敦賀さんと住むマンションに帰って「ただいまぁ」とリビングのドアを開けるとそこには――  
 
綺麗な女の人が立っていた。  
 
 
無言で固まっている私。  
「え?え?」と慌てふためいている女の人。  
唯一冷静に笑顔を浮かべている敦賀さん。  
 
とにかく頭の中が真っ白で、言葉も思考もゼロになっている私に、敦賀さんは  
「キョーコ、こちら取材の人だよ」  
とのたまった。  
 
「…へ?」  
「京子さん!?京子さんですよね?キャーーー!『ただいま』ってことは一緒に住んでらっしゃるんですか?!」  
「ふぇ?」  
「そうだよ」  
「ぅげ?」  
「すごぉおい!あ、あの、お二人の写真とか撮っても構いませんか?!」  
「どうぞ」  
「んなぁ?!」  
 
いきなりの展開に私だけがついていけてない。  
 
「あ、あの……」  
「女性誌の取材だよ。俺の住んでる部屋を載せるんだって」  
「はあ…そうなんですか…」  
 
確かにもうひとり、カメラを持ってる人もいて。  
なんだぁ、取材かぁ…  
呆けている間にあれよあれよとツーショット写真まで撮られて、  
なんだか訳がわからないうちに終わってしまった。  
あとから思えば、後日このネタで大騒ぎになることくらいちょっと考えればすぐにわかるのだけど、  
この時の私はそこまで思考が回っていなかった。  
 
 
その晩、私は夢を見た。  
すごく卑猥で、そして胸が張り裂けそうに痛くなった、夢。  
 
 
『あっあああぁっ!蓮っ、蓮っ、すごい、すごいのお、奥まで来てるっ、あああぁん!』  
 
髪の長い女の人の背中…あなた…誰?  
『蓮』って…嘘、でしょう?  
髪を振り乱して、喉を露わにして…逞しい男の人が、後ろから繋がってて…  
 
『…くっ…はぁっ…すごいね、君の、中っ…締め付けて…はぁっ…そんなに、操らないで、くれないか』  
『だってぇ、締め、ちゃうのっ、あああんっ!はあっ、ちが、蓮の、蓮のがぁっ!』  
『はぁッ、俺のが、なに?』  
『蓮のが、すごいの、おっきい、大きいのっ!ギチギチ、いっぱいっ、ああぁああ!』  
 
やめて……やめて…っ!お願い、もうやめて!  
 
『違うよ、君のココが、くっ、すごいの、持ってるん、だねっ』  
『ああぁ、あ、あ、あっ…ねえ、いいの?ぁあん…彼女、いるんで、しょう?』  
 
そうよ、敦賀さんには…!  
 
『彼女?ああ…あの、地味で、色気のない、子供みたいな子のこと、かな』  
『んふっ、ひどい、男っ、あぁあん、もっと、もっとぉ、もっときてぇえ!激しくしてっ、いっぱい突いてぇ!』  
『んっ…くぁ…っ!』  
『あぁあっ、いいっ、いいのっ!あぁあっ、イっちゃうっ、イっちゃううぅ!ああぁああぁぁっ!!!』  
 
いやあああああっ!!!!  
 
がばっと起き上がって覚醒した。  
ガタガタと身体が震えて汗だくになっていた。  
何度も肩で息をして、ようやく枕もとの明かりに目が慣れてくる。  
「ここが現実…今のは夢で……」  
ベッドの端に足を下ろして座って、必死に自分に言い聞かせていると、後ろから腕をつかまれた。  
 
「キョー…コ?どっか行くの…?」  
寝ぼけているような、敦賀さんの声。  
「どこにも…行かないです、よ」  
声が震えているのに気付いたのか、敦賀さんがゆっくりと身体を起こす気配がした。  
「怖い夢でも見た?」  
黙って頷くと、後ろから抱きすくめられる。  
「汗かいてる。そんなに怖い夢だった?」  
「ん…敦賀さんが…他の女の人とっ」  
ぶわっと抑えていた涙が一気に流れ出て、ひくひくと泣いてしまう。  
「バカだな…そんなことあるわけないだろう?」  
「…って……敦賀さん、私のこと…色気がなくて、子供みたいだって…!」  
 
