珍しく早めに帰宅した俺は、キョーコと夕食を取り、一緒に後片付けを済ませ、
ソファにふたり寄り添って一枚の毛布を膝にかけ、映画を観ている。
キョーコとの何気ない日常、幸せを感じるひとコマ…のはずだが、彼女はどことなく元気がないような気がする。
そういえばさっきからずっと腕にしがみついている。
いつもなら俺がキョーコに巻きついて、苦しいからもう少し離れてください、などと文句を言われるのに。
キョーコ、と名前を呼んでみるが、表情も変えずに画面を見つめたまま俺の声に気付かない。
妄想の国へ旅行中、ですか。
「おーいキョーコさーん?」
うつろな眼で画面を見つめたままやはり気付かない。まったくこの娘は…。
キョーコの視線を遮る意味も込めて、顎をくいっとこちらに向けて唇を奪った。
「…んんっ?!」
ようやく覚醒したのか呻き声が上がる。ひとしきり唇の感触を楽しんでから解放する。
「お目覚めですか、お姫様」
「なんですかいきなりっ…お目覚めって、私起きてましたよ!」
「考え事でもして違う世界に行ってただろう?話しかけても気付かなかったし」
せめて俺の声にくらいは反応してほしいよな。
ついムスッとしてしまい、キョーコはそれに気付いたのか少し慌てた様子で取り繕う。
「ご、ごめんなさい、あの…ぼんやりしてて…」
「悩み事?なんかあった?」
「な、なんでもありませんっ、ほんとに、敦賀さんには全く関係のないお話で…っ」
「つまり…なにかあって、それは俺に関係した話、なんだね?」
キョーコが逆らえないらしい満面の笑みを浮かべて明らかな嘘に圧力をかける。
その笑顔に顔を引きつらせて固まったキョーコは、観念したようにポツポツと話し始めた。
「なにかあったなんて大げさな話じゃないんです。ただちょっと質問されて…それに答えられなかっただけで…」
「質問?誰に?何を?」
容赦なく問い詰める俺にキョーコはたじろぐ。
「どうしても言わなくちゃダメですかぁ?」
「そんな顔してもダメ。言いなさい」
「ぅ…実は今日…撮影してるドラマの主役の女優さんに…休憩時間に言われたんです。
『あなた、敦賀蓮とつきあってるって本当なの?冗談でしょう?』って」
主役…あの女、か。前にしつこく迫られたことがあったな。
高飛車で嫌な印象だったから無視していたが…まったく余計なことを。
キョーコは何度言い聞かせても、俺と自分じゃ釣り合わない、と謙遜する。
俺からしてみれば、キョーコのように純情で汚れを知らない少女を自分のモノにしている俺自身こそ
彼女には釣り合わないんじゃないかと時々考えるくらいなのだが。
そんな控えめなところも愛しいところではあるのだが、
もう少し俺の恋人としての誇りを持って欲しいのも事実。
「なんて答えた?また黙ってたの?」
「いいえ、敦賀さんに自信持ってって言われましたし、ちゃんと本当です、って言いましたよ」
「ほんとに?嬉しいな…すごく嬉しいよ」
「どうして敦賀さんが嬉しいんですか?んっ…」
不思議そうに尋ねるキョーコの耳たぶに軽くキスをすると、くすぐったそうに身をよじる。
俺のことを自分のモノだ、と思う独占欲を、君が少しは持っていてくれているってことだろう?
そんな微妙な俺の男心ってのは彼女にはわからないらしい。
「で?質問には答えられなかったんじゃなかった?」
「それは…そのあとの質問です…」
「そのあと?」
「はい…『果たして彼は本気なのかしらねえ。敦賀さんはあなたのこと、どのくらい好きなの?』って…」
そんな答えにくい…第一、なぜそんなことを他人に言わなくちゃいけないんだ。
「キョーコが可愛いから嫉妬したんだ、気にすることないよ。それより…キョーコは?」
彼女の前に回り、跪いて両頬をしっかりと包み固定する。
「キョーコは俺のこと、どのくらい好き?」
「どのくらいって……すごく…好きですよ」
俺を見下ろすキョーコはみるみるうちに顔を染めていく。
「すごく、か」
頬を掴んでいた両手を下ろし、俺はため息をついた。
嬉しいはずなのに、物足りないと思ってしまう。
もっともっと、狂おしいほどに愛して欲しい。
俺の中のエゴはキョーコの前では膨れ上がるばかり。
最近はそれをコントロールするだけで必死なのだが、きっと彼女はそんなことには気付いていないだろう。
想いが通じて恋人になって…それだけで幸せに埋もれてしまいそうだったはずなのに、
次はこのぷくりとした可愛らしい唇を貪りたい、と渇望し始めた。
それでも奥手なこの子に合わせて必死に欲を抑え、
時間をかけてキスまでたどり着き、舌を絡めるのも少しずつ慣らした。
そうして唇を味わうだけで天にも昇りそうな気分だったはずなのに次は…
この細い身体を滅茶苦茶に抱きたいと思うようになった。
貪欲な自分に嫌になりながらも、何ヶ月もかけてようやく彼女の身体も手に入れ…
これでようやく彼女の全てを自分のものにできた――はずなのだが。
もっと俺のことを愛して欲しい。俺のことで頭をいっぱいにしてほしい。
この欲深さはどこから湧いてくるんだ?
