天国にいるみたいにふわふわした気分で、その日の私はリビングへ足を踏み入れた。  
「敦賀さぁん、ただいま帰りましたー!」  
先に帰っていた敦賀さんはギャルソンエプロンを腰につけて、流しに立って何かしている。  
「今日の晩御飯は何かな何かな?わぁっおいしそう!」  
「そんなに喜ぶほどのものでもないけど」  
「とんでもない!色どりも綺麗…私が作ると味ばかり考えて、見た目は二の次だもの」  
ガラスのお皿に盛られた野菜サラダはトマトの赤、レタスの緑、パプリカの黄色、と色鮮やかで食欲をそそる。  
すでに出来上がっているらしい大皿には小さめのハンバーグが並んでいて、  
それにもほうれん草のバター炒めとミニトマトが添えられている。  
「見た目だけじゃなくて味も美味しいし。なんだかおなかすいてきましたぁ」  
えへへ、と笑って敦賀さんを見上げたら…  
「スキあり」  
チュっとキスされた。  
一瞬で終わったそのキスに驚いて…そして照れて固まってる私を見て、敦賀さんは楽しそうに吹き出す。  
「おかえり、キョーコ。今日も大好きだよ」  
もう一度、今度はさっきより長めにキスをくれた。  
「…ん…食べようか」  
そっと唇を離した敦賀さんはにっこり笑って、テーブルにお皿を運んでいく。  
「あっ、私がやります!」  
「いいからいいから。上着脱いだら?」  
まだコートを着たままだったことに気付いて、慌ててマフラーとコートを脱いでソファにかけた。  
敦賀さんとお付き合いを始めてしばらく経つのに、  
こうしていつでも優しくて甘いこの人に、私はいつもカチンコチンに固まったりしどろもどろになったり。  
そしていつだって敦賀さんにメロメロだ。好きで好きで、ヘンになっちゃいそう。  
なのに敦賀さんはこうして常に余裕を浮かべて、私の扱いに慣れていて…  
「なんだか…ごめんなさい」  
「謝るようなたいしたご飯じゃないよ。それに俺が先に帰ってたわけだし。キョーコのために作るの楽しいし」  
優しく笑う敦賀さんに胸がきゅっと締まる。  
敦賀さん、大好き。  
恥ずかしくてなかなか言えないけど、いつも好きなんです。  
「食べようか」  
「はいっ」  
「いただきます」  
「いただかせていただきまぁす」  
 
敦賀さんのハンバーグは黒胡椒がしっかり効いててすごく美味しかった。  
味はもちろんだけど、私のためにって気持ちが幸せな気分にさせてくれる。  
いつもどおり、お仕事のこと、会った人たちのこと…離れていた今日一日を報告しあう。  
そうやって楽しい食事を終えて、敦賀さんに珈琲を、私は紅茶を入れて。  
まだまだ話し足りない。敦賀さんといると、時間が足りないって思ってしまう。  
「で?なにか楽しいことがあったんだろう?」  
「あああっ!そうでしたぁああ!!」  
帰って一番に話そうと思っていたのに!  
「エステのCMが決まったでしょう?で、そのお店に行ってきたんです!」  
 
そう、私は某エステサロンのCMに出演が決まって、もうすぐその撮影の日。  
CMは後ろ姿とはいえお尻が見えそうな位置まで全裸で映し出されるらしくて、  
撮影も放送も、恥ずかしいような楽しみなような、複雑な気分。  
その打ち合わせの時に顔合わせした女社長さんに、スペシャルコースをぜひ、とチケットをもらったのだ。  
せっかくだからもっと綺麗になって撮影しましょう、という言葉に誘われて、ドキドキしながら行ってみたら。  
「どうだった?」  
「もう幸せでしたぁ…気持ちよくって、いたれりつくせり、どこかの国の王女様になったような気分で…」  
てのひらをあわせて目を閉じて、うっとり思い起こす。  
くすくすと笑う声が聞こえてきて、ハッと我に返る。  
敦賀さんは頬杖をついて楽しそうに私を眺めていて、ちょっと恥ずかしくなってぷうっと膨れた。  
「バカにしてるんですか?」  
「してないよ。嬉しそうだなぁって。微笑ましいなぁと」  
「だってホントに嬉しかったんです」  
「よかったね」  
「はいっ」  
私が微笑むと、敦賀さんも微笑む。  
敦賀さんが言うには、私の感情は伝染するらしい。  
私が嬉しいと、敦賀さんも嬉しいって。  
でも敦賀さん、私だってそうなんですよ?敦賀さんが楽しそうだから、私も嬉しくなるの。  
一緒にいるって、こういうことなのかな…。  
 
