「椹さん・・・。分不相応な申し出で、本当に申し訳ないんですけど、おこがましいのは承知なんですけど・・・あの・・・」  
都内某所、LME事務所にて、運命の引き金は音も立てずに引かれた。  
キョーコは椹さんに、かねてからのモヤモヤした気持ちを言ってみた。  
即ち、未緒のイメージから離れた役柄に挑戦しい、ということ。  
色々な役柄を経験して、新しい自分を育てていきたいと願うキョーコの、切実な願いだった。  
「そうか・・・。固定イメージがついては役者としてまずいかもしれないな・・・。  
 そうだ、ひとつ端役なんだけど、オファーが来ているよ。出てみるかい?」  
「端役だって何だって構いません!1シーンしか出番が無くたっていいんです!お願いします!」  
「分かった、分かった。そうまでいうなら、監督に直々にお願いしてみるよ。」  
「ありがとうございます!」  
キョーコは最高に浮かれた気持ちで事務所を後にした。  
そのため、椹さんの最後の一言を聞くことが出来なかった。  
「またアイツと共演することになるな・・・。いや、彼女には分からないかな。」  
 
「ふーん、ふーん、ふふーん」  
後日、キョーコはご機嫌で、撮影所の廊下を歩いていた。  
椹さんが用意してくれた役は、BJという殺人鬼に殺される女子高生の役だったのだ。  
キョーコとしては、かわいい制服が着れて、新しい役柄にも挑戦できて、と良い事ずくめだ。  
「台本にはセリフもないけれど、それだけ表情や動きで殺される恐怖を表現しなきゃいけないって事よね。役者魂がうずくわぁ〜!」  
控え室で衣装に着替え、撮影現場に到着した。  
監督やスタッフ、共演者への挨拶を一通り済ませると、隅のほうに一人外人がいることに気がついた。  
長身で、長い金色の髪を惜しげもなく晒しているその姿。  
黒いサングラスをかけているため、顔は全く分からないが、  
どこかで見たことがあるような気がした。  
(あれ・・・敦賀さん・・・?じゃない、よね。だって最近ドラマに出ているなんて一言も聞いてないもの。)  
 
「Hello, my name is Kyoko. Are you starring for BJ? Nice to meet you.」  
高校の授業で覚えたての英語を使い、キョーコは恐る恐る挨拶をしてみた。  
しかし、全く無視される。  
(うーん、英語、間違ってたのかしら?それとも英語圏の人じゃなかった?)  
キョーコがいぶかしんでいると、スタッフが声をかけてきた。  
「あぁ、キョーコさん。彼がBJだよ、だけど監督の方針で撮影以外での共演者とのコンタクトは一切しない方向なんだ。おどろいたよね。」  
「はぁ・・・彼は外国の方、なんですか?」  
「その辺も秘密らしいよ。知っているのは監督とスポンサーだけ。  
役柄としては英語を話すから、僕らスタッフの中ではアメリカ人かなぁなんて思ってるんだけどね。」  
「へぇ・・・じゃあ話しかけないように気をつけますね。ありがとうございました。」  
「いえいえ。あ、そろそろリハ始まるみたいだね、監督が呼んでるよ。」  
「あ、はい!いってきます!」  
 
キョーコ扮する女子高生Aは、夜道を歩いている。  
街灯の数も少なく、人通りもない。  
(いきなり殺人鬼に襲われるって、どういう感じなのかしら)  
コツコツ・・・コツコツ・・・  
まわりはシンとしていて、キョーコの足音しか響かない。  
響かない・・・はずだったが、ふと顔を上げると、そこにはBJがいた。  
「・・・・っ!!」  
先ほどと見たのと変わらない、格好のまま。  
ポケットに手を突っ込み、くわえ煙草でこちらを見ている。  
まるで獲物を値踏みしているかのようだ。  
キョーコが悲鳴をあげようとした、その瞬間。  
ふわっと、抱きしめられた。  
この、殺人鬼に。  
そしてそのとき漂ってきた香りで、キョーコはあることに気づいてしまった。  
 
(やっぱり・・・敦賀さんだ・・・!)  
間違いない。声が聞けなくても、顔が分からなくても、髪の色が違っていても。  
私がこの香りを間違えるはずはない。  
 
そして、BJの手がキョーコの太ももにかかる。そのまま、上へと移動してくる。  
 
この手の感触も、なぞる速度も。  
毎晩毎晩、私が敦賀さんから与えられるものと同じ。  
「いやっ・・・やめて・・・」  
「Don’t you wannabe an angel?」  
BJの手はそのまま腹部まで移り、そして、冷たい金属の塊が、  
私の腹部に押し当てられた。  
衝撃。熱。煙。  
作られた感覚の中、私はその場に崩れ落ちた。  
 
 
「カット!OK!」  
 
 
まだ役から抜けれずに呆然としている私に、鋭く監督の声が響いた。  
当然、おなかに穴なんて開いていない。  
血だって、これは偽物だ。  
だけど、あの瞬間、  
本当に死んだと思った。  
殺されたと思った。  
それだけ、敦賀さんの演技力は圧倒的なものだった。  
彼のセリフはたった一言だけ。  
それも、いつもの声からは想像できないような冷たい声。  
(これじゃぁ誰も気がつかないわよね。普段の敦賀さんからはかけ離れているもの。)  
でも、自分には分かった。  
そのことが嬉しくて、すこし誇らしい気持ちになった。  
 
出番も終わったため、用意された控え室に戻り、衣装を着替えようとしていると、  
ふいにドアがノックされた。  
 
「はい!どなたですか・・・?」  
恐る恐るドアを開けると、果たしてそこには先ほどの殺人鬼がいた。銃を構えている。  
「敦賀さん・・・もうお芝居は終わりにしてください。」  
少し、あきれた顔で言ってしまう。  
すると敦賀さんはサングラスを取り、いつもの笑顔を見せてくれた。  
「あれ・・・バレてた・・・?」  
「バレバレです!」  
「おかしいなぁ〜。他の人には分からないんだけどな。」  
「もうっ私を誰だと思ってるんですか。」  
「俺の恋人。キョーコ・・・」  
「や・・・こんなところで・・・。」  
抱きしめられ、キスを交わす。  
先ほど殺されたばかりなのに、また殺されそうだ。  
敦賀さんのキスは激しくて、息継ぎも出来ない。  
 
「キョーコ・・・したい・・・」  
「いま・・・?・・・ああっ」  
敦賀さんの手がスカートの中へ入る。  
なぞる。  
私の官能のスイッチが勝手に入れられる。  
二人して服も脱がずに、重なり合う。溶け合う。  
このまま、ひとつになれればいいのに・・・。  
 
 
二人で昇り詰めたあと、私はそっと敦賀さんにたずねてみた。  
「どうして急に、こんなことしたんですか・・・?」  
「確かめたかったから。」  
顔を赤らめて、彼はつぶやいた。  
「俺はキョーコを殺していない。キョーコはちゃんとこの腕の中にいるって、そう確かめたかったんだよ。」  
胸の奥がきゅんっとなった。  
まだ入ったままの敦賀さんを、強く、締め付けてしまう。  
「お願い・・・聞いてくれますか。」  
「なに?」  
「私をずっと、離さないで・・・。」  
 
終  
 

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