敦賀さんの部屋のある階でエレベーターを降りる。
時刻は夜の11時。
渡されてある合鍵を眺めてしばらく考えたけれど、やっぱりチャイムを鳴らすことにする。
もう帰っているはずだし、勝手に鍵を開けて入ったことがないから驚くかもしれない。
夕方敦賀さんから電話があった。
今夜は家にこないのか、という内容だった。
「今日は遅くなりそうだから遠慮します。来週だったら」
「どうしてもダメ?」
「明日も早いので…」
「そうか…わかった。じゃ、仕事、頑張って」
「はい、敦賀さんも」
どうしても?なんて聞かれたのは初めてで少し驚いたけど、
電話を切る間際にため息が聞こえて、なんだか心配になってきた。
疲れてるのかな…ちゃんとごはん食べてるのかしら…
考え始めたら気になって気になって、結局来ないはずだった敦賀さんのマンションに、気付けば足が向いていた。
チャイムを鳴らしたけれど、なかなか出てこない。もう寝たのかなあ。
もう一度押そうと手を伸ばしたら、ガチャリとドアが開いて、敦賀さんの驚いた顔が覗いた。
「キョーコ?!」
「あ、あの…来ないって言ったのにすみません。来ちゃいけなかった…です、か?」
「そんなわけないだろう?ほら、入って」
靴を脱いでリビングへ向かうとき、敦賀さんの後ろ姿がフラついているのに気付いた。
「敦賀さん、お酒飲んでらっしゃるんですか?」
慌てて追いついて顔を覗き込むと、バツが悪そうに目をそらす。
「うん、ちょっとだけ……参ったな」
リビングのテーブルに目をやると、ウィスキーのビンが2本。
1本のビンはほとんど空になっていた。
「ちょっとじゃないじゃないですか!」
「いやあれは…前から開いてたんだよ」
「いいえ、この瓶は先日お邪魔した時には開いてませんでした!
今日だけでこんなに飲んだんですか?何も食べずに?敦賀さんロックでしょう?胃に悪すぎます!」
「はい、ごめんなさい…」
もうおしまいです、とコップを流しに運ぶ。
ただでさえ忙しい人なのに、これ以上無茶しないでほしい。
心配でだんだん腹ただしくなってきて、なぜだか泣きたくなってきた。
「どうしてこんなに飲んだんですか、いつもはちょっとなのに…」
「いや、これはその…ヤケ酒だよ…」
「何のですか?何か嫌なことがあったんですか?」
慌ててソファに座る敦賀さんの隣りに座って顔を覗く。
電話のため息はそれだったとか?
「だから…今夜はキョーコに会えないと思ったから…」
乙女のように顔を染める敦賀さんに驚く。
つ、つられてこっちまで赤くなっちゃうじゃないのよ!
「そ、それはその…すみませんでした…」
「いやこちらこそ。呼びつけたみたいですみませんでした」
一瞬の間があって、二人でぷうっと吹き出した。
畏まって互いに謝っているのがなんだか可笑しくてくすくす笑っていたら、
ゆっくりと敦賀さんに引き寄せられて、優しく抱きしめられた。
「来てくれて嬉しいよ。でももう遅いし、タクシー呼ぶから帰りなさい」
「え?でも、今来たばかりですし…それともやっぱり…迷惑でしたか?」
「違う、そうじゃなくて…だから…俺は今、かなり酔ってるんだ」
「ですから心配で帰れません」
「いやだから…まずいんだよ、その…理性が効きそうにないんだ」
「おっしゃっている意味が…襲っちゃうってことですか?何度も襲ってるじゃないですか」
「それは否定できないが…つまり乱暴にしてしまいそうなんだ、だから」
「とにかく帰りませんっ」
「キスだって酒臭いし」
「構いません!」
そんな押し問答を延々続けた約1時間後――
私の目の前には深い寝息をたてて穏やかに眠っている敦賀さんの顔。
手を伸ばして乱れた髪を整えるけど、まったく起きる気配なし。
服を着ようかと身体を起こしてふと自分の胸に目をやると、直前までの情事の跡が無数に薄く紅く残っていた。
「敦賀さんいつも…抑えてたんですね…」
そんな我慢、しなくてもいいのに。
だけど確かにさっきの行為は激しくて身が焦げてしまいそうで、何度も意識が飛びそうになった。
今までの優しい交わりとは全く別の種類のものだった。
重なり方だって、後ろから繋がって…。
何度も何度も、叩きつけるみたいに奥まで貫かれて、その音が寝室に響いた。
達したら仰向けにされて、今度は膝を抱え上げてぐいぐいと押された
気が遠くなるまで激しく突かれて…でも…嫌じゃなかった。
いっぱいいやしい声、出しちゃった気がする。よく覚えていないけれど。
果てたあと、いつもだったら私を労わるように扱って、
私が眠るまで子供をあやすみたいに撫でてくれるけれど、
今日はそのまま眠ってしまった敦賀さん。
疲れてるんだろうな。朝起きたときに私がいたら、少しは喜んでくれるかな。
ふふ、そうしよう。だって、心配だもの。
ここで眠ると決めたら眠気に耐え切れなくなってきて、
丸くなって温かい敦賀さんの腕の中に潜り込んで、なんだか幸せな気分で眠りに落ちた。