「……さん?お嬢さん?」  
「えっ?」  
私はまたぼんやり考えていたらしく、気付いたら敦賀さんがつんつんとほっぺを突付いていた。  
「夢の世界からご帰還かな?で、どんなことされたの?」  
「あ、そうでした」  
話を再開。  
今日エステでやってもらったことを事細かに説明していった。  
別室で裸になって、ガウンに着替えて。  
最初はちょっと恥ずかしかったけど、全身のマッサージはもうそれはそれは気持ちよくって!  
「はぁぁ、また行きたいなぁ」  
「全身って…全裸ってこと?」  
「そうですよ。それで、お土産にマッサージ用のアロマオイルをいただいたんですよ。  
 でも背中なんて自分じゃマッサージできないからやっぱりお店に行っ…」  
そこで空気が変わっていることに気付いた。  
「敦賀さん?どうして怒ってらっしゃるんですか??」  
「別に…怒ってなんか…」  
怒ってますよ?!どんなににこやかな顔をしてみせても、怒っているかどうかは私にはわかるんです!  
しかもこの怒りは――  
「信じられない!エステティシャンの方にやきもちやいてるんですか?!」  
「だって…」  
「女性ですよ!?しかもお仕事でやってくださったのに!」  
「わかってるけど…」  
他の人には紳士すぎるくらい紳士で温厚な敦賀蓮なのに。  
ムスっとむくれてそっぽを向く敦賀さんに、ちょっと怒ったふりをして叱る。  
「敦賀さん、よくそうやって嫉妬なさいますけど、私ってそんなに信用ないですか?」  
「そうじゃないよ?ただ…キョーコは俺だけのものでいて欲しい、というか…」  
小声でぼそぼそと言い訳をして、最後に「ごめん」と付け加えた。  
ふふ、大きな身体なのになんだか叱られた子犬みたい。  
笑ってしまいそうだけど、叱っている立場として必死にこらえる。  
 
私が本気で怒っていると思っているのか、しょんぼりした敦賀さんは恐る恐る私を見上げる。  
「呆れた?」  
「ええ、呆れました」  
「嫌いに、なる?」  
「もう…なんだか私、敦賀さんのお母さんになった気分です」  
「そんなのいやだよ。俺はキョーコの恋人でいたいんだ」  
耐え切れなくなって、ぷぅっと吹き出してしまった。  
「わかってますよ、たとえば、の話です」  
「もう怒ってない?」  
「怒ってないですよ」  
「よかった…」  
ずりずりと移動してきて、敦賀さんは私の腰にぎゅっとしがみついて顔をうずめてきた。  
そっか、私ばかり必死で敦賀さんは余裕だって思ってたけど、全然そんなことないのね。  
敦賀さんだってちょっとしたことで不安になって。  
もしかして私に夢中になってくれてる?なんて…自惚れてもいいのかな。  
柔らかい髪を撫でてあげる。こうやると敦賀さんは安心するらしいから…ホントに子供みたい。  
 
