらに強めて、  
「良かった。約束破ってばかりだから、キョーコに捨てられるかと思った」  
心底、安心しきった声で言う敦賀さんが、愛しい。  
「ごめんなさい」  
つまらないわがままなんて、抱いたりして。  
敦賀さんの側に居られるだけで、こんなに幸せなのに…。  
「泣いたりなんかして」  
ごまかす為の言葉を、無理矢理突き出した私の頭を軽く撫でて、  
「キョーコが欲しいよ。抱いてもいい?」  
耳元で囁く敦賀さんの声が、艶めいて、胸が高鳴った。  
 
ベッドルームまで私を連れてきた敦賀さんは、たくさんの優しいキスをくれる。  
瞼に唇を落としたかと思うと、今度は唇を啄むように口付けて、舌でなぞった。  
キスをしながら、器用に私の服を脱がせて、鎖骨にぺろりと舌を這わせ始める。  
「…あっ、敦賀さん」  
敦賀さんとする、この行為が好き。  
唯一、普通の恋人達のようにできる時間だと思うから。  
「あっ、…ぅん」  
するすると、私の体を撫で回していた手が、胸の頂きに触れる。  
 
くすぐったいような、甘やかな感触が、私の中で微熱を孕む。  
「あんっ」  
ふにふにと柔らかい唇が降りてきて、胸の頂きを口に含んだ。  
ねとり、湿った舌先と、かわいた指先で、両方の胸を愛撫され、体の芯に生まれた微熱が、やがて、熱になる。  
「キョーコ、声、出して?」  
「んっ、…あっ、ああっ」  
恥ずかしさで抑えがちだった声も、敦賀さんの一言で、ほろほろと口をついて出ていく。  
「…っ、かわいいよ」  
胸の先を、口で愛撫しながら囁く、敦賀さんの前髪が私の鎖骨に触れるのが、くすぐったいけど、とても、愛しい。  
「あっ、…んっ」  
胸に触れていた手が離して、両手で私の膝を開かせ、敦賀さんが体を滑り込ませてきた。  
おそらく、濡れているであろう花びらの少し上の突起を指先で弄ぶ。  
「…あっ、ああっ、んぅ」  
やわやわと微妙な力加減で、弱く、強く、擦られたり、転がされたり…。  
触れた指と、舌の感覚に酔いしれる。  
きゅ、と胸の先を強く吸われて、同時に指先も少し強めに押し付けられ、  
「あっ、んんんっ」  
軽く達した。  
「気持ちいい?」  
私の顔を覗き込んで、唇に軽いキスを落としたから訊く、敦賀さんの言葉にこくこくと頷く。  
「よかった」  
 
くすり、嬉しそうに笑う敦賀さんを見るのが嬉しい。  
敦賀さんに触れられて、変わっていく体が嬉しい。  
「んっ、敦賀さんがっ、…欲しい」  
早くひとつになりたくて、恥ずかしさをこらえて告げた。  
「まだ、だぁめ」  
敦賀さんは、少しだけ意地悪く笑って、私の中に指を差し入れてきた。  
「ああっ、んっ」  
指は、するすると簡単に侵入してきて、くちゅ、と音を立てる。  
「あっ、あっ、…はぁ、んっ」  
ゆるゆると刺激される中が、熱くて、敦賀さんを受け入れたくて仕方ないのに、  
「敦賀さんっ、…あっ、まだ?」  
訊いても、まだだよ、としか言わない。  
「お、お願いっ、…敦賀さん!」  
「どうしても?」  
自分の指を締め付ける感覚で、そろそろ限界だとわかってるハズなのに、敦賀さんは、中に入ってくれない。  
「あんっ、あっ、あっ、ど、…しても!」  
懇願する私から指を引き抜いて、敦賀さんは、自分自身に避妊具を被せた。  
「つ、敦賀さっ…、はやくっ」  
焦れる私に、自身をあてがい、  
「何で泣いたか、教えて?」  
優しい声で言った。  
「言えなっ」  
言ったら、迷惑だって思われるかもしれない。  
「お願い、キョーコ」  
でも、体も限界だった。  
 
くちっ、と先端で煽られ、  
「あっ、は、やくっ」  
「言わないとあげないよ」  
ついに、私は陥落した。  
「つ、敦賀さんと、普通のデートがしたいです」  
告げた瞬間、涙が溢れた。  
「普通の恋人達みたいに、手をつないで歩きたいです」  
でも、そんな事したら、周りにバレちゃうから。  
敦賀さんにも、迷惑かけちゃうから。  
「わがまま言って、ごめんなさっ…、ああんっ」  
告げた私の中に、突然、敦賀さんが入ってきた。  
腕の中に私を閉じ込めて、  
「…よかった。…っ、もぅ、嫌われたのかと思った」  
そう言った敦賀さんの目から、つぅ、と涙がこぼれ落ちた。  
私が、敦賀さんを嫌いになんてなるわけがないのに…。  
「ごめんなさい」  
「謝らなくていいよ。ごめん、泣いたりして」  
格好悪いね、俺、と呟いて、敦賀さんは腰を動かし始めた。  
「好きだよ、キョーコ」  
私の中に入ったまま、そう囁く、敦賀さんの声が好き。  
腰を動かしながらも、口付けてくれる、敦賀さんが好き。  
あんなわがままを言ったのに、好きと言って泣いてくれる、敦賀さんが…。  
「好きっ、あっ、ああっ、敦賀さん、好きっ」  
敦賀さんは、私の想いも、言葉も全部受け止めて、  
「キョーコ、一緒に、…ね?」  
 
二人同時に、高みにのぼった。  
 
「キョーコ、疲れた?」  
「少し。でも、大丈夫です」  
結局、わがままを口に出してしまって、バツが悪い私に、  
「じゃあ、今から出かけよう」  
敦賀さんが言った。  
 
車に乗って、高速を越えて…。  
臨海の公園に着いた。  
「おいで」  
敦賀さんは、私の手を取り車から下ろしてくれた。  
「つ、敦賀さん!誰かに見られたら…」  
繋いだままの手に戸惑う私に、  
「大丈夫。こんな真夜中に、誰も、俺達だって思わないよ」  
優しい目を向けて敦賀さんが言った。  
綺麗な空港の灯りの見える歩道を二人で歩いて…。  
「俺はね、こうやってキョーコのわがままがきけるのが、嬉しいんだ」  
楽しそうに呟いて、私の手を引く敦賀さんに、私も嬉しさが込み上げる。  
「わがまま、きいてくれてありがとうございます」  
お礼を言う私に、どういたしまして、と笑う敦賀さんに、思わず見とれた。  
「敦賀さんは、何か、ないんですか?わがまま」  
私だって、敦賀さんのわがまま、ききたい。  
「じゃあ…」  
敦賀さんは、少し考えてから、  
「帰ったらもう一度、キョーコを抱いていい?」  
耳元で囁いた。  
 
 

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