それでも……京子は信じたかったのかもしれない。  
最後には自分の元に戻ってきて大事にしてくる日が訪れるのだと。  
京子はよくその日を夢見て想像に浸った。  
 
数ヶ月前のその時も、京子はうっとりと目を閉じ思い描いている最中だった。  
「なんだか…どこかの国の姫さまみたい…」  
「お迎えにあがりましたよ、お姫様」  
くすくすと笑う声がして、想像を中断された京子の目の前には、すらりと長身の若い男が立ちはだかっていた。  
「なっなっなんなんですか!というか誰ですかあなたは!ここは不破家のお庭で…人を呼びますっ」  
「構わないよ?」  
京子の言葉にまったく動じる気配がない男の様子に、不破の店へのお客だろうかと京子は考える。  
だとしたら邪険に扱っては後でひどく叱られる。京子は大きなその瞳で男を改めて観察した。  
男は長い黒髪を結い、高い鼻、切れ長の目、長い睫毛でじっと京子を見つめ返している。  
その瞳に吸い込まれるようで、京子もまた目が離せなくなってしまう。  
「あの…不破のご主人様でしたらお店のほうに…」  
「いや、君に会いに来たんだ」  
京子はキミ、という聞き慣れない響きに首をかしげる。  
自分はこんな男など知らない。一体誰だろうかと考えていると、京子を呼ぶ声が店のほうから聞こえた。  
「京子、京子!」  
「は、はいっ!…あの、私、行かないと…一体何の用でございましょうか?」  
「まあ…長いこと探したんだから今更焦ることはないか。じゃあまたくるから、待っていて」  
男はそう言うと、無駄のない美しい動きで背を向け、京子の前から去っていった。  
 
その日から男は毎日のように京子の前に現れた。  
男は蓮と名乗った。  
いつも京子がひとりで庭で洗濯を掃除をしているときに、誰の目にも触れることなく静かに現れる。  
「やあ、今日こそは俺と夫婦になってくれるのかな?」  
「な、なりません!なんてことをおっしゃるのですか、毎日毎日!」  
「君は毎日毎日そうやって頬を染めてくれるから、毎日新鮮な気分で結婚を申し込める」  
「からかわないでください!」  
そう、蓮は毎日京子のもとにやってきては、自分のところに嫁入りするようにと迫っていた。  
どこの馬の骨ともわからぬ男に結婚を申し込まれ、最初こそ戸惑っていた京子だが、  
何度も何度も言われるうち、この男は本気ではなくただ自分をからかっているのだと思うようになっていた。  
「からかってないよ、本気なんだけど」  
「嘘ばっかり。自分のことは自分が一番よーく知っています」  
「…むしろ知らなさすぎだと思うけどね。君は磨けば光る石のようだよ。  
 心はまっすぐで誰よりも綺麗だし、容姿だってこの町の誰よりも美しい。ただそれを活かせていないだけで…もったいないな」  
「そんなことありません、どうせ私は地味で色気のない女なんです」  
 
ぷいと顔を背けた京子は、自分の顔が火照るのを必死に隠していた。  
どうせ冗談だろうと思いつつも、初めての賛辞の言葉に顔が熱くなり、心臓が早鐘のごとく鳴っていた。  
初めは胡散臭いと警戒こそしていたが、京子はこの男との会話に楽しさを覚え始めていた。  
しかも毎日欠かさず、同じくらいの刻にやってくる。  
最近の京子はその時間になるとそわそわと落ち着かない。  
尚太郎を一途に想っているはずの自分が、そんな風に他の男との会話を心待ちにしているなど、京子にとっては信じられないこと。  
ましてや胸が弾んで顔が火照るなど。  
混乱した京子は、思わず強い口調で言い放った。  
「もういい加減にしてください!私にはすでに結婚すると決めている人がいるんです!」  
「その人は君のことを大事にしているのかな?」  
「それは……今はあんなだけど、いつか…いつかきっと…」  
「その『いつか』が来なかったら?」  
「……ッ!」  
京子は言葉を詰まらせ、潤んだ瞳で蓮をキッと見やった。  
「君が幸せなら身をひくつもりだったんだ。だけど、ね。  
 俺は本気だよ?必ず君を攫うから。その気になったらいつでもおいで」  
いつものふざけた口調とは違う真剣な声に驚き、京子は何も言えなくなる。  
蓮はふっと淋しげに笑い去っていった。その後姿を京子はただ黙ってみつめていた。  
 