はぁ、とため息をついた俺にキョーコは驚いた顔をした。
「だめですか?あの、だって…大好きなんです、敦賀さんのこと」
「うん…わかってる、けど…不安になるんだ…なんでだろうね」
「不安に?どうしたらいいですか?」
「じゃあ…証拠、見せてくれる?俺のこと大好きだって証拠」
情けないとわかっているが、止められずに口から出てくる我がまま。
キョーコはちょっと困った顔をして俺の髪を優しく撫でながら、懸命に思考を練っているらしい。
一体何を考えているのか赤くなったり青くなったりしている。
「証拠を見せますっ」
結論に至った様子のキョーコはソファを降りて、跪いている俺の前に姿勢よく座った。
そして意を決したかのように膝立ちし、俺の両肩に手をおいて、目をぎゅっと閉じキスをしてきた。
キス、か。
ありきたりな解答とはいえ、必死に考えて滅多にしない自分からのキスをしてくる彼女に胸が熱く弾む。
ちゅっと可愛らしくキスをして、しかしこれでは足りないと思ったのだろうか、
何度も何度も、ちゅっ、ちゅっ、と唇を重ねる。
俺がキョーコにしているように、頬やまぶた、額、耳元にも唇を落としていく。
いつもならここで首の後ろを掴んで引き寄せるところだが、証拠を見せてもらっている立場だしな。
そして、軽いキスからゆっくりと長いキスへ。
舌を入れてくることはしなかったが、俺の首に手を廻してきたキョーコは、そのままぎゅっとしがみついて俺の膝に乗って座った。
頬を上気させながら唇を離し、恥ずかしいのかうつむいて目を合わせない。
「…終わり?」
「ちょっと足りない気がしますけど…これ以上は無理です、終わりです。ダメですか?」
「いや、嬉しいよ」
不思議なことに、さっきの不安は薄れていったみたいだ。
「敦賀さんも…証拠、見せてください。私のこと好きだって証拠…私だけ、ずるいです」
「そうか、それもそうだね」
キョーコの唇を塞ぎ、息をさせる間もないくらいに激しく貪りながら、服に手を入れて胸を強く揉んだ。
彼女の瞳が戸惑いと驚きで大きく見開かれるのを認めたが、それも構わず愛撫を落としていく。
いつもは優しく労わるようにしていた。
俺の心の底に眠る獣の一面を知られるのが怖くて、必死に抑え込んでいたから。
だがそれも限界に達していたようだ。
そう、キョーコの身体を手に入れた俺は、それだけでは我慢できず、
次は…もっともっと喘がせたい。か細く押し殺した声じゃなく。
そしてこの華奢な身体が壊れるその寸前まで、滅茶苦茶に欲望の限り蹂躙したい。
キョーコが好きだという俺は紳士的な敦賀蓮だろうか?
だったらその内側にあるこの俺は嫌われてしまうのか?
