舞台は某城下町。
この一帯の広大な地域を治める宝田はかなりのやり手で知られると同時に、派手好きで変わった男で有名でもあった。
最近は血の繋がった息子を無視して養子を跡継ぎにすると決定した。
たいして騒ぎにもならなかったところを見ると、その養子の男に政の才があったということだろう、下町ではそういう話で落ち着きつつある。
そしてその次期城主となる若君も変わり者で、さらにかなりの色男らしいという噂だった。
城で働く女衆は目の色を変えて世話の順番を争っているだとか、
世話をしている者はその色気に当てられてバタバタと失神していくだとか、
最近ではその噂の内容も次第に大げさなものになっている。
「ケッ、どうせ実際は、ブタみたいな醜い男に、決まってんだ、よッ」
「ハァっ、アンっ、アァッ、イイっ、イイわっ、尚太郎、もっとっ!」
商家に生まれた尚太郎は、一人息子であるにもかかわらず放蕩ぶりを発揮し、
昼間から女の家で情事に耽っていた。
「もっと?こうかよっ、ンァっ!」
「はぁあんっ!あぁっ、イイッ、あっ、アァァァっ!」
女を組み伏せ夢中で腰を振っていると、家の入り口で音がした。
「あの…すみません、こちらに、ショーちゃ…不破の尚太郎が来てるって聞い――」
おずおずと入ってきた娘と目が合ってしまい、探されている張本人である尚太郎はチッと舌打ちした。
その娘――京子は自分の目にした光景に一瞬驚き、みるみるうちに真っ青になる。
そしてガクガクと震えながら小さく呟いた。
「ショーちゃん…なに、やって…」
「何って見りゃわかるだろ?女抱いてんだよ、っせーな」
クソ、冷めちまったじゃねーか、と女から身体を離すと、行為を中断された女は横目でチラリと京子を見やった。
「この子が京子?…へえ…確かにねえ」
「だろ?こんな地味で色気のねえ女、抱く気にもならねえよ。なのに親はこいつのこと気に入っててさ」
そうだ、ずっと俺の愛人やってくれる?などと好き勝手に繰り広げられる会話に、
京子はわなわなと唇を震わせ、大きな瞳からは涙を溢れさせた。
「ショーちゃんひどいっ!結婚してくれるって言ったじゃない!」
「ハァ?そんなガキの頃した約束いつまで引っ張ってんだよ。お前もいい加減ほかの男でも探しな。
ああ、最近お前に言い寄ってくる物好きな「蓮」とかいう男、あいつにでも頼んだらどうだ?」
ここ数ヶ月のあいだ、飽きもせずに京子を訪ねてくる妙な男がいたことに尚太郎は思い当たる。
町の女共が色男だと騒ぎ立てて集まっていくが、なぜかその男は京子にのみ興味がある様子で、
尚太郎はなんとなく面白くないと思っていた。
「まあどこの馬の骨だか知らねえがな」
度重なる暴言に耐えられなくなったのか、京子は尚太郎に掴みかかった。
が、その手を尚太郎は払いのけた。
「ガサガサの手で触んなよ」
京子はぽろぽろと涙をこぼし、唇を噛みしめて外へ飛び出して行った。
「ひどいわねえ」
「あ?いいんだよ、結局最後には俺んとこ戻ってくんだからよ」
身寄りのない京子には世話になっている不破の家を出ては行く場所がない。
尚太郎はそのことに甘えて気楽に構えていたが、結局その後、京子は姿を消した。
京子が帰ってこない――
そのことに、尚太郎は今までにない焦燥感を覚え始めていた。
「罪悪感…いや違うな…」
尚太郎は自分が悪いことをしたとは未だに思っていない。
ただ京子は常に、過去も現在も、そして未来も、当然自分のモノだと思っていた。
「クソ、あいつどこ行ったんだ?あんまり帰ってこないと結婚してやらねえからな」
ブツブツ呟きながら、京子を探して町の徘徊していたのを諦めて夕刻家に戻ってくると、見たことのない男が尚太郎を呼び止めた。
「不破尚太郎殿でござるか?内密に城の若君が話があるとのこと、今から御同行願えるか」
尚太郎は男の言葉に目を見開く。
城の若殿様とやらがなぜ自分などに用があるのか見当もつかない。
しかし断るわけにもいかず、男の目は頼みごとをしているというよりは強制をしているそれで、尚太郎は小さく頷いて男についていった。
城の長い廊下を案内の人間について歩いていく。
日も暮れかけていて空は薄暗い。
いったい城の若君とやらがこんな人目につかない状況で自分に何の用なのか、尚太郎は次第に不安になってきた。
「こちらでございます」
案内人はそう言って襖を示し去って行った。
ふぅっと息をひとつ付き、失礼いたします、と部屋に入り、正面に座り深く面を下げた。
頭を上げよ、と声がする。一瞬どこかで聞いたような感覚がしたが、まさかそんなはずはない。
顔を上げて部屋を見渡す。
ゆらゆらと蝋燭の明かりが揺れる中、正面に男が肩膝を立てて横柄に座っており、
その横には華やかな内掛けを着た女がぴったりと顔を埋めて寄り添っていた。
なんとも艶めかしい状況ではあるが、ますます自分がここに呼ばれた意図がわからない。
一体なぜ、と言いかけて正面にいる男の顔をじっくりと見て、ようやく尚太郎は気付いた。
「てめえは……!!」
ニヤニヤと楽しげに笑って見ている男、それは京子に言い寄っていたあの男。
まさか次期城主が町をふらふら歩いて女の尻を追いかけていたと?