「キョーコに嫌われるのだけは耐えられないよ。許して?そうだ…お詫びにそのマッサージ、してあげるから」  
「へ?」  
敦賀さんは床にひいてあるラグマットをトントン、と叩いて、「さあどうぞ」と私を誘う。  
「マ、マッサージって…敦賀さんが、ですか?」  
「そうだよ?オイルもらったんだろう?」  
「もらいましたけど…っ」  
「俺、信用ないんだな。卑猥なマッサージじゃないよ。キョーコの言うとおりにしかしないから」  
「ひ、卑猥って!……本当に…言ったとおりにしてくれるんですか?」  
「約束するよ、王女様」  
「王女様…」  
王女様気分をまた味わえ…でもでもっ、敦賀さんにマッサージさせるなんて…  
誘惑と戦ったはずの3分後、私はラグマットの上に全裸でうつ伏せになっていた。  
 
「こう?」  
オイルがつくからと上半身を脱いだ敦賀さんは、  
私の指示通りにオイルをつけた手で背中に弧を描くようにマッサージを施していく。  
この時にすでに私は遅すぎる後悔に襲われていた。  
確かにその手の動きは私の指示通り。  
お店でしてもらった通りの動きで、何をやっても器用にこなす敦賀さんらしく見事に再現されている。  
だが…私はこの人が『夜の帝王』だってことを忘れていた。  
私の感じるツボを熟知しているのだ、気持ちよくないわけがない。  
その手つき――必要以上にゆっくりと這う手のひらが、確実に私の性感帯を刺激していくようで、  
ただ背中を撫でられているだけなのに、何度も何度も同じところを回っているだけのに…  
うつ伏せている私は自分の手に顔をうずめて、  
声が漏れそうになるのを、そして悶えている顔を見せまいと必死だった。  
どうして?なんだってこの人の手は私をこんなに感じさせるの?  
「キョーコ?気持ちよくないの?」  
「…気持ち、いい…です、よ」  
「そう?」  
気付かれまいと少しずつ言葉を切って、息があがりそうなのを懸命に隠す。  
敦賀さんの手は背中をまんべんなく這い、そして背骨をつつつ、と上から下へ…  
お尻に届きそうなギリギリの場所で止まって、その瞬間思わずビクンっと反応してしまった。  
ふっと敦賀さんが笑った、気がした。  
 
再びその手が描き始めた円は徐々に大きくなって、わき腹へと降りていく。  
「……あ…」  
「気持ちいい?」  
何度も聞かないで……気持ちよくないわけないの、もうわかってるくせに…!  
「俺も気持ちいいな、これ。ぬるぬるしてて…」  
また背中に戻っていく手をもどかしく思っていると、今度はお尻の膨らみで円を描き始めた。  
力を入れて揉まれて、二つの山をぐいぐいと開かされているようで…  
「あ…ん…もっと優しくぅ…」  
「ごめん。こんなかんじ?」  
だめ…強く揉まれても、触れるだけみたいに軽く撫でられても、どちらも感じてしまう。  
耐え切れなくなって、上半身を起こして膝を立てて座った。  
「キョーコ?」  
「次は、ここ…」  
敦賀さんの手を持って前に回し、自分の胸にあてた。  
その頂点はもう尖ってしまっててホントはすごく恥ずかしいけど、そんなこと言ってられない。  
「もっと…強く…  
「お店の人、こんなことしたの?」  
「しないけどっ」  
「じゃあダメ」  
逃げようとした手のひらを慌ててつかむ。  
「やだ!私の、言うとおり、してくれるんでしょう?」  
「しょうがないなぁ」  
「あん…あ、あぁ…敦賀さんの手…いやらしくて…ん…気持ちいいっ」  
優しく…そして強く揉まれ、突起をはじかれて…  
まだ直接触られてもいない蜜壷から、とろん、と愛液が太腿へ伝い落ちていくのがわかる。  
どうしよう、あとで恥ずかしい。  
恥ずかしいのに、触れられる時のことを思うだけでますますあそこが熱くなる。  
でも敦賀さんの手もぬるぬるだし、わからないかも…  
 