頭の隅で鳴る警笛を無視して、俺はキョーコを組み伏せた。
セーターをめくりブラをずり下げ、柔らかな胸をじゅるじゅると吸い上げる。
固くなりはじめた突起を舌のさきでさらに尖らせ、もう片方も指で苛める。
スカートの裾を割りショーツに手を突っ込み、熱くなり始めたその場所から液を掬い取り陰核へと塗りつけた。
あらゆる箇所への愛撫をいきなり同時に開始され、キョーコはカーペットの上で腰を揺らす。
逃げようともがいているのか、あるいは快感に悶えているのか、
いつものように冷静に見極める余裕はこの日の俺にはなかった。
「あ…っ、あん、待っ…ここじゃ…ぁ…んーっ…」
キョーコが何か言おうとするたびに愛撫を強め、唇を奪う。
たとえわずかでも拒否の色を匂わせる言葉を聞くのが怖かった。
「あっ待っ…ぁああっ…あ…あぁ…あぁぁんっ!あ、あ、あぁっ…っ!」
脈打つ中心を一気に差し入れるとキョーコは身をよじりながらずり上がる。
逃げる彼女の腰。俺はそれを逃がすまいと引き寄せる。
奥まで突き上げられて、キョーコは悲鳴にも似た啼き声を上げた。
抑え続けていた今までとは違う、こらえきれずに漏れてしまった喘ぎ声。
それは俺がずっと聞きたかったはずのキョーコの声だが、俺を襲ってくるのは満足感よりも罪悪感だった。
「…ごめん…キョーコ…っ…」
「え?…ぁあっ、はぁ…あぁ…あんっ、あっ、あぁっ、あぁあっ…」
上半身を起こしている俺にはその卑猥な結合部分が照明に照らされてはっきりと目に焼きつく。
抜き差しされるそれにはキョーコの欲情を示す膣液がまとわりつき、
ぐちゅぐちゅと音を立ててカーペットに小さな染みを作る。
腰を揺らす俺の動きに合わせて彼女の張りのある小ぶりな胸がぷるぷると波を立てる。
キョーコは眉間に皺を寄せ、苦しそうな艶のある表情を浮かべ、
もはや無駄だというのに声を諌めるかのように手の甲で口を押さえている。
その全てが俺の中の支配願望を高めるということに、彼女はまったく気付いていないに違いない。
「ごめ…っ…もっと激し、く…する、よっ…」
「あ、ゃああっ、ひあっ、あっ、つるがっ、さぁあっ、あぁっ…んっ!
キョーコの返事も聞かず、俺は醜く興奮を高めて我を忘れた。
2度目はさきほどろくに愛撫もせずに突き入れてしまった罪悪感の反動で、
キョーコがひくひくと泣いてしまうまで執拗なまでの愛撫を続けた。
その後はまた俺の中の獣が眠りを覚まし、後ろから…下からと激しく何度も激しく突き上げてしまった。
さらにシャワーで身体を洗ってやりながら…その後はベッドルームに連れていき…
そうして幾度も優しい愛撫と激しい行為を、罪悪感と自己満足を繰り返し、
とうとう耐え切れなくなったキョーコは、また欲望に流されて動き始めた俺を慌てて制した。
「敦賀さ…ん…もう充分、わかりました、から…敦賀さんの、証拠…もう降参です…っ」
「そう…ごめん、どうも俺のキョーコへの愛は激しすぎるみたいだね」
どれくらい愛しているかなんて、どれほどキスの雨を降らせても、どれだけ行為を重ねても伝え切れそうにない。
「おまけにこの気持ちは…どんどん膨れ上がっていくみたいなんだ…時々抑えきれなくて」
「それで不安になるんですか?」
「ん…情けないな」
ごろんと隣りに横になり、顔を見られたくなくて両手で隠した。本当に情けない。
不甲斐なさに沈みそうになっていると、キョーコが小さく「可愛い」と呟いた。
「敦賀さん、なんだか可愛い」
「可愛いは…やめてほしいな」
「あ、赤くなってます!こんな敦賀さん見れるの、きっと私の特権ですね」
そっと盗み見たキョーコが嬉しそうに満面の笑みを浮かべているのが愛しくて。でもやっぱり情けない。
「嫌じゃなかった?」
「はい…だから謝らないでください。私はむしろ…あ…いえ、なんでも…」
「むしろ?」
続きを聞きたくて身を乗り出すと、今度はキョーコが真っ赤になった。
「い、言いません、そんなことっ」
「そんなことって…言えないような恥ずかしいことを言おうとしたの?」
俺の言葉にキョーコは慌てて毛布を頭からかぶりそっぽを向いてしまった。
本当に君は可愛いよね。そういう姿を見てるとついまた…抑えきれなくなってしまうよ。
「ねえキョーコ、お願いがあるんだけど」
「知りません!」
「嫌じゃなかったなら、もう一回だけ」
「なっ…ちょっ…待ってっ、まだ許可してませんーー!」
激しい行為にも身を落としてしまって、次なる俺の欲望はどこへ向くのだろうか?
そんな疑問が頭の隅に浮かんだが、とりあえず目の前の果実を味わうことに没頭した。