「敦賀さん、少し押してるみたいなので…出番になったら呼びに参ります、申し訳ありません!」
「わかりました、よろしくお願いします」
スタッフがバタンとドアを閉めて、楽屋に再び静寂が戻る。
もう一度台本読んでおくか、と次のシーンのページに目を走らせるが、
少し進むと、ただ字を追っていただけで全く頭に入っていないことに気付く。
しまった、もう一度…。
3度同じことを繰り返してから、俺は台本を放り投げた。クソっ、と小さく吐き捨てて足を投げ出す。
集中できない原因はわかっていた。
今日このテレビ局から歩いて数分の場所でこの時間、キョーコもまた仕事をしている。
プロモーションビデオの撮影。
そしてそれは当然…というべきか、不破尚のPVだ。
断ればいいものを、まだ復讐は終わっていない、と意気揚々とでかけていったキョーコ。
無意識に不機嫌になっていたのだろう俺の顔を覗き込んだキョーコは少し不安そうに、
「私が好きなのは敦賀さんだけですよ?」
と念を押した。
そんなことを言われて更に仕事を断れなどと大人げない台詞はさすがに吐けず、
しっかり仕事しておいで、と励まして彼女を送り出した。
わかっている。彼女の愛情を信じていないわけでも、不破に心が揺れることを心配しているわけでもない。
不破がまだキョーコを諦めてはいないことは確かに頭痛の種だが、
当のキョーコがいまさら不破に気持ちを向けるとは思えない。
ただ…長い間結びついていたはずの二人の絆がまだ残っているようで、
そしてそれは俺の手の届かない場所で繋がっているようで、自分の存在の不確かさに心細くなるのだ。
自分の情けなさに自嘲気味に笑いながら、俺は畳にゴロンと横になった。
ちゃんと仕事をこなしているだろうか?
不破がどう接してくるのかも気になるが、キョーコがムキになっているんじゃないかと心配になってきた。
と突然、ノックもなしに派手な音を立ててドアが開いた。
何事かと咄嗟に上半身を起こすと、キョーコが息を切らしながら飛び込んできて、
そのままの勢いでガバっと俺の首にしがみついてきた。
「ちょっ…キョーコ?!」
押し倒されて驚く俺にぎゅうぎゅうとしがみついてキョーコは離さない。
息を切らしているせいで口がきけないのかと思ったが、そっと背中に掌を置くと小さく震えているのがわかった。
とりあえずその手でさすりながら上半身を起こし、片手で自分とキョーコの体重を支えて座りなおした。
「どうした?何があった?」
優しく声をかけるとキョーコは小さく唸りながら首を振った。
衣装なのだろう、彼女は真っ白の手触りの良いシャツに真っ白なスカートを履いている。
俺の首に回された手は冷たくひんやりとしていた。
その手をそっとはぎとって、少し距離を作って顔を覗き込むと、涙の跡がくっきりと残っている。
「コートも着ずに外を走ってきたのか。寒くない?」
「アイツが…っ…今日の撮影、ラブシーンだったんですっ、聞いてないけど、でも撮影始めてもらって、
だけど私、途中で泣いてしまって……私が演技できるまでしばらく休憩だって…」
「…どんなシーン?」
「アイツが私のシャツの前をはだけさせて、キス、するんです。でもカメラは正面だから真似だけでいいんです。なのに…」
思い出したかのように瞳から大粒の涙がぽろぽろと零れ落ちる。
片手でシャツのボタンをひとつずつ外してはだけさせると、覗いた真っ白で柔らかな胸元に一点、
まだ薄いながらも花のような紅い印が確かに残されていた。
俺への当てつけか、あるいは箍が外れたか。
軽く触れたくらいではこうはなるはずもなく、俺は不破の行動に底知れぬ怒りが湧いてくるのを感じた。
が、とりあえずは取り乱しているキョーコを落ち着かせることに専念しようとその背中を撫でた。