敦賀さんは、はぁぁぁ、と深くため息をついて、ベッドから下りて私の前にしゃがみ込む。  
顔を覆おうとした手を取られて、じっとまっすぐな目で見つめられた。  
「そんなこと思ってない。何か不安にさせたなら謝るよ」  
「つ、敦賀さんは、何もっ」  
「そう?じゃあどうしてそんな夢見たのかな…」  
うーん、と困った顔をする敦賀さんに申し訳なくて、私は正直に白状することにした。  
「今日、帰った時…」  
「ん?」  
「…取材の人…」  
「ああ、雑誌の?」  
「はい…ドアを開けた時…浮気現場に遭遇したのかと…思ったんです…」  
 
敦賀さんはあぽんと口を開けたまま私を凝視している。  
「……浮気?」  
「そ、そんなに呆れないでください!なんだか本当に私がバカみたいじゃないですか」  
「まったく君は…」  
「だって!ドラマやなんかじゃよくあるし…それに…すごく綺麗な人だったし…」  
私と違って大人の女性だったし。  
また悲しくなってきて、涙が溢れてくる。  
ぐすん、と鼻をすすったら、敦賀さんにおでこをピン、とはじかれた。  
「いたっ!」  
「俺を信じなさい。キョーコが俺の最後の女だって言っただろう?」  
「だって…」  
「キョーコ」  
「はい…ごめんなさい」  
「信じる?」  
「…信じます」  
ふわっと抱きしめられて、  
「いい子だ、さぁ、もう一度寝よう」  
そう言って敦賀さんは私の背中をぽんぽんと叩いた。  
ほら、そうやって子供扱いするから、時々情けなくなるんだけどな。  
されるがままに横に寝かされて、敦賀さんの胸にぎゅっとしがみついた。  
 
敦賀さんは大人だ。  
早く敦賀さんに釣り合うような大人の女性になりたいけど、いつまでたっても追いつけない。  
仕事だって敦賀さんはずっと先を歩いているし、  
心も夢見がちでマイナス思考な自分から離れられない。  
おまけに身体だって、いつまでたっても子供みたいな体型だし。  
 
「で?どんな夢見たの?」  
「え?」  
また思考の殻に閉じこもろうとしたら、突然敦賀さんに質問された。  
「だから、敦賀さんが他の女の人と」  
「女の人と?」  
追求されて、途端にさっきの夢の映像が脳裏に鮮やかに蘇って、カアアアッと顔が熱くなった。  
 
「い、言えません」  
「へえ…言えないような夢見たんだ?」  
キュラキュラと笑顔を振りまかれる。  
「う…だから…敦賀さんが、他の女の人、抱いてました…」  
「どんな風に?」  
「ど、どんなって!…は、激しく…後ろから…何度も何度も…」  
「それから?相手はなんて言ってた?」  
「…お、お、お、おっきい、とか…奥まで…き、きてる…とか…」  
「それだけ?」  
「も、も、もっと、激しく…つつつつ突いて、とか…っ…な、なにを言わせるんですか!」  
「ふーん、キョーコそんなこと考えてたんだ」  
「わ、私じゃありません!!夢の中の女の人が!」  
「キョーコの夢、だろう?」  
「そ、それは…」  
確かにそうなんですけど……。  
「夢って願望が表れるって言うよね…」  
「言いませんっ!…ちょっと、どこに手っ」  
「もっと激しいのが好きなのかぁ。早く言ってくれればよかったのに」  
「ち、違いますっ!いつも充分…あっ…もぉっ…ゃあ…っ」  
 
もう一度寝ようって言ったくせに、結局それから眠らずに朝を迎えることになって、  
翌日はなんだかいろんな意味で寝不足なのだった。  
 

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