その日を境に、蓮は京子の前には現れなくなった。  
いつでもおいで、と言っておきながら、一体どこに行ったらいいと言うのか。  
「何が君を攫うから、よ!やっぱり本気じゃなかったんじゃない!」  
毎日その時刻になると待ってしまう自分に気付き、そんな自分がイヤになる。  
京子は怒りと淋しさで混乱していた。  
いつの間にか、自分の心の一部に蓮が住み着いていた。  
そしてそれに気付いた時には蓮はもう現れない。  
「私ってば、バカみたい」  
しょんぼりと物思いに耽っていると、不破の奥方が呼ぶ声がする。  
慌てて出向くと、尚太郎を呼んでこい、と云いつけられた。  
そこにいるはずだから、と言われた場所には果たして尚太郎がいて、そして女と抱き合っていた。  
 
京子の所になかなか通えなくなった蓮は不機嫌を極めつつあった。  
蓮は養父である宝田の領地を受け継ぐことになった。  
もともと忙しい務めの合間を抜けて京子に会いに行っていたものの、  
そのことが決まってからというものさらに仕事が積み重なり、なかなか時間を作ることができない。  
ようやく京子の心の中で少しは居場所ができたかもしれない自分の存在が、  
この数刻、数日のあいだに薄まってしまうのではないかと、蓮はそればかり考えて気が気ではない。  
なんとかまとめて仕事を片付け会いに行ける時間が出来たときには、すでに数週間の時が経っていた。  
京子のもとへと向かう足が早まる。  
大股でずんずんと歩く蓮が角を曲がったところで、ドンっと正面から女がぶつかった。  
勢いよく跳ね返り、小柄な身体がふらついて、蓮は慌ててそれを支えた。  
「すまない、急いでいたもので…」  
顔色を確認しようと覗き込んで蓮は驚く。  
「京子!?」  
真っ青な顔で涙も拭わずに走ってきた様子の京子は、蓮の顔を見て小さく唇を動かし、そしてそのまま気を失ってしまった。  
 
京子を城へ連れて帰り、奏江に着替えさせておくように命じた。  
彼女は他の女衆とは違い、蓮に色目も愛想も使わない。多少変わった女ではあるが、信用できる。  
身繕いを終えたとニヤニヤする奏江を追い払い、京子のために用意していた部屋に入る。  
蓮は思わず息を呑んだ。  
すやすやと眠る京子は生まれ変わったように美しかった。  
いや、美しいとは思っていたが、艶やかな着物を着せ髪を綺麗に梳かしただけでこうも違うものかと蓮は驚いた。  
寄り添って腰を下ろし、そっと手を伸ばす。  
その頬には涙の痕が残っていて痛々しく、蓮の胸は締め付けられた。  
「もう、離さない。アイツのところには帰さない」  
口元にかかる髪を指でずらし、顔を近づけ、唇を塞ぐ。  
ふくよかな気持ちよさに思わずもっと吸い付きたくなるが、京子が身を捩じらせたのを見て諦めた。  
「時間はたくさんあるからね。もう俺のモノだ、京子」  
 
