けだるい疲労感をわずかに覚えながら覚醒した。
朝、か。
腕の中に自分以外の温もりを感じて、俺の脳裏には徐々に昨夜の記憶が蘇ってきた。
◇
「敦賀さんともあろうお方がイヴの夜にお独りなんて」
憎まれ口を叩きながら流しに立ち、ディナーを作ると張り切る彼女、最上キョーコ。
ソファに座り、黙ってその後ろ姿を見つめていると、彼女は振り返り不思議そうな顔をした。
「敦賀さん?どうかなさったんですか?」
「どうして?」
「だって…いつもだったら『君だって独りのクリスマスだったんだろう?感謝こそされても悪態を突かれるのは不本意だね』とか、
『次々に舞い込む誘いを断り続けていたら、気付いたら独りだったんだ』とか…あとは…
『毎年誰かと一緒だからたまには独りもいいかな、と思って』とか、偽笑顔を浮かべて言いそうじゃないですか」
彼女の発言を聞き、この子に対しての普段の自分の言動に、改めて情けない気分になり頭を抱えた。
好きな子を苛める小学生か、俺は。
「…敦賀さん?」
彼女はエプロン姿のまま俺の前にやってきてちょこんと正座をし、心配そうに俺を覗き込む。
自分と俺の額に手を当て、「熱はないみたいですけど…ご気分悪いんですか?」と訊いた。
その手をそっと取り、俺は自分の両方の手のひらで包み込んだ。
柔らかい小さなその手は、すっぽりと俺の手の中に収まってしまう。
この手が自分以外の誰かの手のひらに包まれることを想像するだけで、俺の心は砕けてしまいそうだ。
彼女はいつもと違う様子の俺に、そして手を握られたことに真っ赤になって動揺している。
「つ、敦賀さんっ!」
「話が、あるんだ…聞いてほしい」
そして俺は正直な気持ちを彼女に告げた。君のことを好きで好きでたまらない、と。
他の男と話しているのを見かけるだけで、嫉妬で心が焼けて狂ってしまいそうだ、と。
君の笑顔を見るだけで恋を覚えたての子供みたいに天にも昇りそうに幸せになって、
君の背中を見ているとこのまま君がどこかに行ってしまったらと心が張り裂けそうに痛いのだと。
抑えこんでいれば、いつかこの気持ちは消えてなくなるのだと思っていた。
でも、そうじゃなかった。
1週間会えないだけで、君が恋しくて苦しくなった。
数日声が聞けないだけで、どこで何をしているのかと眠れなくなった。
君のことを想う間隔がどんどん短くなって、最近じゃ片時も頭から離れない。
「ますます好きになっていくばかりで、もう限界なんだ。
俺の気持ちに答えられないのなら、今すぐこの部屋を出て行ってくれないか。
でないと、君を閉じ込めてしまいそうなんだ、自分だけのものにしたくてたまらない」
彼女は口をぽかんと開けて固まったまま俺の話を聞いていた。
途中で遮られるのが怖くて、俺は今まで何度も言いそうになりながらも飲み込んできた言葉たちを一気に吐き出した。
それから緊張で手が小さく震え始めて、俺は慌てて掴んでいた手を離した。
彼女の返事が怖くて、きっと今俺はものすごく情けない顔をしているだろう、そう思って俯いた。
「敦賀さん…」
「出て行って構わないよ、俺は大丈夫だから」
とても大丈夫でいられる自信などなかったが、優しい彼女のことを考えてそう言い捨てた。
でないと、同情でもこれ以上構われたら、もう俺は自分を抑えることは無理だと思ったから。
握りしめた拳が温かく包まれて、恐る恐る顔を上げた俺に、彼女は天使のほうに微笑んでいた。
「私は出て行きませんよ。だから一緒にクリスマス、迎えましょう?」
◇
腕の中で小さく丸くなって寝ている彼女の髪をいじりながら、「キョーコ、愛してるよ」と小さく呟いてみた。
眠っているはずのキョーコの耳がみるみる真っ赤になる。
俺は吹き出しそうになったのをなんとかこらえ、思いつく限りの愛の言葉を囁き続けた。
今まで溜め込んでいた分、ストックには困らない。
「――それに、君のこのシルクのように滑らかな肌も、全部俺のもの。誰にも渡さないよ。それにしても…」
耳元に顔を寄せてさらに続ける。
「昨夜の喘ぎ声、たまらなかったな。『もっと、もっと』ってのが特に良かった」
「そ、そ、そんなこと言ってませんっ!!」
ガバっと勢いよく起き上がり憤慨したキョーコだが、俺がにやにやと笑っているのを見て自分の姿に気付いたらしい。
ひやあああ、と悲鳴をあげて慌ててシーツを掴んでぐるぐる巻きになり、反対を向いてうずくまった。
後ろから抱きしめて捕まえる。もう逃げられないんだよ、キョーコ。
「今更恥ずかしがることないのに。もう全部見せたじゃないか」
「朝と夜とじゃ違います!!」
「どう違うの?」
「どうって!夜は暗いけど、朝は明るくて丸見えなんですっ!!」
「なるほど、それもそうだな…じゃあ朝のキョーコも見せてもらおうかな」
「ひゃ、だ、だめですっ、ちょっと、つるがさ…っ!」
気持ちを告げて、指輪を渡して、名前で呼んで、キスをして、一晩中抱き合って。
やりたかったことを一夜で全部遂げてしまったなんて、社さんに知れたら余裕がなさすぎだと呆れられそうだな。
巻かれていたシーツをはぎ取っていく。
すべてが喜びに溢れていて、こんな幸せな朝は初めてだ、と思った。
「い、い、いっ、1回だけっ、ですよ」
「やだ、3回」
「さ…!?敦賀さん今日お仕事でしょう?!」
「口答えするならまだ増やすけど?」
にっこり笑って押さえ込むと、わわ、と焦ったキョーコはくるくると目を回し、
「じゃ…に、にかい…」と消えそうな声で呟いた。
顔を逸らしてこらえたけれど無理で、俺はキョーコの様子にクッと笑いをこぼしてしまった。
「ひ、ひどいっ敦賀さん、またからかったんですね!」
赤くなって頬を膨らませるキョーコ。
次々に表情が変わって、本当に飽きなくて、そしてどの顔にも俺の心は躍ってしまう。
「ごめん、脅して悪かったよ。そんな顔しないで」
「イヤです、当分…禁止、です」
「それは困るな…じゃ、1回で我慢するから、ね?」
「…なんだかそれって、結局敦賀さんの思い通り…んっ……」
唇を塞いで反論を封じる。
指を絡めてシーツに押し付けて、足を割って膝を入れ込んだ。
長いこと君の魅力に翻弄されたんだ、しばらくは俺の好きにさせてもらっても、神様の罰は下らないだろう?
その後しばらく好きに快楽を教え込んだせいで、結局はキョーコの色香に翻弄させられることになるのだけれど、
それはまたもっと先の、別の話。