「敦賀さん…もっと…下…」  
「このへん?」  
「ちがっ…もっと…もっと…まだ、下…」  
下腹のあたりで停滞されて焦らされてるみたいで、  
早く触ってほしくて、腰を上げて敦賀さんの手にクリトリスの部分を自分でこすりつけた。  
待ちわびた快感はたまらなく大きなもので、つい腰を回して求めてしまう。  
「あぁ…ここぉ…」  
「そんな動き、いつ覚えたの?」  
そんな困ったような声で、言わないで?  
自分でもこんなこといけないって思うけど、気持ちよくて止められない。  
「あ、あ、だって、気持ちい、だもんっ…あぁ、あんっ」  
胸をそらせて喘ぐと、片手で首をぐいって捻られて、後ろから唇を塞がれた。  
舌を絡められて、ちゅぱちゅぱといやらしい音がする。  
下のほうからもオイルが…自分の快楽の蜜かもしれないけれど、くちゃくちゃと滑る音がして、  
リビングに響き渡る卑猥な音が耳を侵し、そのことがさらに快感を高めていく。  
「ん、ん、ぁんっ…ん…あ、つるが、さん、指、入れて?もっと、気持ちい、こと、して?」  
「ダメ…指、オイルついてるから」  
「いい、からっ」  
「だーめ」  
「ダメじゃ、ないっ、言うこと、きいて…っ」  
眉を寄せて小さくため息をつく敦賀さん。私は構わずに四つんばいになった。  
「はやくっ」  
「困った子だな…」  
 
敦賀さんは指を入れる代わりに、ぺろんと溝を舐めあげた。  
「あああっ!」  
「んっ…すごい、びちゃびちゃになってるよ?感じてた?ここ、まだ触ってもいないのに」  
「あん、あんっ、見ちゃ、だめっ」  
「これは確かに…ちょっと恥ずかしいね…んん、んっ」  
ぺろぺろと舐め取られるたびに、ビクンと背中が跳ね上がってしまう。  
恥ずかしいけど、舌が這うたびに絶頂にも似た高い快感が襲ってきて、  
もっともっと、しゃぶって欲しくて、肩を床について両手で臀部の膨らみを自分で広げた。  
「あ、あ、あ、そんなっ、じゅるじゅる、音、たてちゃ、いやぁ」  
「俺じゃないよ?キョーコのココが言ってるんだよ、ほんとにいやらしい…」  
「入れて?舌、入れ、ああん!」  
尖らせた舌で入り口を攻められて、思わず腰をひく。  
いつもは逃げると追いかけてきてくれるのに、少し待ってみても来てくれなくて…仕方ないからまた腰を突き出す。  
本当に今日は、私の言うことしか聴かないつもり?  
「いつも思うけど…キョーコのここってすごく淫乱だよね。  
 お尻も太腿も真っ白なのに、ここは鮮やかなピンク色で。それに…」  
「ぃやぁ…っ」  
「俺の見るココはいつも濡れて光ってて、ヒクヒク呼んでるし」  
意地悪な台詞に、敦賀さんの言う淫乱な場所がきゅっと締まる。  
話している吐息にも感じて反応して、敦賀さんはその様子にくすくす笑って、「でも綺麗だよ」と褒めてくれる。  
 
