歌番組の収録が終わって、楽屋に荷物を取りに帰ろうとした俺の目に飛び込んできたのは、『京子』の楽屋。
何だよ、アイツ。来てるなら挨拶くらい来いよ。俺、一応、先輩だぞ。
少しがっかりしたような、わくわくするような気持ちで、ノックも無しに乗り込もうとした。
勢いよくドアを開けようとしたけど、中から楽しそうな笑い声。
キョーコが誰と話をしてるのかわかんねーけど、相手は男みたいだった。
ドアを少しだけ開けて、中の様子を伺うとキョーコの姿がない。
代わりに、鏡の前にスーツ姿の男が立っていた。
「もう!誰か来たらどうするんですか?」
でも、キョーコの声はする。どうやら男の陰に隠れているらしい。
男は鏡の前にキョーコを座らせて上から覆い被さっているみたいだ。
バカ高そうなスーツ。小っせぇ頭。高ぇ身長。どっかで見たことある男…。
「俺は、別に見られてもいいけど?」
それにこの声。アイツだ、敦賀蓮。
なんで、アイツがキョーコと一緒にいるだ?
「だ、だめですよ!……ん、んぅ」
男はキョーコの唇を塞ぎやがったみたいで、肩越しに目を閉じているキョーコが見えた。
キスするのに慣れてるみてぇ。キョーコは頬を染めて、男の唇を受け入れてた。
キョーコの手が男の首に回されて、鏡に写る男は満足そうに目を開けた。
確かめるようにキョーコの表情を見つめながら、舌を絡めてやがる。
絡めているのは見えないけど、くちゅって擦れ合う音や、もれる吐息でわかった。
二人から、目を逸そらすことができねー。
何だよ、ちくしょー。何でキョーコは、そんな嬉しそうな顔してやがんだ。
心の中でボヤいてみても、今の状況は代えられねぇ。
ヤベェ……。
身動きが取れずぼーっと二人を眺めたら、鏡越しに男と目があった。男は、俺に気付いて目だけで勝ち誇ったように笑う。
男の表情に、思わずカッとなった。
キョーコは気付いてないらしい。ムカムカしたまま、ゆっくりとドアを閉めた。
クソッ!ムカつく、ムカつく、ムカつく!
何で俺が負けた気にならないといけねーんだよ。
キョーコはいつから、あんな奴と付き合ってやがったんだ!?
知らない間に進展していた二人の仲に、余計にムカムカする。
「何なんだよ!チクショーッ!!」
楽屋に戻って、ガァンとゴミ箱を蹴飛ばすと、祥子さんが悲鳴をあげた。
キョーコは俺のモンだと思ってた。俺の所に戻ってくると思ってたのに、何なんだよ!
何で……。
何で、俺が捨てられた気分にならなきゃならねーんだよ。
何でかわかんねーけど、すっげーイライラする。
キョーコは俺が好きなんだろ?何だかんだ言いながら、俺を追いかけ来てたじゃねーかよ。
復讐の為だとか理由を付けて、何でもいいから会える状態にいたのに。
何だよ。そんな状態に甘んじて、会えるのが少し楽しみだったのは、俺だけかよ…。
「んだよ、チクショー……」
イライラしながら、目の前にあるタバコに手を出そうとした。
「駄目よ、尚。あなた、未成年なんだから」
祥子さんに取り上げられて、伸ばした手が所在をなくす。
まぁ、それ以前に歌手だからな。喉、潰すわけにはいかねぇよな。
「仕方ねーよなぁ」
ため息と一緒に突き出した言葉を聞いて、祥子さんが心配そうに俺を見た。
「何かあったの?」
「……まぁね」
キョーコ絡みなんて、格好悪くて言いたくないけど。
思い出したら、また、イライラしてきた。
俺のモンだと思ってたのに。
「俺、ヘコんでんだ。祥子さん慰めてよ」
治まらない苛立ちを何かにぶつけたかった。気を紛らわせたかった。
祥子さんの手を引きソファに押し倒して、馬乗りになる。
「こらっ、帰ってからにしなさっ、……んん」
祥子さんとこーいうコトをするのは、初めてじゃない。
お互いの欲求不満をはらすのに、たまにすることがあるから。
まぁ、楽屋でするのは初めてだけどな。流石に、祥子さんも驚いてるよな。
「……んん」
唇を塞いだまま、ロングスカートをたくしあげて、下着を脱がせる。
少しだけ指で中をいじって濡らした。
「んっ、……しょぅっ」
「祥子さん、声出したらヤバいんじゃねぇ?」
指を祥子さんの中にねじ込み、抜き差しを繰り返すと、祥子さんの顔が赤くなる。
ふっ、と吐息を吐き出しながら声を我慢する祥子さんは、すげー色っぽい。
けど……。
キョーコはアイツとこういうコトする時、どんな顔するんだろ?
