…ふ〜ん。  
いるのね、敦賀さん、「気になる人」。  
 
つい先ほど坊の姿で蓮の悩みを聞き、その足でDark Moonの撮影に合流したキョーコだが、ふと気づくとその事ばかり考えている。  
 
別に、いるでしょうよそのくらい。恋人の一人や二人や三人いたってちっとも驚かないわ。  
…なのに、どうしてこうも気になるのか…  
そうよ、恋をしたことがないなんて、衝撃発言をするから…だから、初めて敦賀さんが恋をするかもしれない女性が、こんなにも気になるのよ。  
良かった、今日の撮影は、メインな撮りが全然なくって…。  
 
役に集中しきれない自分を叱咤しながらなんとかその日の撮影を終え、楽屋に戻ってメイクを落としてもらい、メイクさんが部屋から出て行った途端、キョーコはぐったりと椅子にもたれかかった。  
今日は最悪だった!未緒になりきれなかった…監督は気づいてなくて、撮影の流れを止めずに済んで助かったけど、本当は私自身が一番許せない!  
「んもおおおお〜!!!」  
その叫びに重なるように、コンッとドアをノックする音がした。  
「は、はいっ!ちょっと待ってください!」  
首元に巻いたタオルを取ってから、慌ててドアを開けた。  
 
「……どうしてあんたがここに来るわけ――――!!!!!!」  
 
そこには、キャップを目深にかぶってキョーコを見下ろす尚の姿があった。  
 
「俺が来たかったから来たんだよ。おまえの了承なんか関係あるか」  
「あ、あんたねえええ!!!」  
叫ぶキョーコの口に手をあてて蓋をし、回りを見回しながら強引に部屋の中に押し入る。  
「この俺様がおまえなんぞの楽屋に来た事がバレたら困るだろーが」  
「じゃあ来なきゃいいじゃないのよ。ていうかなんで来るのよ!」  
「答えを聞きにな」  
帽子を脱ぎテーブルの上に放ると、尚はキョーコの目を睨むように見据えた。  
次の瞬間、尚の腕がキョーコの片腕をつかみ、ぐいと引っ張られた。  
「な!?」  
「おまえは、敦賀蓮なんか嫌いなんじゃなかったのかよ」  
 
尚の顔が至近距離に近づいてうろたえているキョーコをもっと引き寄せ、まっすぐその瞳をのぞきこんで聞く。  
「…答えろよ」  
キョーコは振り払おうとするが、尚は腕を強くつかんで離さない。  
「…髪、また黒くしてんだな…おまえは、その地味な色が、らしーんだよ」  
掴まれた腕が、じりじりと痛みを訴える。  
「…答えろってんだよ」  
 
 
「バレて困るなら、ちゃんとドアを閉めて話したらどうかな」  
 
 
突然冷ややかな声が割って入り、キョーコと尚は同時にドアの方を振り向いた。  
「敦賀、蓮――――」  
「敦賀さん!?」  
口元だけ淡く微笑みながら、しかし全身から冷たい炎がたちのぼっているかのような。  
「最上さんに話があって寄ったんだけどね。お取り込み中とは思ったけど、ドアが開いてるんじゃこのままほっといたら不親切だろう」  
「あ、あの、敦賀さん、私…」  
「向こうで、君のマネージャーとスタッフが君を探し回ってるしね。行ってあげた方がいいんじゃないかな―――というより」  
蓮は静かに二人の横まで歩み寄り、キョーコの腕を掴んでいる尚の腕を、すごい力で掴み上げた。  
「帰れ」  
その迫力に一瞬怯んだ尚だったが、すぐに蓮の手を振り払い、キョーコに目を向けた。  
「おまえは、俺のもんだ」  
「なにを…!!」  
キョーコがかっとしたように怒鳴るが、尚はどこ吹く風でドアをくぐり、一度振り返って付け加えた。  
「おまえなんざ相手にしないさ、そこの『抱かれたい男No1』とやらが」  
「別に私は!」  
その言葉が届いたか届かないかのタイミングでドアがバンと閉められ、蓮とキョーコが楽屋に残された。  
き、気まずい沈黙…こ、怖いよ…また、敦賀さんサタンになってるんだものー!!  
キョーコが身を縮めていると、蓮の声が頭上から降ってきた。  
「お邪魔だったかな」  
 
