手を伸ばせば、いつだって触れられる距離にいた。
手を伸ばせば、いつだって抱きしめられる距離にいた。
でも……。
業界にいたら、アイツらの噂なんて、簡単に耳に届く。
地味で色気のねー新人女が、芸能界一イイ男を捕まえたんだから仕方ない。
しかも、男の方がベタ惚れときてる。
「ちっ、クソっ!おもしろくねー」
あのクソむかつく男が、キョーコを好きなのは知ってた。
でも、キョーコがアイツに振り向くとは思ってなかった。
キョーコはずっと、俺だけを見てたから。
なのに、アイツらは付き合いだしたらしい。
「なァんか、ムカつく…」
撮影の合間、何となく落ち着かなくて、テレビ局内を散歩することにした。
そーいや、この局で撮ってるドラマ、アイツらも出てたな、と思い出す。
「……ですよ、もう!」
人気のない階段の踊場から、キョーコの声…?
くすくすと楽しそうに笑って、いったい誰といるんだろう。
声のする方を覗くと、キョーコとあのクソむかつく男の姿。
「撮影、始まっちゃいますよ?」
「ああ、ホントだ。残念だな」
「何、言ってるんですか。今日、敦賀さんのお部屋で待ってますから、ね?」
キョーコは上目使いで、男を見上げる。
嬉しそうに頬を染めて見上げるキョーコに、男はキスをした。
「……、んっ」
舌を絡めた長い長いキスの後、潤んだ瞳で男を見つめるキョーコの表情。
「じゃあ、いってきます」
「いってらっしゃい」
男が去った後に、幸せを噛み締めるように唇に触れるキョーコの表情。
あんなカオ、俺は知らない。
幸せそうに、ヘラヘラ笑ってる顔なら知ってる。
でも、あんな……。
オンナの表情をしているキョーコを、俺は知らない。見たことない。
「……ンだぁ?コレ」
ギシリ。胸が痛む。
鷲掴みにされたように、ぎゅうぎゅうと締め付けられる。
「何してるのよ?こんな所で」
階段を登って、俺を見つけたキョーコが、睨みをきかせた。
最近、こんな顔しか見てねぇな。
アイツといた時みたいな、嬉しそうな顔なんて、尚更だ。
「何でもねぇよ……」
「ああ、そう」
何事もなかったように去ろうとするキョーコの腕を掴んだ。
「何よ?」
俺を見上げるキョーコは、冷たい目。
「離しなさい、よっ!」
ぐっ、と手を引いて、俺の手から逃れようとする。
アイツの腕の中には、やすやすと収まっていたクセに。
「ちょっと来い」
キョーコの手を引っ張り、ムリヤリ楽屋まで連れて来た。
引きずってる最中、
「ちょっと!何するのよ!」
だの、
「離しなさいよっ!」
だの、うるさかったけど無視した。
何だろな……。
自分でもわからねー。
ただ、勝手に体が動いてた。
部屋に鍵をかけて、逃げられないように扉にキョーコを押し付ける。
「離しなさいよっ、はなしてっ!」
一生懸命逃げようとするキョーコの両手を、俺の両手で抑えつけた。
必死に抵抗するキョーコが、何か許せなくて、ムリヤリ、唇を塞ぐ。
「んっ、んんっ!」
舌でキョーコの唇をこじ開けて、逃げ回る舌を捕らえる。
舌を絡めて、口の中をぐちゃぐちゃに犯した。
「……っ!」
ガリッ、と、キョーコの歯が俺の舌を噛む。
「ってぇな!何すんだよっ!?」
「それはこっちの台詞よ!何するのよ!」
何って、キスだろ。
お前、さっき、あの男としてたじゃねえか。そんな事もわかんねーのかよ。
それとも、アイツみたいに優しくしたら、あんなカオしてくれんのかな…?