そんなことを思ってしまう自分に苛立った。
「祥子さん、俺、我慢できねー。入っていい?」
祥子さんの体をくるりと反転させて、後ろから俺のを突き立てる。
ぐっ、と腰を進めて一気に突き刺した。
「え?ちょ、…しょ、ん」
「うあ、キツー」
祥子さん、いつもより興奮してんな。楽屋だからかな。
腰を動かすと、声をもらさないように必死に我慢してる。
流石に見られたら困るもんな。いろんな意味で。
でも、今はそんな事かまってられない。
「……ぅ、んんっ」
祥子さんの声がもれてしまわないように、片手で口を塞いだ。
「んんっ、んっ、んっ」
腰を動かす度に、くぐもった声が響く。
楽屋でこーいうコトする状況に興奮する。スリルがたまんねー。
たまんねーハズなのに……。
キョーコはこーいうコトする時、どんな声なんだろ。
キョーコはどんな顔するんだろ。
キョーコはどんな反応するんだろ。
キョーコは、キョーコは、キョーコは……?
頭ん中に浮かぶのはキョーコの事ばかりだった。
「んんっ、んーっ、んんんんっ!」
頭ん中のキョーコを振り切るように、激しく腰を振り、快楽に身を任せる。
祥子さんの中が、ぎゅうぎゅうと俺を締め付けてきて、すげー気持ちいい。
「イイよっ、祥子さんっ、すげー…、イイっ」
奥まで突き入れると、祥子さんの体がビクッと跳ねる。
祥子さん、もうイキそうなんだな。俺もそろそろだし…。
「んん、ん、んん、んっ、んぅっ」
がつがつと突き上げて、自分の射精を促す。
一番奥まで入った時に祥子さんの体がガクガクと震えて、中がぎゅっと締まった。
「……っ、くっ」
ぎゅうぎゅうに締め付けてくる祥子さんの中で、俺は白濁液を吹き出した。
「……ふぅ」
細い指にタバコを挟んで、祥子さんがため息を吐き出した。
「帰るまで我慢できなかったの?」
「あー、ゴメン。祥子さん」
そのまま中に出したから、スカート汚しちまった。
でも、祥子さんはそんな事気にしてないみたいだ。
何か、大人の事情で薬飲んでるって言ってたから、その辺は大丈夫だろーけど…。
「じゃあ、支度して。帰るわよ?」
「…今日は、あっちに泊まるわ」
キョーコと暮らしてた部屋。何でか独りになりたくて、そう言った。
「そう?じゃあ、明日の朝、迎えに行くわね」
「おう」
祥子さんは大人だな。こーいうコトしても割り切ってくれる。
それに甘えて、こーいうコトしてしまう俺は、すげー子供に思えた。
「ゴメンな?」
「今更、何謝ってるのよ」
マネージャーの務めよ、と笑う祥子さんはやっぱり大人で、なんかうらやましかった。
「気をつけて帰るのよ」
と、言い残して、祥子さんは先に部屋を出た。
「……はぁー」
胸の奥から、深く、重いため息を突き出す。
きっと、この先、祥子さんとこーいうコトをする事はないだろーな。
祥子さんに失礼だし。それに、何より気付いてしまった……。
「俺、キョーコの事が好きだったのかよ……」
楽屋を出てタクシー乗り場に向かう俺の目に映ったのは、見慣れた後ろ姿。
「キョーコ…」
アイツも遅くなったから、タクシーに乗るらしい。
思わず呼び止めてしまった俺に気付いて、キッツイ目で睨んできやがる。
「……っ、ショータロー」
何だよ。その敵意剥き出しな目はよ。仮にも、元好きな男に向ける目かよ。
アイツといた時みてーな嬉しそうな顔しろよな。
でも、無理か。俺は捨てたつもりじゃなくても、コイツにとっちゃ捨てられたみてーなもんだ。
それを今更、許してくれだの、もう一度、一緒に暮らしたいだの思う方が間違ってる。
間違ってるのに……。
「今から、あのマンションに帰んだ」
キョーコの瞳が、ゆらりと揺らぐ。そーだよ。お前と暮らしてた部屋だ。
お前が帰って来ると思って、あのままにしてあったんだ。
「また、一緒にくらさねーか?」
勝手に口をついて出た言葉に、キョーコが怪訝な顔をする。
そーだよな。今更だよな。キョーコの表情に痛感した。
一途なコイツを、もう一度俺に振り向かせる事ができるだろうか?
ヤベ。何か泣きそうだ。俺、思ってた以上にコイツの事、好きだったのか。
今すぐには無理かも知れないけど…。
もう一度、振り向かせたいと心底おもった。