「あ、アイツの唇の感覚が、残ってて…っ…」
「大丈夫、すぐに忘れるよ。忘れさせてあげるから」
細く筋の浮き出ている首元に、優しくそっとキスを落とす。
キョーコは不破の唇を思い出したのか一瞬ぶるりと身を震わせたが、俺は構わずに何度もキスをした。
すぐに撮影があるだろうからと、痕を残さないように理性の限りを尽くして力を抜く。
何度も何度も、触れていない場所を埋め尽くすかのように、首に、うなじに、唇を這わせる。
キョーコが俺に気付かれないようにそっと艶のあるため息をこぼすのを聞きながら、少しずつ、その位置を下げていく。
しかしその箇所に近づくとキョーコの動揺は大きくなり、拒むかのように俺の頭を押しのけようとした。
目の前には不破からの挑戦状とも思える紅い花。
胸が嫉妬と怒りでギリギリと捩れるように痛み、俺はその花を挟み込むように2箇所、強く吸った。
「あぁっ…!」
ゆっくりと畳にその身体を置いて、スカートに片手を忍ばせた。
下着の中に手を入れ、中指でそっと茂みに隠れた尖りを転がす。
同時に胸の突起を口に含み、咥内に収めて舌でもてあそぶ。
ちゅくちゅくと舐め、舌で押しつぶし、固くなっていくのを楽しんでいると、
キョーコは甘い喘ぎを漏らしながら足を広げ、それに気付いて慌てて閉じたり曲げたり、快感の合図を発し始めた。
「あっ…んっ…はぁっ、誰かっ、きちゃう…んっ、んぅ、あんっ…」
そっと見上げたキョーコの表情は、理性が切れる寸前のそれだった。
眉間の皺は必死に耐えていることを物語り、震える唇から吐息がこぼれる。
指の動きに合わせ、その強弱に反応するように、俺の首に回された手に力がこもる。
充分に粒を転がした指を少し下げると、生温かい愛液が指にとろりと巻きつくように溢れてきた。
「キョーコ、すごく濡れてる…衣装が濡れるとまずいね」
「は、はやく…早くイかせてぇ……っ」
いつもならもっと焦らせて啼かせるのだが、さっき見た涙を思い出して自制することにした。
二本の指をそっと差し入れ、キョーコが悦ぶその場所を集中して刺激しながら、
親指は少し大きくなった陰核を可愛がる。
胸の頂きへの愛撫も再開してやり、唯一残されたもう片方の手でサラサラと手触りの良い髪をすくう。
愛しくて可愛い、俺のキョーコ。
誰にも渡したくない…いや渡さない。
「すぐに…ほら…イかせてあげる」
「あっ…あっっ、あんっ、あっ、やっっ……きちゃぅ…っ…はぁ、んっ、あっ…ああぁぁっっっ!!」
乱れを整えてやるとキョーコは甘えるように俺の胸に頬を寄せてきた。
「ごめんなさい…私、お仕事なのに逃げ出してきてしまって…役者失格、です…」
「落ち着いた?」
「はい…もう戻らないと」
「復讐するんだろ、アイツに。しっかりやっておいで」
キョーコの両頬を支えて視線を合わせると、にっこり微笑んで「いってきます」と返事をした。
もう大丈夫と立ち上がったキョーコに、外は寒いからと俺のコートを着せる。
ハーフ丈のはずだが彼女の身長にはロング丈で、しかも袖は長すぎて手がすっかり隠れてしまう。
「ふふ、ぶかぶかですね」
「そうだね、でも風邪ひいたら大変だから、必ず着てから戻るんだよ。俺はいいから」
「わかりました…ありがとうございます」
少し長めのキスをしてキョーコを送り出した。
さて、どう見ても男物のコートを着て戻った彼女に不破がどう反応するか、この目で確かめてやりたかったが。
そして撮影が再開したら…
不破だけは間違いなく気付くだろう、ヤツの残した痕を追い詰めるように俺が残したふたつの紅い花。
新しい印を残すのは不破、お前じゃない、常に俺だ。
そのことを思い知るがいい、不適に笑みをこぼしたところでスタッフが呼びにきて、俺は再び撮影へと向かった。