「はーい!OK!!」  
 
監督の声が上がり、ほうっと息をついた。  
 
「お疲れさま飛鷹くん、よかったよ。何か最近少し大人っぽくなったんじゃないの?」  
 
おかげで影のあるシーンがめちゃくちゃ決まるよ〜と、監督は御機嫌だ。  
そうかな。大人っぽくなったきたのかな。  
お世辞だってわかってるけど、何となく気分がいい。  
そうとも、オレはもっともっと大人になりたいんだ。  
 
次はシーン204。奏江とオレが心を通わせて一緒にブランコにのるシーン。  
奏江。  
この間の誤解のあと、オレは奏江から一時も離れたくない…そう思うようになった。  
アイツはオレを一人前の演技者と認めてくれている。  
けしてガキっぽいこの容姿で判断をせず、  
オレを子ども扱いしたのも、オレの演技を認めていたからこその影響だと知った。  
 
こんな女は初めてだ。  
今までどんな女優とやった仕事だって、休憩時間にアメ玉あげようかと言われたり、  
飛鷹君がかわいそうだから、このシーンは適当でいいわよ、みたいなことをいう女ばかり。  
 
アイツらはオレにもプライドがあると言うことをまったくわからないんだ。  
 
奏江は違う。  
 
演技でここをこうしたいんだと言うオレの意見を聞き、賛成してくれるし、  
そうで無い時は怒鳴りあいの議論になったりする。  
 
オレのじいちゃんやママやパパのことなんか関係ない。  
他の大人はじいちゃんたちが怖くてオレの言うことに反対すらしなかったのに、奏江は違うんだ。  
1人の俳優と俳優の関係。それ意外なにものでもなく、いい演技を作るために妥協もしない。  
 
コレがどれほど嬉しかったかなんて、きっとわからないだろう。  
 
「飛鷹君そろそろ〜」  
「はい!」  
 
公園のセット。空は茜色のライトに染まる、夕暮れの公園。  
 
「よろしくお願いします」  
相変わらず礼儀正しく挨拶する奏江。  
 
「よろしくお願いします!」  
オレもきちっと挨拶を返す。  
 
ふだんは一緒にいて、ふつうに話していても  
仕事で一緒になる時はやはりこういう緊張感をもつ。それが奏江の流儀。  
 
オレもこいつのそう言うトコがすごくいいと思う。  
だからオレももちろんそうするんだ。奏江に相応しいように。  
 
「シーン204テイク1、いきます〜……………用意、」  
カチン!  
 
ニコッと奏江が笑う。もう、演技の中のお姉さんの顔になって。  
 
オレは2秒で涙を流す。懇願するような目でお姉さんを見る。  
『おねえちゃん………っ』  
 
テイク5。珍しい。奏江がNGを出している。  
 
『おねえちゃん…っ』  
 
「…すみません…もう一度お願いします!」  
おかしい。なんでこんなにドキドキしてるのよ、私。  
 
テイク6だなんて!今までのワースト記録だわ。  
飛鷹君は  
「大丈夫だ、奏江、何回でもつきあってやるって」  
とにっこり微笑んでる。  
 
ええ…………わかってるの。  
私は彼に引きずられているのよ。  
 
どうしたんだろうこの子。  
ここのところどんどん大人びてきてる気がする。  
すがるように泣く彼を抱き締めるこのシーンで、  
今まで強がっていた仮面がはがれて、さみしい彼の心を受け止めて、  
聖母マリアのように微笑みながら一緒にブランコを揺らす…  
 
そんな余裕のある様子が必要なこの場面で、  
 
泣いている彼に手を伸ばす…その指先が彼に触れて、ふわりと抱き締めるシーンなのに、  
指先が触れ、涙でいっぱいの彼の目を見たとたん、ドキッとしてしまい、  
思わず手を引っ込めて、かあっとほおが赤くなるのだ。  
 
「カット!!琴南さ〜ん、それじゃあ恋する乙女だよ〜やり直し〜!」  
監督のNGに全身硬直してしまったわ。  
 
………ダメ、ダメよ奏江。  
なにをやってるの。私は女優よ?こんなことで情けないったらないわ。  
次で決めるわ。そうじゃないと………相手してくれてる飛鷹君にだって失礼よ。  
彼の実力はホントにすごい。ただの子役じゃないわ。これ以上引きずられたら負けるわ。  
 
気合いを入れ直す。  
私はこの子と心通わすお姉さん…お姉さん…お姉さん…  
 
「テイク7いきます〜………用意」  
カチン!  
 