変わり者とは聞いていたが、予想もつかない状況に尚太郎はあっけにとられた。
「やあ、久しぶりだね、尚太郎くん」
「な、なんの用だ!」
「おやおや随分だな。まあ…そんな口の利き方をされるのも嫌いじゃないから構わないが、
とりあえず用があって呼んだんだ、それが終わるまではここにいてもらうよ」
「用って一体…」
「見て欲しいことがあってね」
そう言ったところで、寄り添う女がゆっくりと顔を上げて尚太郎を見た。
内掛けの乱れた胸元からは白い肌が覗き、大きく開いた裾からは張りのいい太股がちらつく。
真っ赤な紅を乗せた唇がわずかに開き、うっとりとした瞳で尚太郎のほうを向く。
その女の美しさと艶っぽさに尚太郎は息を飲み、ごくりと唾を飲む音が彼の頭の中で響き渡った。
紅い唇がゆっくりと動いて言葉を噤む。
「……しょ、たろう…」
「え?」
尚太郎はそれが自分の名前だと認識するのに数秒の時を要した。
混乱しながらもその女の顔をしばらく眺め、ようやくそれが自分の幼馴染であることに気付く。
「京子?!」
「そう、君が好きなだけ尽くさせておいて、あげくに放り投げて捨てた、あの京子だよ」
信じられない、尚太郎はぽかんと口を開け、まじまじと京子を見つめた。
自分の知っている京子は薄汚い小袖を身につけ、手は水仕事によってできたアカギレで荒れていた所帯臭い小娘。
色気などとは一番遠いところにいた女。いや…女、などという意識すら尚太郎にはなかった。
だからこそ手をつける気にもならなかった。それがこんなに……そうか、と尚太郎は考える。
この男がこいつを女にしたのか。
艶やかな着物を与え、化粧をさせ、そしてこいつを抱いて、女にした。
そのことに尚太郎の胸はジリジリと熱く焦げる。
自分はこの娘を好きなどとは思っていなかったはず。
なのに美しく「女」になった京子を目の前にした途端、嫉妬の嵐が襲ってきた。
「ケッ、町の商人の息子が捨てた小汚い女を拾って育てるなんざ、若殿様とやらも見上げたもんだな」
「そうだね、君には感謝してるよ。なんせ、いつ自分のものになってくれるのかと待ちわびていたんだからね。
君が彼女にひどい仕打ちをしたおかげで…彼女はここで、こうして自分の魅力を開花してくれているわけだから」
精一杯バカにしたはずなのに、まったくこの男には通じないのか、と尚太郎は内心地団駄を踏む。
「で、一体なんの用だよ!」
「彼女はどうしても君を見返してやりたいらしくてね…なぁに、そこにしばらく座って見ていてくれるだけでいい」
蓮は京子を自分の前に座らせ、尚太郎に向き合わせた。
「途中で逃げることは許さないよ、これは命令だ」
そういうと蓮は京子の白い胸元に左手をねじ込んだ。
尚太郎を楽しそうに見ながら、京子のうなじへと唇を這わせる。
「ぁ…若…やはり、このようなこと……」
か細くあがる声を聞き、尚太郎はようやく蓮の真意を悟った。
この男は自分に、育て上げた「女」の成果を目の前で見せ付けるつもりだと。
右手で顎を確りと固定し、舌を尖らせ耳の中へ、首筋へと伝わせる。
その間も左手は胸の中をまさぐっている。
京子が次第に脱力していき、両足をもじもじと擦らせる様子に、尚太郎の身体の芯が熱くなってくる。
「どうして?いつも…毎夜、していることだろう?」
「あ、あ…ゃあ…いけませ…ん…」
聞いたことのない京子の色っぽい声に、蓮の手つきに、尚太郎は嫉妬を覚えつつももっと見たいと思い始める。
胸を荒々しく揉まれて京子の着物が乱れる。
裾は京子が動くたびに白い太股が覗き、蝋燭の明かりでまぶしく光る。
蓮はその足へと右手を伸ばし、上下に慣れた手つきでさすり始めた。