「も…我慢、できな……つるが、さん…お願い…欲しいっ」  
「もうマッサージはいいの?」  
「いいから、来て、も、だめ…!」  
敦賀さんは服を脱ぎ捨ててゆっくりと準備を整えてから、  
待ちきれなくて揺らいでいる私の中央に、ぐぅっと腰を推し進める。  
触れ合うところが全部ぬるぬるしてて、くちゅ、ねちゃ、と音があがる。  
「あ、あ、くるし、おっき、熱い、よぉ」  
「やめようか?」  
「や、もっと、来てっ、いっぱい、奥までっ、あぁっ」  
「キョーコ、いつからそんな…」  
「ああ、あ、あ、気持ちい、次、突いて?いっぱいっ、ぐいって、してっ、あぁあっ」  
言ったことしかしてくれないのなら、頼みごとは聴いてくれるのなら、どんなに恥ずかしくても言ってしまいそう。  
もう快感は羞恥を超え始めていた。自分でも止められなくて、どうしようもない。  
私の希望通りに敦賀さんは激しく突き始めて、腰をつかんで引き寄せる。  
パン、パン、と叩き合うみたいに音がして、すぐに絶頂が迫ってきた。  
「あっあっああっ!くるっ、もうっ、あっ…っ…あっ、いい?わたしっ、もう…い、っちゃうぅっ」  
「んっ、っ、いい、よ」  
「あっ!あっ!あああっ…あっ、ああぁぁん…っっ!!」  
ビクビクしなって口も利けなくなってる私を、敦賀さんはそのまま仰向けにする。  
もうされるがままで…  
「お願い……敦賀さんの…好きに、してぇ…」  
「もうリクエストはなし?」  
「あ…も…なに、も…考えら、な…」  
私の膝をぐいっと上げておなかに押し付けて、床に手をついて下からギュウって入ってくる。  
この挿入感を私がスキだってこと、敦賀さんはきっと知ってて選んでる。  
「はあぁぁ…んん…ねぇ…つるがさぁん…大好きぃ…」  
「知ってるよ…」  
「ほんと?…あぁんっ、ん…っ」  
「ん、ほんと。抱かれるの、大好きなんだろう?」  
「ちがっ…あ…もう…違わない…あ…ん、好き、ですけ、ど、あっ、あっ、あん…」  
 
足を大きく開かせて、倒れ込むように私にぴったり抱きついてきた敦賀さんの背中を抱きしめる。  
首すじを舐められて、キスをされて…ゆるりといやらしい動きで器用に腰を回し始めた。  
「あ、あ、あんっ、敦賀さん、も、好き?」  
「あぁ、好き、だよ…キョーコの全部が好き。心も…この淫らな身体も、全部っ」  
しがみついたまま、敦賀さんは激しく腰を振り始める。  
「あ、あ、あっ、あぁ、もう、あっ、熱っ、いい、のっ…すごくっ、あぁっ」  
「キョーコの、中も、熱い…俺の、離して、くれないっ」  
「あっ、あぁあっ、やだっ、激しいっ、もっと、あぁああっ!」  
紡ぐ言葉は無意識で、自分でも何を言ってるのかわからない。  
もしかしたらまた後でたしなめられるようないけないこと、言ってるのかもしれない、けど、  
そんなのどうでもいい、って、この瞬間は思ってしまう。  
んっ、んっ、って低く唸る敦賀さんの声…柔らかい髪…強く指を絡めて握り締める右手…  
全てが愛しくて、切ない瞬間。  
「あっ、あぁっ!ああっ、だめっ、イっちゃう、イクっ、あっ、あぁあっ」  
「……っ」  
背中に回したほうの手が思わず爪を立ててしまって、  
それに小さく反応した敦賀さんは、突然動きを止めてしまった。  
「あっ…はぁっ…やだ、なん…でぇっ…!」  
「キョーコ…言って?」  
いつものおねだりを、こんなところで…?  
達する寸前にお預けされて、淫らに開いていた両足を腰に巻きつけた。  
「ん、ん、んんーっ…!」  
「ダメ。言ってから」  
続きが欲しくて必死に自分で腰を振るけど、敦賀さんの重みで、おまけにしっかり固定されていて全然動かない。  
「はぁっ、もぉっ…ひどい、こんなのっ…はや、く、早く、続きっ、もっと…!」  
「違うだろう?」  
「だってっ」  
「言ってくれないの?」  
「……っ…蓮、愛してるっ…愛してるの、蓮っ!…れ、蓮…お願い…愛してる、からぁ…!」  
「俺もだよ…キョーコ、愛してる」  
「あっ蓮、蓮、れ…あぁ、あぁああんっ…!!」  
敦賀さんは耳に届く自分の名前に満足したのか再び動き始めて、  
押し留められていた私の中の浮遊感が身体の底から呼び起こされる。  
薄らいでいきそうな意識の端で、名前を呼んでと請うこの人がたまらなく愛しくて、  
私はおそらくいつもより多く、何度も何度も、その名前を口にした。  
 

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