「・・・手助けして欲しいんだ」  
 
信じられない電話が来た。あの敦賀さんが?まさか?  
・・・でも、私に出来ることなら。何か手伝えることなら。  
貴方は私に「自分の世界」を指し示してくれた人だから。  
 
敦賀さんのマンションで夕食を作りながら、私は視線で問いかけた。  
「明日、社長の前で嘉月の演技をしなくちゃいけなくなってね。  
 ずっとスタジオに入ってなかったから、少し・・・カンを取り戻したくて。  
 最上さん美月役で合わせてくれないか?」  
「わかりました。後でちょっと台本失礼しますね」  
 
食後、ぱらぱらと台本をめくる。  
う。敦賀さんが今一番苦手にしてるラブシーンだ。  
明日、反対してた宝田社長の前でコレを演技するなんて、  
ものすごいプレッシャーなんだろうな・・・  
苦し紛れに私なんかに相手役を頼む位・・・  
私じゃ役者不足だろうけど、  
せめて敦賀さんの足を引っ張らないように一生懸命やらせてもらおう。  
「とりあえず台詞覚えられたと思います。始めますか?」  
私がそう言うと、敦賀さんがふっと笑った・・・?  
 
この間敦賀さんが何度もNGを出していた台詞のやり取り。  
何度も聞いていたから、台本を覚えるのは簡単だった。  
そして敦賀さんと向き合ったとき。  
敦賀さんの「何か」があの時とは違った。  
あの時には見えなかった、瞳に篭められた強い想いが私の目を射抜く。  
そして私は自然に美月になった。  
 
熱い強い視線のまま演技が進む。  
すごく自然に、滑らかに。  
敦賀さんの・・・、ううん、嘉月の視線に飲み込まれる。  
「・・・愛してる」  
胸を裂いたような一言をつぶやき、嘉月は美月を胸に深く抱きしめる。  
そして最初は軽く触れ、次第に深くなっていくキス・・・  
 
自分も演技に夢中になっていたから、  
最初は呑まれてて気が付かなかった。  
まずは優しくそっと。  
美月が拒んでないのを確かめると、  
次第に深く、熱くなっていくキス。  
角度を変えて、何度も何度も深く穿つ。  
相手の全てを欲するように・・・  
頭の中が熱くなって、嘉月の感触しか分らなくなる・・・  
 
ようやく嘉月が美月から離れた。  
胸にかき抱かれ、どちらともなく深いため息をつく。  
唇が離れると、頬から耳、首筋へキスの雨が降ってきた。  
首筋に軽い刺激が来て、  
そのまま嘉月の頭が胸元に来る。  
胸の谷間を強く吸われる感触で、  
先に正気に返ったのは私の方だった。  
 
「・・・?!?!?!」  
「ん?」  
頭を強く抑えられて、敦賀さんが私の顔を覗き込む。  
私は口を押さえて声にならない声を上げた。  
確実に耳まで・・・いや、首まで真っ赤になってると思う。  
敦賀さんもそれを見て、心なしか赤くなってる・・・?  
 
「・・・ごめん、なんか役にはまり込んだみたいだ・・・、大丈夫?」  
「いや、演技のお役に立てたなら嬉しいんですけど・・・  
 でも・・・私これファーストキス・・・orz」  
「・・・え・・・??君、不破と一緒に暮らしてたんじゃ・・・」  
「だからアイツにとって私は家政婦だったって言ったじゃないですか!  
 キスはおろか、肩抱かれたことさえないんですよ!!」  
 
敦賀さんはますます赤くなった。  
口元を手で押さえて、ちょっと困ったようにこっちを見てる。  
えーっと、どうしよう・・・  
もうどうしていいか分らなくなってると、押し殺した笑い声が聞こえてきた。  
 
「敦賀さん!笑うなんてひどいですよ!」  
「いや、ごめん。そんなつもりじゃなかったんだけど・・・(・・・ふふっ・・・)  
 ちょっとびっくりしたのと、ね。・・・怒ってる?」  
「ね、ってなんですか!・・・でも、怒ってはいませんよ・・・  
 よく考えたら、私がこの先男の人と付き合うなんてある訳ないですし、  
 そしたらこの仕事してたらいずれはキスシーンもありますよね?  
 結局はファーストキスは演技中ってことになると思うので・・・  
 別に敦賀さんじゃなくても、早いか遅いかってだけですよ」  
 
・・・なんか気温が下がった気がする!?気のせい??  
・・・なんで似非紳士スマイルになってるのぉ??  
 
「んじゃちょっと得した、って思っておこうかな(キュラ☆」  
「得ってなんですか!得って!」  
「かわいい後輩のファーストキスが自分だったってのは、  
 充分光栄なことだと思うんだけど?ゴチソウサマデシタ」  
まだ敦賀さんは私のこと抱きしめたままだ。  
我に返るとすごく恥ずかしいんですけど!いつ離してくれるんだろう??  
・・・でも、敦賀さんがなんだか元気になったみたいに見えて、  
ちょっとだけ嬉しくなった。あの演技なら、きっと大丈夫。  
美月だけじゃなく、周りもきっと魅入られてしまう熱い演技だったと思います・・・  
 
なんて考えてると、抱きしめられたままひょいと持ち上げられた。  
「な・・・?!」  
「今日はありがとう。明日も大丈夫だと思う・・・君のおかげだ」  
「・・・ドウイタシマシテ・・・」  
かろうじて小さくつぶやいた。  
多分私は今一番真っ赤になってると思う・・・  
 
そして敦賀さんは似非紳士スマイルのまま、私の顔を覗き込んで言ったのだ。  
「今日は俺が君に助けてもらったから、借り一つね。  
 君が演技に困ってリハーサルしたくなったら、俺にいつでも言って?  
 そのうちキスシーンがあるかもしれないってことは、  
 ベッドシーンもやらなきゃいけなくなるかもねってことだよ?  
 ・・・俺でよければいつでもお相手勤めさせてもらうよ。  
 君だって頼みやすいでしょ?キスまでした仲なんだし」  
 
・・・この後、私が爆発しちゃったのは言うまでもない・・・  
やっぱりこの尊敬する先輩は、私にはすごく意地悪だ・・・orz  
本当に私、あんなに敦賀さんのそばにいたの?  
現実感のないまま、胸元の鮮やかな紅い華は夢ではないと告げていた。  
 

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