その手が上へと登っていくと、京子は待ちかねたように顔を火照らせ反応する。
敏感なその反応に、尚太郎は改めて京子がこの男の手で開発されていることを知ってしまう。
「あ、あ、あっ…と、殿っ、殿は、意地が悪ぅ、ございますっ」
「京子がせっかちなのでは?」
右手が裾の奥へ入っていく。
「ああっ!あっ…はあっ…んんっ…」
声が、表情が変わり、その手が何をしているのかを卑猥に物語る。
京子が身を捩るたびに、足の付け根と茂みがチラチラと覗き、蓮の指がその中を蠢いている。
しかし裾が邪魔をして尚太郎にははっきりとは映らない。
見えなくとも、やがてイヤというほどに尚太郎の耳にもその音が届き始めた。
蓮の手の動きに合わせて、くちゅくちゅと淫らな音が上がる。
京子は眉間に皺を寄せて足を突っ張り、次第に漏れる声を高くする。
足を広げ腰を揺らすと恥部がチラつき明かりで光る。
が、見えそうになると蓮は裾で覆い隠す。
――クソっ、こいつ肝心のところは見せねえ気かよ!
見えそうで見えないことが尚太郎のイラつきと、同時に興奮まで高めていく。
「そう、もっとほら…彼に見せてあげなさい」
「あっ、ああっ、ああぁっ、ああんっ、いけませっ」
「京子はこれが好きで好きで、たまらないんだろう?彼は知らないんだ、教えてあげないと」
「はああっ、あ、やあっ、あっ、あれがっ、迫って…っ…あ、あぁああっ…!!」
京子はぐったりとして、震える手で蓮の袖の裾を握り締めている。
尚太郎の頭は混乱していた。
幼い頃から純粋の塊だった京子がこんな風に乱れ、そしてその姿に今までにない興奮を覚えている自分。
すでに尚太郎の股間は燃えるように熱く、締め付けられる布の中で存在を誇張し苦しくなっている。
「お、おい、いい加減に…っ」
強がる声も微かに震える。
蓮はその様子に不適に笑みをこぼし、「それもそうだね、いい加減にしてあげよう」と呟き京子に話しかける。
「京子、尚太郎くんはそろそろ仕上げが見たいそうだよ?」
蓮の言葉に京子はコクリと頷き、フラフラと立ち上がって着物の裾を膝の辺りまでつかんで上げた。
「おい、京子…何を…っ…やめ…!」
カラカラに乾いた喉から発せられる尚太郎の制止の声は、すでに京子の耳には入らない。
色香を漂わせ潤んだ瞳でうっとりと放心した様子で、そのまま後ろに身をずらし蓮の上へと腰を下ろしていく。
「ひぁあ…あ…んぅ……はぁ、殿の、熱い、意地悪で、熱うござい、ます…ぁあ…ん…」
「そこの彼の仕打ちと、どっちが…ンっ…意地悪、かな」
蓮は京子の腰をつかみ、下からグッ、グッ、と突き上げる。
「はあっ、はあん、あっ、奥、奥まで、ああっ、ああっ、ひやあっ」
「んっ、京子、どっち?彼の目を見て、言って、あげなさいっ」
「ああっ、あっあっ、だめっ、そんなに攻めてはっ、あっ…っ…殿の方が、ずっと、意地悪で、ございますぅっ、ひぁんっ」
京子は胸を突き出し喉仏を尚太郎に見せつけながら高く悦ぶ。
その言葉に、比較されてあたかも負けたような敗北感が尚太郎を襲い、首元がカッと熱くなった。
侮辱されたようで耐え切れなくなり、尚太郎は突然立ち上がる。
「おや、まだっ、終わっていない、が?」
「知るかよっ!!」
次期城主の命令だろうが知ったことか、尚太郎はそれ以上見ることに耐えられず部屋を飛び出した。
「あっ、あっ、殿っ、ぃああっ、ああっまたぁああっ、ぁあああっ…あっあっ…あぁああっ……!」
走り去る尚太郎の耳に京子の淫らな啼き声が届く。
尚太郎は着物の中で局部を締める布が暖かく湿るのを疎ましく思いながら、家まで必死に走って帰った。