聞き捨てならないそのセリフにキョーコは勢いよく顔をあげ、蓮と向かい合う。  
「そんなわけないの、わかってるでしょう!?助かりました。ありがとうございます」  
ペコリと音がしそうなくらい大きくお辞儀をし、もう一度蓮を見上げる。  
…そういえば、敦賀さんもなにか私に話があったのよね。何かしら…  
「君は、肝心なところで無防備なんだな…カギは相手を確認してから開けるものだろう」  
「自分で思い返して死にたくなるくらいです。あんなやつを中に入れてしまうなんて!」  
「俺は、今日君に会って確認したい事があったんだけど…」  
憤慨しているキョーコに突然話を変えた蓮が近づいてきて、先ほど尚が掴んでいた腕を掴んだ。  
「正直まだよくわからない。でも、頭で考えてもしょうがないのかもしれない―――俺は今すごく不快で―――」  
「…?」  
キョーコには蓮が何を言いたいのかわからなかった。けれども、蓮が触れている自分の腕が、とても熱く感じる。なんだか、鼓動も早くなってきているように思う。  
 
「君は…俺が嫌いか」  
あまりに唐突なその質問に、キョーコは何を言われているのか把握するのにかなりの時間を要した。  
「ショータローの言ってたことですか!?ていうかあれはですね…あのう…ええと…」  
事実昔はそうだったのだが。  
「…そんなことありません。尊敬してます。役者としても…人間としても」  
そう言って蓮の目を見上げた瞬間、蓮の唇がキョーコの唇にそっと触れた。  
「…!」  
「なんだか、止められないんだ…嫌なら、突き飛ばしてかまわない。尊敬していると言ってくれた君に申し訳ないけれど、俺は未熟な男だよ」  
「そんな…んっ…!」  
深くくちづけられ、キョーコは言葉を止めた。息が乱れる。蓮の唇は冷たくて、でもその息は驚くくらいに熱かった。  
長い深いキスに眩暈のような感覚がおこってきて、足の力が抜けていく。よろけるキョーコの腰を抱いて、蓮はそっと唇を離した。  
「…逃げたほうがいい。俺は本気だよ」  
「―――――」  
キョーコの視線は右へ左へとさ迷っていたが、そのうち下を向き、蓮の胸におでこを寄せた。  
 
私は―――――  
 
どこかの誰か、敦賀さんが初めて愛するかもしれない人…  
その人があんなに気になったのは、私もこの人に恋し始めていたから…?  
 
ガチャッ  
 
はっと顔をあげると、蓮がカギをかけていた。  
そのままキョーコのもとへ足を運び、キョーコをひょいっと腕の中に抱えあげると、部屋の奥、畳が敷いてあるスペースへキョーコを横たえた。  
そして、そのキョーコの首の後に手を差し入れて持ち上げ、また深くくちづける。  
瞼に、耳に、首に、優しくキスを繰り返されて、キョーコはたまらなくなって自分からも蓮にくちづけた。  
「んっ…」  
我を忘れて、ただひたすら舌を絡めあう。唾液が一筋あごを伝い、それをすくった蓮の指が太ももをなでた。  
「あ…やっ…」  
ビクッと反応するキョーコに「初めて?」と蓮が聞いた。  
「…はい。すみません…」  
「なぜ謝る?嬉しいよ…」  
キョーコの髪の中に手を入れて頬にキスをすると、キョーコをうつ伏せにさせシャツを捲り上げて背中に舌を這わせていく。  
「ああんっ…ふっ…ああ…っ」  
身をよじってしまう。肌が上気して汗ばんでいくのがわかる。  
…ああ、どうしよう、どんどんわけがわかんなくなってきて、快感を追うだけの動物になっていくみたい…  
「声、出してもいいんだよ、押さえてあげるから…」  
「んんっ…やああ…っ」  
背中から腰まで舌を這わせながらブラの間から指を入れ、小ぶりでむっちりと張った乳房をゆっくりと撫で回し、かたくとがった乳首を擦りあげていく。たまらずに声をあげるキョーコの口に、その長い指をあて、声を押さえる。  
押さえられることで、快感と、背徳感がないまぜになってキョーコはさらに乱れていった。  
 
