なにか暖かい夢を見た気がする。
俺はゆっくりと目を開けた。
腕の中にはすっぽりとキョーコの華奢な身体が収まっていて、小動物のように可愛らしく寝息をたてている。
昨夜、初めてキョーコを抱いた。
恋人を抱くという行為に、これほど慎重に、そして臆病になったことはなかった。
なんとか自分を抑え込んで精一杯優しく抱いたつもりだが、それができていたかどうか、よくわからない。
ただ少しずつ快楽に溶けていくキョーコが愛しくて、たまらずに何度も抱いてしまった。
そうして気絶するように眠り込んでしまった。
キョーコは俺が眠った後も起きていたはず。
眠れただろうか…顔にかかる髪をそっとかき上げてやるが、まったく起きる気配がない。
俺は熟睡している様子に安堵してホッと息をついた。
その日は偶然キョーコも同じ局で撮影があるらしい。
地下の駐車場で車を降りてからエレベーターに乗り込む。
違う階に向かうことはわかっていたが、俺はキョーコを楽屋まで送っていくことにした。
車を降りてからずっと手を絡めたままだったが、エレベーターのドアが開いてもその手を離さずにいると、
キョーコがくいくいとその手を引っ張り、困ったように見上げてきた。
「敦賀さん、手…そろそろ離していただかないと、見られちゃいます…」
「かまわないよ」
「でもっ」
このままずっと暖かい毛布にふたりで包まれて、いつまでも抱き合っていられたらいいのに。
こうしていつまでもキョーコの寝顔を眺めていられたらいいのに。
どこまでもこんな風に手を繋いだままふたりでいれたらいいのに。
…俺は朝からそんなことばかり考えている。
「キョーコの指先、冷たいね」
「敦賀さんの手はあったかいです」
ふんわり笑ってこぼす台詞に、思わず頬がゆるむ。
「キョーコちゃん!」
後ろから話しかけられて、咄嗟に放たれそうになったキョーコの手を、思わず力をこめて握り締めてしまった。
「…っ、敦賀さん、痛い、です…」
「あ、ごめん」
パッと手を離すと、ちょっと待っててくださいね、と言って
キョーコはそのスタッフらしき人の元へと走り寄って行った。
なにやら話をしている彼女を待つあいだ、俺は繋いでいたその手のひらをぼんやりと眺めていた。
キョーコの温もりが残っていて熱く火照る。
「敦賀さん?」
気がつくとキョーコが目の前で心配そうに俺を見上げている。
「どうかなさったんですか?ぼんやりして…」
「キョーコ…」
「なんですか?」
「結婚しよう」
唐突なのは自分でもわかったけれど、思わず口をついて出た台詞だった。
この子を手放してしまうなんて、俺は耐えられそうにない。
キョーコはしばらく呆然と俺を眺めていたが、きゅっと唇を噛んでうつむいてしまった。
「いきなりそんな…こんなところでっ」
「突然でごめん……そっか、もっとムードのあるところで、気の効いたプロポーズでもするべきだったよね」
まったく余裕のない自分が情けなくなってきて、そしてキョーコの返事が怖くなって。
鷲掴みにされたように胸の苦しみを覚えた瞬間、
ぐいっとシャツをひっぱられ、真正面から唇を塞がれた。
「!?」
目を閉じる暇もなかったうえ、角度もつけずに勢いよくキスされて、互いの鼻がごつんとぶつかる。
ぎゅっと目を閉じ、真っ赤な顔で不器用に俺の唇を奪ったキョーコは、今度は慌てたように俺の胸をつき返し、
「こ、これは仮のお返事ですからっ…今度、もっと素敵な場所で、もう一度やり直してください…!」
と吐き捨てるように一気に言った。
「もう一度…イエスのキスくれる?」
「いいからっ、もう時間です!遅れちゃいますから早く行ってください!」
情けなくも確認の質問をする俺の後ろに回り、背中をぐいぐいと押してきた。
「わかった、わかったよ、行くから…ちゃんと行ってきますって言わせて」
キョーコの正面に向き直り、手を取って「行ってきます」と微笑む。
「行ってらっしゃい、お仕事頑張ってくださいね」
満面の笑みで返され、ああ、これが幸せってことか、甘い幸福感に酔いしれた。
「キョーコ、お願いがあるんだけど…聞いてもらえるかな」
「なんですか?」
可愛らしく首を傾げるキョーコに顔を寄せて、耳元で囁く。
「今夜…また、抱いてもいい?」
キョーコは頬を桃色にふわりと染めて、「はい」と小さく答えた。