『ほら…ね?そばにいるよ?私はここにいるよ?』  
『おねえ…ちゃ…うわああああ!!』  
 
奏江のセーラー服の胸に顔を埋めてしがみついて泣く。  
揺りかごのように揺れるブランコ。  
柔らかい奏江の吐息がほおにかかる………  
 
 
「はいカット!OKでーす。良かったよ〜飛鷹君、琴南さん。  
ちょっとそのまま…後ろからのカットを撮るからね〜少しまってて」」  
 
カメラが後ろに回ってスタッフも後ろでスタンバイしている。  
 
「ふうっ…」  
 
奏江が息をついている。  
 
「珍しいな、奏江がNGなんて。」  
 
かあっと顔を赤らめる奏江。  
 
「!しゃべっちゃ…」  
「大丈夫だよ。向こうから見えないから。」  
 
くすくす。オレが笑うと、くすぐったそうに体をよじって、もう!と睨む。  
気の強い奏江。でもなんか今日はかわいい感じだ。  
 
オレのカッコと言えば、奏江にしがみついてひざの上だ。  
あんまりかっこいいカッコじゃないが、奏江の柔らかい胸の感触を味わいながら、ちょっと得した気分。  
 
「さすがよね。飛鷹君…なんだか引きずられちゃったのよ、君に…」  
「へえ?」  
「ああ、私もまだまだね。もっと稽古しないと…」  
「奏江…真っ赤だったよなあ」  
「………気付いてたのね?」  
「まぁね」くすくす  
 
顔を胸に埋めて笑うと、くすぐったいわよ!と奏江が抗議する。  
かまわず胸にすりすりしてると、こ・こら!と怒る。  
背中に回した手を胸を支えるように移動させると、ビクッとなる奏江。  
 
「ちょ…ッ…飛鷹君???」  
「柔らかい…」  
「ひッ…飛鷹君、それってセクハラよ?やめ…」  
「動くと監督に気付かれちゃうよ」  
「だ…ッだったらやめなさいよ!もう!」  
 
……こういう時、子どもな自分を使わない手はないよな。  
 
「ママの胸みたいだ」  
「…!…あ・あのねえ、私はまだ10代なんですけど…母親ってのはあんまりじゃない?」  
 
言葉とは裏腹に警戒をといているのがわかる。  
身体から緊張した感じがなくなった。ふふ、ばかだなあ。  
 
ゆっくりセーラー服の上からゆっくりなで擦り、  
てっぺんの少しだけぽつんと固くなったところに指が触れた瞬間、ピクン!と奏江の身体が震えた。  
やば。  
でも、ちょっとママより小さいなと憎まれ口を一つきくと、し・失礼ね!と睨みながら奏江は笑ってみせた。  
 
いけない。ちょっとやりすぎちゃった。  
 
心無しか、奏江の目が少し潤んでる。さっきみたいに少し顔も赤い。  
息もちょっとだけ甘くなった気がした。  
 
「ハイ、じゃあ、後ろのカットいくよ〜飛鷹君ちゃんとしがみついてね〜ハイ、用意」  
 
おっと残念。オレは胸においていた手を、また背中に回してしがみつく。  
ふうっと大きな息を一つはいた奏江は顔が赤い。正面からのカットじゃないから誰も気付かないけど。  
 
奏江は深呼吸ひとつして、また聖母のような顔になり、オレはまた泣きじゃくる子どもに戻った。  
もう少しこうしていたかったんだけどな。ちぇ。  
 
カチン!  
 
 
 
 
 
「はいOK!ごくろうさま〜。今日の撮りはここまでです〜」  
 
監督の声がかかった。  
「おつかれさまでした」  
まだオレを胸に抱いたままの奏江が笑った。  
 
こいつはオレを俳優として見てるけど、男としては見てない。  
当たり前かな?歳の差は6つ。ましてオレはまだ小学生。  
だけどな、奏江。  
オレはもう決めてるんだ。お前はオレの女だって。  
 
「おつかれさま…」  
オレは伸び上がって奏江の首筋に顔を近付け、ぺろんッ!となめた。  
ビクン!と身体が跳ねる奏江。  
 
目があう。  
オレはじいッと奏江を見据えた。  
奏江はまた真っ赤になって、少し潤んだ目でどぎまぎしながらオレを見る。  
少し強い目で見つめていると、少し怖いように奏江の目が泳ぐ。  
 
 
 
 
 
まあ、小学生にはこの辺が限度かな。  
下手に警戒されるのもイヤだしな。  
 
 
 
 
「…デシタ」  
ペロッと舌をだし、笑ってみせた。  
や〜い!と言いながら奏江の腕の中から逃れ逃げまくる。  
 
「…もう!飛鷹君!!セクハラよ!」  
奏江は怒った。安心したように怒ってる。  
はは、ガキの悪戯じゃんよ、大目に見ろよ。  
 
そう、今はガキの悪戯さ。  
 
もっともっと大人になるんだ。  
奏江より大きくなって  
奏江より大きな俳優になって  
 
その時こそ、逃がすもんか。  
 
お前はオレの女なんだからな。  
 
 
 
 
 
end  
 

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