「…っ、離してっ!」
この期に及んで、やっぱり俺から逃げようとするキョーコが、なんか許せなかった。
「やだっ!やめなさいよっ!」
キョーコの手を、頭の上で一つにまとめて、スカートの中に手を入れる。
下着の上から割れ目をなぞると、少し湿った感触だった。
「なんだ、濡れてるじゃん。さっきのキスで感じたんじゃねぇ?」
「…っ!アンタのキスで感じたんじゃないわよ」
キョーコの言葉にカッとなった。
俺じゃなくて、アイツかよ。
なんか、許せねぇ。コイツは俺のものなのに…!
「ちょ、やだ!止めてよ!…っ、やっ」
乱暴に下着をずり下げて、キョーコの中に指を入れる。
ゆるゆると入り口をかき回すと、キョーコの中からトロリと液が零れ落ちた。
ぐちゅぐちゅと音を立てて、出し入れすると、溢れてくる。
「やだっ、…っ、やぁっ」
「やだって言う割には、濡れてきてるぜ」
濡れてはきてるけど、キョーコは今まで抱いてきたような女みたいに、溶けたカオはしてなかった。
ボロボロと大粒の涙を流して泣いてる。
そんなに、嫌かよ?
こんなに濡らしてるくせに。
「やだってば!やめて、…っ、やめなさいよ!」
やっぱり、キョーコからは嫌だとしか言わない。
まあ、コイツは俺のコト好きだったわけだし、大丈夫だろ。
そう、思ってた……。
「そろそろ入れるぞ」
俺のモノを取り出して、入り口にあてがう。
腰を進めようかとした、瞬間。
「やだ!敦賀さんっ!!」
耳に届いたのは、あの男の名前。
「…やだぁ。助けて、敦賀さん……」
何だよ。アイツの名前なんか呼ぶなよ。
アイツに助けなんか求めるなよ。
「…ンだよ。しらけちまった」
キョーコの手を自由にして、モノをしまった。
キョーコも、下着を戻して、ズルズルとへたり込む。
痛々しいくらいに泣くキョーコを見て、いてもたってもいられなくなった。
「……わりぃ。悪ノリした…」
謝る俺に、返事はない。
ひとしきり泣いたキョーコは、涙を拭って、すっくと立ち上がった。
楽屋の鍵を開け、出て行こうとする。
「お、おい…」
呼び止める俺を無視して、部屋を出た。
パタンと閉まるドアの向こうに見えた背中が、胸を締め付けた。
「おい。話がある」
収録が終わって帰ろうとした俺を、あの男が呼び止めた。
ヤベェ、殴られるかな…。
そう思って連れて来られた駐車場の、やたら高そうな車の中にキョーコがいる。
「本当は、今すぐお前を殴りたいところだが…、
キョーコがお前に言いたい事があるって言うからな」
仕方ない、とため息を吐きながら男は言って、キョーコの腰を抱く。
「何だよ、話って…」
「私、アンタの事、本気で好きだったわ…」
知ってらぁ、そんな事…。
「だから、嫌いにはなれない」
そう言ったキョーコの言葉に、どこかホッとする自分がいた。
「おう」
「でも、二度と好きにもなれない。私が今好きなのは、敦賀さんだから…」
わかったら二度とあんな事しないで、とキョーコが言う。
「あの事は、ホントに悪かった。二度としない…」
今、キョーコを抱き締められないのが、何故か苦しい。
キョーコを抱き締めるのは、今、隣にいるアイツだから。
「それだけよ」
そう言ってキョーコは、車に乗り込んだ。
「二度と、彼女に近付かないでくれ」
去り際に、男が言った言葉に、何も返す事ができない。
手を伸ばせば、いつだって触れられる距離にいた。
手を伸ばせば、いつだって抱きしめられる距離にいた。
でも、もう違う。
キョーコはアイツのもんになった。
もう、手の届かない距離にいる。
今頃になって、俺のしでかした事のデカさがわかった。
キョーコを捨てたこと。
今日、キョーコにしたコト。
でも、もう遅い……。
広い駐車場に独り、取り残されて、キョーコのカオを思い出す。
あの男にオンナにされた、オンナの表情のキョーコのカオ……。
思い出しながら、今更遅い、後悔をしていた。