蓮の指は長く細く少しひんやりとしていて、その指がほてりはじめたキョーコの肌の上を優しくなぞるだけで、体の奥から快感が駆け上がってくる。  
背中から下がってきたその指が下着の生地ごしに触れ、谷間をそっとなぞりあげる。  
「んっ…!」  
下着の間から指が侵入して、溢れているそこを確認するかのように何度も何度も行き来する。キョーコは羞恥で体をねじって逃げようとするが、腕を抑えつけられ動けなくなった。  
「…ここまで来たら、もう逃がさないよ」  
背後から蓮が覆い被さり耳元で囁く。その重低音と熱い息に、まるで愛撫されているかのようにゾクゾクッと感じてしまう。  
下着をずり下げられ、自由になった蓮の愛液で濡れた指が、熱をもってふくらんだキョーコの中心を擦り始めた。声をあげて腰を浮かせると、尖りはじめたそこを少しづつ速く、強く刺激する。キョーコは足の指先まで硬直させてただ快感を追いかけた。  
「あああ…っ…ど…しよ…きもちいいっ…」  
「素直だね」  
加速する動きに頭の中が真っ白になっていく。ここがどこだかも忘れそうになる。さっきまでは耳に届いていたドアの外から伝わるざわめきは消え、自分の荒い息だけがキョーコの耳に響いてくる。  
「ふっ…ふああっ…んんん…っ!」  
「かわいいよ」  
その言葉に胸がぎゅうっとしめつけられると同時にキョーコは登りつめ、ビクンビクンと波打つような快感に溶けていった。  
その余韻がさめやらないうちに蓮の腕が伸びてキョーコの体を仰向けにする。キョーコが虚ろになった瞳をむけると、そこに蓮の優しい目があった。なんだかその目にひどく愛を感じて、目の奥が熱くなってくる。  
「私…」  
「…なんで泣くんだ?」  
キョーコの両頬を蓮の大きな手が包み、瞳をのぞきこんだ。キョーコはただかぶりを振って、蓮の首に腕をからめ自分からそっと唇をあわせた。  
 
―――私  
―――きっと始まってしまった。もう恋なんてまっぴらだったのに  
―――この人が好き―――  
 
深く深く何度も口付けを交わし合う。そのたび、心と体がひとつになっているキョーコはそれだけで溢れていく自分が止められずにいた。  
濡れそぼったそこに熱く硬いモノがあてがわれ、キョーコは一瞬身を堅くした。  
 
「少し、痛いかもしれないけど…力を抜いて、大丈夫だから」  
こくんと頷くキョーコを確認して、蓮がキョーコの中に進入してくる。痛みが少しでも少なくなるように、静かに、少しづつ。  
熱い蓮自身を体の全てで感じながらキョーコも必死でソレを受け入れた。  
蓮の気遣いのおかげなのか、痛みはほとんど感じる事なく二人は一つになり、蓮はゆっくりと動き出した。  
抜き差しを繰り返すその動きにさっきとはまた違う深い快感がキョーコを襲い、自然に腰が浮き上がり蓮をもっと奥まで受け入れようとする。  
眉根を寄せた蓮の表情が、キョーコの体をどんどん熱くさせて、何も受け入れた事のないきつい膣内がさらにきゅきゅっと締まって蓮は低くうめきを洩らした。  
早まる動きにキョーコの中もうねりを増して細かい収縮を繰り返す。  
たまらなくなり、蓮の背に腕をまわしぎゅっとしがみつくと蓮の荒くなった息が敏感になった耳にかかり目がくらみそうになる。  
「ああ…っ…もう…っダメ…っ!」  
「キョーコちゃん…」  
吐息のような囁きで名を呼ぶ。  
「好きだ…」  
キョーコは泣きたくなるような切なさと、打ちつけられる腰の快楽とに翻弄され支配されながらのぼりつめ、深く深く落ちていった。  
 
 
「敦賀くん!」  
「すみません…ご心配おかけしました」  
Dark Moonの撮影所に三日ぶりに姿を現した蓮に、緒方監督が走り寄る。  
「それで…どうかな…?」  
「俺なりの嘉月を見つけて来たつもりです…今は嘉月を演じたくてしょうがないんです。見ていただけますか」  
「もちろん!じゃあすぐにスタンバイして!」  
「はい」  
その声と同時にばたばたと動き出すスタッフや共演者達の中に、彼女の顔を見つけて蓮は微笑む。  
顔を赤らめて背中を向けるキョーコに一人うつむいてくすくす笑い…顔をあげた時には彼はもう嘉月だった。  
 
 
3,2,1・・・  
 
 
 

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