蓮の城に住み始めて2度目の満月を、京子はぼんやりと縁側に座り眺めている。  
綺麗な着物を毎日与え、食事もきちんと食べさせているせいか、  
顔色も肌艶も良くなり荒れていた手もすべすべになってきた。  
月明かりに照らされる京子は美しく、蓮はもう限界かもしれない、と考える。  
暇さえあれば京子と共に過ごし語り合う毎日は、夢にまでみた至福の時であった。  
最近では愛の言葉を囁いても、頬を染めて俯くだけで、以前のように嘘だと拒絶もしなくなった。  
それだけで充分嬉しかったはずなのに、次第に欲望は深くなっていく。  
『この子はまだ、あの男のことを思っているはず。己の欲望だけで抱いてはいけない』  
『その唇にもう一度触れたい、着物を脱がせ、その白い肌に吸い付きたい』  
蓮の頭の中では理性と欲望がせめぎ合い、膨れ上がる欲望の強さに、最近では理性が何度も飛びそうになっていた。  
そっと近づき隣りに腰を下ろした蓮は、京子の手の甲を強く握ってただ月を眺める。  
「若君?こちらを向いてくださらないのですか?」  
「いけない…」  
「え?」  
「もう…ダメだ…!」  
蓮は衝動のままに押し倒した。  
驚いているはずの京子の顔を見ないまま、その喉もとにすがりつく。  
胸元を強引に広げると、真っ白な乳房が月明かりに浮き上がる。  
蓮は夢中でそれにしゃぶりついた。  
「蓮、どの…っ…?」  
行為の意味がわかっていないのか、京子はくすぐったそうに身を捩る。  
口の端から垂れる涎が乳房を濡らし、蓮の舌はその突起を攻め立てた。  
「え…な…ああっ…ン…」  
京子はわからないながらも気持ちよく感じているのか吐息を漏らし始める。  
蓮が着物の裾を割って手を差し入れそっと茂みの下をこすると、京子はひくん、と身を跳ね上げた。  
「ぁあっ…そこ、だめ、です…へん…なんか、ヘン…っ」  
何度も尖りをこすると、その度にひくん、ひくんと反応する。  
自分の行為に快楽を覚える京子が愛しくなってきて、蓮は何度もこすり続けた。  
「ふ…ああっ…あ…やぁあっ……あああッ……やあっっ……ッ…!!」  
初めて迎えた絶頂感に戸惑いの表情を残したまま、京子は震える手で口元を押さえてヒクヒクと太股を痙攣させている。  
まるで小動物が脅えているかのような様子に、蓮の欲望はますます膨れ上がってくる。  
すぐにでも入れたいのを抑え、裾を大きく開いて頭を突っ込む。  
「な、なにをなさい、あああっ!い、いけませ、そのよ…な、ところ、あ、あああ、ん、あッ…あああっ…」  
「…ん…きょ、こ…」  
じゅる、じゅるっと卑猥に音がする。  
「何の音で、す、あっ、気持ちぃ…ああっ!」  
 
舌でヒクつく蜜壷の入り口と陰核とを交互に弄ばれて、京子はあらげもなく声をあげる。  
「すごひ、溢れて、んん、びちゃびちゃ、言って」  
「こんな、の、初めてっ、ひああっ、ああっ!」  
「い、よっ…ん…もっと…声、出すと、いい」  
「ひあ、ひああっ、わたくし、からだ、おかし、ああっ、ぅあああっ、あ、さっきの、あああっっ…!」  
再び絶頂を迎えたのを確かめると、蓮は今度は指を入れた。  
食いつくように締め付けてくる膣の感覚にますます蓮の興奮が高まる。  
しかし、いましばらくの我慢、となんとか耐える。  
「もっと乱れて、京子」  
「え、ああ、ああッ、指?あああぁッ…あ、そこ…ああ、あ、も、一度、ああああっあっ」  
「ここ?」  
手前へクイクイと角度を変えて弄ると、京子は悦びウンウンと頷く。  
「京子は感じやすいようだ…育てがいが、あるね」  
「感じっ?あああっ、また、あれ、があっ、あっ、あああッ!!」  
探すように腕を伸ばされて、蓮は指を抜いてその腕に胸を埋め、ゆっくりと自分の杭を埋め込んでいった。  
「え?あ、あっ…く…ああっ…」  
京子の苦しげな表情に、生娘を抱くのは初めての蓮は罪悪感を覚える。  
初めては痛いと聞いたことがある。この表情は痛みのせいかと思いつつも、  
今まで抑えていた欲望は今にも爆発せんと待ち構えており、止めることはもう不可能だった。  
まだダメだと思うのに、腰が自然と動いてしまう。  
濡れていた京子の中は食らい付いて離さないほどに締め付けるが、蓮は繰り返し繰り返し、夢中で腰を打ちつけた。  
「すまない、京子…っ…く…つら、い…?  
蓮の問いに否定し首を振るが、必死に声を抑えていて蓮には痛みか快感か区別がつかない。  
が、微かではあるが甘い吐息が混じり始めて、蓮の頭は真っ白になっていく。  
「くあ、も、少し、我慢、してっ、…くるっ、から…っ」  
「なにが、ゃあッ、若ぁ、なにやら、あつ、くてっ、ぃあ、ああ!」  
「京子ッ、京子…!」  
「ひ、ああっ…や……ああ…ッ…あああ、ああっ…!!」  
「京……子…ッ!!」  
 
乱れた着物を整え布団まで抱いて行き、蓮は京子の寝顔を見ながらうなだれた。  
自分の快楽を優先してしまったけれど、次からは――  
罪悪の味と同時に蓮の胸に去来するのは、自分のモノにできたという大きな喜び。  
満たされた気分で隣りに寄り添い、蓮は深い眠りへと落ちていった。  
 
 

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