LMEの廊下を必死に走る。  
驚いて振り返る人もいるが、そんなことを気にしてる余裕なんか今の俺にはなーい!  
俺は走って走って、そしてようやく目的の部屋の前に立った。  
 
ラブミー部の部室、通称「愛の部屋」。  
って俺が勝手に命名したんだけど。  
手が足りない事務所の人や、最近は密かに彼女の笑顔に癒されたい人が、お菓子を片手にやってくる部屋。  
といっても最近はここにいる時間もなかなか取れないみたいだけど。  
 
俺はドアの前でなんとか息を整えてから、ノブに手をかけ勢いよく開けた。  
 
「キョーコちゃんっ!」  
 
意を決して開けた俺の目の前を突然遮るように現れたのは愛しの彼女…ではなくて、琴南さん。  
 
「静かにしてください、光さん。今あの子寝てるんです」  
「そ、そっか、ごめん」  
 
残念なような、安堵したような。  
気が抜けて脱力する俺をちょっと哀れむように見た琴南さんに案内されて、  
テーブルを挟んで彼女の斜め前にそっと座った。  
 
「はぁ疲れた…今ならここにいるって聞いて急いで来たんだけど」  
「昨日眠れなかったそうで、ここに来てからずっとこの状態です」  
 
キョーコちゃんは椅子に座り、テーブルに突っ伏してすやすやと寝ている。  
ちょうど俺のほうに顔が傾いていて、無邪気な寝顔が心置きなく見える。  
かわいいな…純真無垢な子供の寝顔ってかんじで。  
 
走ってやってきた目的も忘れて見とれていたら、  
 
「記事のことで来たんですか?」  
 
琴南さんの言葉で現実に引き戻された。そうだった…。  
 
さっき仕事のあとであいつらに手渡されたスポーツ新聞。  
その一面を飾っていたのはキョーコちゃんと、そして事務所の大先輩である敦賀さん。  
巨大なゴシック文字で『熱愛』の文字が躍り、俺はくらくらと眩暈がして倒れそうになったところをふたりに支えられた。  
 
やっぱり身長…いやいや、まだわからないよな、うん、こんな写真じゃ熱愛とは限らない。  
写真はスーパーの袋を持った敦賀さんと、その横を歩くキョーコちゃん。  
キョーコちゃんが敦賀さんの腕にまとわりついているのはまあ…とりあえず見なかったことにして。  
第一スーパーなんて誰でも行くしな。  
 
記事の内容はえっと…キョーコちゃんは敦賀さんのマンションで寝食を共にしている模様、つまり同棲…  
…いやいや例え住んでいたとしても、単なる同居かもしれない。  
敦賀さんの紳士ぶりは事務所でも有名だ。  
きっと何かの事情で困っている彼女を放っておけなくて…  
 
さまざまなストーリーを必死に創作しながら、気がつけば足はここへと向かっていた。  
 
「この子、記事が出るって昨夜知って、眠れなかったそうなんです」  
「そっか…ねえ琴南さん…あの記事だけど」  
 
本当なの?と聞こうとしたら、コンコン、とドアがノックされて静かに開いた。  
現れたのは――敦賀さん!?  
 
「お、お疲れさまです!」  
 
思わず立ち上がった俺に、しっ静かに、と口を動かしながら人差し指を立てて、敦賀さんは静かに部屋に入ってきた。  
しまった、と慌ててキョーコちゃんを見ると、よほど熟睡しているのかすやすやと寝込んだまま。よかった…。  
 
「連絡ありがとう、琴南さん」  
「いえ、当分起きそうにもないですし、私もそろそろ帰ろうかと思いまして」  
「あの…今日の記事…事実なんですか?」  
 
話を割って聞いてみた俺に、敦賀さんは少し困ったような顔をした。  
 
「光くん、だよね。そういうことは彼女から直接聞いたほうがいいんじゃないかな…」  
「あ、あの、それってどういう」  
 
「ん…だめぇ、敦賀さぁん…」  
 
突然聞こえてきたか細い声に、俺たち3人は思わず無言になった。  
 
「もぉ…だめ、なのにぃ…」  
 
なんだ寝言かぁ。可愛らしさに頬が緩んだ俺。  
 
「も…んん…だ…めぇ……いじめちゃ…ゃあ…」  
 
いじめ…てるんですか?敦賀さん…?  
 
琴南さんを見ると、呆れたように天を仰いでいる。  
そして敦賀さんを見ると…赤くなってコホン、と咳払いし、  
少し慌てたようにキョーコちゃんの耳元で「キョーコ、帰るよ」と囁いた。  
 
「さっきから全然起きないんですから無駄ですよ」  
「困るよ、キョーコの寝言は明瞭でおまけに長いんだ」  
「いいじゃないですか、言わせておけば」  
 
2人のやりとりをよそに、キョーコちゃんの寝言は敦賀さんの言うとおり止まりそうにない。  
 
「あ…も…がまん…無理ぃ……」  
 
「…とにかく連れて帰るから」  
「日ごろから聞かれて悪いようなことをしてるからいけないんですよ」  
「しょうがないだろう?この無邪気で強力な誘惑から逃れる術があるものならぜひ教えて欲しいね」  
 
「んぁ……ぁ…つるがさ…んん……っぱい…ほし……」  
 
「誘惑の前に、マスコミから逃れる方法を考えたほうがいいんじゃないですか?」  
「そうだよな…俺だけでも会見したら少しは…」  
 
「はや…くぅ……おねが……も……いれ、てぇ」  
 
キョーコちゃんがそこまで言ったところで、敦賀さんは彼女をがばっと抱え上げた。  
 
「琴南さん、ドア開けてくれるかな?」  
「…はいはい、どうぞ、王子様」  
「おしゃべりな眠り姫はいただいていくよ、まったく…。じゃあ光くん、失礼するよ」  
「は、はいっ、お疲れ様でした!」  
 
パタン、とドアが閉まり、呆然とする俺と、深くため息をつく琴南さんが残された。  
 
「じゃあ私もそろそろ失礼します」  
 
そこからのことはよく覚えていない。  
気付いたらあいつらがペチペチと俺の頬を叩いていた。  
 
「リーダー!おーーーいリーダーーー!!」  
「だめだこりゃ。相当ショックだったんだな」  
「哀れ光くん…元気だして。今度シークレットブーツ買ってあげるからさぁ」  
「そうだ、キョーコちゃんの写真集も買ってあげるからさぁ」  
 
いや、俺もう持ってるから…と肩を落とす俺。  
まあ相手が敦賀さんなら文句はないよな、と無理矢理自分を納得させながら、  
ふたりに抱えられるように愛の部屋を出たのだった。  
 

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